悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子

文字の大きさ
58 / 64

58「告白ぐらいさせてやればいいのに」

「どうしたヴェロニカ」
 図書館の机で本を開いたままぼんやりしているヴェロニカに、カインが声をかけた。
「悩み事か?」
「あ……ええ」
 ヴェロニカはため息をついた。
「エリアスが……前から私と殿下を接触させないようにしていたんだけど……最近、それが特に増えてきたというか、露骨になったと思って」
「ああ」
 カインはヴェロニカの隣に腰を下ろした。

「それは王太子にも原因があるんじゃないか」
「え?」
「俺から見ると、王太子がヴェロニカに話しかけようとすることが前より増えたと思うけど」
「そう……?」
「馬術大会翌日の茶会のあとからだな。あの時、王太子を医務室へ連れていっただろう? その時何かあったのか」
「あの時は……先生がいなくて。待つ間少し話をしただけよ」
 ヴェロニカはカインに医務室でのフィンセントとの会話を説明した。

「その内容、エリアスにも言ったか?」
「ええ」
「なるほどな」
 おそらくフィンセントは、恋が実らなくてもヴェロニカに自分の気持ちを伝えたいのだろう。
 そしてエリアスはそれを阻止したいのだ。

「告白ぐらいさせてやればいいのに」
「え?」
 小さくつぶやいたカインにヴェロニカは首をかしげた。
「前に進むのに邪魔な壁があるなら、その壁は壊すか乗り越えないとならないからな」
 カインはヴェロニカを見た。
「何の話?」
「さっさと未練を断ち切って進んでくれた方がこっちも安心できるってこと」
 意味が分からず眉間に皺をよせたヴェロニカに、カインはにっと笑うと指先で眉間を小突いた。
「あの執事はよっぽど王太子が嫌いなんだな」

「嫌い……」
(それは、魔女の影響なのかしら)
 宵の魔女はエリアスを狙っているという。
 そうして宵の魔女とエリアスには共通の敵がいると。
 その「敵」とはフィンセントのことなのかもしれないと、エリアスのフィンセントへの態度を見てヴェロニカは思った。
「……どうしてエリアスはそんなに殿下を嫌うのかしら」
 宵の魔女にとって、フィンセントは前世で魔女の愛し子だったヴェロニカを殺した相手だ。嫌うのは分かる。
 だが、魔女に影響を受けたとしても、エリアス自身に元々フィンセントを嫌う要因があったはずだ。
 その理由が分からない。

「……趣味が似てるんだろ」
「趣味?」
 二人から向けられる感情のことを分かっていないヴェロニカに、カインは内心苦笑した。
 それを教えてもいいが、他人の口から言うべきことではないだろう。
「心配なら、ヴェロニカから命令すればいい」
「命令?」
「主人として厳しく、な」 
「……聞いてくれるかしら」
 何度か注意はしているが、エリアスが改める様子はなかった。
「だから『命令』なんだ。主人の言うことを聞かない奴は執事として失格だろ」
「誰が失格でしょうか」
 エリアスの声が聞こえた。

「主人に余計な心配をかける執事は失格ってことだ」
 カインは振り返るとそう答えた。
「私は常に主にとっての最善を考えております」
「主にとって、ねえ。そこに私情が入ってないと言いきれるのか?」
「ええ」
「……そろそろ閉館よね。本を返してくるわ」
 カインとエリアスの間に流れだした緊張した空気に、居心地の悪さを感じてヴェロニカは立ち上がった。
「ヴェロニカ様、私が……」
「ヴェロニカ、悪いけど俺の本も頼んでいいか?」
 言いかけたエリアスを制するように、カインはそう言ってヴェロニカに本を差し出した。
「ええ」
 本を受け取るとヴェロニカは書架へと向かった。

「……王太子は俺も嫌いだが。さっさと告白させてやれよ」
 ヴェロニカの姿が遠くなってからカインは口を開いた。
「そうすりゃ向こうの未練もなくなってヴェロニカを諦めるだろ」
「そのようなことをさせたら、ヴェロニカ様の心に負担がかかってしまいます」
「あんたの王太子への態度が、ヴェロニカに心配かけてるけどな」
 カインはエリアスを見上げた。
「それはいいのか?」
「……優先順位がございますから」
「優先順位?」
「はい。あの男には一生後悔してもらわないとならないのです」
 黒く冷たい瞳がカインを見つめ返した。

  *****

「はあ……」
「どうしたの?」
 花壇の前でため息をつくアリサを見かけてヴェロニカは声をかけた。
「先輩……」
「悩みごと?」
「……悩みというか、ちょっと憂鬱になってしまって」
 ヴェロニカを振り返ったアリサは、そう答えてまた視線を花壇に戻した。

