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第二章
02
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ルドルフは孤立していた。
兄と妹がいるが、彼らとは母親が違った。
ルドルフの母親は正妻だったが、彼を産んでから体調を崩しがちになり五歳の時に死んでしまった。
後妻となった義母は伯爵がルドルフの母親と結婚するより前から伯爵と関係があり、義母が産んだ二人の子供は後妻となるより前に産まれた子だ。
義母はルドルフの存在を無視していた。
腹違いの兄妹も母に倣うようにルドルフを無視する。
父親は母親が生きている時から彼に興味がないようだった。
家令や侍女達はルドルフを大切に扱ってくれるけれど、家族の愛情を得られる事は決してない。
それは幼い心にとても辛く、ルドルフはいつも一人屋敷を抜け出して山や森に入っていた。
その鳥と出会ったのはニ年ほど前、十歳の誕生日だった。
誰にも祝ってもらえず、ルドルフはよく行く森で一人、泣いていた。
『泣くな』
ふいに頭の中に声が響いた。
「え……?」
不思議そうに見回したルドルフの視界に赤い光が入った。
目の前にいたのは真っ赤な鳥だった。
それは見た事がないほど美しく——宝石のような金色に光る瞳がじっとルドルフを見つめていた。
今の言葉はこの鳥が発したのだと、ルドルフは何故か自然と理解した。
「だれ……?」
「我はプティノ」
ルドルフを見つめて鳥は答えた。
「プティノ……? 山と同じ名前……ってまさか……聖鳥?」
母親や乳母から寝物語に聞かされた、フリューア家が領地と共に守り続けてきたという、伝説の聖獣。
それが今目の前にいるのいうのか。
「そう、我はフリューアに寄り添う者」
「寄り添う……?」
「フリューアの血を継ぐ子よ。何故泣く」
「……僕……は」
促されるままルドルフは自分のことを話した。
「泣くな、フリューアの子よ」
語りながら涙が出ていたのだろう。
プティノは静かにそう言った。
「孤独が辛いのならば、我が傍にいよう」
「……プティノが?」
「家族が欲しいのならば、我がそなたの家族となろう」
「家族? 僕の……?」
「そなたが望むのならばな」
嘴がそっとルドルフの頭に触れた。
その優しい感触は、死んだ母の手を思い出させた。
以来、ルドルフが森へ行くとプティノはその姿を現した。
そうして傍に寄り添い、プティノの山や自然のこと——誰も教えてくれなかった魔法の使い方、そして家族の温もり。
多くを教えてくれた。
そんなプティノに異変が起き始めたのは、半年ほど前のことだった。
「……なんか小さくなってない?」
いつものように森へ来たルドルフの前に現れたプティノの姿に首を傾げた。
「そうか? ルドルフが大きくなったからではないか?」
「……そうかなあ」
確かに成長期のルドルフはこの頃急激に身長が伸びていた。
だから相対的にプティノが小さく見えるのかもしれないと、ルドルフも一度は納得した。
だがそれ以降、会うたびにプティノは明らかに小さくなっていった。
「ねえ……本当に大丈夫なの?」
小さくなるだけでなく、プティノはだんだん元気がなくなっていくようだった。
「……大丈夫ではないかもしれぬな」
初めての弱音にルドルフは目を見開いた。
「どうすればいいの?」
「分からぬ……こんなことは初めてだ」
プティノは息を吐いた。
徐々に小さくなり、動きも鈍くなっていくプティノを前にしてルドルフは何もできなかった。
自分を孤独から救ってくれたプティノに自分は何も出来ない。
それが悔しかった。
「リーコスが来る」
プティノが呟いたのは昨日のことだった。
「リーコス?」
「我の仲間で……西に棲む聖狼だ」
飛ぶことすら出来なくなったプティノはそう答えてわずかに嘴をルドルフに向けた。
「我に会いに来たかも知れぬ……ルドルフ……やつをここへ案内してくれるか」
おそらく人間の姿だろうとその特徴を教えられ、ルドルフはとりあえず屋敷へ戻った。
——昼間は森へ入っていても咎められないが、夕食までに戻らないと叱られるからだ。
そうして帰った屋敷では、急な来客があるらしく使用人がバタバタしていた。
こういう時、ルドルフは晩餐の席に同席させてもらえない。
本来ならば嫡男は正妻の子であるルドルフなのだが、両親は腹違いの兄を跡継ぎにさせたいらしくルドルフを客には会わせたがらないのだ。
今夜も夕食は一人で取ることになるのだろう。
——むしろまた屋敷を抜け出してリーコスを探しに行けるから好都合ではないだろうか。
そう思いながら部屋へ戻ろうとしたルドルフの視界に、来客の一行の姿が入った。
(え……あのひと、まさか!)
