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第一章
01
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「え……ここは……?」
光が消え、浮かび上がってきた景色に唖然とした。
夜だった。
眩しいほどの月明かりに照らされて周囲がよく見える。
そこは丘の上のようだった。
なだらかに下る先には所々明かりが灯った、建物らしき形がいくつかあるのが見える。
振り返ったその先には、高く聳える稜線のシルエットが見えた。
「なんで……どうして……」
仕事をしていたはずだった。
最後のカットを撮影していて……ストロボの調子が悪いと言って、カメラマンが調節して……急に強い光が溢れて。
目の前が真っ白になったのだ。
「日本……じゃない?」
少なくとも東京にはこんな場所はないはずだ。
(ここは一体……)
夜にしては明るすぎる空を見上げて私は息を呑んだ。
空には二つの月が輝いていた。
一つはいつも見上げるものと同じくらいの大きさで、もう一つはそれよりも大きな月。
二つの月も、その明かりに負けないように輝く小さな星々の、その配置を。
私は知っている――昔、よくこの夜空を見上げたから。
「まさか……ここって」
この世界は。
ある可能性に思い当たって、心臓がどくどくしだした。
(そんな……どうしよう)
仮にそうだったとして。どうして。
(だって私は。もう、今は……)
急に夜風の寒さを感じて自分の両腕を抱きしめた。
ここが『あの世界』だったとしても。
私の知っている国かは分からないし、それに時代だって分からない。
(あの世界だとして……どうして『帰って』きたの?)
「……もしかして……」
ふと思い当たって、すぐに首を振る。
もしも『あのひと』の仕業だとしても、こんな誰もいない所に放り出すようなことはしないだろう。
「本当に……どうしよう」
途方にくれていると、丘の下のほうから何かの気配が近づいてくるのを感じた。
(……人間?)
複数の足音が聞こえて身体を強ばらせた。
「神父さまあ、人がいます!」
男の声が聞こえた。
(この言葉……カストルム語だわ)
聞き覚えのある言葉に少しほっとすると共に、不安な気持ちも増す。
やっぱり、ここは――。
やがて現れのは、黒いローブをまとった年配の男性と、農民のような服装の三人の男性だった。
「これは……」
私を見たローブの男性が目を見開いた。
「女神様だ!」
「本当だ、女神様だ!」
「え?」
他の男性たちが口々に叫んだ。
「女神……?」
「落ち着きなさい」
神父らしき年配の男性が口を開いて男たちを制すると私に向いた。
「私はこの丘のふもとにある教会の神父です。あなたは……」
「……広田……サラです」
「先刻、丘の上が強い光に包まれたと報告があったので見にきたのですが……」
「……突然光に包まれて。気がついたらここにいました」
周囲を見回しながらそう答えた。
「……ここはカストルム王国でしょうか」
「ええ、ハンゲイト領です」
(ハンゲイト……確か辺境の、激戦地だった)
「寒そうですね。ともかく教会へまいりましょう」
神父がそう言って促したので後についていった。
「これは……」
教会の中へ入り、正面に飾られた像に視線が吸い寄せられた。
「これはこの国を守護する女神です」
「……私に似ていますね」
両手を胸の前で重ね天を仰ぎ見るその女性の彫刻は、確かに私によく似ていた。
(というか……これ、私よね?)
女神像が纏っている服には見覚えがある。
たっぷりとした袖が特徴的なそれは、かつてこの国で『女神の巫女』と呼ばれていた頃好んで着ていたローブだ。
「この教会は十三年前に終結した戦争によって全て焼けました」
神父が言った。
「その後、新たにこの地の領主となられた公爵様によって教会は再建され、その公爵様の指示によってこの女神像は作られました」
「公爵様?」
ハンゲイトは辺境伯が治める土地では? それに『十三年前』?
「前の領主は戦争で亡くなられ、以来領主が不在でしたが、十年前に当時王太子だったアーチボルト殿下がハンゲイト公爵となられました」
(え? アーチボルト……フィンが? 彼が公爵に? どういうこと?)
