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第二章

『水利が導くモノ』

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 ようやくというか、まとまっていたはずの話が動き出した。
こんな感じで行きますよ。という計画は既に王都にもレオニード伯爵の元にも届けている。もちろん地域の大立者の元にも届いている筈で、当事者である貴族たちが揉めに揉めまくったせいでもある。一番の理由は領主の間で右往左往する手紙の検討期間なのだろうが、ようやく最終合意が大立者とレオニード伯爵の元でまとまったらしい。

俺たち当事者が置いてけぼりの場所で和解と利権が決められ、GOサインがここまで降りたことになる。

「ミハイル殿。貴殿の事は前から聞いておった、これからもこの地方の為に頼むぞ」
「はい。コンスタン伯爵閣下にお見知りおき下さり幸いです」
 思えばこの大立者コンスタン・ティン・シェルン伯にとって不本意なのだろう。
本来ならば地方の入植者に対し、『お前の利権を取り上げる』と言ったうえで『お許しください、貴方の為に働きます』と忠誠を誓い、『ならば許そう。励めよ』という流れが良くある地方閥の形成である。それが大戦の英雄だとか判らない男がいきなりやって来て、自分ではなく別の貴族……それも王党派に所属するレオニード伯爵を寄り親としているのである。命令できる相手が減るのが面白いはずがないし、商人を通して手に入る筈の利権も減っているのだから猶更である。

だが、それを顔に出しても愚かなだけだ。
だから表面上は笑顔で圧迫面接をしてきたという訳である。もし断ったら今から水利の話を止めたりは居ないが、何処かで事故でも起きるかもしれない。

「聞いたのだが木材が入用と言う話だそうだね。どうだろう、私の所では余っておる。少しばかり融通しても良いのだが?」
「有難いのですが、荒野に家を建て過ぎては禿山が増えてしまいます」
 早速来たので言葉の上では断りつつ、何らかの妥協を考えた。
アレクセイの話では素直に受け入れるのもマズイが、安易に断るのもマズイらしい。適当にお茶を濁して相手が断るか、将来を見越して続けるか悩むかくらいの取引に振り替えてしまう方が良いそうだ。どうしたものかと素早く思案した時、目に入ったのは伯爵の豊かな髪である。

ツルフサの法則と言うのを知っているだろうか?
指導者と言うのは対抗心もあったりするので、自分とは違うタイプの人物を引き立てるという話だ。地球でも某国家の書記長が、ツルツルとした禿頭とフサフサとした髪の毛の間で揺れていたらしい。

「ただ、このままでは我が領が立ち行かないのも事実です」
「植林事業という物を新たに立ち上げてみたいと思います」
「良く売れる木が増えのるを自然に任せるのではなく、育てる」
「伯爵の所から木を買わせて戴く毎に、何本か苗木に出資したいと思いますが、いかがでしょうか? これならば十年後・三十年後に山が禿げ上がるという事はありません。もちろん、運ぶためのゴーレムを金額次第で貸し出しても構いません。何しろ我が領でも苗木も木材も買うのですからお互いさまではないでしょうか」
 この話のポイントは『将来を考えたら』特だという事だ。
木々を伐採し続けたら当然山が禿げ上がるし、伯爵の領地だって近い場所にあるのだからウチほど酷くなくても豊富であるはずがない。洪水対策の治水ですら遅らせたのだからそれほど近いわけでは無いだろうが、大きく変わるとは思えないのだ。

もちろん『苗木の代金』を貰うだけ貰って、何もしないという考えもありはする。その場合は木材の売却益以上の儲けになるが、自分の領地を禿山にしたいならば好きにしろとしか言えない。

「植林か、考えても見居なかったが悪くはないな。孫の代に領地が寂れていたのではご先祖に申し訳が立たない。ミハイル殿、貴殿とは今後も上手くやっていけそうだな」
「そう願っております」
 どう判断したのか分からないが、表面的には満足したようだ。
俺の方では事の詳細を伝えて、アレクセイとニコライにちゃんと『植林事業と苗木の為の出資金』と銘打った書類を用意させるだけの話である。レオニード伯爵の所にも裏を通せば問題は無いだろう。コンスタン・ティン伯爵が金だけ貰って知らん顔するなら、将来に使用できるカードとして王様に提出でもするだろう。

