侯爵様と家庭教師

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30 家庭教師、捕縛

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 玄関ホールは水を打ったように静まり返った。
 リュネットは身動きも出来ず、ハウスの掲げる『逮捕状』に黙って視線を向けていた。

「……窃盗? 傷害?」

 目の前の警部は確かにそう言った。彼が掲げる紙にもそう書いてある。
 確かめるように呟くと、そうだ、と警部は頷いた。

「なにかの間違いではございませんか?」

 茫然としているリュネットを庇うようにハワードが前に進み出る。そうして、掲げられた逮捕状を検めさせてもらった。残念ながら偽造ではなさそうだった。

「あんたは?」

 書面をじっくりと眺める背の高い男が誰なのかと怪訝そうな目を向けられたので、ハワードはすぐに姿勢を正し、丁寧な会釈を向けた。

「失礼致しました。当家の家令を任されております、トラヴィス・ハワードと申します。現在、主人が所用で出ておりますので、わたくしが代わりにご用向きを伺いたく存じます」

 どのような相手に対しても決して礼を失しないことで、主家の品位を見せつける。
 しかし、この刑事にはどんな態度を示そうとも関係はなかったようで、ハワードの様子をじろじろと不躾に確かめたあと、ほうほう、とハウスは頷いた。

「これは間違いじゃないよ。お前さん、ホルス男爵はご存知かね?」

 その名前はハワードには心当たりがなかったが、リュネットにはあった。

「以前勤めていたお宅です」

 素直に答えると、そうだろう、とハウスはしたり顔で頷く。

「そちらの奥方からな、貴金属が何点か失くなっているという届けがあったんだよ。ここ最近で辞めたのはお前さんだけだというし、一番怪しいのはそういう人間だからな」

 ハウスの言葉にリュネットは思わず顔を顰める。そんな理由で逮捕状まで用意され、窃盗犯扱いされているというのか。

「証拠はなんですか? その男爵夫人の訴えだけが根拠ですか? そのような話だけでか弱い女性を逮捕など、天下のロンドン警視庁スコットランド・ヤードの対応としてはどうかと思いますけれど」

 ハワードも疑問に感じたらしく、チクリと棘を含んだ口振りで尋ねる。その言葉にハウスは少しムッとしたような表情になった。

「疑いのある者を取り調べるのも、我々警察の役目ですからな」

「では、ミス・ホワイトの容疑は確定ではないのですね? それで逮捕状ですか……」

「あんた……ハワードさん、だったか? うるさいねぇ」

 小さなことをいちいち指摘し始めたので、ハウスはますます嫌そうに顔を顰めた。

「とにかくね、こっちはロンドンからわざわざ出て来たんだ。一緒に来てもらうよ」

 抵抗はしない方が身の為だ、と言いながら、玄関の脇に控えさせていた部下らしき若い男に合図を送った。男はドアを開けて外で待機していた他の二人を呼び寄せ、小柄なリュネットを威圧するように取り囲む。
 大柄で体格のいい男達に囲まれ、ただでさえ男性が苦手なリュネットは僅かに青褪め、全身に緊張を走らせた。

「盗品は何処にやったんだね? すべて揃えて返還すれば、多少は罪が軽くなるぞ」

「覚えがありません」

「売ったのか?」

「本当に知りません」

 嘘は一切言っていない。リュネットには本当に身に覚えがないことなのだ。
 ホルス男爵夫人の貴金属を盗んだという話だが、リュネットが彼女の部屋に入ったことがあるのは、解雇を言い渡されたあの朝だけで、五分ほど金切り声で捲し立てられたあとに部屋を追い出されているので、盗み出しようがない。夫人は支度椅子に腰かけて怒鳴り散らしていたが、その隣には侍女も控えていたし、彼女達の背後にあった化粧台にしまわれている宝石箱を開くのは無理だった。

 そのことを説明してみるが、ハウスはまったく信用していないようだ。ふふん、と鼻を鳴らし、部下達に向けて顎をしゃくった。
 指示を受けたうちの一人が頷き、素早くリュネットの背後に回り込むと、肩を押さえて腕を後ろに回し、その姿勢のまま固定してしまう。リュネットは驚いて抵抗しようとするが、腕を捻るように引っ張られるのでやめた。

「その手を離しなさい! 彼女は逃げも隠れもしませんよ」

 乱暴な扱いを受けるリュネットの様子にハワードは声を荒げたが、ハウスも部下達も素知らぬ顔で聞き流す。騒ぎを聞きつけて集まって来ていた使用人達も、そんな刑事達の様子に不満げな顔を向けるが、彼等が聞き入れる様子はなかった。

