初恋カフェラテ

真田 真幸

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本編

ハートのカフェラテ

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 深くロストされた珈琲の香り、ミルクを泡立てる音…。

その香り…その音…

彼はカフェラテを淹れてくれているのだろう…。

だけど…何故、今更に彼が私と話がっているのか…私には分からなかった。

別れて3日で電話の着信歴は止まったし、もう“お試し”の彼女だった私のことなんて忘れているのだろうと思っていた。

だからこそ、今日私の目の前に彼が現れたのか
理由が分からなかったし、苦しそうに私を見つめる彼の考えていることが全く分からなかった。

「カフェほど上等なカフェラテじゃないけど…」
 
私の前に差し出されたマグカップには、ハートのラテアートが浮かんでいた。

いつもカフェで彼が淹れてくれていた、このカフェラテを見るのは…とても久しぶりだった。

だけど、今何故?

別れた女のために、このカフェラテを彼がわさわざ淹れたのか分からない…。

困惑する私の左側、いつもの指定席に彼は腰を下ろした。

「俺ね…いつもこのカフェラテを淹れて、つぐみに渡すたびにずっと伝えたい気持ちを込めていたんだ…。仕事を頑張って来て、疲れを癒す為にカフェに来るつぐみが少しでも笑顔になれるように…。」

彼はそう言いながら、ベッドの傍らにあるブランケットを取って“お試し”で付き合っていた時の様に、いつも通り寒くないように私の膝にかけてくれた。

「それと…俺の気持ちが…つぐみがカフェラテを飲むたびにつぐみの心に染み込んで伝わってくれるように…。」

「…えっ…?」

彼の言葉にドクリも心臓が揺れる。

俯いて話す彼の表情は見えない。

浅ましくも心の中に、希望がもたげるのを私は必死に抑え込んでいた。

これ以上…勘違いして…期待して…傷付きたくなかったから…。

「…臆病で…フラれたくなくて…つぐみにずっと気持ちを伝えられなかったんだ…。だから…あの時…“お試し”なんて言っちゃって…それでも3ヶ月の“お試し”が終わったら、告白しようと思ってた。結局…ちゃんと気持ちを伝える前に…つぐみにフラれちゃって…凄く後悔した。“お試し”って言葉でつぐみを縛りつけていただけで、なんで俺はつぐみとちゃんと向き合わなかったんだろう…って。」

彼は私の方を向いて、真っ直ぐに私を見つめる。

その視線から逃れようとしたが、既に縫い止められた様に、彼の柔くそれでいて真っ直ぐな眼差しから目を反らすことは出来なかった。

「俺は…つぐみが好きだ。」

その言葉に私は目を瞠った。

愛しげに…そして…切なげに…彼は私をみつめていた。

欲していた確かな思いの詰まった言葉を、彼からやっと貰えたのに、私は彼の様子から喜ぶことが出来なかった。

とても…彼は苦しんでいるように見えたから…。

「今更で…ゴメン。でも…ちゃんとつぐみに伝えたかったんだ…。例え、つぐみにもう好きな人がいても…ちゃんとつぐみにフラれないと…俺…つぐみを手離してやれないと思ったから…。つぐみには幸せになって欲しいから…。」

「…私の好きな人?」

「…先週の木曜日、大学で使う資料集めに都内に出たとき、つぐみと背の高い男が歩いているのを見た。…新しい…彼氏…なんだろう?親しげだったし、彼は俺のこと知ってるみたいだった。」

木曜日…それはプレゼンのあった日。

(私が男性と二人で歩いていた…って…)

ふと、高峰先輩の言葉が頭に過った。

『煽った責任は取るつもりはない。まぁ…素直にならなかったお前が悪いんだし、後は自分で何とかしろ!』

(もしかして…このこと!?)

私の知らないところで何をやってくれてるんだ…。

…でも確かに、先輩が言う通り…素直にならなかった私が悪い。

早く素直になっていたなら…彼をこんなに苦しめたりせずに済んだのに…私は臆病なあまり彼から逃げたんだ…。

ちゃんと…私も向き合わなきゃ…。

「…違うの。」

「え…?」

「その男の人…会社の先輩で…私が自分の気持ちに素直にならないから…幸太くんを煽っただけなの。」

「…どういうこと?」

「高峰先輩は私と幸太くんのデート現場を見てて、だから知ってただけで、恋人とかじゃないし、ただの会社の先輩、後輩で一緒に営業に回ってるだけの間柄なの。」

幸太くんは驚いた顔をして私を見つめていた。

驚いて当たり前だよね…。

ただの会社の先輩が、面白半分に幸太くんを煽っただけだなんて…。

「…本当?」

「うん、本当に何もないの。」

少し安心した様な顔をした幸太くんを見て、私も一つ誤解が解けたことに安堵した。

問題は…ここからだった。

高峰先輩にも指摘されたこと…。

あの時ははぐらかしたけど、幸太くんにははぐらかしたりしちゃいけない。

(私が持つ恋愛のトラウマを…話さなきゃ…。)

震える手をギュッと握り込んで、私は話し始めた。

「私ね…高校時代に…好きな人がいたの…。」

その言葉に、幸太くんが纏う空気が少し重くなるのを感じた。

だけど、ここで話を止める訳にはいかない。

私はありったけの勇気を出して話を続けた。

「いつも一緒で…私、両想いだと思っていたの。確かな言葉はなくても…キスされたこともあったし…だから…もう付き合っているってそう思ってた。だけど、ある日いきなりその彼に恋人が出来て『私の付き合ってるのに酷い!』って怒ったら“お前とは付き合ってない!お前が勝手に俺を好きになっただけだろう!”って言われて、酷く傷付いたことがあって…」

「…」

幸太くんの表情が強張る。

明らかに怒っている。

私はいたたまれず、少し俯いて話を続けた。

「…だから…“お試し”だって幸太くんが言うし…本当に好きになっちゃダメだって思ってたの。幸太くんを好きになって、また…勝手に好きになっただけだって言われて…フラれたらどうしよう…って…怖くて…。だから…素直になれなくて…でも…なんでもないふりするのが辛くて…我慢できなくなっちゃって…それで…」

幸太くんを苦しめてしまった手前、私には泣く権利はないと思っていた。

だから、ちゃんと全部泣かずに話そうと思ったのに、途中からどうしようもなく泣けてしまった。

「ゴメン…ちょっと…待ってね…」

私は泣き止もうとして、幸太くんに背を向けた。




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