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第5章
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「ご無礼をお許し下さい」
ブルーノ・アビントンはそう言って頭を下げた。
彼が公爵家を訪れたのは、夜も遅く更けた時間だった。
そのような時間に他国の使者が個人邸を、しかも先触れもなく訪れる事は本来ならばありえないが———
それは供も付けず、オルグレン王国から飛ばしてくるほどの何かがあるという事だ。
「内密に、少しでも早くお耳に入れた方が良いと王太子からの指示でございます」
「何かあったのか」
応接室にはローズの他に公爵夫妻とルイスもいた。
ルイスには彼の裏の顔を教えているが———おそらく公爵も察しているだろう。
無礼を責めることもなく用件を促した。
「ローゼリア様は、ストラーニ国王陛下を覚えておられますよね」
ブルーノの言葉に———ふいにローズの顔から表情が消えた。
「たった今まで記憶から消していたわ」
「ローズ?」
初めて聞くような冷めた声に隣のルイスが戸惑ったようにその顔を見た。
「ストラーニ王国といえば…わが国との交流は少ないが、豊かな国と聞いている」
「はい。そのストラーニからの使者が三日前にやってまいりました」
言葉を区切ると、ブルーノは一同を見渡した。
「ローゼリア様を陛下の正妃として迎えたいので譲って欲しい、と」
「は?!」
戸惑いと怒りの声が夜の公爵家に響いた。
「カルロ・ストラーニ陛下ね…。いい噂しか聞かないわ」
記憶を呼び起こすように、宙を見つめながらルチアーナは言った。
「いい噂しか?」
「文武両道、温厚で人望も厚く、国民からも慕われている。確か今二十五歳くらい?三年前にお妃を亡くされてからは独り身を通しているわ」
「———詳しいんだな」
「ふふ、王族の情報収集は基本よ」
ルイスを見てそう言うと口角を上げる。
「陛下は見目も良くて、後添いを望む者が国内外問わず殺到していると聞くわ」
「…何故そんな人がわざわざ婚約者のいたローズを望む?」
スチュアートはローズへと視線を送った。
昨日訪問してきたブルーノを連れて皇宮へ来ていた。
ブルーノと公爵、皇帝らが話し合っている間、ローズとルイスはスチュアートの政務室に来ていた。
「そもそも、どこで会ったんだ?」
「半年以上前…オルグレン王国を陛下が訪問した時、歓迎の晩餐会が開かれたの」
晩餐会には第二王子の婚約者であり、宰相の娘であるローズも出席していた。
食事の席は離れていたため会話はなかったが、その後部屋を移動しての親睦の席で、ローズはカルロから話しかけられた。
記憶にある限り、それは他愛もない会話だったが———翌日、ローズは呼び出されたのだ。
「来てくれてありがとう。ああ、そんなに畏まらないでいいよ、非公式の場だから」
ローズはカルロが滞在している貴賓室にある応接室へと通された。
カルロはローズに座るよう勧めると、自らもその前へと腰を下ろした。
「私に御用とは、どのような事でしょう」
侍女達がお茶を並べて、下がった所でローズは口を開いた。
他国の国王が、自分を呼び出す理由が全く分からなかったのだ。
「うん、そうだね…こういう事はもっと時間を掛けるべきなんだけれど。明日には出立しないとならないし、君の方も時間がないようだからね」
「時間?」
「ローゼリア嬢」
それまでの笑顔を消して———カルロは真剣な眼差しをローズに向けた。
「突然の事で失礼とは分かっているが。私と一緒にストラーニへ来てくれないだろうか」
「え?」
「私の妃として」
ローズは大きな瞳を瞬かせた。
「…私には…婚約者がおります」
「分かっている。それでもね、一目見て君しかいないと思ったんだ。多くの女性を見てきたけれど、惹かれたのは君だけだ」
「…そう思って頂けた事は光栄です。ですが…」
「他国の王子にこう言うのは失礼だけれど。君の婚約者は、君には相応しいとは思えない」
カルロは目を細めた。
「この国の人間は君の価値を分かっていないようだね」
「…昨日初めてお会いしたばかりの陛下にはお分かり頂けるのですか」
「昨日と今日の会話で充分分かるよ。私を前にしても落ち着いた受け答え。頭の回転も申し分ない。それに、その瞳」
「瞳?」
「君の瞳はとても魅力的だ。綺麗なだけじゃない強さと…危うさも持っているね」
立ち上がると、カルロはローズに歩み寄り、その隣へと腰を下ろした。
「頼りにならなそうな王子の妃になるよりも、王妃となって君の才を活かした方がよほど世の為となる」
「…危うい私など、王妃にしない方がよろしいのでは」
「それでもね、君を欲しいと思ったのだ」
カルロはローズの手を取ると、その甲にそっと唇を落とした。
