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新・番外編
バイロンside ~可愛い後輩に、はなむけを~②(本編裏ストーリー)
エレン様が辛いのはわかる。愛してやまない婚約者に冷たくされてきたんだから。だけど、それを一番近くにいるライアスに当たり散らすのはどう考えてもおかしい。
だけど俺にはエレン様をお止めすることは出来ない。ライアスの身を案じるしか出来ないのだ。
ライアスは子供の時から周りの皆に可愛がられてきた。そして成長するにつれて背もかなり伸び、腕っぷしも強くなって精悍な顔つきになったことで、周りのライアスを見る目が変わった。恋情を抱く者もちらほらと出てくるようになった。
だからこそ、皆はエレン様にあのように扱われるライアスが気の毒でならなかった。中にはエレン様に怒りを覚える者も少なくない。
ついには馬車の前に突き出されたらしく、本当に死ぬ一歩手前まで来てしまった。それなのに――
「それでも俺はエレン様のお側を離れたくないんです」
「馬車の前に突き出されたのにか? いつか死ぬかもしれないぞ!?」
「それでもです。俺はエレン様になら殺されても本望ですから」
「どうしてっ……」
「……俺はエレン様をお慕いしています。それを伝えるつもりはありませんし、俺の願いはエレン様に幸せになっていただくことですから。だから俺に対してどうであれ、俺はエレン様のお側を離れるつもりはありません」
盲目的ともいえる愛を抱いていたライアスは、どんなことを言われても、どんなことをされたとしてもそれでいいのだと言う。全て受け止めて差し上げたいのだと。
だがエレン様は益々癇癪が酷くなり、ランドルフ様もエレン様へ叱責されている。だが旦那様も奥様もエレン様を止めることも宥めることもなさらない。
旦那様と奥様、そしてエレン様の三人だけが、この公爵家で異質な存在となってしまった。
「はぁ……一体どうすればいいんだ」
ランドルフ様はエレン様のことで頭を悩ませる日々をここ何年も送っている。そして今日はどこぞの貴族に「いずれ王子妃となられる方なのにあれでは……ねぇ」とエレン様のことをバカにされたのだ。
婚約者候補が他にもいたにもかかわらず、旦那様が押し切って決めた婚約だ。今日会ったのはその婚約者候補だった家の当主だった。そいつは自分の息子の方が向いていると、言外にランドルフ様に言ったのだ。
「抗議文を送りますか?」
フィンバー家より家格は劣るというのに、厭味ったらしく笑いながらああ言われた時は俺だって頭にきた。
「……いや、止めておこう。ああ言われるたびにいちいち送っていたら日が暮れる」
「……かしこまりました」
エレン様の癇癪は王都に住む貴族の全てに知られている。恐らく、領地を治めている地方に住む貴族だってほとんどが知っていることだろう。貴族なんて悪意のある噂を流すことに躊躇なんてしない。
むしろ、筆頭公爵家であるフィンバー家を落とせるならばと意気込んでいるはずだ。
それとランドルフ様が頭を悩ませているのはそれだけじゃない。エレン様の使用人に対する態度も酷いものになった。
そのせいでここの使用人はエレン様に近づくことさえ嫌がった。エレン様の気分一つでクビになったり、もしくは命の危険もあるかもしれないと恐ろしかったのだ。
だけどライアスだけは変わらなかった。ずっとエレン様に付き従い、エレン様のご要望を全て叶えようとしていた。
「ライアス、何かあったら俺達に言ってくれよ」
「俺達は皆、お前の味方だからな!」
「ありがとうございます。でも俺は大丈夫ですから」
使用人達がライアスを気にかけ声をかける。エレン様の従者じゃなくて他の仕事に就けるよう旦那様に進言してやる、なんて言う奴もいた。だけどライアスはそれを断っていた。エレン様の従者以外、するつもりはないのだと。
だけどライアスがどれほどエレン様を気にかけ手を尽くしても、エレン様は変わることはなかった。
そしてついにあの日が訪れた。
「なに? エレンが帰って来ただと?」
エレン様の卒業パーティーの日、ランドルフ様は一人邸宅に残り仕事をされていた。そこへ使用人の一人が慌てて駆け込んで、エレン様が帰宅されたことを伝えにきた。まだパーティーが始まって一時間ほどだ。こんなに早く帰ってくるなんてどう考えてもおかしい。
