30cmはキミとの遠いキョリ

真田 真幸

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side 航希

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 高校2年の冬休みがやって来た。

ホームルームが終わって早々に教室を出ようとしたにも関わらず、俺は女子の集団に足留めを食らっていた。

冬休みの予定を聞かれたり、年賀状を出してもイイか?と、顔を見知ってる程度の女子に聞かれる。

(正直、顔を見知ってるだけの奴から年賀状を貰ってもなぁ…。)

不機嫌に返事をして、教室から出たいところだが、こういった女子の集団は後々面倒なことを起こしかねない。

オマケに他の部員に「主将の取り巻きなのは悔しいけど、女子が沢山部活を見学してくれるのは、とてもありがたいし俺らには目の保養!士気も上がります!」とか言われているから、無下に出来ない。

(とりあえず、やんわりお断り…。)

「冬休みは殆ど旅行で居ないし、俺、筆不精だし返事は書かないけど、それでも良ければ…。」

「「「「「「えーー!?」」」」」」

揃って落胆の声を上げるが、俺には知ったことっちゃない。

(俺の冬休みは、あくまで俺の物であってお前らのもんじゃねーし!顔しか知らないお前らに年賀状をくれてやる義理もない!)

貼り付けた笑顔とは対照的に、現実に口に出来ない本音を心の中で叫んでいた。

「じゃあ、良い年末を!」

そう言って、唖然としている女子の集団から離れて教室を出た。






 現在、俺の身長は183cm。

高校に入るまではチビで、160cmあるかないかだった。

オマケに童顔だし頻繁に女に間違えられ、不本意ながら女系家系の我が家では、家族からも“カワイイ物”扱いされていた。

そんな俺がバスケを始めたのは中学時代から。

単純な話、NBAに憧れたのがキッカケだった。

2mオーバーの選手を相手に小柄な日本人選手がプレーしているのを見て、やってみたくなった。

身長が低いことをからかわれることあったが、そんなのはプレーで打ち負かす。

小柄な身体でも、瞬発力と小回りを生かしたプレーに自信があった。

大柄な奴らを出し抜いてコートを駆け抜ける事が、堪らなく面白かったのだ。

 そんな俺の周りを女子の集団が囲むようになったのは、1年の夏休み明け。

夏休みの間に俺の身長は一気に10cm以上伸びたのがキッカケで、知らない女子が話しかけてくるようになった。

『なんだか最近、女子に話しかけられるようになったなぁ…』

そんな風に思わなくもなかったが、成長期でいきなり身長が伸び始めたことで、成長痛に悩まされていたし、俺はバスケのプレイスタイルの変更を余儀なくされていて、周りを気にする余裕がなかった。

気が付けば、俺に話しかけてくる女子たちは集団になり、少々煩わしい毎日を過ごす状態…。

中身はチビだった頃と変わらないのに、容姿の変化だけで、ここまで露骨に態度が変わるものか?と苦笑するしかなかった。

そんな日々のなかで、俺に対する態度の変わらない女子はアイツぐらいだった。

騒がしい廊下を早足で歩き、二つ離れた教室のドアからアイツを呼ぶ。

「朝美、そろそろ帰ろうぜ~?」

「ちょっと待って!」

紺色のダッフルコートを羽織って、直ぐにこっちに来るかと思えば、朝美のいつもと違う行動に俺は釘付けになった。

手鏡を見ながら、小さな唇にほんのり淡い色を塗り込む。

昨日まで色気のない薬用リップを、鏡ナシで無造作に塗り込んでいた朝美が、まるで知らない女子みたいなことをしている。

色付いた唇を嬉しそうに眺めてから、前髪を整えて、鞄に鏡をしまう。

心臓がドクリと大きく鳴った。

(なんだコレ…?)

