新選組 終焉の語部

逢瀬あいりす

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局長として【前編】(相馬主計)

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 俺たちは何も持っていなかった。
 食料も、水も、薬莢もない。
 戦いの勝機すらない。
 しかし、本当に大切なものは失われていなかった。 
 だからこそ、立ち続けることができた。
 それが、初めて局長と呼ばれた日だった。


「くそお、くそぉ、くそぉぉ!」
「野村!叫ぶ暇があったら走れ!」
「叫ばずにいられるか!局長はもう、いないんだぞ!」
「わかってるから、走れ!」
「局長は打首に!」
「うるさいっ」
 俺の恫喝に、野村利三郎は立ち止まった。
 俺も数歩先で足を止め、野村を振り返る。
 俯いたまま、動くのをやめてしまった男は、情けなく呟いた。
「相馬、俺たちはなんで生きてるんだ?局長を助けるために残ったのに。
 局長と、一緒に死ぬために残ったのに。
 俺たちはなんで生きて、逃げてるんだ…」
「…」
「逆に助けられるなんて、訳わかんねぇよ」
 同じことを、俺だって考えていた。何回も、何十回も、繰り返し考えている。
 近藤局長と一緒に投稿した野村。
 助命嘆願に向かった俺。
 2人とも近藤局長のために動いていたはずなのに、結局、俺たちが生き残って、近藤局長が死んだ。
 わかっている。考えたって答えは出ない。だから無理矢理こじつけて動くかないんだ。
「野村、局長は生き残れと俺たちに命令した。新選組は、局長の命令は絶対だ」
 野村はゆっくりと顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになった顔は、迷子の子供のようだった。
「土方副長に報告しよう。俺たちの処分はそれからだ。切腹と言われれば、潔く腹を切ろう」
「相馬…」
「そしたら、今度はあの世で局長に謝ろうじゃないか」
「…局長は、不甲斐ない俺たちを許してくれるかなぁ」
「修行して出直せ、と叱られるかもな。
 いいさ。
 その時は時間がたくさんある。
 2人で稽古して、もう一度認められるまで何度でも謝りに行こう」
「そうだな」
「ああ。行くぞ。いや、その前に顔を拭け。情けない顔をしている」
 俺たちは走り出した。どこへ行くにしても、立ち止まる場所はここではない。
 走りながら、野村は俺の顔を見てにやっと笑う。
「おい、相馬。お前も顔を拭いたほうがいいぞ。局長に笑われる」
「うるさい」 
 俺たちは泣きながら走り続けた。


「申し訳ありませんっ」
 俺と野村は上座に座る土方副長、いや土方局長の前に膝をついて報告をしていた。
 俺たちが土方局長に追いついたのは仙台だった。
 すぐに合流したかったが、何もない状態で追いかけることもできず、途中で彰義隊に加わり戦闘をしながらここまで辿り着いた。
 仙台城にほど近い武家屋敷を仮の宿としていた土方局長は、俺たちを見るとすぐに「報告しろ」と部屋にあげた。
 近藤局長を救えなかったことから、今日までの経緯全てを話し終えると、土方局長は大きくため息をついた。
 思わず俺たちはびくりと体を揺らした。
 冷ややかな声で土方局長は言った。
「お前らが戻ってくるとは思っていなかった」
「!俺たちは脱走なんてしませんっ」
「ちげぇよ。真面目なお前たちのことだから、思い詰めて切腹でもしてるんじゃないかと思ってた」
「それは…」
「生きていてくれてよかった」
 俺たちははっと顔を上げた。土方局長は笑っていた。
「まぁ、実は、お前たちの報告はとっくの昔に聞いたことばかりだ。
 お前らが無事逃げて春日さんのところで戦ってたことも知ってはいた。
 春日さんとはずいぶんやり合ったみたいだな」
 面白そうに言われて、野村は顔を赤くした。
 彰義隊の隊長であった春日と野村は、何かと揉めていた。
 新選組に傾倒している野村は、春日のやり方がいちいち気に入らないと反発していた。
 春日も野村の態度の悪さが目について、大勢の前で口論となった事は記憶に新しい。
 刀を抜かなかっただけ、まだよかったほうだ。
 もしかしたら、その経緯も春日が話したのかも知れたない。
 短期間とはいえ、上官であったものに口ごたえするのは不味い。
 しかし土方局長は咎めることはしなかった。逆によくやったと褒めてきた。
「血の気があっていいじゃねぇか。だから近藤さんはお前を気に入って、惜しんだんだよ。野村」
「惜しんだ…俺を…?」
「近藤さんが生かしたんだ。他所に行って別の生き方をしてもよかったんだぜ」
「考えたことはありません…」
「そうだろうな。ここまできたんだ。お前ら、腹括って俺の下で働いて死んでくれ」
 野村は畳に額を擦りつけた。そして痛いほどに拳を握りしめて、噛み締めるように言葉を吐いた。
「はいっ」
 土方局長はそれを見て頷くと、俺に目を向けた。
「近藤さんの最後には立ち会ってないよな?」
「はい」
「これも見てないな?」
 土方局長は、懐からぐしゃっと丸められた紙を取り出して、こちらに放り投げた。
 広げてみると、それは瓦版だった。
「!こんなの間違っているっ!」
 京の三条大橋で近藤局長の首が晒された。それは話には聞いていた。
 しかし瓦版の内容は酷いものだった。
 官軍により捕らえられた逆賊。
 垂れ下がった眉に弱々しい表情の首が晒された絵姿。
 唐突に湧いた怒りに、土方局長から渡された物にも関わらず、破れそうなくらいに握りしめていた。
 
 近藤勇という男は、打首になるような人ではなかった。
 あの人は、武士だった。
 死んだ後まで辱められるような人ではない。
 
「くそっ!こんなっ」 
 野村も横から瓦版を覗いて悪態をついた。
「負ければこうなる。わかっていたつもりだが、いざとなったら腹が立って仕方ねぇ。
 もし総司が生きてたらこれを描いた奴らを斬ってやると言っていただろうが」
「沖田さんじゃなくても殺してやりたいと思いますよ!」
「俺だって!新選組隊士ならこんな屈辱許すはずがないっ!」
 野村の言葉に俺も続いた。きっと、目の前にいたら斬り殺している。
「新選組隊士なら、ね」
 珍しく土方局長は言葉を噛み締めるように呟いた。
 そして、急に立ち上がると歩み寄り、俺から取り上げた瓦版を豪快に破り捨てた。
「局長」
「土方局長?」
 そのまま部屋を出そうとする背に問いかけた。土方局長は振り返らずに言った。
「仙台は戦う気もねぇ腰抜けだ。だったらこちらも用はねぇ。行くぞ、相馬、野村」
 俺たちは慌てて立ち上がると土方局長の後に続いた。
「どこへ行くのですか?」
「蝦夷だ」
 土方局長は、もう前しか見ていなかった。


 この人について行く。
 歩むべき道は、すでに定まっていた。
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