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第一章
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「まあ、サラ様。よくお似合いですわ」
仕立て屋が持ってきた仮縫いのドレスを着た私を見てハンナは声を上げた。
「変わった形なのでどうなるかと思いましたが……」
「ええ、サラ様の体型によくお似合いです」
仕立て屋も満足そうに頷いた。
この国のドレスはコルセットを締め裾を大きく膨らませたものが主流だ。
だが私は巫女の時はドレスを着る機会がなかったので、苦しそうなコルセットを使わないドレスがいいと、マーメイドラインのドレスを作って欲しいと頼んだのだ。
この世界にはそんなシルエットのドレスはないため自分で絵を描いて、それでも注文通りに出来上がるか不安だった。
けれど、上がってきたドレスは少しシルエットを手直しすれば理想の形になりそうだった。
再来月の建国祭に向けて、私とフィンの衣装の用意や荷物の準備で屋敷の中は大忙しだった。
祭までは二ヶ月以上あるとはいえ、ここは辺境の地。
王都へ移動するためには一ヶ月前には出立しなければならないのだ。
「……しかし、これはどうなんだ?」
衣装合わせを見守っていたフィンが眉をひそめた。
「まあ旦那様、お美しいではないですか」
「それはそうだが。尻の形が分かるのは……」
上半身から太ももの途中まで身体にフィットし、裾だけ広がる深紅の生地で作ったマーメイドラインのドレスは、ウエストの細さだけを不自然に強調するコルセットを使ったドレスに比べて、本来の身体のラインがはっきり分かってしまう。
この国の人にとっては確かに少し、刺激的なのかもしれない。
「では、ヴェールをつけましょうか」
仕立て屋が持ってきていたレースを広げると、それをまとめた髪にかけた。
「このあたりから、こんな感じで……」
ドレープを作りながら生地をたたんでいくと、複雑な模様で編まれたレースがほど良く身体のシルエットをぼかしてくれた。
「まあ、素敵ですわ!」
「……そうだな、これならまだましか」
「このようなドレスは王都にもございませんよ。きっと話題になるでしょうね」
仕立て屋の言葉にハンナも大きく頷いた。
「……あまり話題にさせたくはないのだが」
「ですが、旦那様にはサラ様が相応しいと思わせるためには誰よりもお美しく目立たせないと」
「全く……サラを他の者の目に触れさせなければならないとは」
フィンはため息をついた。
建国祭は一週間ほど続く行事で、必ず出席しなければならないパーティが何回か行われる。
その最初の夜会で、私のお披露目をするのだという。このマーメイドラインはその時に着る予定だ。
以前訪れたブルーノが王都へ戻ったころを見計らって、建国祭への出席と、婚約したと書きつけた書状を王都へ送った。
ここから王都へは早馬でも二十日はかかるが、書状のような軽いものならば魔法を使ってすぐに送ることができる。
翌日届いたエレンからの返事には、『詳しく聞かせてもらいます』とだけ書かれてあった。
ブルーノからの報告で、フィンの婚約者が『サラ』という名前だということは知っているのだろう。
そして『巫女のサラ』と同一人物であることも気づいているのかもしれなかった。
「こちらは昼の式典用のドレスです」
仕立て屋が別のドレスを取り出した。
「ご希望により、こちらも装飾や膨らみを抑えています。地味ですが、サラ様が着られればとても素晴らしいかと」
「これで地味なの?」
落ち着いた深い青の生地は光沢があるし、レースもふんだんに使っていて十分豪華に見えるのだけれど。
「はい、ここ数年は装飾がより多くなっていく傾向となっております」
「平和になって、皆豊かになったからですわ」
ハンナが言葉を継いだ。
「宝飾品も豪華で、皆財産の豊かさを誇るんです」
「そうなのね……」
そういえば、平和な時代は衣装や宝石が豪華になっていたような記憶がある。
「私ももっと増やした方がいいのかしら?」
富を誇るのも、貴族としての努めだったような気がする。
