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6.発覚と喪失
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「お久しぶりです、殿下」
「クラウディオか。三ヶ月振りだな」
執務室に入ってきた外交官のクラウディオ・トファーノにエルネストは目を細めた。
「無事に帰国して何よりだ。変わりはないようだな」
「はい。殿下は…色々あったようですね」
三ヶ月前と比べて明らかにやつれたエルネストの姿にクラウディオは眉を曇らせた。
「…何だ、もう聞いたのか」
エルネストは自嘲するような笑みを浮かべた。
「随分と大きな騒動になっているそうですね。魔女が殿下達を惑わそうとしたと」
「魔女か」
ふっとエルネストは息を吐いた。
「…正直、今でも何故あんな事をしていたのか……分からないんだ」
二ヶ月前。
エルネストの誕生日パーティーで起きたルーチェとの婚約破棄騒動と、その後の展開はガーランド王国の貴族社会に大きな衝撃をもたらした。
エルネスト達と親しくしていたアンジェリカ子爵令嬢が、ある特殊な呪術で彼らを操っていたというのだ。
それは誰も知る者がいない術で、どうやってかかったのか、何故解けたのかも分かっていなかった。
アンジェリカを問いただしても、奇妙な事ばかり言っていて話が通じないのだという。
「ハッピーエンドの後にこんな展開はありえない」「本当は隠しキャラが良かったのに」など理解の出来ない事をブツブツ言ったり、「全部悪役令嬢がシナリオ通りに動かないのが悪いのよ!」など叫び出し———
挙句にはルーチェに対する罵詈雑言を発するようになったという。
アンジェリカは今、塔の中に幽閉されている。
処罰の内容はまだ決まっていないが、王子を含む有力貴族の子息を惑わし、操っていた事から極刑もありうると言われている。
アンジェリカの処刑の可能性を聞いても、エルネストは何の感慨も覚えなかった。
あの頃はあれだけ彼女に惹かれ、愛しく思っていたのに不思議なくらい何も思わないのだ。
それよりも今エルネストの心を支配しているのはただ一人———婚約者だったルーチェだけだった。
その、今回の件で一番の被害者であるルーチェ・ドゥランテは社交界から姿を消していた。
兄のレナートは国外に出したと言っていたが何処へ行ったのか、どうしているのかという情報は何も得られず、ただただ想いを募らせるばかりだった。
「———殿下。休息や食事はきちんと取っておられますか」
そう尋ねて、クラウディオは傍の机にいる側近のステファノに視線を送るとステファノは緩く首を横に振った。
「見ての通りだ。仕事をしていないとルーチェ嬢の事ばかり考えてしまうと言ってな」
「…仕事をする理性は残っているという事ですか」
クラウディオは視線をエルネストへ戻した。
「今のルーチェ嬢の状況よりはましですね」
「何?」
クラウディオの言葉に眉をひそめ…エルネストは彼がこの三ヶ月の間、幾つかの国を回っていた事を思い出した。
「まさかルーチェの居場所を知っているのか?!」
ガタン、と椅子を倒す勢いでエルネストは立ち上がった。
「報告しようと思っていた事はあるのですが。帰国して色々と話を聞く限り、私から勝手に殿下へお伝えして良いものか…」
船上でルーチェの姿を見た時は、クラウディオは婚約破棄騒動の事は知らなかった。
だから彼女の事を報告するつもりで部下に調べさせていたのだが…ドゥランテ侯爵家がエルネストから彼女を引き離すために国から出したらしいと知り、勝手に教えて良いものか迷っていた。
「…レナート・ドゥランテを呼んでくれ」
エルネストはステファノを見てそう命じた。
「失礼いたします」
室内に入ってきたレナートは、そこに意外な人物がいるのに目を留め———すぐに何かに気づいたように眉をひそめた。
「わざわざ済まないな、侯爵」
「いえ…ルーチェの事ですか」
クラウディオに視線を送りながらレナートは言った。