記憶と現実の相違に頭の中が混乱していく。
どうして王太子だった彼が……?
「それで、貴女様はどちらからいらしたのでしょうか」
頭の中がぐるぐるしていると、神父に声をかけられた。
「あ……ええと、別の国です。どうしてここにいるのか……本当に分からなくて」
「魔法でしょうか」
「……おそらく。でも誰の仕業なのか……」
「困りましたね、私も魔法のことはよく分かりませんし」
この世界は向こうの世界と異なり、『魔法』というものが存在する。
だから私が光とともに突然現れたことも、神父は魔法によるものと受け入れたようだ。
私もかつては巫女として強大な魔力を持っていた。
けれど今生きている世界では、そういったものは想像の世界だけに存在するものだ。
「……ちなみに、サラ様は公爵様とゆかりの方ですか」
「え?」
唐突な言葉に目を丸くした。
「公爵様、いえ前王太子殿下のお名前を聞いた時のお顔から、そう思ったのですが」
「……ええと……まあ……」
私は曖昧に頷いた。
「そうですか。今日はもう遅いですから、明日朝、公爵様のお屋敷に手紙を出してお伺いしましょう」
「手紙?」
「先刻一緒にいた一人が、毎朝公爵様のお屋敷に野菜を納めているのでそのついでに届けてもらいます。何か不具合があればすぐ報告するよう常に言われておりますから。……公爵様は戦争中は『死神』などと呼ばれ恐れられていましたが、領民たちを思うお優しい方ですね」
「ええ」
知っている。
生まれた時から知っている彼は、誰よりも強くて、優しい子だった。
その彼がどうして公爵となったのか。
それに戦争が終わったのが十三年前とは……私が死んだのは、おそらくもっと前のはずだ。
(まさか……あの後また戦争が?)
そんな恐ろしいことに思い至ってぞっとしてしまう。
どうしてまたこの世界に戻ってきたのか、考えても分からなくて。
ともかくその夜は教会で泊まらせてもらうことになった。
光が消え、浮かび上がってきた景色に唖然とした。
夜だった。
眩しいほどの月明かりに照らされて周囲がよく見える。
そこは丘の上のようだった。
なだらかに下る先には所々明かりが灯った、建物らしき形がいくつかあるのが見える。
振り返ったその先には、高く聳える稜線のシルエットが見えた。
「なんで……どうして……」
仕事をしていたはずだった。
最後のカットを撮影していて……ストロボの調子が悪いと言って、カメラマンが調節して……急に強い光が溢れて。
目の前が真っ白になったのだ。
「日本……じゃない?」
少なくとも東京にはこんな場所はないはずだ。
(ここは一体……)
夜にしては明るすぎる空を見上げて私は息を呑んだ。
空には二つの月が輝いていた。
一つはいつも見上げるものと同じくらいの大きさで、もう一つはそれよりも大きな月。
二つの月も、その明かりに負けないように輝く小さな星々の、その配置を。
私は知っている――昔、よくこの夜空を見上げたから。
「まさか……ここって」
この世界は。
ある可能性に思い当たって、心臓がどくどくしだした。
(そんな……どうしよう)
仮にそうだったとして。どうして。
(だって私は。もう、今は……)
急に夜風の寒さを感じて自分の両腕を抱きしめた。
ここが『あの世界』だったとしても。
私の知っている国かは分からないし、それに時代だって分からない。
(あの世界だとして……どうして『帰って』きたの?)
「……もしかして……」
ふと思い当たって、すぐに首を振る。
もしも『あのひと』の仕業だとしても、こんな誰もいない所に放り出すようなことはしないだろう。
「本当に……どうしよう」
途方にくれていると、丘の下のほうから何かの気配が近づいてくるのを感じた。
(……人間?)
