だからアナタに殺されたい。

朝比奈未涼

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17.アナタを縛る契約

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「…エ、エレノア」

「ん、ロ、ゼル…」



甘い吐息と甘い快楽。
甘い夢にゆっくりと溺れていく。

このまま、死んでしまってもいい。
…本当に?

瞳を閉じて、全てでローゼルを感じていた私だったが、その中で少しずつ、ゆっくりと理性が働き始めた。

このまま欲望に身を任せ、血を吸い続ければ、ローゼルが死んでしまう。

私は彼の死を望んでいない。

気がつけば、私はローゼルからゆっくりと口を離していた。



「…やめちゃうんですか?」



離れた私を見て、名残惜しそうにローゼルがこちらに視線を向ける。
そんなローゼルに、私は気恥ずかしそうに小さく笑った。



「…ありがとう、ローゼル。もう大丈夫だから」

「本当ですか?」

「本当よ」



まだして欲しそうなローゼルの瞳に、困ったように眉を下げる。
それからじんわりと暖かい熱が胸いっぱいに広がった。

これは彼を捕食対象として求めるあの熱とは違う。
彼を愛おしいと思う熱だ。



「もっと吸ってもいいんですよ?遠慮してないですか?」

「してないよ。本当に。それにこれ以上はアナタを殺してしまうから…」

「…俺はアナタを愛しているんです。だからアナタに殺されたいのに」



どこかうるうるしている気がする瞳に見つめられて、動けなくなる。
ローゼルの視線につい何でもしてあげたくなる衝動に駆られる。
ーーー次の瞬間。



「こ、これだぁ!」



突然、檻の外にいた医師が「ひらめいた!」と言わんばかりに、人差し指を掲げた。
そして興奮気味にこちらへと向かってきた。



「…」



そうだ。
ここには医師や職員のたち人もいた。
私たちだけではなかった。
それなのに私は…。

二人だけの世界に浸り、夢中になって、ローゼルを求めていた。その現状を突きつけられ、恥ずかしさが一気に込み上がってくる。

キスをして、想いを伝えて、ローゼルを本能のまま貪り尽くして…。
それが全部見られていたなんて。

穴があったら入りたいとはまさにこのことで、気まずすぎて、視線を斜め下へと伏せていると、医師はそんな私の足と手を自由にしてくれた。



「…え」



驚く私に、医師が「今は大丈夫な状態なので」と簡単に言う。
それから明るい表情で、私とローゼルを見た。



「ローゼルさん。改めてお伺いしますが、エレノアさんの状況はご存知ですよね?」

「はい」



無表情のまま、こくんと頷いたローゼルに、医師は、うんうんと満足そうに頷く。



「エレノアさんはアナタへの満たされない想いで禁断症状に陥りました。ですが、二人はどうやら両想い、きっと今後エレノアさんが禁断症状に陥ることはないでしょう」



医師の説明に心に絡まっていた重たい鎖がゆっくりと解けていく。

今、なんと言った?
もう私が禁断症状に陥ることはないと言ったの?

医師の言葉がうまく飲み込めない。
だが、そういえば、愛する人に愛され、その愛で満たされれば飢えはなくなる、と言われていたことをふと思い出した。

ローゼルが私を愛してくれていたからこそ、私は救われたということだ。

じんわりと広がり始めた喜びと、未来を望める事実に、私は自然と表情を緩ませた。
そんな私に医師は続けた。
今度は先ほどとは打って変わって、神妙な顔つきで。



「ですが、保険は必要です。例えば、ローゼルさん。アナタが他の人に目移りした場合、それはエレノアさんの想いが変わらない限り、エレノアさんの死を意味します。エレノアさんの今後の生命の保障の為にも、アナタにはある契約をしていただきたいのです」



そこまで言うと、医師は一旦言葉を止めた。
そして、私ではなく、ローゼルただ一人をまっすぐ見つめ、真剣な声音で続けた。



「ローゼルさん、アナタにはエレノアさんと結婚という契約を結んでいただきたい」

「…え!?」



医師の言葉に即座に反応したのは、ローゼルではなく、私だった。
医師から出た予想外の言葉に、思わず大きな声が出てしまう。
しかし、そんな私とは裏腹にローゼルは淡々と「わかりました」と頷いていた。

当たり前のように返事を返したローゼルに嬉しいと思う反面、罪悪感でいっぱいになる。



「ローゼル!ちょっと待って!」



私はローゼルのあまりにも早急な答えを止めるように、両手を前に出した。
ローゼルが私を不思議そうに見ているが、そのような目で見たいのは私の方である。



「答えが早すぎるわ。吸血鬼と結婚するということがどういうことかわかっているの?アナタの伴侶が生涯、誰にも言えないバケモノになるのよ?」

「バケモノ?エレノアがですか?天使の間違いでしょう?」

「ち、違う…っ!それに吸血鬼と人間の間に生まれた子は吸血鬼になるの!ローゼルの子が吸血鬼になるのよ?それでもいいの?」

「もう子どもの話ですか…。エレノアは何人欲しいんですか?俺は3人は…」

「そうじゃない!話が逸れてる!」



人が一生懸命話しているというのに、ローゼルはなんとも呑気なもので、ずっととても幸せそうで何より楽しそうだ。
それだけ私のことを愛しており、私との未来を楽しみにしていると思うと、こちらも胸がいっぱいになるが…そうではない。

ローゼルのことを想うのなら、彼を〝結婚〟という逃げられない鎖で繋ぎ止めておくべきではない。
私は最悪、死んでしまってもいいのだ。
ローゼルの犠牲の上で成り立つ生などいらない。



「…ローゼルは私と結婚すれば、もう私以外を選べなくなる。私の生命の保障の為だけに、私に縛られる人生になるの。それでもいいの?」



冷静に考えさせる為に、ゆっくりと事の重大さを伝える。
…が、ローゼルは一瞬、きょとんとした後、とてもとても嬉しそうにその瞳を細めた。



「そうしてください」



甘くそう言って、ローゼルが私の腰にするりと手を伸ばす。
それから優しく私を抱き寄せると、私の瞳を伺うように覗いた。



「エレノア、アナタは本当に鈍感ですね。俺がどれだけアナタを愛し、アナタに囚われていたとでも?俺がアナタに縛られるということは、アナタも俺に縛られるということです。ずっとみんなの聖女をここまで堕としたかった」



私を閉じ込めるローゼルの腕は優しく、けれど、私を逃すような隙は一切ない。
柔らかい腕の中で、囚われた、と私は思った。
愛おしい人の優しい檻に。

幸せそうなローゼルに、私はまた涙が溢れた。

その後、ここに来た両親が私たちを見て、状況を理解し、泣いて喜んだのは言うまでもない。



「ローゼルさん、どうかうちのエレノアをよろしくね」

「ありがとう、君はエレノアの命の恩人だ」



お母さんもお父さんも幸せそうで、久しぶりに見る二人の笑顔に、私の胸はじんわりと温かくなった。
もう二度と望めないと思っていた幸せの中で、私は明るい未来に思いを馳せた。


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