「いや、サラの好きなようにすればいい」
フィンに尋ねると、首を横に振った。
「この領地の富は土地や人であって、宝石だのドレスではないからな」
「……そうね」
「さすが公爵様ですね」
「旦那様のお考えは本当に立派ですわ」
仕立て屋とハンナが感心したように頷いた。
「――じゃあ、この土地の特産品ってなにかしら」
「特産品?」
「ここにしかないようなものや、他の領地より優れたものよ」
「そうですわねえ。景色が美しくて、一年中雪が積もるくらい高い山があることでしょうか」
「ああ、山といえばこの地でしか咲かない花がありますね」
サラと仕立て屋が答えた。
「ここでしか咲かない花?」
「ブルー・メコノプシスという青い花です」
「ああ、あそこまで青い花は珍しいらしいな」
フィンがそう言うと振り返った。
「あの絵に描かれているのがそうだ」
壁に架けられたその風景画は、白い山並みと美しい湖が描かれていて、湖のほとりに青い花が描かれていた。可憐で綺麗な花だ。
「じゃあ、この花をモチーフにしたドレスなんてどうかしら」
風景画を見ながら私は言った。
「花をモチーフに、ですか」
「レースをこの花の形にするとか、ドレスの色を青と白の組み合わせにしても良いわね。ドレスでこの土地の自然の美しさを表すの」
「ほほう。それはまた面白そうですね。青は侯爵様の瞳の色でもありますし」
仕立て屋は大きく頷くと、テーブルに置かれた、私が描いた別のデザイン画を手に取った。
舞踏会用の、上はタイトで裾が大きく広がったAラインの白いドレスだ。
「こちらはまだ縫い合わせてはおりません。裾を青く染めて、胸元の飾りは花にいたしましょう」
「いいわね、でも間に合うかしら」
「そこは間に合わせます」
自信たっぷりに仕立て屋は答えた。
「ありがとう。どうかしら、フィン」
「……ドレスのことはよく分からないが、良いんじゃないのか」
フィンを見ると、彼はそう答えて頷いた。
「お披露目するのが楽しみですわね。――旦那様はサラ様がもっと魅力的になることにご不満そうですが」
微妙な表情のフィンを横目に、ハンナはそう言って微笑んだ。
仕立て屋が持ってきた仮縫いのドレスを着た私を見てハンナは声を上げた。
「変わった形なのでどうなるかと思いましたが……」
「ええ、サラ様の体型によくお似合いです」
仕立て屋も満足そうに頷いた。
この国のドレスはコルセットを締め裾を大きく膨らませたものが主流だ。
だが私は巫女の時はドレスを着る機会がなかったので、苦しそうなコルセットを使わないドレスがいいと、マーメイドラインのドレスを作って欲しいと頼んだのだ。
この世界にはそんなシルエットのドレスはないため自分で絵を描いて、それでも注文通りに出来上がるか不安だった。
けれど、上がってきたドレスは少しシルエットを手直しすれば理想の形になりそうだった。
再来月の建国祭に向けて、私とフィンの衣装の用意や荷物の準備で屋敷の中は大忙しだった。
祭までは二ヶ月以上あるとはいえ、ここは辺境の地。
王都へ移動するためには一ヶ月前には出立しなければならないのだ。
「……しかし、これはどうなんだ?」
衣装合わせを見守っていたフィンが眉をひそめた。
「まあ旦那様、お美しいではないですか」
「それはそうだが。尻の形が分かるのは……」
上半身から太ももの途中まで身体にフィットし、裾だけ広がる深紅の生地で作ったマーメイドラインのドレスは、ウエストの細さだけを不自然に強調するコルセットを使ったドレスに比べて、本来の身体のラインがはっきり分かってしまう。
この国の人にとっては確かに少し、刺激的なのかもしれない。
「では、ヴェールをつけましょうか」
仕立て屋が持ってきていたレースを広げると、それをまとめた髪にかけた。
「このあたりから、こんな感じで……」
ドレープを作りながら生地をたたんでいくと、複雑な模様で編まれたレースがほど良く身体のシルエットをぼかしてくれた。
「まあ、素敵ですわ!」
「……そうだな、これならまだましか」
「このようなドレスは王都にもございませんよ。きっと話題になるでしょうね」
