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第三章

『少し早い総括と、新たな門出』

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 ゴルビー地方は手でOKマークを作るような形をしている。
それらは山脈と丘陵で構成されているのだが、水が供給され始めたのは手首のあたりからだ。遊水池の四割ほどであるタメ池が満たされた後は、山の傾斜に従って一息に流れ始めた。

その姿に老人と母親たちは涙し、子供たちは葉っぱが舟の様に流れていく珍しい光景を何時までも追い駆け始めている。

「春の光景というやつかな。まだ秋の終わりだが」
「そいうのは良いので、手を動かしてください。事業の清算をしようと言い始めたのは領主さまでしょうに」
 俺が韜晦しているとアレクセイにせっつかれた。
川の分岐路・川幅の啓開・川底の浚渫・堤の造成。この四つをまとめてゴーレムで行った事業に、形式的な数値と参加した者の感想を付随させ、事業を一度清算する。別に組織が解散する訳でもないし、民主化して手放す訳でもないが、掛かった費用と成果を書類にまとめておくことにしたのだ。

それは今後に同様のケースが起き得る際の資料となる予定であった。
魔王軍を討伐し、今は復興真っ盛り。今後のネクストエイジに向けて、資料請求があった時に備えての物である。他の領地でもやろうという領主が現れるかもしれないし、少なくとも王家は考慮に入れるだろう。後は報告書を読み、地形と比較して費用効果を考えるかもしれない。

「川を分岐して放水路を作る事が可能になったのは良いが、他でここまでやるかね? うちは水が無いから引いたが、領地が削られるのを嫌がる領主は多いんだろう?」
「そうですが、無主の地は無いも同然ですしね。後は貢献が……」
 あの光景はもっと早く出来る筈だったが、境の領主たちが反対していた。
領内に干渉されるのを嫌がるし、特に領地が減って損をするのを何より嫌がる。封建制では別に領主は領民を守る必要が無く、王家に対する責務しかない。恥をかいても良いなら治水などする必要はなく、その恥を隠すために領内へ立ち入らせないなんて事は良くある話だ。流石に鉱山を隠したりはしないが、畑の広さを誤魔化すくらいは平然とやるしな。

そういう理由で、暴れ川の治水は長らく放置されてきたわけだ。国家的にも魔王軍との戦いが常態化しており、国庫は常に火の車であったのだから。

「そういえばご存じないかもしれませんが、領主が支払う税金には段階があります。金銭以外に奉仕義務の無い領主はかなり割高なのですよ。だから洪水で他に迷惑の掛かる場所には、王家が交渉するかと。軍役も当面必要ありませんしね」
「へー。それで新貴族はあんなにバカ高いんだな」
 貴族の税金は金貨三百枚で、新貴族は五百枚だった。
しかしアレクセイの話を聞いてみると面白いことがわかる。その差は旧来の貴族にマウントを許すと同時に、金を積んで身分を得ようとする金持ちを制限する為だと思っていた。だが、実際には色々な方面で国家に奉仕させようとする鎖の一つであるらしい。軍役や労役に産物の提供など、様々な分野で義務を行わせて国家につくさせようとするのだとか。

そんな話を聞いていて、少し思う所がある。

「そういえばうちが健全化したら払うとして、奉仕としてゴーレムを貸し出せば良いのか? 五百枚なら既に払えんことはないが、伯爵に成った時の千枚以上は流石にキツイぞ。当面は赤字続きなんだし」
「どうでしょう? 領主さまの時間を拘束しますからね」
 この事業で最も大きな問題が、俺しか出来ない事だった。
ゴーレムは能力バランスを変えると、保存性とエネルギー収集レベルを超えてしまうと、命令すればするほどに寿命が早まってしまうのだ。これを何とかするためにはゴーレム化の呪文なり、風のゴーレム呪文(伝達・エネルギー系)を使える術者が必要で、勇者軍を解散した以上は学院の魔術師は居ない。学院に所属した者は居ても、俺と同じ系統の術者なんか付与門派のマイナー系統なので居る筈が無かった。

領主に頼む時点でメンツの問題が発生するし、拘束時間に比例する高額な費用が必要だ。かといって専門の弟子に関しては志望者をこれから募るしかない(セシリアたちはあくまで魔術師に成りたいのであって、ゴーレム技術者になりたいわけではないので)。

