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真説・岳飛伝(下)
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「粗末なところで申し訳ありません」
李孝娥は農家の家の中に張飛を案内する。既に陽は暮れていた。元はただの農民の家ではあったが、屋敷から持ってきた敷物と机のおかげで、それなりの体をなしていた。机の上には豪華な料理が並んでいる。
「お前ひとりなのか?」
「はい。私がお酌いたします」
従者たちは準備ができ次第屋敷に帰るように命じていたので、ここには張飛と李孝娥しかいない。この国では男女の関係には厳しく、『男女七歳にして席を同じうせず』と言う。同じ部屋で二人きりになることが許されるのは、親族か、せいぜい許婚者の男女だけだった。
「ご懸念には及びません。私は遊女にございますから」
李孝娥は口元を袖で隠しながら、できるだけ熱っぽい瞳で張飛をみつめる。儒学の教えから外れた存在である遊女だけは、その例外とされていた。
「ふむ」
張飛は無表情のままうなずく。目の前の酒と料理に舌なめずりしているのか、それとも李孝娥の身体に関心を持ったのか、その表情からはわからなかった。
「ささ、どうぞご一献」
張飛を主座に座らせると、その側にはべり李孝娥は酒を注ぐ。
「うん、いい酒だ」
「ありがとうございます」
上機嫌で酒を飲む張飛。やはり無類の酒好きという伝承は、本当の様だった。
「鎧もお脱ぎになってはどうですか?」
「ふむ、そうだな」
酒で顔が火照った張飛は、その場に鎧を脱ぎ捨てる。李孝娥は鎧を丁寧に集めると、矛と一緒に部屋の端に置く。
「ささ、もっと召し上がってください。ご武譚も聞きとうございます」
李孝娥は大きめの盃を取り出すと、並々と酒を注いで張飛に勧める。張飛は自らの昔の武勇を語りながら、盃の酒を次々と平らげていく。瞬く間になくなっていく壺の酒。まさにザルとは、こういう男のことをいうのだろう。それでも人である以上、限界があるはずだった。
「……ふう、こんなに気持ちよく酔えたのは、久方ぶりだ」
ついに顔を真っ赤にした張飛は、そのままゴロンと横になると、寝息をたて始めた。
その姿を念入りに確認した李孝娥は、席を立って張飛の獲物である蛇矛を両手で握りしめた。
まるで柱のように重い矛、とても振り回せるものではない。だが全身で突くだけなら、何とかなりそうだ。
意を決した李孝娥が蛇矛を持ち上げると、鎧を脱いで無防備な張飛の身体に対して構えをとる。
両腕両足が震え、全身に汗が噴き出す。殺人どころか、矛を人に向けることすら、初めてだった。寝ている張飛相手とは言え、まるで蛇ににらまれた蛙の様に、全身が硬直する。
「──ぐおおおおおっ……」
張飛がひときわ大きな寝息を立てた音を聞いた瞬間、
(南無三!!)