「取り敢えず、お前さんの荷物を調べさせてもらうよ。部屋は何処だね?」

 最近は塔の部屋で起居していたが、持ち込んでいるのは少しの着替えと裁縫道具くらいで、あとの荷物はまだ家庭教師ガヴァネスの部屋に置きっ放しになっている。必要なものだけをたまに取りに行くような状況だ。
 そういう事情から三階の部屋の位置を教えると、警部達はすぐにそちらへ向かうことにしたらしく、リュネットの腕を引いて階段を目指した。

「わたしが立ち会います。皆は仕事に戻っていなさい」

 集まっていた使用人達に指示を出し、ハワードも警部達のあとを追って三階へと駆け上がった。

 警部と部下の刑事達は部屋のドアを開け、ぐるりと中を見回す。教科書や教材、資料集などがぎっしりと詰まった本棚が壁一面にあるので、少し驚いたのだろう。
 ざっと室内の様子を探ったあと、ハウスの指示に因って二人の刑事達がクローゼットを開き、戸棚を漁り、小間物箪笥の抽斗の中も確かめ始めた。
 何人もの男性に部屋の中を荒らされる様子を見ているのはなんだか嫌な気分だったが、仕方がない。リュネットは時折感じる腕と肩の痛みに顔を顰めながら、黙ってその様子を見守った。

「ハウス警部」

 クローゼットを探していた刑事が衣装箱を引っ張り出した。蓋を開けて中を確かめると、クリスマスにマシューから贈られた菫色のドレスがしまわれている。

「随分と高価そうなドレスですな」

 女性の衣装の値段など知っていそうにもないハウスだが、滑らかな手触りの絹のドレスはさすがになにか違うと感じたのか、リュネットの様子を窺うように振り返った。

「頂き物です」

「こんな高価そうなものをかね?」

 リュネットの答えをハウスは鼻で笑った。どうやらこのドレスも盗品かなにかだと思われているらしい。確かにリュネットの収入ではかなり無理をしないと買えないようなものだし、身の丈に合った品物ではないのは明らかなので、そう思われても仕方がないことだろう。
 とても嫌な気分になりながら、そうです、と頷いた。一緒に成り行きを見守っていたハワードも頷いた。

「確かにそれは当家の主人がこの方にお贈りしたものです。必要とあらば、仕立てたときの請求書をお見せ致しますが」

「では、こちらもかね?」

 ハワードの説明を聞きながら、もうひとつ出て来た箱も示す。そうです、とリュネットはまた頷いた。あの箱には青いドレスが入っている。そして、更に奥にもうひと箱、メグの結婚式のときに着た淡いラベンダー色のドレスもしまわれている。

「どれも当家がご用意致しました。お疑いならば仕立て屋にご確認を」

 すかさずハワードが説明する。ハウスは訝しそうな顔をしていたが、手帳を取り出した。

「まあ、それが本当なら、今回の件とは関係ないんだろうがね……何処の店だね?」

「リージェント通りストリートのマダム・ミレーユの店です。十一月にそちらの二着を、そのあとにもう一着を注文しています。請求書もすぐにお見せ出来ます」

「そうですな。一応あとで見せて頂きましょう」

 メモを取った手帳をしまいながら、しかしねぇ、とハウスは胡乱な目を向ける。

「ご婦人のドレスの価格等、あたしゃよう知りませんがね。こういうのは高価なんでしょうなぁ。そういうのを三着もとは……こちらのご当主と、その女はどういった関係で?」

 上等な絹のドレスは他人に気軽に与えるには安くない品物なのは明らかだ。不審に感じられても仕方がないことだろう。
 二人の関係をどう説明するべきか、とハワードは一瞬考える素振りを見せる。婚約者と呼ぶにはまだ曖昧な関係であるし、妹の親友だと言えば、贈り物の相手としては少し微妙な間柄ではないかと思われる。

「主人が後見人をなさっているのです」

 最適なものはこれだろう、という関係性を示す。顧問弁護士のマクガイヤが文書にしてくれている筈なので、確認されても問題はない

「後見人、ですか」

「然様でございます。ミス・ホワイトは主人の妹君の、昔からのご友人でいらっしゃいます。幼い頃にご両親を亡くされ、身近に頼れる親類も特にないということで、当家が後見人となりました。顧問弁護士のジェレミー・マクガイヤ先生にお尋ね頂ければ証明もしてくださいましょう」

 同意を求めるように視線を向けられたので、リュネットも頷く。
 後見人ならば、生活の面倒を見ることがあってもなんら不思議はない。必要とあらば、ドレスの二着や三着ぐらい用意するものだ。