「ああ。そこにいるトファーノ外交官がルーチェの事について何か知っているようだが、教えてくれないんだ」
「…トファーノ殿は確かしばらく他国へ行かれていましたね」
「ええ。コーレイン王国へも行きました」
クラウディオの正面のソファに腰を下ろそうとしたレナートは、相手の言葉に一瞬その動きを止めた。
「レナート殿。私が知っている事を殿下に話してもよろしいか」
「何をご存知なんです」
「職業柄、他国での自国民の行動は把握しておきたいものですから」
じっとクラウディオを見つめ———レナートは小さくため息をついた。
それを肯定と受け取り、クラウディオはエルネストを見た。
「コーレイン王国のベークマンへ行く船の中でルーチェ嬢を見ました」
「ルーチェが船に?」
「何故あのような場所にいるのか不思議でしたので、部下の一人を接触させました。目的は聞き出せませんでしたが…」
クラウディオは一瞬レナートに視線を送った。
「彼女の右耳が聞こえない、という事を知りました」
「耳が…聞こえない?」
エルネストは目を見開いた。
「それである可能性に思い当たり、下船後も部下にルーチェ嬢の後を追わせたのですが。予想通りバウス療養所へ向かいました」
「バウス…療養所…」
「周辺国の中でも最も技術も設備も揃っていると有名ですね」
ステファノが口を開いた。
「長期治療を要する患者が多いとか」
「ルーチェは…そんなに…重い病なのか」
エルネストは声を震わせた。
最後にルーチェを見た時の、表情を失った青い顔が脳裏に浮かぶ。
「レナート殿には申し訳ないが、外交官特権で療養所での様子も調べました」
クラウディオが再び口を開いた。
「療養所に着いた翌日、ルーチェ嬢は高熱を出して倒れたそうです。三日間眠り続け…目が覚めた時には記憶をなくしておりました」
エルネストは声も出せずにクラウディオを見つめた。
「全て忘れているそうですよ。間違いありませんね、レナート殿」
「———ええ…」
レナートはため息をついて頷いた。
「今弟のルキーノが側にいますが…医者の話ではこのまま治らない可能性もあると」
エルネストは目の前が真っ暗になるのを感じた。
「クラウディオか。三ヶ月振りだな」
執務室に入ってきた外交官のクラウディオ・トファーノにエルネストは目を細めた。
「無事に帰国して何よりだ。変わりはないようだな」
「はい。殿下は…色々あったようですね」
三ヶ月前と比べて明らかにやつれたエルネストの姿にクラウディオは眉を曇らせた。
「…何だ、もう聞いたのか」
エルネストは自嘲するような笑みを浮かべた。
「随分と大きな騒動になっているそうですね。魔女が殿下達を惑わそうとしたと」
「魔女か」
ふっとエルネストは息を吐いた。
「…正直、今でも何故あんな事をしていたのか……分からないんだ」
二ヶ月前。
エルネストの誕生日パーティーで起きたルーチェとの婚約破棄騒動と、その後の展開はガーランド王国の貴族社会に大きな衝撃をもたらした。
エルネスト達と親しくしていたアンジェリカ子爵令嬢が、ある特殊な呪術で彼らを操っていたというのだ。
それは誰も知る者がいない術で、どうやってかかったのか、何故解けたのかも分かっていなかった。
アンジェリカを問いただしても、奇妙な事ばかり言っていて話が通じないのだという。
「ハッピーエンドの後にこんな展開はありえない」「本当は隠しキャラが良かったのに」など理解の出来ない事をブツブツ言ったり、「全部悪役令嬢がシナリオ通りに動かないのが悪いのよ!」など叫び出し———
挙句にはルーチェに対する罵詈雑言を発するようになったという。
アンジェリカは今、塔の中に幽閉されている。
処罰の内容はまだ決まっていないが、王子を含む有力貴族の子息を惑わし、操っていた事から極刑もありうると言われている。
アンジェリカの処刑の可能性を聞いても、エルネストは何の感慨も覚えなかった。
あの頃はあれだけ彼女に惹かれ、愛しく思っていたのに不思議なくらい何も思わないのだ。
それよりも今エルネストの心を支配しているのはただ一人———婚約者だったルーチェだけだった。