「当面は寿命を記載して置いて、王家経由で注文があればってとこかね。それなら向こうの都合って事に出来るしな。その上で早めに五百枚を払うか、それとも暫く免税嘆願にしとくかだが……」
「払うなら初年度からが良いかと。格が変りますよ」
 アレクセイの言葉は投機にも似ていた。
赤字続きになると決まっているのに、どうして初年度から満額回答をせねばならないのか判らない。早い段階で納税するか、限度一杯まで免税嘆願をする手もあるのに、彼は初年度から多額の税金を払えと言う。出来るか出来ないかで、言えば可能ではある。

問題はそこまで負担を追う必要があるかどうかだ。

「お察しの通り、新貴族には貢献した金持ちに貴族の身分を与えたり、大貴族に分家を許すという側面があります。という事は最初から赤字しかない事が確定し、それをも気にしない者が居るという事です」
「あー。金で議席というか名誉を買うってやつか」
 繰り返すが国家財政は火の車である。
これを何とかするために、金持ちに身分を売る売官を行っているわけだ。魔王軍との戦いがあった為、名目上の理由だけは整っている。国家からすれば運転資金を提供してくれるならば誰でも良いわけではないが、自国の金持ちならば快く受け入れるだろう。その上で『我が派閥には何名くらいの貴族が居ります』以上の要求をしてこないならば、それで十分に貢献していると考える訳だ。

一応、それで話自体は分かった。
問題はこの意見に乗って、初年度から大枚を払うかどうかの話だ。一応のメリット・デメリットに加えて、目立ってしまう場合の問題も別途に考慮しなければならない。

「確認するがその場合の利点は? 形式的な名誉以外で頼む」
「何と言っても新貴族のリーダー的存在に成れる事ですね。これは名誉以外に、新貴族のリーダーが王党派に所属している事のアピールに繋がりますので、諸国から見て我が国が揺らいでいないという証左にもなります。金を使うだけの商人や、ただ大貴族の子弟である場合と違い、新事業を立ち上げる者なのですから国家の活力をも見いだせるでしょう」
 要するに国家のパブリックイメージが向上するらしい。
政情不安ではないと見なされ、国庫も赤字ではあるが緊急問題に対応したことで仕方ないと判断できるようになるようになる。見る者が見れば国家体制に一本筋が通っているのが見えるし、表面の噂に一喜一憂している層には明るいニュースが吹き込んでよくなる雰囲気が漂うそうだ。その辺は経済と言う概念が薄い封建社会でも、あまり変わりはないのだろう。

英雄を迎えた事で減らす軍事力の代替になり、その英雄が国家に忠実な事で正常に安定感が増し、健全な手法で納税を始めたことで赤字に底が見える……と言う訳だ。何もかも良い話であるような『気』がするな。

「なあ、ソレって俺がとても目立たねえか?」
「何を今更。大戦の英雄と言うだけで功績の無い軍人貴族には煙たがられますし、レオニード伯爵を始めとした王党派がバックにおり、何の取り柄も無いボンボン如きでは言い掛かりを付けて侮辱も出来ないのですから猶更です。どのみち他の国が様子見で叩くにせよ、リストのトップには居ると思いますよ? 少なくとも伯爵閣下よりだいぶ上です」
 あまり考えたくなかったが、ターゲット指定に載ってると推測される。
これが身内からの粛清リストだけではないだけマシだが、それでも他国のエージェントが暗殺を狙い、隙あれば領地を奪おうと考えるとか寒過ぎる。もっともゴルビー地方は砂漠と荒野が大半なので、今の所は他国は動かなさそう……という目算は立っている。それが水の供給でどうなるかは、お互いのバランス感覚次第だろう。

ともあれ北西から北東にある中立都市群が壊滅している以上は、その辺りの都市と仲が良かった遊牧民の脅威はうちに向いていると見るべきだろうか。彼らからすれば、魔王軍に友邦が潰されているのを黙って見ていた第三者に過ぎない(援軍を送る余力が無かっただけだが)。

「仕方ないな。出る釘は叩かれるというが、孤立しない程度に各方面と仲を深めつつ、色々と更新していくか」
「その方が良いと思いかと。敵対に理由は要りませんから」
 寒い話だが、互いに利益があるから敵対せずに手を組む。
そんな間柄になる者を増やしていき、意味のない敵対をする者が脅威に思う程度には力を蓄えるべきなのだろう。王家から粛清対象にならない程度の立ち回りをしつつ、この地を中心にオロシャ国へ利益を齎していく感じになるだろう。