「それはまた、ご大層なことで」

 ハウスはせせら笑う。
 この間にも刑事達の捜索活動は続けられていて、整えられていた部屋の中はすっかりと荒らされてしまっていた。彼等は片づけてはくれないだろうし、自分がやるしかないのか、と心中で溜め息を零す。

「警部、こんなものがありました」

 机の抽斗を漁っていた刑事が、平たい箱を掲げ持った。
 見覚えのないそれに、なんだろう、とリュネットは目を眇めるが、二週間ほど前に受け取った差出人のない小包だと気づく。
 開けてみろ、とハウスが顎をしゃくって示すと、刑事はすぐに包みを破き捨てる。包みの中はロンドンの有名な菓子店の箱だった。

「――…ありました、警部!」

 包みを開けていた刑事はにんまりとして振り返る。
 開いて見せた菓子箱の中には、幾重にも折り重なったレースのハンカチと、それに包まれた首飾りや指輪などが十点ほど入っていた。
 そんなものが自分のところにあったことが信じられなくて、リュネットは思わず息を呑む。その仕種が、隠していたものが見つかって動揺しているように見えたらしく、ハウスはとても底意地の悪い笑みを浮かべて見下ろすように睨めつめた。

「これはなんだろうなぁ?」

「し、知りません……」

「知らんってこたぁないだろう。お前さんの部屋から出て来たんだぞ? ん?」

 ハウスは箱の中をざっと漁り、そのうちのいくつかを手にしてリュネットに突きつけた。

「綺麗だなぁ。若い娘にはさぞ魅力的なものだろうよ」

 盗みたくなる気持ちはわかるよ、としみじみ零される。品物が出て来たことで完全にリュネットを犯人だと決めつけている。

「本当に知りません。その包みも、十日ぐらい前に届けられて、心当たりがないので開けずにしまって置いたものです」

「白々しいな」

「本当のことです!」

 どう説明すれば信じてもらえるのだろうか。いや、どのような言葉を使っても、いくら説明しても、きっとこの警部は信じてはくれない。リュネットが犯人だと断定している。
 リュネットは悔しくなって唇を噛み締めた。
 ハウスは手に持っていた宝石を戻し、部下に「確認しろ」と懐から封筒を取り出した。受け取った部下は封筒を開き、盗難された貴金属が目録となっている書面を読み上げる。

「エメラルドの指輪、ダイヤモンドの指輪、真珠のピン、花モチーフの腕輪、翡翠の腕輪と簪、琥珀の首飾り、黒真珠のブローチと指輪……ルビーの指輪。目録の十点すべてありました」

「サファイアの首飾りはどうした?」

 部下の報告を聞いていたハウスは眉間に皺を寄せて尋ねる。

「え? 目録にはありませんが……」

 尋ねられた部下は部下で、目録に記されていたものと一致したのに、と不思議そうな顔をした。

「よく探せ。青い石だ」

 その言葉にリュネットはハッとした。

(まさか、お母様の首飾りのこと……!?)

 リュネットが唯一持っている母の形見であるスターサファイアの首飾りは、いつも肌身離さず大切にしまっていて、今も胸許に入れてある。
 その首飾りのことを知っているのは、限られた人間だけだ。

 リュネットはすぐに気づいた。この捕り物が仕組まれたことであり、それを仕組んだ人物のことを。

 ドナルド・スターウェルは、リュネットから家や思い出のすべてを奪い尽くしただけではなく、今度は牢獄に閉じ込めようというのか。
 前科がつけば就職の障害になるのは必至だ。上手く隠していられたとしても、いずれはバレることだし、しかもそれが窃盗罪だというと、なにをしていなくても手癖の悪い女だと判断される。即座に解雇をされるのは目に見えている。

 何故ここまでのことをされなければならないのか、と恐ろしくなる。彼はもうすべてを手にしているではないか。それなのにまだリュネットから奪おうというのか。

 刑事達は箱の中のハンカチを取り除いて開き、他に隠れているものがないかと探す。見つからないので、机の抽斗もすべて引き出して引っ繰り返し、中身を確認していく。クローゼットの中の服や荷物なども振ったり探ったりと細かく確認している。