どういうことだと驚いていたら、その使用人から衝撃の事実を告げられた。
「……なんてことだ」
エレン様が公衆の面前で婚約破棄をされたことを知ったランドルフ様は、深い深い溜息を吐き額に手を当てられた。
最悪な事が起こってしまった。きっとエレン様はあの場で罵詈雑言を吐き暴れたに違いない。王家との婚約破棄と、これから先のフィンバー家の未来が閉ざされるかもしれない非常事態。
ランドルフ様の執務室は一気に重い空気に変わってしまった。
「……父上と母上が帰宅次第、エレンを呼び尋問だ。そのようにエレンに伝えろ」
「あの、それがっ……エレン様より、旦那様方が戻られたら家族会議を開きたいとお申し出が……」
「なに? エレンがそう言ったのか? 本当に?」
俺もそれを聞いて唖然とした。あのエレン様が、自ら家族会議をしたいと申し出た? あり得ないと思った。何かの間違いだと思った。だけど。
「私、エレンを勘当してください」
応接間にて信じられない光景が繰り広げられていた。
エレン様の謝罪に始まり、勘当と国外追放を望まれたのだ。しかも、エレン様は今までとは別人のように、冷静で落ち着いていた。自らの悪行を理解し、反省し、処罰を望まれたのだ。
目の前にいるのは、一体誰だ……?
俺はもう訳が分からなくて、ただただその様子を眺めていただけ。従者として、いついかなる時も心乱さず冷静にいろと、その訓練だってしてきたのにそれは全く意味をなさなかった。衝撃が過ぎたのだ。
それから渋る旦那様を説得し、エレン様は平民へ落ちて国外追放となることが決まった。その時のエレン様は清々しい表情をされていた。
そして従者であるライアスにも申し訳ないと、彼を自由にしてあげて欲しいとエレン様は付け加えた。それを聞いて俺は、隣に立つライアスを見るも、こいつは顔色を無くしただただ絶望の表情を浮かべていた。
きっと使用人達はライアスが解放されると知って安堵するだろう。これでもう身に危険が迫ることはなくなったと。
だけど俺はライアスの気持ちを知っている。きっとこいつはエレン様に捨てられたと思っているだろう。そうとしか思えない表情だった。
「はぁ……一体何が起こってる……?」
「……俺も正直わかりません」
ランドルフ様が執務室へ戻られると、椅子にどさりと力なく座られた。いつもはきちんとされているランドルフ様でも、先ほどのことは衝撃が大きすぎてまともでいられないのだろう。こんな乱れたように座る姿は初めて見る。
「エレンが、あのエレンが! 謝罪と処罰を望んだんだぞ!? あれは一体なんなんだ!」
ランドルフ様はガシガシと髪を乱暴に掻き回す。こんなこと、今まで一度としてしたことはないのにだ。もう次期公爵家当主としての体面など気にしている場合ではないのだ。それに今ここには俺とランドルフ様しかいないのだし、問題はない。
あの場ではなんとか冷静にしておられたが、無理にそうしていたんだとわかる。
「俺も未だに信じられません。ですが、これでこの公爵家はなんとか持ち直すことも出来ます」
「……ああ、そうだ。その通りだ。その為の案を、エレン自らが申し出たなんて意味がわからない!」
「……とりあえず、婚約破棄の手続きと貴族籍の除籍手続きが行えるよう、出来ることをしておきます」
「……ああ、頼んだ。お前もきりのいいところで休め。この後のことは私一人でする。世話は不要だ」
「はい。では失礼します」
ランドルフ様の執務室を出て、足早に旦那様の執務室へと向かった。執事のチェスター様はきっと旦那様のところにいるはずだ。執務室の前に立つと、扉をノックしようとしたが聞こえてきた話し声にその手が止まる。
「旦那様、俺はエレン様に付いて行くことに決めました」
「……本当にそれでいいのか? お前は自由にしていいとエレンが言っていただろう? お前がエレンに何をされていたのかは知っている。それでも付いて行くと言うのか?」
「はい。俺はエレン様に命を救われました。エレン様にどうしてもそのご恩をお返ししたいんです。それにエレン様のあの容姿では、きっと色々と不都合も多いでしょう。俺ならエレン様をお世話するだけでなく、お守りすることも出来ます。ですのでその為に公爵家を辞することをお許しください」
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