妙に落ち着かない…。

そんな俺の様子を余所に、朝美はクラスメイトに軽く挨拶を交わしながら、俺の方に駆け寄って来た。

「航希、お待たせ!」

「荷物、それだけか?」

熱を帯びた頬を片手で隠しながら、俺は朝美に訊ねた。

「うん、だいたい昨日のうちに持ち帰っちゃったから。あとは玄関で上履きを回収するだけだよ。」

「ん、じゃあ行くか。」

何時ものように朝美の鞄を持って肩に引っ提げて歩き出せば、朝美は小動物のように俺の後ろに付いて歩く。

 天真爛漫でオッチョコチョイな朝美は、幼い頃から俺の守るべき存在。

昔から女みたいな姿はコンプレックスだったが、危なっかしい朝美がいたお陰で、男らしく強くあろうと思えた。

朝美が俺の初恋で、その気持ちは現在進行形。

隣同士の俺たちは、生まれた時から一緒だった。

物心ついた時から、既に朝美は俺にとっては特別な存在だった。

親の話だと赤ん坊の頃からだったらしいけど…。

しかし、朝美に対して無邪気に“好き”だと言えたのは小学校の低学年までで、成長するにつれ気恥ずかしさからそれ以降は言葉にも行動にも出てはいない。

俺としては朝美を守る騎士ナイトのつもりだが、朝美に言わせればしっかり者のお目付け役らしい。

いつまで経っても朝美の中での俺の立ち位置は“幼馴染み”で、酷いと朝美のところの飼い犬でゴールデンレトリバーの“ゴン”と同列扱い。

悲しいかな…完全に“異性”として見られていない…。

だからモーションかけるにもかけられず、気が付けば現在に至る。

焦りが無い訳じゃない。

朝美の思考はまだまだ子供だし、いきなり告白して“幼馴染み”ですら無くなるのは、どうしても避けたかった。

でも…もう高校2年の冬だ。

(そろそろ何とかしないとなぁ…)

上履きからスニーカーに履き替えて、ふと後ろを振り向く。

「おい、朝美!上履き!」

さっき持ち帰らなければならないと話していた上履きを、靴箱に仕舞おうとしている朝美を止める。

なんだか今日は、いつもよりも朝美はボーッとしている気がする。

(考え事か?)

後ろからついてくる朝美の足音を聞きながら、最近雨が降らないせいか?ちょっと埃っぽい校庭を歩く。

ふと、先程のリップを塗り込む朝美の姿が過る。

(まさか、好きなヤツでも出来たのか!?)

そんな思考に至った俺は、思わず校庭の真ん中で立ち止まった。

朝美の周りにいる奴らには、早いうちから言葉少なに牽制をしてある。

必要以上に朝美に近づくなと…。

しかし、朝美が好意を寄せているなら話は別だ。

俺がいくら牽制したところで、朝美が行動すれば意味がない。

焦り気味に振り返ろうとした時、背中に衝撃を感じると同時にくぐもった朝美の声が聞こえてきた。

何故かおっちょこの朝美は、タイミング良く気の抜けたドジをやらかす。

さっきまでの焦った気持ちは何処へやら…。

拍子抜けして、何時もの口調で朝美の様子を確認する。

「…さっきからどうした?今日はなんかボーっとしてるけど?」

それでも考えていることを見透かしたい一心で、約30cm下にある朝美の顔をジーッとみた。

「あ…まぁ…ちょっと考え事をね…」

ニャハハと笑う朝美の誤魔化し笑いを見て、俺は不安な気持ちを押し殺して歩き出した。 





 時刻はスッカリお昼を過ぎていた。

腹を空かせている上に色々と悶々としていた俺は、どうでも良いことで朝美をからかう。

「あれ?お前って女だっけ??」

だけど、朝美はいつものように反論してこない。

ちょっと傷付いたような顔して立ち止まっている。

(…やっぱり、今日の朝美は変だ。)