「ありません、警部」

 もう一度部屋中を引っ繰り返しても見つからなかったので、刑事達は申し訳なさそうに報告した。ハウスは小さく舌打ちする。

「まあ、いい。それ以外は見つかったからな」

 証拠品を纏めるように部下に指示を出し、青褪めるリュネットに向き直った。

「容疑は固まったからな。来てもらうぞ」

 冤罪だ、と叫んでも聞いてもらえないなら、従うしかない。リュネットは悔しげに俯いた。
 そこに待ったをかけたのはハワードだった。

「窃盗罪とは別に、傷害罪の容疑もあると仰っておられましたが」

 ハウスは然も在りなんと頷いた。

「お前さん、ナッシュ・ワイルドを知っているだろう?」

 あまり耳馴染みのない名だ。少し考えてみるが特に思い至らず、首を振った。

「ホルス男爵家の庭師ガーデナーなんだがね」

 そう付け加えられて、ようやく思い至った。あの馴れ馴れしい青年だ。

「お前さんが暴行を加えた所為で、歯を折ったそうじゃないか」

 ハウスは嘆かわしげに語る。女が暴力を振るうとは、と呆れているのがよくわかった。

「変なことをされたから振り払っただけです。そのとき、壁に顔をぶつけていたようですけど……。でも、こういうのは正当防衛と言うのだと思いますけれど」

 物陰でいきなりキスをされて、身体をまさぐられた。その様子にすぐに危険を感じたので、振り払って突き飛ばしただけだ。元々あまり力が強くないリュネットは、成人男性相手に手加減などしたら絶対に逃げられないので、渾身の力で振り払い、その勢いのまま思いっきり突き飛ばしたのだ。

「黙れ、小娘!」

 自分の身を守る為の行動を取っただけだ、と反論するリュネットに、ハウスは一喝する。

「お前さんが暴力を振るったのは事実だ。そして、その所為でナッシュ・ワイルドが怪我をしたのも事実だろう? これを傷害と言わずになんとする?」

「正当防衛です!」

 冤罪など御免だ。恫喝されても怯まずに言い返すと、ハウスが激しく舌打ちを零し、リュネットの腕を掴んだ。

「証拠は揃った。お前を窃盗と傷害で逮捕する!」

 はっきりとした口調でそう宣言したかと思うと、問答無用で手錠をかけられる。手首に触れた冷たく重たい鉄の感触に、リュネットもさすがに動揺した。

「なんてことを……!」

 細い手首を繋いだ武骨な鉄の輪っかの存在に、ハワードも青褪める。こんな横暴が許されていい筈がない。

「おい、そこからコートを取ってやれ」

 リュネットが青褪めたことを面白そうに見下ろしながら、クローゼットの傍にいた部下に指示を出す。外はまだ雪が降る日もあるので寒い。風邪をひいては可哀想だからな、と紳士的なことを言いつつも、表情は小馬鹿にしているようないやらしいものだ。
 指示された刑事はすぐに厚手のマントを取り出してリュネットの肩にかけてやり、親切にも留め紐も結んでくれた。

「ハワードさんとやら」

 リュネットを連れて行こうとする若い刑事を留めようとしたハワードの腕を掴み、ハウスはにやりと笑みを浮かべる。

「窃盗の証拠は十分揃いましたし、傷害の方もね、本人が殴ったことを認めていますのでね。逮捕されても仕方がありませんなぁ」

 確かにその通りなのだ。なにか気持ちの悪い違和感を抱いてはいるのだが、それを説明するだけの根拠と証拠もなく、ハワードは唇を引き結んだ。
 ハウスはにやにやと笑い、帽子をちょいっと持ち上げて「ではこれで」と会釈した。
 刑事に背中を押されて連れて行かれるリュネットは、慌てて振り返る。

「侯爵に伝えてください。この人達は母の形見のことを知っている、と」

 恐らくマシューにはこれで意味が通じる筈だ。彼ならこの言葉で、この件にスターウェルの家の者が関わっているだろうことを察してくれるだろう。そのことに気づいたハワードは強く頷いた。

 玄関に向かって行くと、降りて来たことに気づいた使用人達が再びわらわらと集まって来る。そうして、刑事達に肩を掴まれているリュネットの手にかけられた鉄の戒めに気づき、あっ、と一様に息を呑んだ。

「エレノアさん!」

 連行されるリュネットの姿を見たミーガンが真っ青な顔で駆け寄って来る。当然刑事に押し留められたが、振り切ってリュネットの腕を掴んだ。

「どうして、こんな……!」

 それ以上は言葉にならない。どうして、どうして、と今にも泣き出しそうな顔で首を振っている。
 リュネットが盗みなど働く筈がない。この場にいる使用人達はみんなそう思っていたし、全員が冤罪だと思っていた。

「大丈夫よ。ちゃんと調べてもらえれば、間違いだってわかってもらえるわ」

 泣き出しそうなミーガンを安心させる為にも毅然とした口調で言ってやりたかったが、まだ動揺が治まりきらず、情けないくらいに声が震えてしまった。それ以上の言葉を堪えてぐっと唇を噛む。笑顔を見せてあげることまでは出来なかった。
 ハウスは鼻を鳴らした。