と心の中の掛け声とともに、張飛の心の臓めがけて蛇矛を繰りだした。
〝ドン〟という確かな手ごたえと共に、矛先が止まる。
だが驚くべきことに、蛇矛の刃先は張飛の心臓どころか、肉すら切ることなく手前で止まっていた。
「──女、見くびったな? 俺は酒は好きだが、弱くはない」
蛇矛の刃先を右手で抑えながら、張飛が不敵な笑みを浮かべる。
「……張飛将軍の酒での失敗談は、偽りでしたか」
彼は酒の上でも豪傑だった。おそらく義兄弟の末弟にあたる彼は、汚れ役を引き受けていたのだろう。それを後世の人々が面白おかしく着色したに違いなかった。
「手を離せ、女。お前では俺には勝てん。命は取らぬし、乱暴もせん」
「はっ、離しません」
──このまま死にたいか?──
張飛の瞳が、李孝娥を見据える。目が合っただけで殺されそうな、底知れぬ光を秘めた瞳だった。
暗い谷の底に突き落とされるような感覚。李孝娥は生まれて初めて真の恐怖というものを知った。これが一騎当千と謳われた、猛将張飛か。
「くっ……」
散り去りそうな意識を振り絞って、李孝娥は巨獣のような張飛の目を見つめ返す。
「これはあの男の差し金か? ならば畜生にも劣る外道の策。これから叩き斬りに行く」
張飛の言葉が、李孝娥の意を決しさせた。
膠着した体が再び動く。李孝娥は机の上の蝋燭を素早く奪い取ると、
──岳比様──
と心内で彼の名前を呼びながら、床に向かってたたきつけるように、放り投げた。
だが蝋燭は床に衝突する寸前のところで、張飛が繰り出した右手の掌によって阻まれる。肉が焼ける、嫌な音がした。
「──阿呆が、死にたいのか!?」
張飛が叱りつけてくる。右手を離したため、みれば蛇矛の先端が、張飛の胸の肉に食い込んでいた。強固な胸の肉によって、心の臓までは届いていないようだが、李孝娥の手には張飛の血が滴り落ちていた。初めて人間の肉を斬ったが、それはとても嫌な感覚だった。
「床から油と火薬のにおいがするので何を考えているかと思えば、まさか自分もろとも爆死する覚悟だったとはな」
再び体が動かなくなった李孝娥の姿を横目に、張飛はゆっくりと蛇矛と蝋燭を机の上に置いた。胸と掌に傷を負っているはずだが、この程度の傷は、怪我の内にも入らないらしい。
「命を失う覚悟で、俺を殺しに来たか。お前の覚悟も立ち振舞いも、厳しくしつけられた高貴な家の女のものだ。遊女というのは、嘘だな?」
鋭い瞳で李孝娥を覗き込む張飛。
「お前はあの男の、何だ?」
張飛の質問は、最も核心を突くものだった。そのため李孝娥は再び言葉を失う。自分は岳比の、いったい何なのだろう。
「あの男の瞳は、慕う女のために命を懸ける男のものだ。その対象は、誰だ?」
らちが明かぬと考えたのか、問いを変える張飛。だがその質問もまた、核心をつくものだった。
「答えろ! でなければ今度こそあの男を叩き切る」
虚言は許さぬという張飛の射るような瞳に、李孝娥はついに観念した。
「……岳比様は昔、開封にて宦官の姦計により処刑されそうになったことがございました。その折に、皇女様に命を助けていただいたことがあります。それ以来、そのお心は常に、皇女様のもとにあります」
そして皇女は今も洗衣院にて、過酷な日々を過ごしているはずだった。
「そうか。だがお前もまた、慕う者のために命を懸ける瞳をしている。どういうことだ?」
「……私はあの方の、許婚(いいなずけ)でございます」
「ふむ」
「……しかし所詮は家同士が決めた間柄。岳比様の心は皇女様の元にあり……私はニセの、偽りの妻にすぎません」
改めて事実を言葉にすると、どうしようもなく熱く切ない感情がこみ上げてきた。
「それで命をもって、あの男のために殉じようと思ったか」
既に殺気はなく、呆れるようにつぶやく張飛。胸からこみ上げてきた熱いものによって、張飛の姿が歪む。
そうだ、叶わぬ思いなら、自分はここで岳比のために殉じたかった。その事実を改めて認めると、熱いものはいつしか大粒の涙となって零れ落ちていた。
「これで涙を拭け。せっかく美しく化粧をしたのに、台無しではないか」
張飛が懐から布を取り出す。それはこの武人が持つには不釣り合いな上質で綺麗な布だった。
李孝娥は言われるがままに、顔をぬぐい、涙をふく。
「──いいか、よく聞け李孝娥」
張飛は両手で力強く李孝娥の肩を叩きながら、雷鳴のような声で怒鳴りつけてきた。
「我らは義兄弟。だが実の兄弟よりも強い絆で結ばれている。お前も偽の妻と恥じるな! 義の妻であると誇れ! さすれば、いつかその絆は真の妻すら超えよう。所詮偽りだと非難する輩は、俺が夢枕にたち、その首をねじ切ってやる!」