なんだか胸がザワつく。

「朝美?」

心配になって声を掛ければ、何でもない!と朝美は返事をする。

朝美の変化に動揺していたが、俺はいつも通り勝負を吹っ掛けた。

「コンビニまで競争しよう!俺が勝ったら肉まん奢れ!」

そして、何時ものようにズルして先に走り出す。

「クッ!現役スプリンターを舐めんなよ!!」

勝敗なんていつも決まっている。

どんなズルをしたって、朝美の足には敵わない。

いつもの交差点を過ぎた辺りで追い抜かれ、先にゴールした朝美はコンビニの看板を支える支柱にタッチして勝ち誇って笑っていた。

聞けば朝美はこの前、自己新を更新したと誇らしげに胸を張る。

両手を膝につき、息を整えていると朝美は俺の頭を少し乱暴に撫でてコンビニに入っていった。

(ますます朝美に勝てなくなる…。)

競技会に出れば、大学のスカウトに話しかけられるような実力を朝美は持っている。

そんな朝美に、そもそも勝とうとして毎度勝負を吹っ掛けるのは、無謀なことだと理解していた。

(だけど…勝たなきゃ…俺は…)

自動ドアの向こうを見れば、朝美はコンビニのおばちゃんとおでん鍋を覗きながら談笑している。

俺はコンビニの入るとコーラを冷ケースから掴み、レジへと向かった。





 朝美と二人、コンビニ前の防波堤の上に座って海を眺めながら、肉まんを頬張る。

大きめの何処ぞの中華街風の肉まんにしたものの、やっぱりあまり腹の足しにならない。

隣をチラリと見れば、朝美がほんのり色付いた唇でつくねを食み、頬張っていた。

「本当に憎たらしいほど旨そうに食うよなぁ…お前。」

色気より食い気の朝美は、何を食べるにしても幸せそうに食べる。

しかし、今日の朝美はリップの色のせいか?

なんだか…食い方が色っぽい。

これ見よがしに旨そうにニッと笑う顔は、いつも通りなのに…。

「仕方ないなぁ~、幼馴染みのよしみでつくね一つ上げるよ。」

串に一つ残ったつくねを朝美は横向きに差し出してきた。

俺はそのままつくねにかぶりついた。

「ちょっ!自分で食べなさいよ!」

慌てる朝美の頬に赤みが灯る。

(少しでも俺を意識してくれ!)

朝美は少し俯いて居心地悪そうに、チラリと横目で俺を見た。

ブッと吹いて朝美が笑い出す。

「そうしてるとウチのゴンにソックリ!ボールかじって散歩ねだるとこと一緒!」

俺はわざとつくねをくわえたままでいた。

こうすれば朝美は笑顔を返してくれることは、長年の付き合いで分かりきってる。

(こんなんだから男に見られねぇーんだろうけど…)

海風で少し冷めたつくねを、咀嚼して飲み込む。

「失礼なこと言うな!俺はゴンよりはイイ男だぞ!」

「はいはい、そうですねぇ~!」

適当な返事を返して、朝美はコンビニのゴミ箱に捨てた後、窓に写る自分の顔を見つつリップを塗り直す。

(…朝美と離れたら…こうやって俺の知らない顔が増えていくのかなぁ…。)

今まで無邪気なだけだった朝美が、“女の子”としての顔を持ち始める日が来ることは、何となく想像はしていたけど、まだ先の事だと思っていた。

正直、今日その日が来るとは思っても見なかった。

そして、こんなに切なくなるとも…思っても見なかった…。

俺の為に朝美が“女の子”になってくれたなら、どんなに嬉しかっただろう?

もしかしたら、俺の知らない他の男の為に“女の子”になったんじゃないか?

