新選組 終焉の語部

逢瀬あいりす

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茶屋でひととき(山南 敬助)

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「へぇ。山南さんにも不得手があるんですね」
「不得手?」
「鼻唄。ほら、みんな気味悪がって遠巻きにしているじゃないですか」
 見渡せば、先ほどまで埋まっていた茶席はがらんとしている。
 苦い笑いが漏れる。
「そんなに下手だったかい?」
「ええ。本当に」
 沖田くんは面白いものを見たと呟き、ゆったりと隣に座った。
 彼とは長い付き合いだが、どんな時でも笑っている。
 それは今も変わることはなかった。
「沖田くん」
「なんでしょうか?」
「やっぱり君が、私を殺してくれるのかい?」
 彼の微笑みは、どんな時も変わらない。


 『もし、時を遡ってやり直せるとしたら』

 そんな与太話を酒の席でしたことがある。
 沖田くんは少し考えて、あっと声をあげて言った。
「一昨日の市中見回りの時!不貞浪士と遭遇したのですが、思いも寄らない行動をされたんです」
「総司、そんな話聞いてないぞ」
 酒の代わりに茶を飲んでいた土方さんは鋭く睨む。
 新人ならこの目線だけで恐縮するところだが、沖田くんは気にすることなく続けた。
「ちゃんと報告しましたよ。斬りましたって。
 でも、相手がうまく体を捻って躱すので、こちらの踏み込みが合わなくて…
 切り口が浅くなってしまいました…。
 あと一呼吸早く踏み込めば気持ち良く振り抜けたと思うんです」
「沖田くん」
「なんです?山南さん」
「それが君の、やり直したい過去、ですか?」
「思いつくのはそれくらいかな?」
「……」
 私だけではなく、近藤さんも呆れたようだ。
「その一太刀しか、やり直したいことはないのか?」
「ないですね」
「気楽だなぁ。しかし総司らしい」
 盃を満たすと、一気にあおる。
 実に美味そうに呑む。
 安酒でも飲み方次第で美酒にも劣らないことを彼らは知っていた。
「そういう近藤さんは、何をやり直したいのです?」
「俺はそうだな…」
 近藤さんの答えも単純だった。
「年少からもっと真面目に鍛錬に励めばよかったな!」
「それじゃあ、総司とかわらねぇだろ…」
「じゃあ土方さんはどうなんです?参考にしますから教えてくださいよ!」
 ふんっと土方さんは鼻を鳴らす。
「俺は悔いる生き方なんてしてねぇよ。やり直したい事なんてないさ」
「そうでしょうね。土方さんは昔からやりたい放題ですから。後悔という言葉も知りませんよね」
「総司!」
 思わず手を振り上げる土方さんに、近藤さんの影に隠れて笑う沖田くん。
 いつもの光景だった。
 私はふっと息を漏らした。
「あ。山南さんも笑ってますよ!土方さんは傍若無人だって!」
「山南さん…」
「いや、そこまでは言ってませんよ!」
「そうかい?じゃあ後学のために聞かせてもらおうか?やり直したいことってのをさ」
 土方さんがこちらに矛を向けると、他の2人も揃って期待するように目を向けてくる。
 参った。

 その時に何と答えたか、私はよく覚えていない。
 それなりに取り繕って答えたと思うが、忘れる程度の内容だったのだろう。
 記憶に残るのは、その後も取り留めない話をしながら夜更けまで酒を飲んでいたことだ。
 声か匂いを嗅ぎつけたのか、永倉くん達も加わって。
 …そうだ。
 その日はまるで、日野の日常に戻ったようだった。
 憂うことは部屋の隅っこに捨て置いて、ただ酒と肴があれば上出来と笑う仲間たち。
 いつの間にか失ってしまった輝きを、束の間、取り戻した夜だった。


 いつの間にか鼻歌を歌っていたようだ。
 それも、沖田くんに指摘されるまで気付かなかったけれど。
「下手なのに、味わいがある。山南さんらしいなぁ」
「私らしいですか?褒められているのか、貶されているのか」
「さて、どちらでしょうね」
 沖田くんに揶揄われているのはわかっているが、不思議と怒る気にならないのは彼の才能だろうか。
 茶を啜り、美味そうに団子を食べている姿を見ていると、こちらの気持ちが落ち着いていく。

 …落ち着く?
 私は緊張していたのか?
 
 これから何が起きるかわかっている。
 全て予定通りだ。
 緊張も恐れることも、ない。
 ないはず、なのに。

「山南さん」
「うん?」
「僕は時を遡ってやり直したいことはありません」
「…うん」
「でも、一度だけ、いや一瞬だけ戻ってみたい。そう思うことはありますよ」
「どんな時か聞いても?」
 沖田くんは真っ直ぐ私を見つめていった。

「日野の、あの日々に」

「それは……いいな」

 やり直したい事はない。
 でも日野に、あの穏やかな時間に一瞬でも戻れたら。
 酒の席での会話を、今日まで沖田くんは覚えていたのか。
 そして自分の答えを出して、私に教えてくれるのか。

 …ああ。
 本当に。
 いいな。

 沖田くんは私から目をそらす事なく続けた。
「山南さんは、やり直したいことはありますか?」
 私も目をそらさず答えた。

「ある」

 …この後悔の多い人生をやり直せるのなら、なんでも差し出そう。
 でも愚かな自分には、いつからやり直せばいいのかわからないのだ。
 試衛館に通い詰めた日々か。
 京へ向かうと決めた日か。
 腕を斬られたあの瞬間か。
 居場所を捨てた数刻前か。

 どこからやり直しても、私は私でしかいられない。
 最後はこの茶店で鼻歌を唄う『今』にたどり着くのだろう。

 それならば。

「あの御前試合だ。金戒光明寺の。沖田くんと対戦したあの試合。
 あの日は風向きが悪かった。もう半歩、強く踏み出せば、私の勝ちだった」
 沖田くんは一瞬、呼吸を忘れたように止まり、そして少年のように声を出して笑った。
「なんだ。山南さんも僕と同じですね。気楽だなぁ」
 つられて私も声を出して笑った。
「はは。そうだな。まったく。これでは皆が呆れるだろうなぁ」
 久しぶりに、心から笑った。
 通り過ぎた日々を取り戻したように、私は笑い続けた。


 もう、やり直したい過去は、ない。

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