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第3章
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「せっかくの再会なのに。心が狭いわルイスは」
閉ざされた扉を見つめてルチアーナは口を尖らせた。
「…君がローズにベタベタするから…」
「あら、ルイスの不機嫌の原因は私ではないわ」
振り返った翡翠色の瞳がスチュアートを刺す。
「———さっき言っていたのは本当か?」
その視線の意味に気づかないフリをして、スチュアートは言った。
「え?」
「ローズに会う事だけが楽しみだったと。———君達は数えるほどしか会っていないはずだが」
「会う前から楽しみにしていたのよ。お祖父様から散々聞かされていたもの、本当はお祖父様の元に嫁ぐはずだった、ベイツ帝国のお姫様の話を」
友好国であったベイツとマウラの関係を、更に強固にする為の政略結婚———それが表向きの理由だったが、実際はマウラの王太子がベイツの姫に一目惚れをしたのだと聞かされていた。
「ローズに会って納得したわ。お祖父様がいつまでもお姫様の事を忘れられなかった理由…そして先代のエインズワース公爵が彼女を奪った理由を」
ルチアーナは瞳を細めた。
「私が男に生まれていたら、私が貴方達からローズを奪っていたわ」
「———君が女性で良かったよ」
「ふふっ。私だって戦争は嫌だわ」
一人の姫を巡り、戦争まで起きかけた強奪劇。
その和解の証として、孫世代のスチュアートとルチアーナの結婚が決まったのだ。
それに対してスチュアートに不満はない。
政略結婚は自分の義務だと分かっているし、ルチアーナとの仲も良好だ。
彼女は妃として優秀———いや、女性にしておくには惜しいくらい、政務能力にも長けている。
彼女が王妃になる事は、この国にとっても有益だ。
「…エインズワースの人達は狡いわね」
独り言のようにルチアーナはぽつりと呟いた。
「狡い?」
「あれだけの地位と権力を持ちながら、己の望む伴侶を手に入れられる自由も持つなんて」
今度は穏やかな———悲しみを含んだ視線がスチュアートを見る。
「己の恋に忠実な家臣の尻拭いをさせられる皇家も大変ね」
「———エインズワースのお陰でこの帝国が繁栄しているからな。その対価と思えば仕方ない」
皇家がその恋を認める限り、エインズワース家が帝国を裏切る事はない。
そうやってこの国は二つの家の力で繁栄してきたのだ。
「その為にあなたは自分の心を犠牲にするのね。———でも完全には諦めきれない、と」
「…何の話だ」
「ローズを陛下の養女にするよう進言したのはあなたでしょう?スチュアート」
ルチアーナは真っ直ぐにスチュアートを見つめた。
「あなたの考えている事は分かるわ。私達似た者同士ですもの」
「似た者…?」
「言ったでしょう、私が男に生まれていればって」
ルチアーナはゆっくりと瞳を細めた。
「あの子を手に入れる方法は結婚だけではないもの、ね」
互いの心を読むように、しばらく無言で向き合う。
「———君が妻で良かったよ」
参ったというように、スチュアートは息を吐くと手をあげた。
「ふふっ、私もよ。ここに嫁いでこられて良かったわ」
「ローズを苦しめる事はしないでくれ」
「あら、それはこちらが言いたい事ですわ」
笑みを交わすと、スチュアートはふと真顔になった。
「しかし…何故オルグレンの王子はローズを追放したんだろうな」
それは今回の騒動を聞いて真っ先に抱いた疑問だった。
ベイツ帝国の者達が大事にしてきたあの美しい薔薇を、自ら手放してしまうとは。
「愚かな王子様にはローズは眩しすぎて彼女の姿を見ていられなかったのよ。婚約させられたのが第二王子で良かったわ。もしも相手が王太子だったらきっとローズを手放さなかったでしょうし…」
笑顔で答えたルチアーナの瞳が一瞬鋭く光った。
「ローズも王太子の事を好きになったかも知れないわね」
思わず目を見開いたスチュアートにくすり、と笑みが漏れる。
「それだけ優秀な方よ、リチャード殿下は」
