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第三章 令嬢はゲームに巻き込まれる
04
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「…それで、シア」
しばらく学園での事などを話していると、パトリックは改まったように言った。
「記憶は戻りそうなのか?」
「…いえ…」
私は首を振った。
「王宮のお医者様にも何度か診て頂いたのですが、まずは原因が分からなければと…」
「原因?」
「熱だけで記憶喪失になったとしたら、身体が回復するのにもっと時間がかかるそうです。熱の他に、何か…記憶を無くしたくなるような原因があったのではないかと」
「記憶を無くしたくなる?」
「はい…でも私は何も覚えていませんし…家族も心当たりはないと」
「…そうか」
私が思い出せるよう、殿下達は色々尽くしてくれているけれど。
変わらず何も分からないままだった。
「———正直、俺はこのままでいて欲しいと思っている」
お茶を一口飲んでパトリックは言った。
「記憶を取り戻したら…君はまた俺の事を嫌うかもしれないからな」
「…それは…」
そんな事はない、とも言いきれない。
パトリックの事を嫌っていた理由が分からないのだから。
「せっかくこうやって君と親しくなれたのに、また避けられるようになったら…俺はきっと、絶望すると思う」
パトリックは私を見た。
「一目惚れだったんだ」
「え…」
「十歳の時に王宮で、殿下達と近い年頃の子供を集めたお茶会があった。そこで殿下達と楽しそうに話している君を見て、その笑顔と瞳に惹きつけられた。———あの笑顔を俺にも向けて欲しいと、俺を見て欲しいと、ずっと思っていた」
大きな手が伸びてくると私の頬に触れた。
「君との婚約が決まって天にも登りそうなほど嬉しかったけれど…君は視線すら合わせようとしなかった。婚約してから二年間…まともに会話も出来なかった」
それは…本当に酷い事をしてしまったと思う。
けれど。
その事を考える度、パトリックに対する罪悪感とは別の感情が心の奥に小さく宿るのだ。
それが記憶をなくした事と関係あるのかは分からないけれど…私の中で、大事な感情だという事は分かる。
分かるのに、思い出せないのだ。
一体、記憶をなくす前の私は何故パトリックを嫌っていたのだろう。
この胸の奥にある…もどかしいような感情は、何なのだろう。
「シア」
パトリックは私を抱き寄せた。
「例え記憶を取り戻したとしても…俺を嫌わないで欲しい」
「…リック…」
「———そう君に名前を呼ばれる事すら、ずっと叶わなかったんだ」
私を抱きしめる腕に力がこもった。
「記憶をなくした君に会いに行った時、君は初めて俺をまともに見て、俺の名前を呼んでくれた。…それがどんなに嬉しかったか」
パトリックの声は少し震えていた。
私は…どれだけ酷い事を彼にしていたのだろう。
私の言動が何年も彼を傷つけて…そのせいでゲームでは卑屈になってしまっていた。
もしも私が記憶をなくさずにいたら…現実のパトリックも、ゲームのようになっていたのだろう。
愛される自信がなく、でも本当は愛情を欲し続けていた、寂しがり屋のパトリックに。
「リック…本当にごめんなさい」
私はパトリックの背中へと手を伸ばした。
その行動に、パトリックがはっとしたように身体を震わせた。
「私の記憶が戻った時に私がどうするか…それは分かりません。でも…」
「…でも…?」
「今は…私にとって、リックは大切な人です」
これが恋なのかは、まだ分からない。
けれどパトリックと会えるとドキドキするし、嬉しくなる。
彼に触れられるのも…甘い言葉をかけられるのも、恥ずかしいけれど決して嫌ではない。
この気持ちは、他の人には抱かない感情だ。
「私は…今の私は、リックとずっと…一緒にいたいと、思っています」
もしも記憶を取り戻しても、このパトリックへの気持ちは失いたくない。
彼を二度と苦しめたくない。
「———ああ、シア…!」
