ライフ・サンクチュアリ ~追放された回復術師の第二の人生~

都一

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第37話:時の揺り籠へ

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翌朝、夜明け前。アシュ、トーマ、オズワルドの三人は荷馬車に乗り込み、東部の古代遺跡へ向けて出発した。ミラとリアは見送りに来ており、心配そうな表情を浮かべていた。

「アシュさん、無理はしないでくださいね」

ミラが言った。

「分かってる。すぐに戻るよ」

アシュは微笑んだが、その笑顔には疲労の色が滲んでいた。右腕の痣は包帯で隠しているが、痛みは消えていない。

「エリーゼちゃんのこと、任せてください」

リアが言った。

「私たちが、しっかり守ります」

「頼んだ」

トーマは頷き、エリーゼの方を見た。少女は宿の窓から手を振っていた。トーマも手を振り返し、それから荷馬車に乗り込んだ。

オズワルドが手綱を握り、荷馬車は町を出た。東へ向かう街道は整備されており、比較的平坦だった。だが、目的地までは丸一日以上かかる。

「レオナルドの情報によれば、古代遺跡は東部の森の奥にある」

オズワルドが言った。

「そこに、時の揺り籠が眠っている」

「時の揺り籠...」

アシュは呟いた。

「生命の聖域と死の境界に続く、最後の遺産だ」

「三つが揃えば、何が起きる?」

トーマが聞いた。

「分からない」

アシュは正直に答えた。

「だが、ヴォイドはそれを必死に求めている。きっと、何か重要な意味があるんだ」

「だからこそ、渡すわけにはいかない」

オズワルドは真剣な表情で前を見た。

荷馬車は順調に進んだ。途中、街道沿いの宿場町で休憩を取り、昼食を済ませた。町の人々は旅人たちで賑わっており、商人や冒険者が情報交換をしていた。

「最近、東部の森で不審な連中を見たって話だ」

「黒いローブを着た奴らだ。何やら、遺跡を探してるらしい」

アシュたちはその会話を聞き、顔を見合わせた。

「ヴォイドが、既に動いている」

「急ごう」

三人は急いで食事を済ませ、再び荷馬車に乗り込んだ。

———

夕暮れ時、三人は東部の森の入口に到着した。深い森が眼前に広がり、巨木が空を覆っている。森の中は薄暗く、不気味な静寂が漂っていた。

「ここからは徒歩だ」

オズワルドが荷馬車を降りた。

「馬では、森の奥まで入れない」

三人は必要な荷物だけを持ち、森へ入った。木々の間を縫うように進み、獣道を辿っていく。時折、野生動物の鳴き声が聞こえ、枝が風に揺れる音が響いた。

「気をつけろ」

オズワルドが警告した。

「この森には、魔物も棲んでいる」

「ああ」

アシュは警戒しながら、周囲を見回した。彼の右手には、既にライフ・サンクチュアリの光が宿っている。いつでも発動できるよう、準備していた。

森を一時間ほど進んだところで、前方に建物の残骸が見えてきた。崩れかけた石柱、苔むした壁、割れた石畳。それは、かつて栄えた文明の痕跡だった。

「古代遺跡だ」

トーマが呟いた。

「こんな場所に、こんなものがあったのか」

「約三百年前、神官王がこの地を治めていたと記録にある」

オズワルドが説明した。

「だが、神官王が姿を消した後、この遺跡も放棄された」

三人は遺跡の中へ進んだ。石畳の道は雑草に覆われ、建物の壁には蔦が絡みついている。中央には大きな広場があり、その奥に巨大な神殿が聳え立っていた。

「あれが、時の揺り籠が眠る場所か」

アシュが神殿を見上げた。

神殿は石造りで、三階建てほどの高さがある。入口には巨大な扉があり、古代文字が刻まれていた。

「この文字...読めるか?」

トーマが聞いた。

「少しだけ」

オズワルドが目を凝らした。

「『時を超える者よ、ここに眠る力を求めるならば、覚悟せよ。命を代償に』...そんな感じだ」

「命を代償に...」

アシュは右腕を見た。既に、自分は代償を払い続けている。

「行こう」

三人は神殿の扉を押し開けた。重い音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。内部は暗く、冷たい空気が流れ出してきた。

アシュが光の玉を作り出し、内部を照らした。神殿の中は広いホールになっており、天井は高く、壁には古代の壁画が描かれている。壁画には、神官王らしき人物が描かれ、三つの遺産を手にしていた。