仕立て屋の言葉にハンナも大きく頷いた。
「……あまり話題にさせたくはないのだが」
「ですが、旦那様にはサラ様が相応しいと思わせるためには誰よりもお美しく目立たせないと」
「全く……サラを他の者の目に触れさせなければならないとは」
フィンはため息をついた。
建国祭は一週間ほど続く行事で、必ず出席しなければならないパーティが何回か行われる。
その最初の夜会で、私のお披露目をするのだという。このマーメイドラインはその時に着る予定だ。
以前訪れたブルーノが王都へ戻ったころを見計らって、建国祭への出席と、婚約したと書きつけた書状を王都へ送った。
ここから王都へは早馬でも二十日はかかるが、書状のような軽いものならば魔法を使ってすぐに送ることができる。
翌日届いたエレンからの返事には、『詳しく聞かせてもらいます』とだけ書かれてあった。
ブルーノからの報告で、フィンの婚約者が『サラ』という名前だということは知っているのだろう。
そして『巫女のサラ』と同一人物であることも気づいているのかもしれなかった。
「こちらは昼の式典用のドレスです」
仕立て屋が別のドレスを取り出した。
「ご希望により、こちらも装飾や膨らみを抑えています。地味ですが、サラ様が着られればとても素晴らしいかと」
「これで地味なの?」
落ち着いた深い青の生地は光沢があるし、レースもふんだんに使っていて十分豪華に見えるのだけれど。
「はい、ここ数年は装飾がより多くなっていく傾向となっております」
「平和になって、皆豊かになったからですわ」
ハンナが言葉を継いだ。
「宝飾品も豪華で、皆財産の豊かさを誇るんです」
「そうなのね……」
そういえば、平和な時代は衣装や宝石が豪華になっていたような記憶がある。
「私ももっと増やした方がいいのかしら?」
富を誇るのも、貴族としての努めだったような気がする。
「いや、サラの好きなようにすればいい」
フィンに尋ねると、首を横に振った。
「この領地の富は土地や人であって、宝石だのドレスではないからな」
「……そうね」
「さすが公爵様ですね」
「旦那様のお考えは本当に立派ですわ」
仕立て屋とハンナが感心したように頷いた。
「――じゃあ、この土地の特産品ってなにかしら」
「特産品?」
「ここにしかないようなものや、他の領地より優れたものよ」
「そうですわねえ。景色が美しくて、一年中雪が積もるくらい高い山があることでしょうか」
「ああ、山といえばこの地でしか咲かない花がありますね」
サラと仕立て屋が答えた。
「ここでしか咲かない花?」
「ブルー・メコノプシスという青い花です」
「ああ、あそこまで青い花は珍しいらしいな」
フィンがそう言うと振り返った。
「あの絵に描かれているのがそうだ」
壁に架けられたその風景画は、白い山並みと美しい湖が描かれていて、湖のほとりに青い花が描かれていた。可憐で綺麗な花だ。
「じゃあ、この花をモチーフにしたドレスなんてどうかしら」
風景画を見ながら私は言った。
「花をモチーフに、ですか」
「レースをこの花の形にするとか、ドレスの色を青と白の組み合わせにしても良いわね。ドレスでこの土地の自然の美しさを表すの」
「ほほう。それはまた面白そうですね。青は侯爵様の瞳の色でもありますし」
仕立て屋は大きく頷くと、テーブルに置かれた、私が描いた別のデザイン画を手に取った。
舞踏会用の、上はタイトで裾が大きく広がったAラインの白いドレスだ。
「こちらはまだ縫い合わせてはおりません。裾を青く染めて、胸元の飾りは花にいたしましょう」
「いいわね、でも間に合うかしら」
「そこは間に合わせます」
自信たっぷりに仕立て屋は答えた。
「ありがとう。どうかしら、フィン」
「……ドレスのことはよく分からないが、良いんじゃないのか」
フィンを見ると、彼はそう答えて頷いた。
「お披露目するのが楽しみですわね。――旦那様はサラ様がもっと魅力的になることにご不満そうですが」
微妙な表情のフィンを横目に、ハンナはそう言って微笑んだ。
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