熱く激しい言葉が、稲妻のように李孝娥の全身を駆け巡った。
「……まこと、張飛将軍は義の〝侠〟にございますね」
李孝娥は涙すら忘れ、そんな言葉を絞りしていた。唇だけが、わずかに緩んだ。
義に厚く、婦女子を守る。張飛は李孝娥が想像していた通りの義侠であった。
張飛はバツが悪そうに「ふん」と目をそらす。見れは頬は少し赤い。猛獣のようにみえたこの男が、顔だけは少年のように照れているのだ。
「むう、兄者も女には甘いな」
いずこから現れたのであろうか。目の前には勇壮な駿馬がいた。驚くべきことに、その身体も鬣(タテガミ)も、炎のように真っ赤だった。
「まさか、伝説の赤兎馬でございますか?」
「俺からは、これをやろう」
張飛は蛇矛を差し出す。
「兄者の加護はやれんが、代わりに俺の加護を授けよう。あいつには俺の一字を与え、〝岳比〟ではなく〝岳飛〟と名乗らせろ」
「──張飛将軍の加護を!?」
「そのうえで、赤兎と蛇矛を自在に使いこなせるまで、徹底して鍛錬を積むように伝えよ。あいつならきっと、俺達くらいには強くなれる」
「ありがとうございます。このご恩は、生涯わすれません」
深々と頭を下げる李孝娥。
「……お前にも特別に、餞別をやろう」
張飛は懐から巻物を取り出した。
「昔、軍師殿が俺宛に作ってくれた兵法の虎の巻だ。これを得てからは、俺の軍は連戦連勝だった」
張飛が懐から取り出した巻物に、李孝娥は思わず目を見開く。
「劉備軍の軍師!? それはつまり──」
李孝娥が驚き顔を上げた時には、既に張飛の姿はなく、その場には赤兎馬と蛇矛、そして巻物だけが残されていた。
伝承によれば、岳飛はとある山で大蛇を撃ち、武具を授かったとされる。そして後に諸葛孔明の兵法を授かったと言われている。
数年後、金朝への北伐のため挙兵した岳飛。赤き駿馬にまたがり蛇鉾を操る彼の隣には、男装し甲冑を身に着けた李孝娥の姿もあった。
李孝娥は農家の家の中に張飛を案内する。既に陽は暮れていた。元はただの農民の家ではあったが、屋敷から持ってきた敷物と机のおかげで、それなりの体をなしていた。机の上には豪華な料理が並んでいる。
「お前ひとりなのか?」
「はい。私がお酌いたします」
従者たちは準備ができ次第屋敷に帰るように命じていたので、ここには張飛と李孝娥しかいない。この国では男女の関係には厳しく、『男女七歳にして席を同じうせず』と言う。同じ部屋で二人きりになることが許されるのは、親族か、せいぜい許婚者の男女だけだった。
「ご懸念には及びません。私は遊女にございますから」
李孝娥は口元を袖で隠しながら、できるだけ熱っぽい瞳で張飛をみつめる。儒学の教えから外れた存在である遊女だけは、その例外とされていた。
「ふむ」
張飛は無表情のままうなずく。目の前の酒と料理に舌なめずりしているのか、それとも李孝娥の身体に関心を持ったのか、その表情からはわからなかった。
「ささ、どうぞご一献」
張飛を主座に座らせると、その側にはべり李孝娥は酒を注ぐ。
「うん、いい酒だ」
「ありがとうございます」
上機嫌で酒を飲む張飛。やはり無類の酒好きという伝承は、本当の様だった。
「鎧もお脱ぎになってはどうですか?」
「ふむ、そうだな」
酒で顔が火照った張飛は、その場に鎧を脱ぎ捨てる。李孝娥は鎧を丁寧に集めると、矛と一緒に部屋の端に置く。
「ささ、もっと召し上がってください。ご武譚も聞きとうございます」
李孝娥は大きめの盃を取り出すと、並々と酒を注いで張飛に勧める。張飛は自らの昔の武勇を語りながら、盃の酒を次々と平らげていく。瞬く間になくなっていく壺の酒。まさにザルとは、こういう男のことをいうのだろう。それでも人である以上、限界があるはずだった。
「……ふう、こんなに気持ちよく酔えたのは、久方ぶりだ」
ついに顔を真っ赤にした張飛は、そのままゴロンと横になると、寝息をたて始めた。
その姿を念入りに確認した李孝娥は、席を立って張飛の獲物である蛇矛を両手で握りしめた。
まるで柱のように重い矛、とても振り回せるものではない。だが全身で突くだけなら、何とかなりそうだ。
意を決した李孝娥が蛇矛を持ち上げると、鎧を脱いで無防備な張飛の身体に対して構えをとる。
両腕両足が震え、全身に汗が噴き出す。殺人どころか、矛を人に向けることすら、初めてだった。寝ている張飛相手とは言え、まるで蛇ににらまれた蛙の様に、全身が硬直する。
「──ぐおおおおおっ……」
張飛がひときわ大きな寝息を立てた音を聞いた瞬間、
(南無三!!)