なお、そんな認識は俺が貴族としてド素人だからである。
コンスタン・ティン伯爵が孫の話を出した段階で、『孫の代くらいで血縁の交流をするからよろしくな』という含みを持たせており、俺が『判りました。はい、どうぞ』と返してしまったことになるのだ。将来の話であるが、向こうの孫に嫁を出すか、こっちの子供の性別に合わせた養子の子供(親族)が送られてくるという流れが、この時に決まったのである。

「伯爵。せっかくですので、治水が完成する最後の一押しをやってみませんか? 飾った紐を切る事を最後のキーにしております。適当な刃物で切りますと、ゴーレムが槌を振り下ろして臨時の堤を破壊するのです」
「それでタメ池に水流れ、用水路にか? 面白そうだな」
 この世界に存在する現代知識も多いがテープカットもそうだ。
嫁入りの時に半分ほど家のシンボルカラーを入れ、残り半分を白とする。そして元の家由来の色彩を切ることで縁を切り、向こうの家に染まります……という儀式を元にしているのだとか。もちろん風俗は変遷するし、貴族同士の間柄は縁を繋ぐためなので、半々で切らずに一部の色を残して切るのだとか(なお、残った布は次の娘に使い回す)。

その話に準えたわけでもないが、見栄えがするシーンなので丁度良いだろう。

「……こいつ、動いたぞ」
「ワシの所のものだ」
「このテープを持ったらそうなる様に指示しています。皆で切ると、あの槌を振り下ろすのです」
 問題の領主たちには何も知らせてない。
コンスタン・ティン伯爵は部分的に知っているので涼しい顔だ。『四人が飾り紐を持つ』という一つ目のキーに対応して二機のゴーレムが槌を持ち上げ、ここから四人が鋏を入れると第二のキーに対応して振り下ろすという命令になっている。

ちなみにゴーレム魔法の火呪文は便利であるがゆえに、細分化が必要だったりする。新しい動作も、腕力付与も、勢い良く動くという命令も、全身の力を集中するという事なども動作系は全て一つの呪文でやっている。一つの呪文で済むというのは便利と言えば便利だが、特化していないので能力が微妙なのだ。それでも魔法での『ゴーレム作成』と『コマンドゴ-レム』より、ゴーレム魔法の時の『ゴーレムにおける四大属性の呪文』の方が概念の細分化が進んでいるわけだが。

「ほっほほ。良いかな? 一斉に切るのじゃぞ」
「「はっ」」
「……」
 コンスタン・ティン伯爵の指示で四人が一斉に飾り紐を持つ。
それぞれにタイミングが微妙に異なりながらも、伯爵が鋏を入れた前後でテープカットに成功。すると銅さ条件が整い、二機のゴーレムがゆっくりとそして力強く槌を振り下ろして臨時の堤を破壊した。

すると木材で造られた堤が崩壊。
そこから一気に俺の領地にある遊水池へと水が流れていく。ある程度溜まってタメ池になるまでは用水路に水が流れない。だが、この時点で目の前にある川の勢いは目に見えて緩やかになっているのだ。

「これでこの地が洪水に成る事は無い。そうだな?」
「はい。逆に渇水と成った時は、この池から水をお返しし足します」
「懸念は無くなった。そう思っておこうかの」
「そうだな。今はそう思うしかあるまい」
 時間があったので遊水池にはかなりの深さがある。
そこから水を元の流れに戻すのは無理だが、余裕があるからこそ下流には流し易い。上流の段階から水を分岐させ、川を広げて浚渫することが治水では重要なので、どのみち諍いを起こしている領主たちの畑はここより下流だからな。

そして、この段階を越えたことでようやく計画が動き出す。

「お二人の御料地で開墾を暫く行います。今ご覧になったように簡単な支持で、同じ動作を繰り返すようにしますが、必要ならば俺の部下が魔物狩りのついでに実行しますが、どうします?」
「ワシは良い。他人に領地を見せるべきではない」
「そうだな。他者に頼る時は最後の最後だ」
 俺の言葉に二人は少しだけ逡巡し、互いに意地を張った。
損得を考えれば俺の部下に任せてやった方が確実だし、簡単に作業が終わる。だが、他者に領地を見られたくない、マウントを取られたくないというのは領主たちの共通する思いだったらしい。もちろん明日にでも滅びるかどうかの時は全く逆で、家系を残すためになりふり構わず行動するだろう。今の所は仲の悪い領主が動かないから、張り合って自分も動かないという段階でしかなかった。

