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第三章
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「まあ……今日も素敵なドレスですわ」
「綺麗な青ですわね」
「装飾が少ないのに華がありますのね」
「公爵様も麗しくて……本当にお似合いですわね」
私たちが会場に入ると、ざわめきと共に声が聞こえてきた。
今夜は建国祭最後の行事、舞踏会だ。
ホールには既に大勢の人々が集まっている。初日の夜会よりも多いだろう。
今夜の私は、ハンゲイト領の自然をイメージした白と青のドレスを着ている。
白いドレスの、Aラインのスカート部分を裾が濃いグラデーションになるよう青く染め、胸元には青い花を飾りつけた。
フィンは、白のパンツにドレスと同じ青色で染めたコートを着ている。
二人で対になるよう仕立て屋が作ってくれたのだ。
宝石も二人ともブルーサファイアを使っている。ここまでお揃いにすると少し恥ずかしいが、婚約してすぐならばこれくらいやるのが普通らしい。
「今年の建国祭は素晴らしいですわね」
「ええ。公爵様は婚約者を連れて久しぶりに王都に戻られましたし」
「陛下は女神の祝福を受けられたのでしょう」
「これでお世継ぎが生まれれば我が国も安泰だな」
(そうか……子供の問題があったわね)
でもそれも、今回の件が片付けばエレンのストレスも減るだろう。
「侯爵がいるな」
フィンの声に視線を巡らせると、アーベライン侯爵の姿が見えた。隣にいるのは夫人だろう。
誰かと談笑していた侯爵が、私たちに気づいて歩み寄ってきた。
「公爵」
目の前までくると侯爵はフィンに頭を下げた。
「先日は失礼いたしました。ご迷惑をかけないよう、娘には今日は家から出ないよう言い含めてきました」
「賢明な判断だ」
小さく笑みを浮かべてフィンは言った。
「そうやって二度と私やサラに関わらぬよう、監視してくれ」
「……は」
もう一度頭を下げると侯爵は立ち去っていった。
「ふん、善人気取りが」
侯爵の後ろ姿をみつめてフィンは呟いた。
「自分は忠義を尽くしていると見せかけるために娘も利用するか」
イザベラ嬢は侯爵家にはいない。
まだオリバーの塔に閉じ込められているのだ。
証拠隠滅などをさせないためと、舞踏会で私やフィンに接触させないためだという。
私に媚薬をかけようとした件は、イザベラ嬢の単独行動だったそうだ。
侯爵には伝えていないと言っているというが、本当に知らないかはまだ分からない。侯爵が娘の行動を把握していた可能性もあるからだ。
それでも、イザベラが家にはおらず一昨日から行方不明になっていることを、侯爵は知っているはずなのに。
国王夫妻の入場を告げる声が響き渡り、エレンたちが姿を表すと大きな歓声が上がった。
『パレードの時に女神が女王へ祝福を与えるために神獣が現れた』という噂は、貴族たちにも広まっていた。
過去、女神が民衆に見える形で祝福を与えたことはない。
そのためエレンは歴代の王の中でも女神に愛されている、特別な存在なのだと認識されているそうだ。
(本当は祝福じゃないけれど……まあ本人が良いと言ってるから、いいのかな)
ルナがエレンを襲撃から守ったことが、女神からの祝福だとすり替わってしまっていると伝えたら、『いいんじゃないかしら』と女神は返した。
『エレンちゃんはずっと頑張ってきたから、それくらいの箔を付けてあげてもいいわよ』と。
エレンとブレイクが着席すると、ようやく歓声が静まった。
楽団の演奏に合わせて、今年社交界デビューするという子たちが会場に入ってくる。
彼らは十五、六歳くらいで、緊張した表情が初々しい。
デビュタントたちによるファーストダンスを終えると、あとは誰でも踊っていいことになっている。
踊ったり会話を楽しんだり、疲れたら別室で休憩や食事を取るなどして夜通し過ごすのだそうだ。
広いホールに色とりどりのドレスがくるくると回る姿は、花が咲いたように美しい。
「サラ、我々も踊ろう」
曲が終わったところでフィンが手を差し出した。
その手に自分の手を重ねると、フィンはホールの中央へと歩いていった。
(視線がすごい……)
会場中の視線を集めている気がする。
「緊張しているか?」
「……少し」
注目を浴びることは慣れているが、人前で踊ったことはない。
ダンスの経験ならば、モデル事務所に入ってからジャズダンスのレッスンは受けていたけれど、こういう社交ダンスとはまた異なる。
「サラでも緊張するんだな」
踊り始めてしばらくして慣れてきたころ、フィンが口を開いた。
「……それは、するわよ」
「君はいつでも堂々としていて、迷いも揺るぎもないから緊張などしないのかと思っていた」
「まあ」
そんな風に見えていたの?
