上 下
2 / 3
Episode:01

Dreamer(1)

しおりを挟む
——————こんな夢を見た。いや、これは夢なのだろうか。とりあえず、ここでは便宜上「夢」としてこれまでの体験を綴ろうと思う。

    私は数年前までは証券マンとして××商事で働いていたのだが、週に何度か寝付けない日が続き、そこから変な夢を見始める。
    徐々に仕事にも影響しだし、仕事も辞めざるを得なかった。精神科に受診しても原因は分からない。日常生活もままならなくなっていった。
    
    その夢は誰かの人生を追体験するような…少年から青年になり、そして多分死ぬまでの…
    死んだら終わるのかも分からない。でも、その夢は妙に現実味のあるものなんだ。痛みを感じたり、料理を味わえたり…

    ———すまない

    今回はここまでだ。鎮痛薬が切れると、何も手に付かなくなるもんでな。   ーーーサクライ   


 この相談室は週に一度のしかも平日の深夜一:〇〇~二:〇〇というかなーりニッチな時間帯にある。しかもその最初のお便りということで背筋が伸びる思いのミツキだったが、歯切れの悪い手紙にどうすれば良いのか分からなくなり、固まってしまった。「前途多難」…その四文字が頭によぎった。後にも触れるがこの相談室は少し、いやかなり特殊なのだ。

 第一、通常の全国ネットFMで放送されるのは心理カウンセラーや弁護士等の専門家が回答する。だがここは違う。ミツキは確かに自他共に認める聞き上手だが、他人の人生を左右するほどの相談を受けたことはないし、回答できるほどの人生経験や知識を積んできてもいない。
 
 第二に、普通のテレフォン相談は長くとも十五分程度で結論に導かれて終了する。でもここは違う。一時間ある放送時間全てどころか解決しなければ一ヶ月に四回ある放送全てをかけてでも解決に導かねばならない。
 
 第三はその相談内容だ。基本的にこの種の番組では電話で人間関係や借金のような人に言えない悩み苦しみを吐き出す場である。しかしながらここは違う。自由に相談内容をお便りで予めリスナーから募集し、しかも複数件ある場合はミツキの独断と偏見によって相談内容を決定する必要がある。
 
 つまりは、このラジオ放送を生かすも殺すもついこの前までラジオとは何の関わりもなかったミツキ次第なのだ。

 
 ミツキはこの支離滅裂な手紙を淡々と読み上げて二、三秒固まった。とりあえず相談者が何を解決したいのか聞きだすために受話器を手に取る。
 この仕事を安請け合いした事に後悔しつつ、幼い頃、週末の昼下がりに車で聴いた懐かしい電話音に耳を傾けていた。

 数回の呼び出し音の後、くぐもった「もしもし」という男性の声が聞こえた。今にも魂が抜け出してしまいそうな、枯れ木のような、そんな第一印象だった。

 「はいもしもし、お便りを送って頂いたサクライさんですね。お便り拝見しましたが、いまいち相談内容が見えてこないのでもう一度詳しくお願いします。」
  
 「すみません…。正直言うと怖いんです。夢の中で死んでしまうと自分も死んでしまうのではないか。そんな曖昧でぼんやりで漠然とした恐怖…。横になるのが辛い、眠りにつくのが怖い、夢をもう見たくない……。」
  
 彼の震えがこちらにも伝わってミツキは身がすくんだ。話を聞きながらミツキは最後の一葉という自己犠牲の素晴らしさを説いた話を思い浮かべていた。ベアマン老人が死ぬ必要はなかったという人もいるようだが、命を犠牲にして命を救った、要は等価交換の一種であるとミツキは冷めた解釈している。その選択の結果若者の命を救い、傑作を残すことが出来たのだから割の良い交換だろう。
 
 まさか自分のラジオの初回、ましてや人生最初のラジオ相談内容が自分ではどうしようもないものでも良いのか、と少し狼狽えてため息を殺したミツキだったがこれ以外の選択肢は勿論存在しなかった。

 「ええと…。どうして自分は死んでしまうと思ってしまうのでしょう?それと夢の内容をより具体的にお願いします。」

 「小学校の入学式から始まり、麦わら帽子の青年の夏休み、紅葉が見ごろな山で散歩する家族と散歩する父親、そして入院して誰もいない病室でひっそりと降る雪を見つめる患者の順に見てきた、というか今もその冬のずっと独りの病室なんだ。しかも何故か夢なのに決まって前回の続きから始まるし、それが鮮明に記憶に残っているんだ。感触や会話内容全てがまるで自分の知らない自分であるかの…——————」
 
 彼は二、三度濁った咳払いをした。

 「私はもう一度社会復帰したい。医者にもお手上げだと言われた。掴める藁ならもう全てつかんできた。この夢をどうにかしたい。冷たくて薬品臭のする孤独の病室にはもういたくないんだ。それに実は死ぬと感じたのはここ最近の話なんだ。最近の夢では自分はもう寝たきりで喉や腕に管なんかつけてしまった上に植物みたいに動かない。こんな不吉な夢なんてもう二度と見たくないんだ。」
 
 自分にどうしろと?いい加減にしてくれ。自分は祈祷師でもなければ魔法使いでもない、ただの意志薄弱な女でしかない。名も顔も知らぬ、ましてや今日初めて声だけ聞いた人間の夢の中の話など天地がひっくり返っても干渉出来ないというに。今回は寄り添うことしか出来なさそうだな、ミツキはそんなことを心の奥底で呟いていた。
 
 
 腕時計を見るともう二:〇〇を回るところだった。
 エンディングのレット・イット・ビーに聴き入りながらローカルの週一しかない平日深夜FMのこんな番組によくぞスポンサーがついたものだと感心していると、ディレクターの岡が話しかけてきた。
しおりを挟む

処理中です...