そんな気持ちが“女の子”としての色を持った朝美を見るたび、俺を切なく思わせる。

朝美のことが好きなのに、あえて幼馴染みの境界線から脱することをしなかったのは…俺だ。

「冬休みを満喫出来る最後の冬休みだなぁ…」

最後の冬休み…そうだ…もう…俺と朝美には一緒にいられる時間がそんなには残されていない。

自分が発した言葉に、俺は更に自覚を深める。

「そうだね、来年は受験だし。キミとバカやってられるのもあと1年ちょっとなんだよね…。」

朝美の発した音色は、何時になくしんみりしたもので、少しでも俺と居られなくなることを惜しんでくれているように思えた。

「なぁ…俺がココから離れたら…朝美は…寂しいか?」

真剣に朝美に俺は問いかける。

彼女の心の中に、俺の存在がどれだけの比重で住み着いているのかを知りたかった。

朝美は俺の真剣さを汲み取ってくれたようで、ふざけたりしないで真っ直ぐ俺を見て答えてくれた。

「多分…寂しいかも…ずっと…一緒だったし…」

「そっか…」

朝美に気持ちを告げるのは…今しかないと思った。

巣立ちの準備が始まる前に、もっと朝美の心の中に入り込んで忘れられないようにしたい。

出来れば…朝美との未来に繋げられるほどに…。

俺はスマフォを取り出し、メッセージを打ち込み始めた。

あとは返信ボタンを押すだけだ。

顔を上げると少し暖色が滲み始めた海と空を朝美は眺めていた。

少し大人びた朝美の横顔を見つめ送信ボタンをタップながら、俺は朝美に話し掛けた。

「…なぁ、家まで競争しようか?」

「えっ!?」

同時に朝美のポケットに入っているスマフォがSNSの着信を告げる。

ちょっと待っててと朝美に告げられ、画面を凝視する朝美の様子を見つめた。


“朝美のことが好きだ!”

「…」

そこに綴られた10文字のメッセージを、朝美はポカーンと口をあけて目を瞠ったまま見つめてる。

「…先に行くぞ!」

少し上擦ってしまった声にカッコ悪さを覚えながら、わざとニッと笑い顔を作って朝美を見つめてから俺は走り出した。

今までで一番ズルい勝負の吹っ掛け方だった。

それでも俺は、朝美に勝って告白したかった。

小さい男だと言われても、譲れないプライド。

そのせいで、朝美に告白出来なかった。

だけど…もう良い!

朝美が俺のものになってくれるなら…小さくて卑怯な男でも構わない!

(追いかけてこい!朝美!)

そう願いながら、俺は家路を駆け抜けた。





 ちょっと緊張しながら、家の前で朝美を待つ。

走ってきた朝美は何時になく余裕のない様子で俺の前に立ち、何度も息を吐く。

「へっへっへっ!俺の勝ち!」

熱を帯びた顔を自覚しながら、いつもの朝美の台詞を真似る。

ふざけるな!ズルい!と、真っ赤な顔で抗議する朝美を可愛いと思いながら、どうしても朝美に勝って告白したかったと告げる。

朝美は眉を寄せたまま、無言で俺を見上げる。

長い沈黙に耐えきれず、俺は答えをねだるように朝美と目線を合わせた。

「…朝美…返事は?」

朝美は大きな瞳で俺を見つめる。

思えばこんなに近くで朝美と顔を合わせて話すのは久しぶりな気がする。

それより何より、淡く色づいて潤んだ朝美の唇が何か言いたげに動くのをジーっと見てしまう。

そんな俺の視線に気がついたのか?

朝美は急に恥ずかしげに俯いた。

「朝美?」

不安になり切羽詰まった声で名前を呼ぶと、朝美は俺の制服の裾をキュッと掴んだ。

「その前に…ちゃんと聞かせて?」

「え?」

「…キミの…声で聞かせて欲しい…」

夕日のせいだけじゃない紅く染まった柔そうな頬に、触れたくなるのを必死に抑え込む。

恥ずかしそうに揺れる大きな瞳は、俺だけを映し出していて、それだけでどうしようもなく歓喜が込み上げてくる。

俺は自分の頭を掻きながら、肺が空っぽになるほど大きく息を吐いて、あの言葉を朝美に告げた。




Fin
    
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