「———相手が第二王子で良かったな」
心からそう思うとスチュアートはため息をついた。
閉ざされた扉を見つめてルチアーナは口を尖らせた。
「…君がローズにベタベタするから…」
「あら、ルイスの不機嫌の原因は私ではないわ」
振り返った翡翠色の瞳がスチュアートを刺す。
「———さっき言っていたのは本当か?」
その視線の意味に気づかないフリをして、スチュアートは言った。
「え?」
「ローズに会う事だけが楽しみだったと。———君達は数えるほどしか会っていないはずだが」
「会う前から楽しみにしていたのよ。お祖父様から散々聞かされていたもの、本当はお祖父様の元に嫁ぐはずだった、ベイツ帝国のお姫様の話を」
友好国であったベイツとマウラの関係を、更に強固にする為の政略結婚———それが表向きの理由だったが、実際はマウラの王太子がベイツの姫に一目惚れをしたのだと聞かされていた。
「ローズに会って納得したわ。お祖父様がいつまでもお姫様の事を忘れられなかった理由…そして先代のエインズワース公爵が彼女を奪った理由を」
ルチアーナは瞳を細めた。
「私が男に生まれていたら、私が貴方達からローズを奪っていたわ」
「———君が女性で良かったよ」
「ふふっ。私だって戦争は嫌だわ」
一人の姫を巡り、戦争まで起きかけた強奪劇。
その和解の証として、孫世代のスチュアートとルチアーナの結婚が決まったのだ。
それに対してスチュアートに不満はない。
政略結婚は自分の義務だと分かっているし、ルチアーナとの仲も良好だ。
彼女は妃として優秀———いや、女性にしておくには惜しいくらい、政務能力にも長けている。
彼女が王妃になる事は、この国にとっても有益だ。
「…エインズワースの人達は狡いわね」
独り言のようにルチアーナはぽつりと呟いた。
「狡い?」
「あれだけの地位と権力を持ちながら、己の望む伴侶を手に入れられる自由も持つなんて」
今度は穏やかな———悲しみを含んだ視線がスチュアートを見る。
「己の恋に忠実な家臣の尻拭いをさせられる皇家も大変ね」
「———エインズワースのお陰でこの帝国が繁栄しているからな。その対価と思えば仕方ない」
皇家がその恋を認める限り、エインズワース家が帝国を裏切る事はない。
そうやってこの国は二つの家の力で繁栄してきたのだ。
「その為にあなたは自分の心を犠牲にするのね。———でも完全には諦めきれない、と」
「…何の話だ」
「ローズを陛下の養女にするよう進言したのはあなたでしょう?スチュアート」
ルチアーナは真っ直ぐにスチュアートを見つめた。
「あなたの考えている事は分かるわ。私達似た者同士ですもの」
「似た者…?」
「言ったでしょう、私が男に生まれていればって」
ルチアーナはゆっくりと瞳を細めた。
「あの子を手に入れる方法は結婚だけではないもの、ね」
互いの心を読むように、しばらく無言で向き合う。
「———君が妻で良かったよ」
参ったというように、スチュアートは息を吐くと手をあげた。
「ふふっ、私もよ。ここに嫁いでこられて良かったわ」
「ローズを苦しめる事はしないでくれ」
「あら、それはこちらが言いたい事ですわ」
笑みを交わすと、スチュアートはふと真顔になった。
「しかし…何故オルグレンの王子はローズを追放したんだろうな」
それは今回の騒動を聞いて真っ先に抱いた疑問だった。
ベイツ帝国の者達が大事にしてきたあの美しい薔薇を、自ら手放してしまうとは。
「愚かな王子様にはローズは眩しすぎて彼女の姿を見ていられなかったのよ。婚約させられたのが第二王子で良かったわ。もしも相手が王太子だったらきっとローズを手放さなかったでしょうし…」
笑顔で答えたルチアーナの瞳が一瞬鋭く光った。
「ローズも王太子の事を好きになったかも知れないわね」
思わず目を見開いたスチュアートにくすり、と笑みが漏れる。
「それだけ優秀な方よ、リチャード殿下は」
「———相手が第二王子で良かったな」
心からそう思うとスチュアートはため息をついた。
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