だからアナタに殺されたい。

朝比奈未涼

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15.堕ちていく

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sideエレノア



「…」



ベッドの上で今日もだらんと力なく横たわる。
目の前に広がる景色は、いつもと変わらない小さな空間で…。
そこでなんとなく寝返りを打つと、ジャラッと私の足元から重たい鉄の音がした。

喉が渇いて、渇いて、仕方がない。
思考が、うまくできない。

そんな私の頭に、ローゼルの姿だけが鮮明に浮かんだ。

綺麗な黒髪の隙間からアメジストのような輝きを放つ瞳が、こちらをまっすぐと見つめている。
まるで彫刻のように美しい彼は、私の目の前で柔らかく瞳を細めた。

かと思えば、今度は真剣な表情で、私を心ごと射抜く。
その次は私に牙を立てられ、快感に表情を歪ませるローゼルが現れ、私の欲望を煽った。
小さな笑顔、感情の読みづらい無表情、少しだけ甘える期待に満ちた目。

いろいろなローゼルが、浮かんでは消えていく。

そのどれもが美しく、私の胸を熱くさせた。

好き、好き、好き。

ローゼルのたくましい首に牙を立て、そこから血を吸ってしまいたい。
いつまでも、いつまでも。
覚めることのない夢のように。



「…っ!」



そこまで考えて、私はハッとした。

何を、考えていたの…?

自分の思考が信じられず、ぎゅうっとまぶたを閉じる。

こんなことばかり考えてしまう私はもうバケモノなのだろうか。
元の私には戻れないのだろうか。

そう思うと、閉じていたまぶたから涙が溢れた。



「スカーレットさんやっぱりダメだったみたいね」



ふと、扉の向こうからここ職員の誰かの声が聞こえる。
その声は落ち着いており、まるで天気の話をするようにとても淡々としていた。



「ついに限界に達したみたいで職員を襲ったらしいよ?相手は同じ吸血鬼なのに」

「ダメだったんだろうね。もしかして明日の処分の予定って…」

「そう。スカーレットさんの。今は眠らされているから落ち着いているんだけどね」



何気ない職員たちの会話が、私からどんどん体温を奪っていく。

私はスカーレットさんのことを知らない。
だが、話の内容的に、私と同じような境遇の吸血鬼で間違いないだろう。
限界に達したということは、禁断症状が出たのか。
処分とはつまり危険な対象として、殺されるということなのか。

まるで未来の私の話を聞いているかのようで、生きた心地がしない。

そういえば、ここに来てまだ浅い頃、隣の部屋はいつも騒がしかった。
壁を叩く音が響き、苦しみに耐えるような叫び声が絶えず聞こえていた。
けれど、今はもうその騒がしさがない。

隣の人もまた、処分されたのか。



「…っ」



次は私なのだろう。

私も正気でいられる時間が日を追うごとに短くなってきている。
いつも血に飢え、ローゼルのことばかり考えている。
タブレットも当然、体は受け付けないし、前までは効いていた点滴も最近は効きが悪い。
そのせいなのか、私の瞳はここ数日、血のように濃い赤のまま戻らないらしい。

いつ、正気を失うかわからない。
いつ、禁断症状に陥るのかわからない。

しかし、私の最期はもうすぐそこまで迫っているのは確かで。
言いようのない恐怖が、今日も私の中を静かに渦巻いていた。



*****



そしてついに頼みの綱であった点滴さえも効かなくなってしまった。
喉が渇いて、渇いて、仕方がない。
叶うことならここから飛び出して、ローゼルの首へと噛みつきたい。

耐え難い渇きに、ベッドの上でうずくまり、自分の体を必死に抱き寄せる。



「ゔぅ…。ゔ…ゔぅ」



どうすれば、この苦しみから解放されるのだろうか。
押し寄せる苦痛に、私はただただうめき声をあげ、表情を歪めた。



「きょ、拒絶反応です!点滴が効いていません!」



点滴を持ってきた1人の職員が、慌てふためいている。



「落ち着いて!他の点滴は!?」

「もう全て試しましたが、これがエレノアさんに適応できる最後のものでした!」



騒がしい職員たちの声が、わずかに耳に届くが、それどころではない。
腕の血管を通って、体内に巡る異物が気持ち悪くて、気持ち悪くて、たまらなくなる。

気がつけば、私は腕に刺されている点滴の針を力任せに外していた。



「エレノアさん!落ち着いてください!それはダメです!」



私を必死に止めようとする職員の手を私は払いのける。

もう、嫌なの。

ぐわんぐわんと視界が揺らいで、気持ち悪い。
それなのに、やはりローゼルを喰らいたい気持ちは高まり続ける。

喉が、渇いた。



「だ、出して…っ。お願い…。ここから、わたしを…!」



最後の力を振り絞って立ち上がり、扉の方へとおぼつかない足で向かう。
だが、それはジャランッという冷たい鉄の音と共に止められた。
私の足にある鎖が、私の自由を奪っていたのだ。