ともあれ、これでこちらの懸念は終了した。
ゴーレムは一機ずつ貸し出すが、定型的な命令しか与えられない様にプログラムして置けば良いし、そういう存在だと認識させておけば戦争に使い難いと思わせておけるからな。

「では『着いて来い』『あれを持ち上げろ』『降ろせ』『穴を掘れ』『その場を守れ』の五つの命令のみを与えておきます。しかし、ゴーレムは命令を与えれば与えるだけ弱くなるので、今は寿命の方を減らしておきます。そこの所だけはご注意ください。具体的な所作は、後で書状にしたためますので」
「言われるまでもない」
「判った。必要があれば呼ぶ」
 ひとまずこの五つの命令があれば問題なく作業できる。
着いて来たところで穴を掘れば川を浚渫できるし、荒野であれば開拓地になる。出て来た岩や伐採した木を持ち上げて移動も出来るし、盗賊や魔物が襲って来れば一定の場所で戦うだけの存在になる。また新しい命令で作業をするだろうが、この命令だけでは指定した場所で暴れることはできないというのは一目で判るだろう。

能力は一定の魔力を振り分ける為、命令を増やして賢いと寿命(保存性)が減る。その事を説明したことで、今後に『ゴーレムを寄こせ』と言わないと思われるので、ひとまず貸出に関する話はここで終了と言う所だ。

(タメ池になるのはまだまだ先だが、水道にも入り始めた筈だ)
(第一取水場にある程度は溜めてから、第二取水場にもだな)
(用水路もあるし、これでゴルビー地方でも農業が出来るだろう)
(ひとまずは荒れ地にゴーレムで開墾地を作って集団農業ってところかな? それなら難民でも見よう見まねで作業が出来るだろう)
 テープカットなんて派手な事をしたのは水道設置の為である。
その作業に隠れて竹で作った管を通し、出来るだけ合わせ目から土が入らないようにして埋めている。竹の筒は即席の地下水道として、まずは飲料水用に作った取水場から、ダイレクトに各村へと注がれるはずだった。用水路と違って人目や獣の目につかないこともあり、勝手に水を飲まれたり……体を洗ったりして泥まみれにされることもない。上水道とまではいわないが、かなり衛生面ではマシになるだろう。農業面でも生活面で、かなり向上したのではないかと思われる。

(あとは別荘を完成させて、その成果を踏まえていよいよ空中庭園を作るとするか)
 別荘で技術検証をしているので、空中庭園へ導入できるかが判る。
俺は転生者であっても、その辺りの技術者ではないので設備の作り方なんか知らないのだ。高低差を利用したりポンプっぽい事をしたり、噴水などの試みもしていた。流れるプールや水を溜めて閘門を用意したりくらいならゴーレムによる自動化で何とかなるが、噴水なんて上から下に水を落とすくらいしか判らないからな。その幾つかを試すためである。

上手く行けば空中庭園の上に水を汲み上げたり、そこから小さな滝を作ったり、地上部分には噴水を作って涼しげにできる筈だ。そして余った水は空堀を埋めることで、館を守ることになるだろう。

「魔王は倒した。報酬代わりの領地は良くしている。弟子たちの道も示した。後は俺が愉しむだけってな」
 ひとまず、ここで最低限の義務は果たしたと思うべきだろう。
魔法を倒してくれという神様のオーダーは越えているし、見込んでくれた伯爵や国王陛下への義理も果たした。妾として押し付けられた姉妹も、二人は多いが一人くらいなら何とかなる甲斐性も手にしたと言える。

終生の目標として砂漠の緑化を掲げた。
後は空中庭園を造る事で当面の目標に邁進しつつ、凄いゴーレムを作ることでロマンを満たせば良い。俺のマジカルライフは今の所、順調だと言えるだろう。
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