「それに対して、私はいつも不安だ」
「不安?」
「また君を失わないかと、そればかり考えている」
「――私はいなくならないわ。転生したのもまたこの世界に戻ってきたのも、お父様の仕業だって分かったし」
「それでも不安は消えない。……一度君を失っているからかもしれない」
「それは……」
「こうやって、君と踊ることを何度も夢見た」
フィンは私の背中に回した手に力を込めると、自分へと引き寄せた。
「それが叶い、君を婚約者に迎えることができても……サラが一度死んだことは変わらないし、その記憶が消えることはない」
「そうね……。でも私は今、生きているわ」
本当ならば、私の魂は神々の世界へ行くはずだったのだ。
それがこうしてただの人間となり、フィンと再会し、こうやって一緒に踊っている。それは女神にも予想できなかったことだ。
「それにフィンが守ってくれるのでしょう? だから私はいなくなったりしないわ」
「……ああ。必ず守る」
「だから不安にならないで」
私はフィンに笑顔を向けた。
「本当に君は、強いな」
「守ってくれるの人がいるからよ」
私自身は弱いけれど、フィンや両親、それに色々な人たちが守ってくれるから。
だから私は安心してここにいられるのだ。
「綺麗な青ですわね」
「装飾が少ないのに華がありますのね」
「公爵様も麗しくて……本当にお似合いですわね」
私たちが会場に入ると、ざわめきと共に声が聞こえてきた。
今夜は建国祭最後の行事、舞踏会だ。
ホールには既に大勢の人々が集まっている。初日の夜会よりも多いだろう。
今夜の私は、ハンゲイト領の自然をイメージした白と青のドレスを着ている。
白いドレスの、Aラインのスカート部分を裾が濃いグラデーションになるよう青く染め、胸元には青い花を飾りつけた。
フィンは、白のパンツにドレスと同じ青色で染めたコートを着ている。
二人で対になるよう仕立て屋が作ってくれたのだ。
宝石も二人ともブルーサファイアを使っている。ここまでお揃いにすると少し恥ずかしいが、婚約してすぐならばこれくらいやるのが普通らしい。
「今年の建国祭は素晴らしいですわね」
「ええ。公爵様は婚約者を連れて久しぶりに王都に戻られましたし」
「陛下は女神の祝福を受けられたのでしょう」
「これでお世継ぎが生まれれば我が国も安泰だな」
(そうか……子供の問題があったわね)
でもそれも、今回の件が片付けばエレンのストレスも減るだろう。
「侯爵がいるな」
フィンの声に視線を巡らせると、アーベライン侯爵の姿が見えた。隣にいるのは夫人だろう。
誰かと談笑していた侯爵が、私たちに気づいて歩み寄ってきた。
「公爵」
目の前までくると侯爵はフィンに頭を下げた。
「先日は失礼いたしました。ご迷惑をかけないよう、娘には今日は家から出ないよう言い含めてきました」
「賢明な判断だ」
小さく笑みを浮かべてフィンは言った。
「そうやって二度と私やサラに関わらぬよう、監視してくれ」
「……は」
もう一度頭を下げると侯爵は立ち去っていった。
「ふん、善人気取りが」
侯爵の後ろ姿をみつめてフィンは呟いた。
「自分は忠義を尽くしていると見せかけるために娘も利用するか」
イザベラ嬢は侯爵家にはいない。
まだオリバーの塔に閉じ込められているのだ。
証拠隠滅などをさせないためと、舞踏会で私やフィンに接触させないためだという。
私に媚薬をかけようとした件は、イザベラ嬢の単独行動だったそうだ。
侯爵には伝えていないと言っているというが、本当に知らないかはまだ分からない。侯爵が娘の行動を把握していた可能性もあるからだ。