「ローゼリア嬢。私の妃になって欲しい」
ローズを見つめるその瞳は熱い熱を帯びていた。
ブルーノ・アビントンはそう言って頭を下げた。
彼が公爵家を訪れたのは、夜も遅く更けた時間だった。
そのような時間に他国の使者が個人邸を、しかも先触れもなく訪れる事は本来ならばありえないが———
それは供も付けず、オルグレン王国から飛ばしてくるほどの何かがあるという事だ。
「内密に、少しでも早くお耳に入れた方が良いと王太子からの指示でございます」
「何かあったのか」
応接室にはローズの他に公爵夫妻とルイスもいた。
ルイスには彼の裏の顔を教えているが———おそらく公爵も察しているだろう。
無礼を責めることもなく用件を促した。
「ローゼリア様は、ストラーニ国王陛下を覚えておられますよね」
ブルーノの言葉に———ふいにローズの顔から表情が消えた。
「たった今まで記憶から消していたわ」
「ローズ?」
初めて聞くような冷めた声に隣のルイスが戸惑ったようにその顔を見た。
「ストラーニ王国といえば…わが国との交流は少ないが、豊かな国と聞いている」
「はい。そのストラーニからの使者が三日前にやってまいりました」
言葉を区切ると、ブルーノは一同を見渡した。
「ローゼリア様を陛下の正妃として迎えたいので譲って欲しい、と」
「は?!」
戸惑いと怒りの声が夜の公爵家に響いた。
「カルロ・ストラーニ陛下ね…。いい噂しか聞かないわ」
記憶を呼び起こすように、宙を見つめながらルチアーナは言った。
「いい噂しか?」
「文武両道、温厚で人望も厚く、国民からも慕われている。確か今二十五歳くらい?三年前にお妃を亡くされてからは独り身を通しているわ」
「———詳しいんだな」
「ふふ、王族の情報収集は基本よ」
ルイスを見てそう言うと口角を上げる。
「陛下は見目も良くて、後添いを望む者が国内外問わず殺到していると聞くわ」
「…何故そんな人がわざわざ婚約者のいたローズを望む?」
スチュアートはローズへと視線を送った。
昨日訪問してきたブルーノを連れて皇宮へ来ていた。
ブルーノと公爵、皇帝らが話し合っている間、ローズとルイスはスチュアートの政務室に来ていた。
「そもそも、どこで会ったんだ?」
「半年以上前…オルグレン王国を陛下が訪問した時、歓迎の晩餐会が開かれたの」
晩餐会には第二王子の婚約者であり、宰相の娘であるローズも出席していた。
食事の席は離れていたため会話はなかったが、その後部屋を移動しての親睦の席で、ローズはカルロから話しかけられた。
記憶にある限り、それは他愛もない会話だったが———翌日、ローズは呼び出されたのだ。
「来てくれてありがとう。ああ、そんなに畏まらないでいいよ、非公式の場だから」
ローズはカルロが滞在している貴賓室にある応接室へと通された。
カルロはローズに座るよう勧めると、自らもその前へと腰を下ろした。
「私に御用とは、どのような事でしょう」
侍女達がお茶を並べて、下がった所でローズは口を開いた。
他国の国王が、自分を呼び出す理由が全く分からなかったのだ。
「うん、そうだね…こういう事はもっと時間を掛けるべきなんだけれど。明日には出立しないとならないし、君の方も時間がないようだからね」
「時間?」
「ローゼリア嬢」
それまでの笑顔を消して———カルロは真剣な眼差しをローズに向けた。
「突然の事で失礼とは分かっているが。私と一緒にストラーニへ来てくれないだろうか」
「え?」
「私の妃として」
ローズは大きな瞳を瞬かせた。
「…私には…婚約者がおります」
「分かっている。それでもね、一目見て君しかいないと思ったんだ。多くの女性を見てきたけれど、惹かれたのは君だけだ」
「…そう思って頂けた事は光栄です。ですが…」
「他国の王子にこう言うのは失礼だけれど。君の婚約者は、君には相応しいとは思えない」
カルロは目を細めた。
「この国の人間は君の価値を分かっていないようだね」
「…昨日初めてお会いしたばかりの陛下にはお分かり頂けるのですか」
「昨日と今日の会話で充分分かるよ。私を前にしても落ち着いた受け答え。頭の回転も申し分ない。それに、その瞳」
「瞳?」
「君の瞳はとても魅力的だ。綺麗なだけじゃない強さと…危うさも持っているね」
立ち上がると、カルロはローズに歩み寄り、その隣へと腰を下ろした。
「頼りにならなそうな王子の妃になるよりも、王妃となって君の才を活かした方がよほど世の為となる」
「…危うい私など、王妃にしない方がよろしいのでは」
「それでもね、君を欲しいと思ったのだ」
カルロはローズの手を取ると、その甲にそっと唇を落とした。
「ローゼリア嬢。私の妃になって欲しい」
ローズを見つめるその瞳は熱い熱を帯びていた。
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