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第7章 月の女神と光の乙女

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「ここは…どこ?」
いくら周囲を見渡しても何も見えない、真っ白な空間でロゼは途方にくれていた。

「私…誘拐されて…」
目の前で侍女のハンナが襲われて…白い光が…

「———暴発…」
ロゼは手のひらをじっと見つめた。
五歳の時は兄だったけれど、今度は自分自身の魔力で飛ばされてしまったようだ。

「ハンナ…巻き込んでしまったかしら」
あんな酷い事をされた上に、自分の魔力の暴発まで受けてしまって。
彼女は何も悪くないのに、さらに傷つけてしまっただろうか。

滲んできた涙を手で拭うと、ロゼは何もない空間をもう一度見渡して…前方に光の塊があるのに気づいた。
「あ…まさか…」
ルーチェから聞いた話を思い出した。


『ロゼ』

光の塊から女性の声が響いた。

「…セレネ…?」
『やっと会えました』
「ここは……」
『あなたの心の中ですよ』

「え?」
『私はずっと…あなたの中にいたのです』
ゆらりと光が揺れた。





「姉上!」
まだその顔に幼さの残る青年の悲痛な叫び声が屋敷に響いた。

ああ…駄目だった。
私の魔力では…彼女を救えなかった。

姉の遺体に縋りつき、泣きじゃくる青年の背中を部屋の片隅から見つめてセレネは嘆息した。
せめて…彼に謝罪したいのに。
カレンという媒体を失ったセレネには声を届ける術がなかった。

セレネの魔力を受け入れるには、カレンという器は脆いという事は分かっていた。
それでも国難を救うという大義のため…何より国や家族の為に役立ちたいと、カレン自身が強く望んだ。
そのためセレネはカレンの身体を使い、五人の青年たちに力を分け与えたのだが最後の一人、彼女の弟に与えた所で力尽きそのまま死んでしまったのだ。

魂だけの存在となったセレネは震える青年の背中を見つめていた。
———これから彼は姉の死という重い枷を追いながら、国のために戦わなければならないのだ。

私のした事は良かったのだろうか。
国のためとはいえ…そのせいで彼らの未来は定められ、国に縛られてしまうのだ。
それは一代限りではなく、今後何代にも渡って続いていくだろう。
そんな彼らに対し…その運命を与えた自分は、何ができるだろうか。

目の前の青年の姿がゆらりと揺れた。

…ああ、もう時間がない。

媒体を持たず力も少なくなったこの魂が眠りにつこうとしているのをセレネは感じていた。

どうか…彼らがこの国に平和を取り戻せるように。
そして彼らがその力のせいで、人々に恐れられる事のないように。
祈りながら再びセレネは眠りについていった。



セレネはかつて自分が生きていた頃に住んでいた家の側にある湖の中で眠りながら、国の変化を感じていた。
この湖はセレネが失った魔力を与えてくれる、力の源のようなものだった。

五家の青年やその子供たちは、与えられた力で必死に戦っていたがなかなか戦争が終わる気配がなかった。
数十年経ち、苛立ちからか…やがて魔力を持つ者同士で争うようになっていった。

ああ…私のした事は間違っていたのか。
かつて魔女と呼ばれ、忌み嫌われた自分が頼られ、誰かの力になれる…
ずっと孤独で眠り続けていたセレネにとってそれはどんなに嬉しい事だったろう。
だが…自分の力のせいで彼らは…

湖の中で嘆いていたセレネはある日自分のものではない魔力を感じた。
それはとても心地よくて優しい…自分にはなかった、人を癒すことのできる魔力。

多少回復した力を使い、王都へと向かったセレネが見たのは一人の薄紅色の髪の少女だった。
癒しの力を持ち光の乙女と呼ばれた彼女はあっという間に争う色持ちたちを諫め、戦争を終わらせ———そして王妃となった。
国民は王家と四つの公爵家を讃え敬い、五家は特別な存在となった。

彼女がいなかったら…この戦争は終わらなかった。
セレネはそっと彼女に感謝の祈りをささげた。


国を平和に導いた王妃は、けれどどこか寂しそうだった。
夜、ひとりバルコニーに出ては夜空を見上げている。
その孤独な姿が気になったセレネはそっと彼女に近づいた。

二つの月を見つめていた、王妃の瞳から涙が溢れた。

「お父さん…お母さん…会いたい…帰りたいよ…」
セレネの心がずきりと痛んだ。

彼女がこことは別の世界からやってきた、渡り人である事は知っていた。
そうだ…彼女には別の世界での家族が、生活があったのだ。
それが突然切り離されて、知らない者たちばかりの異世界で争いに巻き込まれたのだ。

慰めるように、セレネはそっと王妃の周りを回った。

「…何この光…?」
王妃は驚いて光が動くのを見回した。
…特殊な魔力を持つ彼女にはセレネの魂が見えるのだろうか。

「まさか…女神様?!」
王妃は目を見開いた。
「女神様…お願いします!私を元の世界に返して下さい!」

五家に魔力を与えた自分が女神と呼ばれているのは知っていた。
彼女がどこから来たのかが分かれば、そこへ送る事も出来ただろう。
けれど…今のセレネにはそれだけの力が戻っていない。
全ての力を取り戻すには、あと百年はかかるだろう。

———ああ、自分は国を救ってくれた彼女を救う事が出来ない。
本当に…何と非力で愚かな存在なのだろう。

「女神様…!」
すがる王妃から逃げるように湖へと戻ると、セレネは絶望と共に深い眠りへとついていった。
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