「これが、神官王の姿か」

トーマが壁画を見つめた。

「三つの遺産を手にしている。やはり、これらは一つの力として機能するんだ」

ホールの奥には、更に奥へ続く階段があった。三人は慎重に階段を下り始めた。石段は滑りやすく、壁は湿っている。

階段を下りきると、地下の大広間に出た。広間の中央には、白い光を放つ台座があり、その上に小さな砂時計が置かれていた。砂時計の砂は、上下逆に流れている。

「あれが...時の揺り籠か」

アシュが呟いた。

砂時計は美しく、神秘的な光を放っていた。だが、その光には何か不吉なものも感じられる。

「待て」

オズワルドが腕を伸ばし、アシュを止めた。

「罠があるかもしれない」

その時、広間の奥から声が響いた。

「よく来たな、アシュ・ルーンフォード」

三人は振り返った。闇の中から、複数の黒いローブを纏った人物が現れた。その先頭に立つ男は、フードを下ろしていた。

中年の男で、傷だらけの顔には冷たい笑みが浮かんでいる。彼の目は、狂気を帯びていた。

「お前は...」

「ヴォイドの幹部、ダミアンだ」

男は不敵に笑った。

「お前たちが来ることは、予想していた」

「ダミアン...!」

トーマが剣を抜いた。

「貴様、エリーゼを攫った張本人か!」

「ああ、そうだ」

ダミアンは肩をすくめた。

「だが、娘は無事だろう? 感謝しろ」

「ふざけるな!」

トーマが飛びかかろうとしたが、オズワルドが止めた。

「落ち着け。相手の狙いに乗るな」

ダミアンは笑いながら、時の揺り籠を指差した。

「お前たちの目的は、あれだろう? だが、残念ながら手に入れることはできない」

「どういうことだ?」

アシュが警戒しながら聞いた。

「罠だ。この神殿全体が、巨大な魔法陣になっている」

ダミアンは足元を指差した。確かに、床には複雑な魔法陣が刻まれている。

「時の揺り籠に触れた瞬間、魔法陣が発動する。そして、お前たちは永遠に時の狭間に閉じ込められる」

「なぜ、それを教える?」

オズワルドが疑わしげに聞いた。

「簡単だ」

ダミアンは冷たく笑った。

「我々も、罠を解除できないからだ。だから、お前に解除してもらう」

「俺に?」

「そうだ。お前はエターナル・サンクチュアリの使い手だ。その力なら、罠を無効化できるかもしれない」

アシュは黙り込んだ。ダミアンの言葉は、罠かもしれない。だが、時の揺り籠を手に入れるには、罠を解除する必要がある。

「もし、お前が罠を解除してくれたら」

ダミアンは続けた。

「我々は時の揺り籠を奪い、お前たちを殺す。簡単な話だ」

「ふざけるな」

トーマが怒鳴った。

「そんな話、誰が乗るか!」

「ならば、お前たちは何もできない」

ダミアンは肩をすくめた。

「我々は待つ。お前たちが諦めて帰るまでな」

緊迫した空気が流れた。アシュは考え込んだ。このままでは、膠着状態が続く。だが、時間をかければ、ヴォイドの増援が来るかもしれない。

「オズワルド、トーマ」

アシュが小声で言った。

「俺が罠を解除する。その隙に、お前たちはダミアンを倒せ」

「だが、危険だ」

オズワルドが反対した。

「罠が発動したら、お前は...」

「大丈夫だ。俺のライフ・サンクチュアリなら、何とかなる」

アシュは自信を込めて言った。

「信じてくれ」

トーマとオズワルドは顔を見合わせ、それから頷いた。

「分かった。お前を信じる」

アシュは深呼吸をし、時の揺り籠へ向かって歩き出した。ダミアンは興味深そうに見守っている。

「やるのか? 面白い」

アシュは台座の前に立ち、右手を時の揺り籠へ伸ばした。その瞬間、床の魔法陣が光り始めた。

「発動した!」

ダミアンが叫んだ。

魔法陣から光の柱が立ち上り、アシュを包み込んだ。彼の身体が宙に浮き、時間が歪み始める。周囲の景色が歪み、過去と未来が混ざり合った。

「アシュ!」

トーマとオズワルドが叫んだが、アシュの姿は光の中に消えていく。

だが、その時、アシュの右手が白く輝いた。

「ライフ・サンクチュアリ...全開放!」

白い光が爆発的に広がり、魔法陣を押し返した。時間の歪みが止まり、アシュは再び地面に降り立った。

「成功した...!」

彼は時の揺り籠を掴み、台座から取り上げた。罠は完全に無効化されていた。

「馬鹿な...!」

ダミアンが驚愕した。

「貴様、本当に罠を破ったのか!?」

「今だ!」

オズワルドとトーマが一斉にダミアンへ飛びかかった。ダミアンは慌てて防御魔法を展開したが、二人の連携攻撃は激しかった。

オズワルドの剣がダミアンの腕を切り裂き、トーマの拳が顔面に叩き込まれた。ダミアンは吹き飛ばされ、壁に激突した。

「くそ...!」

ダミアンは血を吐きながら立ち上がろうとしたが、身体が動かなかった。

「退却だ!」

他の黒ローブたちが煙幕を張り、ダミアンを抱えて逃げ出した。

「待て!」

トーマが追おうとしたが、煙幕で視界が遮られた。

煙が晴れた時、ヴォイドの姿はもう消えていた。

———

「アシュ、大丈夫か?」

オズワルドが駆け寄った。

アシュは膝をつき、時の揺り籠を握りしめていた。彼の右腕の痣は、更に広がっていた。首筋を超え、顔の一部にまで達している。

「ああ...何とか」

「無理をしすぎだ」

オズワルドは厳しい表情で言った。

「これ以上、力を使えば本当に死ぬぞ」

「分かってる...でも」

アシュは時の揺り籠を見つめた。

「三つの遺産が、揃った」

彼の手の中で、時の揺り籠は静かに輝いていた。そして、懐に入れていた生命の聖域と死の境界が共鳴し始めた。

三つの遺産が、一つの力として目覚めようとしていた。
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