と心の中の掛け声とともに、張飛の心の臓めがけて蛇矛を繰りだした。
〝ドン〟という確かな手ごたえと共に、矛先が止まる。
だが驚くべきことに、蛇矛の刃先は張飛の心臓どころか、肉すら切ることなく手前で止まっていた。
「──女、見くびったな? 俺は酒は好きだが、弱くはない」
蛇矛の刃先を右手で抑えながら、張飛が不敵な笑みを浮かべる。
「……張飛将軍の酒での失敗談は、偽りでしたか」
彼は酒の上でも豪傑だった。おそらく義兄弟の末弟にあたる彼は、汚れ役を引き受けていたのだろう。それを後世の人々が面白おかしく着色したに違いなかった。
「手を離せ、女。お前では俺には勝てん。命は取らぬし、乱暴もせん」
「はっ、離しません」
──このまま死にたいか?──
張飛の瞳が、李孝娥を見据える。目が合っただけで殺されそうな、底知れぬ光を秘めた瞳だった。
暗い谷の底に突き落とされるような感覚。李孝娥は生まれて初めて真の恐怖というものを知った。これが一騎当千と謳われた、猛将張飛か。
「くっ……」
散り去りそうな意識を振り絞って、李孝娥は巨獣のような張飛の目を見つめ返す。
「これはあの男の差し金か? ならば畜生にも劣る外道の策。これから叩き斬りに行く」
張飛の言葉が、李孝娥の意を決しさせた。
膠着した体が再び動く。李孝娥は机の上の蝋燭を素早く奪い取ると、
──岳比様──
と心内で彼の名前を呼びながら、床に向かってたたきつけるように、放り投げた。
だが蝋燭は床に衝突する寸前のところで、張飛が繰り出した右手の掌によって阻まれる。肉が焼ける、嫌な音がした。
「──阿呆が、死にたいのか!?」
張飛が叱りつけてくる。右手を離したため、みれば蛇矛の先端が、張飛の胸の肉に食い込んでいた。強固な胸の肉によって、心の臓までは届いていないようだが、李孝娥の手には張飛の血が滴り落ちていた。初めて人間の肉を斬ったが、それはとても嫌な感覚だった。
「床から油と火薬のにおいがするので何を考えているかと思えば、まさか自分もろとも爆死する覚悟だったとはな」
再び体が動かなくなった李孝娥の姿を横目に、張飛はゆっくりと蛇矛と蝋燭を机の上に置いた。胸と掌に傷を負っているはずだが、この程度の傷は、怪我の内にも入らないらしい。
「命を失う覚悟で、俺を殺しに来たか。お前の覚悟も立ち振舞いも、厳しくしつけられた高貴な家の女のものだ。遊女というのは、嘘だな?」
鋭い瞳で李孝娥を覗き込む張飛。
「お前はあの男の、何だ?」
張飛の質問は、最も核心を突くものだった。そのため李孝娥は再び言葉を失う。自分は岳比の、いったい何なのだろう。
「あの男の瞳は、慕う女のために命を懸ける男のものだ。その対象は、誰だ?」
らちが明かぬと考えたのか、問いを変える張飛。だがその質問もまた、核心をつくものだった。
「答えろ! でなければ今度こそあの男を叩き切る」
虚言は許さぬという張飛の射るような瞳に、李孝娥はついに観念した。
「……岳比様は昔、開封にて宦官の姦計により処刑されそうになったことがございました。その折に、皇女様に命を助けていただいたことがあります。それ以来、そのお心は常に、皇女様のもとにあります」
そして皇女は今も洗衣院にて、過酷な日々を過ごしているはずだった。
「そうか。だがお前もまた、慕う者のために命を懸ける瞳をしている。どういうことだ?」
「……私はあの方の、許婚(いいなずけ)でございます」
「ふむ」
「……しかし所詮は家同士が決めた間柄。岳比様の心は皇女様の元にあり……私はニセの、偽りの妻にすぎません」
改めて事実を言葉にすると、どうしようもなく熱く切ない感情がこみ上げてきた。
「それで命をもって、あの男のために殉じようと思ったか」