複数の足音が聞こえて身体を強ばらせた。
「神父さまあ、人がいます!」
男の声が聞こえた。
(この言葉……カストルム語だわ)
聞き覚えのある言葉に少しほっとすると共に、不安な気持ちも増す。
やっぱり、ここは――。
やがて現れのは、黒いローブをまとった年配の男性と、農民のような服装の三人の男性だった。
「これは……」
私を見たローブの男性が目を見開いた。
「女神様だ!」
「本当だ、女神様だ!」
「え?」
他の男性たちが口々に叫んだ。
「女神……?」
「落ち着きなさい」
神父らしき年配の男性が口を開いて男たちを制すると私に向いた。
「私はこの丘のふもとにある教会の神父です。あなたは……」
「……広田……サラです」
「先刻、丘の上が強い光に包まれたと報告があったので見にきたのですが……」
「……突然光に包まれて。気がついたらここにいました」
周囲を見回しながらそう答えた。
「……ここはカストルム王国でしょうか」
「ええ、ハンゲイト領です」
(ハンゲイト……確か辺境の、激戦地だった)
「寒そうですね。ともかく教会へまいりましょう」
神父がそう言って促したので後についていった。
「これは……」
教会の中へ入り、正面に飾られた像に視線が吸い寄せられた。
「これはこの国を守護する女神です」
「……私に似ていますね」
両手を胸の前で重ね天を仰ぎ見るその女性の彫刻は、確かに私によく似ていた。
(というか……これ、私よね?)
女神像が纏っている服には見覚えがある。
たっぷりとした袖が特徴的なそれは、かつてこの国で『女神の巫女』と呼ばれていた頃好んで着ていたローブだ。
「この教会は十三年前に終結した戦争によって全て焼けました」
神父が言った。
「その後、新たにこの地の領主となられた公爵様によって教会は再建され、その公爵様の指示によってこの女神像は作られました」
「公爵様?」
ハンゲイトは辺境伯が治める土地では? それに『十三年前』?
「前の領主は戦争で亡くなられ、以来領主が不在でしたが、十年前に当時王太子だったアーチボルト殿下がハンゲイト公爵となられました」
(え? アーチボルト……フィンが? 彼が公爵に? どういうこと?)
記憶と現実の相違に頭の中が混乱していく。
どうして王太子だった彼が……?
「それで、貴女様はどちらからいらしたのでしょうか」
頭の中がぐるぐるしていると、神父に声をかけられた。
「あ……ええと、別の国です。どうしてここにいるのか……本当に分からなくて」
「魔法でしょうか」
「……おそらく。でも誰の仕業なのか……」
「困りましたね、私も魔法のことはよく分かりませんし」
この世界は向こうの世界と異なり、『魔法』というものが存在する。
だから私が光とともに突然現れたことも、神父は魔法によるものと受け入れたようだ。
私もかつては巫女として強大な魔力を持っていた。
けれど今生きている世界では、そういったものは想像の世界だけに存在するものだ。
「……ちなみに、サラ様は公爵様とゆかりの方ですか」
「え?」
唐突な言葉に目を丸くした。
「公爵様、いえ前王太子殿下のお名前を聞いた時のお顔から、そう思ったのですが」
「……ええと……まあ……」
私は曖昧に頷いた。
「そうですか。今日はもう遅いですから、明日朝、公爵様のお屋敷に手紙を出してお伺いしましょう」
「手紙?」
「先刻一緒にいた一人が、毎朝公爵様のお屋敷に野菜を納めているのでそのついでに届けてもらいます。何か不具合があればすぐ報告するよう常に言われておりますから。……公爵様は戦争中は『死神』などと呼ばれ恐れられていましたが、領民たちを思うお優しい方ですね」
「ええ」
知っている。
生まれた時から知っている彼は、誰よりも強くて、優しい子だった。
その彼がどうして公爵となったのか。
それに戦争が終わったのが十三年前とは……私が死んだのは、おそらくもっと前のはずだ。
(まさか……あの後また戦争が?)
そんな恐ろしいことに思い至ってぞっとしてしまう。
どうしてまたこの世界に戻ってきたのか、考えても分からなくて。
ともかくその夜は教会で泊まらせてもらうことになった。
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