まずは着任した時の周辺から少しずつバージョンUPを……。

「ではアレクセイ、ひとまず今回の区切りで感状を発給する」
「初年度から納税を終えることが出来たのも、君の協力が大だ」
「願わくばそのまま与力してくれるか、あるいは近隣の王領へ着任を願いたい」
「少なくともそれなりの慰労金を出してくれるように陛下に掛け合うし、その大部分は俺が出す。もし近隣の代官に着任する場合は、ゴーレムにしても塩にしても可能な限り援助を請け負おう」
 最初にしたことと言えば、まずこの状況の打開である。
現状は王家から召喚命令が出ておらず、帰任しても良いかまるで判らない状況で、迂闊に『戻って良いのですか?』と聞いたらお互いに損だから協力し合っていた。この有耶無耶な関係を糺しつつ、より良い間柄へと更新すべきだろう。下手に突くと何処か遠い地に赴任する可能性はあるが、その場合は離れた地の情報とコネクションが手に入るだけだと割り切ることにする。

どちらにせよ、此処で断るよりも受け入れた方が利益のある状況になるだろう。いや『だろう』ではなく、『する』というべきか。

「……そういえばそうでしたね。ありがとうございます」
「正直助かったよ。君が腹を立てて下の者たちを全員連れて行ったらにっちもさっちも行かなかった。一から村を回って、『俺が領主に成った』と認めてもらう所からだったろうな」
 真面目な話、勇者軍が解散して騎士や文官が戻ってきている。
だからアレクセイに与え直す仕事が無かったのだろうし、俺も現地に伝手など無いから、上の方で気を回したのではないかと思う。最初は二重権力機構にして邪魔したい奴でもいるのかと思ったが、ゴルビー地方には何も無かったのだ。そこまでする必要はない。後は彼が他国の王家の血を引いているとかで、実はユーリ姫は俺を隠れ蓑にした婚約話で……みたいな婉曲的なNTRとか物凄いピンポイントでしか発生しないだろう。

ひとまず着任時より人間関係がマシになり、巡検隊を組織して水も供給を開始した。かなり良い状況に放っているだろう。

「この後はどうするんですか? 王都で報告しておきますが」
「まずは集団農場を作るつもりだ。ゴーレムでまとめて耕し、難民たちを数人一組で働かせる。この際だが、ここで育つなら何でも良い。食い物なら豆や芋……食えん物なら油菜や綿とかか。荒野でも育つ物を作るとするよ。その上で『壁の第二段』のみで済ませるが、戦闘用ゴーレムの研究を万が一に備えてやっておく。現時点で歩兵型ゴーレムは遊牧民に無力だからな」
 正直な話、油菜や木綿は駄目でもともとになる。
豆類や芋類の中で乾燥に強い者を植えて、少しでも食糧事情を良くするくらいだ。実を取ったら干して肥料にするとか、家畜の餌にしても良いだろう。そういえば二回転・三回転する農業があったような気もするが、転生前に詳しく覚えていないのでそんなところだ。こちらでも乾燥地帯で豆や芋を見るから、多分これなんだろうな……くらいで覚えている感じだからな。どちらかと言えば、搾る作業をゴーレムで簡略からできるから、油が取れる植物が欲しい所ではある。

ともあれ、その辺りはアレクセイも理解しているのだろう。真剣な面持ちで考え始めているのが良く分る。

「その中で一つだけなら何を優先しますか?」
「油の採れる植物だな。ゴーレムなら人力以上だし、交易する商品になるし、搾り滓は肥料に成るし、何より馬にも脅威だ。多分、矢を撃つより効くぞ」
 百人の遊牧民がバラバラに進軍して来たらそれだけで困る。
連中もその人数では占拠できないからやって来ないだけで、ゴーレムでは『当たらなければ意味はない!』という赤い人の名言を踏襲する形に成ってしまうのだ。その上で加護次第で簡単に粉砕されるし、一人一人倒すよりも面制圧で攻撃して、馬の方を驚かす方が有益だろう。それに当たらなくとも堀の中が油まみれに成ったら、それだけでナイーヴな馬は堀の水を飲めなくなる。

後はそうだな……代官であるアレクセイの手前、大ぴらには話せないが『塩田のレポート』もそうだな。協力するとは言ったが王家がその気になって『専売する!』と言い出したら困る。第二塩田での数字は入れずに、二重帳簿で表向きのデータを作っておくべきだろう。『乾燥しているゴルビー地方だから』『ゴーレムを作れる人間がその場に居るから』と思ってくれたら儲け物である。

ここまで丁寧にやっておいて、問題は一度に複数やって来た。
都合良くこちらの準備が整うなどありえず、環境の変化に合わせて同時にやって来たのである。それは予想出来ることもあれば、出来なかった事もあった。どちらにせよ、全力で対処するしかないのだが……。
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