ルドルフの目は黒髪の長身の男に釘付けになった。
その容姿はプティノが説明した内容によく似ており——何よりも、彼が纏う気配がプティノに似ていたのだ。
侍女から、彼らが聖獣について調べるために神殿から遣わされたのだと聞き出した。
そして明日はプティノの山へ行くと。
(山に行ってもプティノはいない……早く伝えないと)
だが屋敷へいる時はルドルフは客人に接触する事はできない。
だから屋敷から出たリーコスたちの後を追ってきたのだ。
兄と妹がいるが、彼らとは母親が違った。
ルドルフの母親は正妻だったが、彼を産んでから体調を崩しがちになり五歳の時に死んでしまった。
後妻となった義母は伯爵がルドルフの母親と結婚するより前から伯爵と関係があり、義母が産んだ二人の子供は後妻となるより前に産まれた子だ。
義母はルドルフの存在を無視していた。
腹違いの兄妹も母に倣うようにルドルフを無視する。
父親は母親が生きている時から彼に興味がないようだった。
家令や侍女達はルドルフを大切に扱ってくれるけれど、家族の愛情を得られる事は決してない。
それは幼い心にとても辛く、ルドルフはいつも一人屋敷を抜け出して山や森に入っていた。
その鳥と出会ったのはニ年ほど前、十歳の誕生日だった。
誰にも祝ってもらえず、ルドルフはよく行く森で一人、泣いていた。
『泣くな』
ふいに頭の中に声が響いた。
「え……?」
不思議そうに見回したルドルフの視界に赤い光が入った。
目の前にいたのは真っ赤な鳥だった。
それは見た事がないほど美しく——宝石のような金色に光る瞳がじっとルドルフを見つめていた。
今の言葉はこの鳥が発したのだと、ルドルフは何故か自然と理解した。
「だれ……?」
「我はプティノ」
ルドルフを見つめて鳥は答えた。
「プティノ……? 山と同じ名前……ってまさか……聖鳥?」
母親や乳母から寝物語に聞かされた、フリューア家が領地と共に守り続けてきたという、伝説の聖獣。
それが今目の前にいるのいうのか。
「そう、我はフリューアに寄り添う者」
「寄り添う……?」
「フリューアの血を継ぐ子よ。何故泣く」
「……僕……は」
促されるままルドルフは自分のことを話した。
「泣くな、フリューアの子よ」
語りながら涙が出ていたのだろう。
プティノは静かにそう言った。
「孤独が辛いのならば、我が傍にいよう」
「……プティノが?」
「家族が欲しいのならば、我がそなたの家族となろう」
「家族? 僕の……?」
「そなたが望むのならばな」
嘴がそっとルドルフの頭に触れた。
その優しい感触は、死んだ母の手を思い出させた。
以来、ルドルフが森へ行くとプティノはその姿を現した。
そうして傍に寄り添い、プティノの山や自然のこと——誰も教えてくれなかった魔法の使い方、そして家族の温もり。
多くを教えてくれた。
そんなプティノに異変が起き始めたのは、半年ほど前のことだった。
「……なんか小さくなってない?」
いつものように森へ来たルドルフの前に現れたプティノの姿に首を傾げた。
「そうか? ルドルフが大きくなったからではないか?」
「……そうかなあ」
確かに成長期のルドルフはこの頃急激に身長が伸びていた。
だから相対的にプティノが小さく見えるのかもしれないと、ルドルフも一度は納得した。
だがそれ以降、会うたびにプティノは明らかに小さくなっていった。
「ねえ……本当に大丈夫なの?」
小さくなるだけでなく、プティノはだんだん元気がなくなっていくようだった。
「……大丈夫ではないかもしれぬな」
初めての弱音にルドルフは目を見開いた。
「どうすればいいの?」
「分からぬ……こんなことは初めてだ」
プティノは息を吐いた。
徐々に小さくなり、動きも鈍くなっていくプティノを前にしてルドルフは何もできなかった。
自分を孤独から救ってくれたプティノに自分は何も出来ない。
それが悔しかった。
「リーコスが来る」
プティノが呟いたのは昨日のことだった。
「リーコス?」
「我の仲間で……西に棲む聖狼だ」
飛ぶことすら出来なくなったプティノはそう答えてわずかに嘴をルドルフに向けた。
「我に会いに来たかも知れぬ……ルドルフ……やつをここへ案内してくれるか」
おそらく人間の姿だろうとその特徴を教えられ、ルドルフはとりあえず屋敷へ戻った。
——昼間は森へ入っていても咎められないが、夕食までに戻らないと叱られるからだ。
そうして帰った屋敷では、急な来客があるらしく使用人がバタバタしていた。
こういう時、ルドルフは晩餐の席に同席させてもらえない。
本来ならば嫡男は正妻の子であるルドルフなのだが、両親は腹違いの兄を跡継ぎにさせたいらしくルドルフを客には会わせたがらないのだ。
今夜も夕食は一人で取ることになるのだろう。
——むしろまた屋敷を抜け出してリーコスを探しに行けるから好都合ではないだろうか。
そう思いながら部屋へ戻ろうとしたルドルフの視界に、来客の一行の姿が入った。
(え……あのひと、まさか!)
ルドルフの目は黒髪の長身の男に釘付けになった。
その容姿はプティノが説明した内容によく似ており——何よりも、彼が纏う気配がプティノに似ていたのだ。
侍女から、彼らが聖獣について調べるために神殿から遣わされたのだと聞き出した。
そして明日はプティノの山へ行くと。
(山に行ってもプティノはいない……早く伝えないと)
だが屋敷へいる時はルドルフは客人に接触する事はできない。
だから屋敷から出たリーコスたちの後を追ってきたのだ。
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