死神と呼ばれた公爵は転生した元巫女を溺愛する

冬野月子

文字の大きさ
2 / 37
第一章

02

しおりを挟む
「……夢じゃなかったのね」
朝日の差し込む部屋で目覚めて、室内を見渡してため息が出た。
素朴な造りのここは自分の部屋でも、ホテルでもなく――『あの世界』の、教会にある客間だ。

夢を見たのかもしれないと思う気持ちもあった。懐かしい過去の記憶が現れた夢なのかと。
けれど目覚めても、状況は変わっていないようだった。
いわゆる『異世界転移』――私にとっては前世で生きていた世界だけれど、そう名付けられるようなことが自分の身に起きたらしい。
にわかには信じられないけれど……そもそも私はこの世界に生まれて、死後日本――『異世界に転生』したのだ。
また元の世界に帰ってくることもあるのだろう。

(でもどうして……やっぱり『あのひと』のせい?)
それならばすぐに話しかけてくるだろう。
それとも、魔力がないから声も聞こえない?

昨夜からの考えても分からない問いをまた頭に浮かべながら、ベッドから起き上がった。


朝食後、朝の祈祷に行くという神父に着いて礼拝堂へと向かった。
(やっぱり……あれは私だわ)
神父がその前で祈る女神像は、改めて見ても自分だ。
前世の私と今の私は髪色が違うだけで、顔立ち自体は変わっていない。
でもどうして自分の姿を女神像に……。
(いや……彼だったらやりかねないか)
幼い頃から私に懐いていたフィンは、私のことを『自分の女神だ』とまで言っていたから。

あの真剣な眼差しを思い出して、少し胸が苦しくなる。
前世の記憶があっても、ずっとこの世界のことを思い出さないようにしていたのに。
もう二度と帰れないと思っていた世界に……彼のそばに、また帰って来るなんて。

「神父さまあ」
「おはようございます!」
祈祷が終わるのを見計らっていたように、十人ほどの子供たちが駆け込んできた。
子供たちは私の姿を認めると、その目を大きく見開いた。
「女神様だ!」
「本物だ!」
「ええ、どうして?!」
「こらお前たち。この方は女神様ではないよ」
笑いながらそう言って、神父は私を見た。
「この領地の教会では、子供たちに勉強を教えているのですよ」
「そうなのですか」
「文字の読み書きや計算の仕方といった簡単なものですが。公爵様が、全ての領民に最低限の学問を身につけたいと仰られて」
「……素晴らしいですね」
この国、いやこの世界での識字率はそう高くない。
貴族や商人といった一部の平民くらいで、農村部では読めない者の方が多い。
そういった者たちにも学問が必要だと、フィンは考えたのだろう。
(本当に……立派な領主になったのね)
私が知っている彼は、まだ十代の少年だったのに。

「女神様じゃなかったら誰?」
「分かったわ、巫女様でしょう!」
女の子が叫んだ。
「女神様みたいにきれいだって聞いたことがあるもの」
「えー? 巫女様は銀色の髪だって聞いたよ」
「よく知っているね。それじゃあ今日は女神と巫女の話を読んでもらおうか」
神父は一冊の本を取り出すと、側にいた少年に手渡した。
「一人一ページずつ、順番に読むんだよ」
「はい」
本を受け取ると、少年は書かれた文字を読み始めた。


この世界には多くの神々が存在する。
彼らはその姿を現すことはないが、彼らに選ばれた特別な人間によってその言葉を伝えるのだ。

このカストルム王国の守護神は、豊穣と生命力を司る月の女神モーネだ。
そうして女神の言葉を伝え、災厄から国を守る女性は巫女と呼ばれ、女神と同じ銀色の髪を持ち、女神から加護を与えられて数百年の長さを老いることなく生きるという。

隣国との十年に渡る戦争が起きた時代に生きた巫女は、二百年以上の歳を重ねていたという。
多くの犠牲者を出し続けることに悲しみながらも巫女は女神の代理人として助言を行い、若いながらも将軍として戦い続けた王太子と力を合わせ、勝利をもたらし国は平和になった。

けれど戦争が終わるとともに巫女は寿命が尽き、死んでしまった。
その死を悲しんだ女神が流した涙が雨となり、その雨は十日間続いたという。


(……知っている通りね)
子供たちの語る物語は一部を除き、ほぼ本当のことだ。
私の死後の話は知らないけれど、おそらく雨も実際に降り続いたのだろう。

「この話に出てくる王太子が、今の公爵様です」
読み終わると神父が言った。
「……その巫女が亡くなったのは、何年前ですか」
「十三年前ですね」
「そうなのですか……」
(十三年? 時間が合わない……)
私は今二十三歳。死んだのは少なくともそれ以上前のはずなのに。


「では次は何を読んでもらおうか」
「お姉ちゃん、読んで!」
子供の一人が私のワンピースの裾を引いた。
「え、私?」
「お姉ちゃんのお話聞きたい!」
「神父様!」
そこへ男性が駆け込んで来た。
「どうした、慌てて」
「公爵様がお見えに……!」
「公爵様が? まさかご本人が?」
神父と顔を見合わせた。
「……今朝の手紙か……?」
(え、もう?)
まだお昼にもなっていない。
毎朝野菜を届けに行くということは、ここは屋敷からそんなに遠くはないのだろう。でもそれにしても……。
外から足音が聞こえてきて、ドアの方を見た。

金髪の男性が立っていた。
すらりとしているけれどしっかりしたその体格も、端正な顔立ちも、記憶にある姿から少年らしさがすっかり消えていたけれど。
私を見つめる青い瞳は昔のままだった。

「……サラ……?」
男性が口を開いた。
期待と不安が入り混ざった、その顔に。
ふいに胸に熱いものが込み上げた。
「……フィン」
その名を口にすると、強張っていた表情が緩んだ。

「ああサラ……!」
駆け寄った男性――フィンは私を強く抱きしめた。
「会いたかった――」

「フィン……」
その胸も、腕も、記憶にあるより大きくなって。
時の流れを強く感じさせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...