その、今回の件で一番の被害者であるルーチェ・ドゥランテは社交界から姿を消していた。
兄のレナートは国外に出したと言っていたが何処へ行ったのか、どうしているのかという情報は何も得られず、ただただ想いを募らせるばかりだった。
「———殿下。休息や食事はきちんと取っておられますか」
そう尋ねて、クラウディオは傍の机にいる側近のステファノに視線を送るとステファノは緩く首を横に振った。
「見ての通りだ。仕事をしていないとルーチェ嬢の事ばかり考えてしまうと言ってな」
「…仕事をする理性は残っているという事ですか」
クラウディオは視線をエルネストへ戻した。
「今のルーチェ嬢の状況よりはましですね」
「何?」
クラウディオの言葉に眉をひそめ…エルネストは彼がこの三ヶ月の間、幾つかの国を回っていた事を思い出した。
「まさかルーチェの居場所を知っているのか?!」
ガタン、と椅子を倒す勢いでエルネストは立ち上がった。
「報告しようと思っていた事はあるのですが。帰国して色々と話を聞く限り、私から勝手に殿下へお伝えして良いものか…」
船上でルーチェの姿を見た時は、クラウディオは婚約破棄騒動の事は知らなかった。
だから彼女の事を報告するつもりで部下に調べさせていたのだが…ドゥランテ侯爵家がエルネストから彼女を引き離すために国から出したらしいと知り、勝手に教えて良いものか迷っていた。
「…レナート・ドゥランテを呼んでくれ」
エルネストはステファノを見てそう命じた。
「失礼いたします」
室内に入ってきたレナートは、そこに意外な人物がいるのに目を留め———すぐに何かに気づいたように眉をひそめた。
「わざわざ済まないな、侯爵」
「いえ…ルーチェの事ですか」
クラウディオに視線を送りながらレナートは言った。
「ああ。そこにいるトファーノ外交官がルーチェの事について何か知っているようだが、教えてくれないんだ」
「…トファーノ殿は確かしばらく他国へ行かれていましたね」
「ええ。コーレイン王国へも行きました」
クラウディオの正面のソファに腰を下ろそうとしたレナートは、相手の言葉に一瞬その動きを止めた。
「レナート殿。私が知っている事を殿下に話してもよろしいか」
「何をご存知なんです」
「職業柄、他国での自国民の行動は把握しておきたいものですから」
じっとクラウディオを見つめ———レナートは小さくため息をついた。
それを肯定と受け取り、クラウディオはエルネストを見た。
「コーレイン王国のベークマンへ行く船の中でルーチェ嬢を見ました」
「ルーチェが船に?」
「何故あのような場所にいるのか不思議でしたので、部下の一人を接触させました。目的は聞き出せませんでしたが…」
クラウディオは一瞬レナートに視線を送った。
「彼女の右耳が聞こえない、という事を知りました」
「耳が…聞こえない?」
エルネストは目を見開いた。
「それである可能性に思い当たり、下船後も部下にルーチェ嬢の後を追わせたのですが。予想通りバウス療養所へ向かいました」
「バウス…療養所…」
「周辺国の中でも最も技術も設備も揃っていると有名ですね」
ステファノが口を開いた。
「長期治療を要する患者が多いとか」
「ルーチェは…そんなに…重い病なのか」
エルネストは声を震わせた。
最後にルーチェを見た時の、表情を失った青い顔が脳裏に浮かぶ。
「レナート殿には申し訳ないが、外交官特権で療養所での様子も調べました」
クラウディオが再び口を開いた。
「療養所に着いた翌日、ルーチェ嬢は高熱を出して倒れたそうです。三日間眠り続け…目が覚めた時には記憶をなくしておりました」
エルネストは声も出せずにクラウディオを見つめた。
「全て忘れているそうですよ。間違いありませんね、レナート殿」
「———ええ…」
レナートはため息をついて頷いた。
「今弟のルキーノが側にいますが…医者の話ではこのまま治らない可能性もあると」
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