「ローゼルに…ローゼルに会わせて…!」



彼の血を吸いたい。
口いっぱいに含んで、喉の奥へ流し込みたい。

進めないとわかっていても、この足を止めることができない。
そんな私の肩を職員は力強く後ろへと引いた。



「エレノアさん!落ち着いて!その衝動を抑えて!」



必死に叫ぶ職員の声が遠くで聞こえる気がする。

わかってる。
私だって、こんな欲望抑えたい。
今、彼に会ってしまえば、私は彼を殺すから。

私はバケモノなんかじゃないと、自分を信じたかった。



「…」



どうしようもない衝動に、涙が溢れる。

ーーー次の瞬間。

チクリと腕に小さな痛みが走る。
それからゆっくりと、視界が狭くなり始めた。

…鎮静薬だ。

薄れゆく意識の中で、自分に何が起きたのかなんとなく理解する。



「これはもう…」

「至急ご両親にご連絡を」



最後に私に届いた声は、職員たちの最終通告のような静かな声だった。



*****



ゆっくりと意識が覚醒する。
背中に感じる冷たい感触に、手足の自由を奪われている感覚。
はっきりとし始めた視界に、私は言葉を失った。
ここが先ほどまでいた部屋と全く違う場所だったからだ。

窓もなく、薄暗い鉄格子の中で、私は立ったまま壁に両手両足を鉄枷で拘束されていた。
口にはさるぐつわまであり、言葉を発することさえもできない。
まるで手に負えないバケモノを捕らえているかのようだ。

だが、そんなことどうでもよかった。
私は今、喉が渇いて渇いて仕方がないのだ。
この渇きを、飢えを、満たさなければならない。
そうしなければおかしくなってしまう。

血が欲しい、ローゼルの血が。

ここから逃れられないかと、腕に力を込めてみる。
しかし、びくともしない。

ああ、苦しい。

ずっとさるぐつわをしているので、口から唾液が止まらない。
涙も止まらず、ボロボロとこぼれ落ちる。

バケモノだ。
私はもう、バケモノになってしまったのだ。

血を喰らうことだけしか考えられなくなってしまった私は、処分される運命なのだろう。

今の状況に、自分の未来を悟ってしまう。

するとそこに私を担当していた医師が檻越しに現れた。
そして私をただ義務的に見つめると、淡々と言った。



「エレノアさん。手は尽くしましたが、アナタにはもう回復の見込みはありません。残念ですが、明日には禁断症状を発症してしまった吸血鬼としてこちら側も対処しなければなりません」



そうであろうとは思っていた。
自分の終わりをいよいよしっかりと通告され、胸にぽっかりと穴が開く。
…が、こんなバケモノとして生きながられるのなら、もうその生を終わらせてもいい気がした。
誰かを…ローゼルを殺してしまうくらいなら、私が死んだ方がマシだ。



「…最期にアナタに会うことを強く希望した方がいらっしゃいます。エレノアさんのご両親とあと一名、帝国騎士団のローゼル・ホワイト様です」

「…っ」



医師の言葉がドクンッと私の心臓を高鳴らせる。
止まることを望んでいた心臓が、どんどんと加速していく。

ローゼル…。
会いたい…会いたい…会いたい…会いたい…っ!
会って、そのたくましい首に牙を立てて、それから…。

…違う!違う!

自分を支配するどうしようもない思考に、私は必死に頭を左右に振った。

こんなバケモノに堕ちてしまった私なんて、ローゼルに見られたくない。
せめて彼の中でだけは、帝国の聖女と呼ばれていた綺麗な私でいたい。
会いたくない。ローゼルだけには。

そう切実に思っていても、今の私にはそれを伝える術がない。



「エレノア」



そしてそんな私の耳に無情にも、会いたくて会いたくて、でももう会いたくなかった人の声が聞こえてきた。


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