既に殺気はなく、呆れるようにつぶやく張飛。胸からこみ上げてきた熱いものによって、張飛の姿が歪む。
そうだ、叶わぬ思いなら、自分はここで岳比のために殉じたかった。その事実を改めて認めると、熱いものはいつしか大粒の涙となって零れ落ちていた。
「これで涙を拭け。せっかく美しく化粧をしたのに、台無しではないか」
張飛が懐から布を取り出す。それはこの武人が持つには不釣り合いな上質で綺麗な布だった。
李孝娥は言われるがままに、顔をぬぐい、涙をふく。
「──いいか、よく聞け李孝娥」
張飛は両手で力強く李孝娥の肩を叩きながら、雷鳴のような声で怒鳴りつけてきた。
「我らは義兄弟。だが実の兄弟よりも強い絆で結ばれている。お前も偽の妻と恥じるな! 義の妻であると誇れ! さすれば、いつかその絆は真の妻すら超えよう。所詮偽りだと非難する輩は、俺が夢枕にたち、その首をねじ切ってやる!」
熱く激しい言葉が、稲妻のように李孝娥の全身を駆け巡った。
「……まこと、張飛将軍は義の〝侠〟にございますね」
李孝娥は涙すら忘れ、そんな言葉を絞りしていた。唇だけが、わずかに緩んだ。
義に厚く、婦女子を守る。張飛は李孝娥が想像していた通りの義侠であった。
張飛はバツが悪そうに「ふん」と目をそらす。見れは頬は少し赤い。猛獣のようにみえたこの男が、顔だけは少年のように照れているのだ。
「むう、兄者も女には甘いな」
いずこから現れたのであろうか。目の前には勇壮な駿馬がいた。驚くべきことに、その身体も鬣(タテガミ)も、炎のように真っ赤だった。
「まさか、伝説の赤兎馬でございますか?」
「俺からは、これをやろう」
張飛は蛇矛を差し出す。
「兄者の加護はやれんが、代わりに俺の加護を授けよう。あいつには俺の一字を与え、〝岳比〟ではなく〝岳飛〟と名乗らせろ」
「──張飛将軍の加護を!?」
「そのうえで、赤兎と蛇矛を自在に使いこなせるまで、徹底して鍛錬を積むように伝えよ。あいつならきっと、俺達くらいには強くなれる」
「ありがとうございます。このご恩は、生涯わすれません」
深々と頭を下げる李孝娥。
「……お前にも特別に、餞別をやろう」
張飛は懐から巻物を取り出した。
「昔、軍師殿が俺宛に作ってくれた兵法の虎の巻だ。これを得てからは、俺の軍は連戦連勝だった」
張飛が懐から取り出した巻物に、李孝娥は思わず目を見開く。
「劉備軍の軍師!? それはつまり──」
李孝娥が驚き顔を上げた時には、既に張飛の姿はなく、その場には赤兎馬と蛇矛、そして巻物だけが残されていた。
伝承によれば、岳飛はとある山で大蛇を撃ち、武具を授かったとされる。そして後に諸葛孔明の兵法を授かったと言われている。
数年後、金朝への北伐のため挙兵した岳飛。赤き駿馬にまたがり蛇鉾を操る彼の隣には、男装し甲冑を身に着けた李孝娥の姿もあった。
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— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
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だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
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「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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