それでも、イザベラが家にはおらず一昨日から行方不明になっていることを、侯爵は知っているはずなのに。
国王夫妻の入場を告げる声が響き渡り、エレンたちが姿を表すと大きな歓声が上がった。
『パレードの時に女神が女王へ祝福を与えるために神獣が現れた』という噂は、貴族たちにも広まっていた。
過去、女神が民衆に見える形で祝福を与えたことはない。
そのためエレンは歴代の王の中でも女神に愛されている、特別な存在なのだと認識されているそうだ。
(本当は祝福じゃないけれど……まあ本人が良いと言ってるから、いいのかな)
ルナがエレンを襲撃から守ったことが、女神からの祝福だとすり替わってしまっていると伝えたら、『いいんじゃないかしら』と女神は返した。
『エレンちゃんはずっと頑張ってきたから、それくらいの箔を付けてあげてもいいわよ』と。
エレンとブレイクが着席すると、ようやく歓声が静まった。
楽団の演奏に合わせて、今年社交界デビューするという子たちが会場に入ってくる。
彼らは十五、六歳くらいで、緊張した表情が初々しい。
デビュタントたちによるファーストダンスを終えると、あとは誰でも踊っていいことになっている。
踊ったり会話を楽しんだり、疲れたら別室で休憩や食事を取るなどして夜通し過ごすのだそうだ。
広いホールに色とりどりのドレスがくるくると回る姿は、花が咲いたように美しい。
「サラ、我々も踊ろう」
曲が終わったところでフィンが手を差し出した。
その手に自分の手を重ねると、フィンはホールの中央へと歩いていった。
(視線がすごい……)
会場中の視線を集めている気がする。
「緊張しているか?」
「……少し」
注目を浴びることは慣れているが、人前で踊ったことはない。
ダンスの経験ならば、モデル事務所に入ってからジャズダンスのレッスンは受けていたけれど、こういう社交ダンスとはまた異なる。
「サラでも緊張するんだな」
踊り始めてしばらくして慣れてきたころ、フィンが口を開いた。
「……それは、するわよ」
「君はいつでも堂々としていて、迷いも揺るぎもないから緊張などしないのかと思っていた」
「まあ」
そんな風に見えていたの?
「それに対して、私はいつも不安だ」
「不安?」
「また君を失わないかと、そればかり考えている」
「――私はいなくならないわ。転生したのもまたこの世界に戻ってきたのも、お父様の仕業だって分かったし」
「それでも不安は消えない。……一度君を失っているからかもしれない」
「それは……」
「こうやって、君と踊ることを何度も夢見た」
フィンは私の背中に回した手に力を込めると、自分へと引き寄せた。
「それが叶い、君を婚約者に迎えることができても……サラが一度死んだことは変わらないし、その記憶が消えることはない」
「そうね……。でも私は今、生きているわ」
本当ならば、私の魂は神々の世界へ行くはずだったのだ。
それがこうしてただの人間となり、フィンと再会し、こうやって一緒に踊っている。それは女神にも予想できなかったことだ。
「それにフィンが守ってくれるのでしょう? だから私はいなくなったりしないわ」
「……ああ。必ず守る」
「だから不安にならないで」
私はフィンに笑顔を向けた。
「本当に君は、強いな」
「守ってくれるの人がいるからよ」
私自身は弱いけれど、フィンや両親、それに色々な人たちが守ってくれるから。
だから私は安心してここにいられるのだ。
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