「そろそろなんですよね……」
「何が?」
「前世で、エリアス先輩が死んだ日が」
「……ああ……新年のパーティだったわね」

 前世。
 一年生の時、フィンセントとヴェロニカは王宮でのパーティに参加するため学校のパーティには行かなかった。
 けれど二年の時、フィンセントは学校のパーティに参加すると言ったのだ。
 だが、ヴェロニカをパートナーにはしないと。
 アリサと参加したいためだったのだろう、当然ヴェロニカは強く反発した。
 けれどあまりにも怒り狂ったため、発熱し寝込んでしまい、欠席するはめになったのだ。

「あの場に私はいなかったのだけれど……どうして、あんなことが起きたの?」
「……あの時、エリアス先輩と一緒にいたんです。そうしたら殿下が声をかけて来て……ダンスに誘われました」
 王太子に誘われて、断れるはずもない。
 アリサはフィンセントと一曲踊った。

 ダンスを終えて、エリアスの元へ向かおうとしたアリサをフィンセントが呼び止めた。
「もう一曲踊ろう」
「……いえ、それは……」
 婚約者でもないのに同じ相手と二曲踊るのは非常識だ。
 アリサは慌てて首を横に振った。
「婚約者のヴェロニカ様に失礼です」
「彼女なら今日は来ていない。問題はない」
「いえ、それでも……申し訳ありません」
 アリサは頭を下げてその場から離れようと振り返った。

 目の前に一人の男子生徒が立っていた。
 こちらを見つめる、暗く青い目は異様な光を宿している。
 その目に恐怖を感じてアリサはあとずさった。
「アリサ?」
 背後からフィンセントの声が聞こえる。

 その後の出来事は、まるで夢の中のような……時間がゆっくりと動いているようだった。

 男子生徒が振り上げた手元に銀色の光が見えた。
「アリサ!」
 エリアスの声が聞こえると同時に、アリサは横から突き飛ばされた。
 そうして、目の前が真っ赤に染まった。


「……エリアス先輩は……私をかばったせいで……」
「ごめんね」
 声を震わせたアリサの手をヴェロニカは握りしめた。
「嫌なことを思い出させて」
「……いえ……大丈夫です」
 アリサは首を振った。
「もう何度も思い出しているので」
「アリサ……」
「あれは事実だけれど悪夢だったと、その度に自分に言い聞かせていたんですけど、あの日が近づくと不安になって……でも、こうしてヴェロニカ先輩に聞いてもらったら……少し、心が楽になったように思います」
 アリサは息を吐いた。
「一人きりで抱えるには辛すぎたんですね」

「……そうね」
 ヴェロニカはもう一度アリサの手を握りしめた。
「忘れられないでしょうけれど、新年のパーティが終わればただの夢になるわ。大丈夫、カインは誰も恨んでいないし、エリアスも怪我をしていないもの。だから同じような事件は起きないわ」
 皆、前世とは立場も性格も変わった。
 あの時のような不幸で恐ろしい事件は起きないはずだ。

「はい……でも……」
 アリサは視線を落とした。
「エリアス先輩は魔女に狙われているから……」
「……ああ……それは……確かに心配ね」
 最近の、エリアスのフィンセントに対する態度は魔女の影響があるだろう。
 先日図書館でカインが注意してくれたが、聞き流されたと言っていた。

「でも、エリアスなら大丈夫よ」
「……そうですよね」
 ヴェロニカの言葉にアリサは小さくうなずいた。

あなたにおすすめの小説

〖完結〗記憶を失った令嬢は、冷酷と噂される公爵様に拾われる。

藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢のリリスは、ハンナという双子の妹がいた。 リリスはレイリック・ドルタ侯爵に見初められ、婚約をしたのだが、 「お姉様、私、ドルタ侯爵が気に入ったの。だから、私に譲ってくださらない?」 ハンナは姉の婚約者を、欲しがった。 見た目は瓜二つだが、リリスとハンナの性格は正反対。 「レイリック様は、私の婚約者よ。悪いけど、諦めて。」 断った私にハンナは毒を飲ませ、森に捨てた… 目を覚ました私は記憶を失い、冷酷と噂されている公爵、アンディ・ホリード様のお邸のベッドの上でした。 そして私が記憶を取り戻したのは、ハンナとレイリック様の結婚式だった。 設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全19話で完結になります。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」 新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。 それもそのはず。 2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。 でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。 美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。 だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。 どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。 すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?  焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。