「余計な希望は持たない方が身の為だぞ。証拠は揃っているんだ。お前には居心地のいい牢屋スイートルームを用意してやる」

 縋りつくミーガンを引き剥がし、行くぞ、とリュネットを押しやる。
 突き飛ばされるように離されたミーガンはよろけ、転びそうになったところを駆け寄ったアニーに支えられた。

「エレノアさん!」

 呼びかけることしか出来ないミーガンの声は、刑事達に因って閉められた扉に無情にも跳ね返される。
 すっと背筋を伸ばして歩くリュネットの後ろ姿はいつもと変わらなかった。大男達に囲まれて消えて行くその後ろ姿が、目に焼きついて離れない。

「すぐにヨークの屋敷に電報を」

 警部達のあとを追って降りて来たハワードは、集まって来ていた従僕の一人に声をかける。

「ミス・ホワイトが逮捕されたことをお伝えして、旦那様の指示を仰ぎましょう。それと、ロンドンのマクガイヤ先生にも至急電報を」

 きちんと立件されて裁判になれば弁護士は必要だし、判決前の拘留期間中に冤罪を晴らすことが出来るかも知れない。急いで手を回しておいて損はない。
 時計を確認すると、ロンドン方面への最終列車になんとか間に合う時間帯だ。リュネットの身柄は今日中に留置所の中へと収監されてしまうことだろう。
 マシューは昼にダラムでグレアムと会ったあと、ヨークの屋敷に向かった筈だ。予定が狂っていなければ、今夜はあちらに泊まることになっている。

 急げ、とハワードは指示を出し、自分はモンゴメリの許へ向かった。

 家令が捜索に立ち会って職務を離れていた為、同等の権限を持つモンゴメリは部下への指示を出す為、自分の仕事部屋に待機していた。

「ああ、ハワードさん。エレノアさん――いいえ、レディ・リュネットは……」

 ノックと共に入って来たハワードの姿を見たモンゴメリは、不安そうな表情の中に一瞬安堵の色を浮かべたが、素早く首を振って答えると、絶望的な表情になって口許を押さえた。

「郵送物の記録を確認したいんです」

 真っ青になるモンゴメリに強い口調で尋ねると、彼女は気を取り直したらしく、よろよろと立ち上がって台帳を取り出した。郵送物は送ったものも受け取ったものもすべて記録として残してある。

「確か、十日ほど前のことと……」

 リュネットの言葉を思い返しながらページをめくり、二週間ほど前の日付から辿ってみる。

「――…あった。十七日」

 一月の十七日にエレノア・ホワイト宛ての小包が届いていることが記載されていた。差出人の名前はない。リュネットが言っていたことに嘘はなかったのだ。
 差出人がなかったので、モンゴメリは消印の地名を記載していた。場所はエディンバラとなっている。

「いったいなんなのです?」

 モンゴメリは不安そうに尋ねる。顔色はまだ青い。

「十七日に受け取ったこの郵送物の中に、盗品が入っていたのです。ミス・ホワイトはこれを証拠に窃盗の容疑で逮捕されました」

「ええ!? そんな、横暴な……!」

 まったくだ。モンゴメリの言葉に大きく頷く。
 しかし、十日以上もそれを所持していたのも事実なので、なんとも言えない。この状況だと、中身は知らなかったと言っても通らないこともあるだろう。
 箱は開いていなかった。包みすら開かれてはいなかった状態だが、それは刑事の手に因って破かれてしまっているし、最初から開いていた、と言われたら証明のしようがない。

 これは明らかに不当逮捕だ。けれど、それを証明する為の材料がない。
 更に困ったことに、傷害の方には証拠がある。窃盗の方を無罪に出来たとしても、傷害の方では難しいかも知れない。正当防衛だと言ってはいたが、それを証明出来るかどうか。

「取り敢えずエディンバラに人をやって、小包を送った人を捜してみましょう。まだ十日ほど前のことなら、受け付けて覚えている人がいるかも知れません」

 包み紙自体は証拠品の一部として持ち去られてしまったが、切れ端は残っていた。調べれば何処のメーカーの包装紙かわかるかも知れないし、売られている店などもわかるかも知れない。
 警部からいろいろと質問を受けたりしている最中に、リュネットはなにかに気づいたような表情になっていた。もしかすると、こうなるように仕向けた犯人に心当たりがあるのかも知れない。

 急がなければ、とハワードはモンゴメリの部屋をあとにした。




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