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「ふふふ。お久しぶりですわゼフィロ様。お会いしとうございました」

「ははは。皇女は長くお待ちでしたからね。ゼフィロよ、なぜもっと早く来なかったのだ?」

「…………」

 え。ゼフィ様、無視? 返事しないの? 皇女様相手にそれいいの!?
 そしてそのおじさんは皇女様の知り合いか何か、なのだろうか。その人にも無視。

「照れていらっしゃるのかしら? 貴方の愛しい婚約者が参りましたわ」

「皇女様の美しさではそれも当然でございますね」

「…………」

 しかも無表情…。なのに皇女様は一向に気にした様子もなく楽しそうに話を続けている。そしておじさんも。

「わたくしと一緒に帝国へ参りましょう。そしてゼフィロ様の優秀な血を引くお子を設け、共に繁栄の道を歩むのですわ」

「それは素晴らしいです。そうなったらこのレトナーク王国も安泰でございます」

 王様や公爵様に婦人、そしてお兄さん方や勇者パーティの面々もいるのに、一切合切無視。皇女様が見ているのはゼフィ様のみ。凄いな。
 そしておじさんは皇女様に相槌を続けている。

 皇女様はうっとりと頬を染め、ゆっくりとゼフィ様に向かって歩みを進めている。
 
「ゼフィロ様……」

 ゼフィ様の目の前に来て、その白魚のような手を伸ばす。そしてゼフィ様に触れるその瞬間、ゼフィ様は射て刺すような瞳で、勢いよくその手を払い除けた。

「っ!? ゼフィロ様…?」

「貴様っ! 皇女様に何という真似をっ!」

「私に触れるな。許した覚えはない」

 淡々と話しているのに恐怖しか感じない声色。俺に言われたわけじゃないのに、ぞくりと背筋が震えた。

「わたくしはフェルスト帝国の皇女ですのよ!? そのような態度、許されるとお思いですの!?」

「私はお前の婚約者になった覚えもなければ、繁栄の道を歩むつもりもない。やりたければお前ひとりでやるがいい。
 そして宰相、お前は黙っていろ。面倒なことが増えるだけだ」

 こんな怖いゼフィ様を初めてみた。フォルトンの町でも怖いゼフィ様を見たけど、あれよりも数段冷えた声で寒気がする。
 そしてあのおじさんは宰相様だったのか。宰相って、何の仕事してる人?

「な、な、な…」

「…なんという不遜な態度っ! 勇者だと思って下手に出ればいい気になるなんて…」

 皇女様はギリギリと音が聞こえそうな程、手に持っていた扇を握り締めている。もう折れてしまうんじゃないだろうか。

「私にはもう既に愛しい婚約者がいる。お前なんかに構っている暇はない。さっさと国に帰ったらどうだ?」

「は? 婚約者ですって!? わたくしという志宝がありながら浮気などっ…! 許されることではありませんわ! どこの馬の骨ですの!? 今すぐその身をずたずたにしてやりますわ!」

「はぁ!? オルブライト公爵! どういうことだ!? 婚約者だと!? 話が違うではないか!」

 ひえっ…怖い…。ここでその婚約者が俺だってバレたら…。

「おや。何を言っているのか私にはわかりかねますね。約束も何もしていないではないですか」

「父上、そんな輩と口を聞くのは時間の無駄ですよ。
 ですが役者も揃っていることですし、折角ですから紹介しましょう。私の愛しい婚約者ならばここにいるウルリコだ」

 ですよねー! ゼフィ様なら言うと思ってましたー!

 ぐっと俺の腰を抱き寄せ頭にキスをする。俺を見つめる瞳は、さっきまでとは真逆の優しい眼差しだ。

「なっ…! 男!? それでは子が成せないではないですか!?」

「それでいい。帝国の繁栄と言ったな。どうせお前も私と私の子をいい様に使い潰すつもりだろう。帝国がこの世を支配するために。そんなものに使われるつもりなど毛頭ない。子も、火種となるならいない方が良い。
 私はこの愛しいリコと共にのんびりと生活するつもりだ。お前たちのような血なまぐさい繁栄などお断りする」

「な…何という事を…っ! 勇者の血を残すのは貴方の使命だと申し上げましたわっ! それを放棄するなどなんと愚かな!」

 ボキっ! と手にした扇は、とうとう壊れてしまった。その折れた扇を投げ捨て俺に向かって指を差す。

「お前は許さないっ! 邪魔なお前は死んでしまうがいいわっ!」

「そんなことを許すつもりはない。リコに指一本触れてみろ。お前の命を刈り取ってやる」

「わたくしに向かってそんな口を聞いて良いと思っているの!? …わたくしの思い通りにならなければ、この国がどうなるかわかっていて仰っているのかしら?」

「ほう? どうなるとは具体的にどうするおつもりか?」

 まるで一触即発な雰囲気。それに巻き込まれている俺。ゼフィ様の側にいれば大丈夫だと思うけど、死ねって言われて正直凄く怖い。

「ふん。こんな国など帝国の手に掛かれば一瞬で落ちますわ。お前のせいでこの国が無くなるのです。大人しくわたくしと結婚するというなら、考えて差し上げてもよろしくてよ」

「なるほど。戦争をするつもりということか。そこまで言うなら仕方がない」

「ふふふ。始めからそう仰っていればよろしいものを…」

 皇女様は勝ち誇った顔をした。それを見たゼフィ様は細く長いため息をつくと、王様の方を向いて口を開いた。

「この国は帝国により宣戦布告を受けました。ですので、返り討ちにしてよろしいですね?」

「……結局こうなるのか。仕方あるまい。許す」

「ありがとうございます」

「はぁ!?」

 え? 戦争!? 戦争するの!? ていうか、そんな簡単に戦争していいの!?

 皇女様も思ってもいない展開になってびっくりしてるし。
 あれ? 俺と皇女様と宰相様と帝国の騎士の人達以外は、全く顔色を変えてない。え。どういうこと? こうなるってわかってたってこと?

「よしゼフィロ。俺達も手伝おう」

「そうそう。僕たちにも活躍の場を与えてよ」

「わたくしもお力になりますわ」

 勇者パーティーの方々も乗り気だ。心なしか目がらんらんとしているような…。

「ゼフィロ、やりたいようにやりなさい。どうせこのまま放っておいても帝国との仲は良くなることはないだろう」

「そうですね。帝国がこれ以上、この国を脅かすことのないようしておけば安心ですもの」

 公爵様も夫人もにこやかだ…。

「魔王を討伐した勇者パーティーならば、帝国くらい敵ではないしな」

「お前にそんなことをさせるのは心苦しいけど、適任がお前たちくらいだからな。悪いがやってくれるか」

 お兄さんたちも納得してる。

「面倒ばかり掛けて申し訳ないな。終わった後の事はこちらで全て請け負う。だから好きなだけ暴れてくるがいい」

 陛下も苦笑いしながらもゼフィ様の背中を押している。

「陛下っ! お待ちくださいっ! そんなことをすれば…っ!」

「黙れっ! 時間はかかったが、お前と帝国の企みの証拠をやっと掴んだぞ。覚悟するがいい、売国奴が」

「なっ! うわぁ! なんだこれはっ! やめ、やめろぉ!」

 王様が宰相様を一喝すると、宰相様の周りに黒い渦みたいなものが現れ、一瞬にして宰相様をぐるぐる巻きにしてしまった。

「それ、僕のお手製の魔法の鎖。僕以外は解除出来ないから諦めてね。じゃ後は騎士の皆さんよろしく~」

 ギルエルミ様の掛け声で騎士が数人、宰相様を連れて部屋を出ていった。
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