強く抱きすくめられる、その力が心地良くて。
心の奥にくすぶる感情が消えていくようだった。
しばらく学園での事などを話していると、パトリックは改まったように言った。
「記憶は戻りそうなのか?」
「…いえ…」
私は首を振った。
「王宮のお医者様にも何度か診て頂いたのですが、まずは原因が分からなければと…」
「原因?」
「熱だけで記憶喪失になったとしたら、身体が回復するのにもっと時間がかかるそうです。熱の他に、何か…記憶を無くしたくなるような原因があったのではないかと」
「記憶を無くしたくなる?」
「はい…でも私は何も覚えていませんし…家族も心当たりはないと」
「…そうか」
私が思い出せるよう、殿下達は色々尽くしてくれているけれど。
変わらず何も分からないままだった。
「———正直、俺はこのままでいて欲しいと思っている」
お茶を一口飲んでパトリックは言った。
「記憶を取り戻したら…君はまた俺の事を嫌うかもしれないからな」
「…それは…」
そんな事はない、とも言いきれない。
パトリックの事を嫌っていた理由が分からないのだから。
「せっかくこうやって君と親しくなれたのに、また避けられるようになったら…俺はきっと、絶望すると思う」
パトリックは私を見た。
「一目惚れだったんだ」
「え…」
「十歳の時に王宮で、殿下達と近い年頃の子供を集めたお茶会があった。そこで殿下達と楽しそうに話している君を見て、その笑顔と瞳に惹きつけられた。———あの笑顔を俺にも向けて欲しいと、俺を見て欲しいと、ずっと思っていた」
大きな手が伸びてくると私の頬に触れた。
「君との婚約が決まって天にも登りそうなほど嬉しかったけれど…君は視線すら合わせようとしなかった。婚約してから二年間…まともに会話も出来なかった」
それは…本当に酷い事をしてしまったと思う。
けれど。
その事を考える度、パトリックに対する罪悪感とは別の感情が心の奥に小さく宿るのだ。
それが記憶をなくした事と関係あるのかは分からないけれど…私の中で、大事な感情だという事は分かる。
分かるのに、思い出せないのだ。
一体、記憶をなくす前の私は何故パトリックを嫌っていたのだろう。
この胸の奥にある…もどかしいような感情は、何なのだろう。
「シア」
パトリックは私を抱き寄せた。
「例え記憶を取り戻したとしても…俺を嫌わないで欲しい」
「…リック…」
「———そう君に名前を呼ばれる事すら、ずっと叶わなかったんだ」
私を抱きしめる腕に力がこもった。
「記憶をなくした君に会いに行った時、君は初めて俺をまともに見て、俺の名前を呼んでくれた。…それがどんなに嬉しかったか」
パトリックの声は少し震えていた。
私は…どれだけ酷い事を彼にしていたのだろう。
私の言動が何年も彼を傷つけて…そのせいでゲームでは卑屈になってしまっていた。
もしも私が記憶をなくさずにいたら…現実のパトリックも、ゲームのようになっていたのだろう。
愛される自信がなく、でも本当は愛情を欲し続けていた、寂しがり屋のパトリックに。
「リック…本当にごめんなさい」
私はパトリックの背中へと手を伸ばした。
その行動に、パトリックがはっとしたように身体を震わせた。
「私の記憶が戻った時に私がどうするか…それは分かりません。でも…」
「…でも…?」
「今は…私にとって、リックは大切な人です」
これが恋なのかは、まだ分からない。
けれどパトリックと会えるとドキドキするし、嬉しくなる。
彼に触れられるのも…甘い言葉をかけられるのも、恥ずかしいけれど決して嫌ではない。
この気持ちは、他の人には抱かない感情だ。
「私は…今の私は、リックとずっと…一緒にいたいと、思っています」
もしも記憶を取り戻しても、このパトリックへの気持ちは失いたくない。
彼を二度と苦しめたくない。
「———ああ、シア…!」
強く抱きすくめられる、その力が心地良くて。
心の奥にくすぶる感情が消えていくようだった。
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