だからこの恋心は消すことにした。

朝比奈未涼

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18.信じてほしい

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「…はは、あはははっ」



おずおずとエイダンの様子を窺っていると、突然エイダンはおかしそうに笑い出した。
それからひとしきり笑い終えると、先ほどの笑顔が嘘かのようにスッと表情を失くした。



「お前は本当バカだね。それが火に油を注ぐ行為だってわからないんだ?」



こちらを睨むエイダンは明らかに怒っていた。
全く私の話が、想いが信じられないようで、まるで私に嘘をつかれたのだと主張しているようだ。
私は嘘などついていないのに。

「ほら、さっさと飲めよ」と、エイダンが蓋の空いた状態の小瓶を私の口元へと近づける。

真剣に伝えても伝わらない。
ならば私はどうすれば…。

何とかエイダンから逃れようと顔を左へ背くと、そこにちょうどあったあるものが私の目に入った。

あれを使えばもしかしたら私の想いが伝わるかもしれない。



「…エイダン」



真剣な声でエイダンの名前を呼び、両手でエイダンのその美しすぎる顔を掴む。



「何」



そんな私を不愉快そうに見るエイダンに私は自身の唇を重ねた。



「…っ」



突然の私からの口付けにエイダンが驚きで目を見開く。
それと同時にエイダンからできた隙を私は見逃さず、左の方へと駆け出した。

それからキャビネットの上に置かれていた花瓶に手を伸ばすと、それを思いっきり床へと叩きつけた。


パリーンッと派手なガラスの割れる音と共に水と花と花瓶の破片がその場に散らばる。
私はその中から適当な大きさの花瓶の破片を手に取ると、自分の首元へと当てた。
そしてエイダンの方へ向き、その場で必死に叫んだ。



「わ、私は本当にエイダンが好きなんです!意地悪なところも、たまに見せる子どものようなところも、その美しい容姿も、全部全部好きなんです!この想いに私は命を懸けられます!」



命を懸けられることがハッタリではないと思わせる為に、少しだけ花瓶の破片を動かし、首に切り傷を自ら作る。
少しだけ痛いが、このくらい平気だ。



「は?何してるの?」



そんな私を見て、エイダンは明らかに動揺していた。



「自分で自分に傷を作るとかバカじゃないの?」

「バカだと思われたって構いません。私はただエイダンに私の想いを信じて欲しいだけなんです。本気だとわかって欲しいんです」



眉間にしわを寄せ、理解し難いと言った視線を私に向けるエイダンに私は切実に自身の想いを訴えて、さらに破片を動かす。
じわじわと傷から溢れていた血は、私が破片を動かし、先ほどよりほんの少し傷を深くしたことによって、たらりと首筋を流れ始めた。



「やっぱりお前はバカだよ」



先ほどまで動揺していたエイダンだったが、すぐに冷静さを取り戻し、バカにしたように笑いながら、右手を軽く振る。
するとエイダンの右手が一瞬だけきらりと紫に輝き、私の体は全く動かなくなった。
おまけに今まさに自分で切った首の痛みも、血が下へと流れ落ちる感覚もない。

エイダンが魔法を使って、私の体の自由を奪い、さらには首まで治してくれたみたいだ。

さすが国に選ばれるだけある優秀な魔法使いだ。
少し手を振るだけで、こんなにもいろいろなことができてしまうなんて。



「死にたいほど俺から逃げたいの?それだけ切実なの?」



仄暗い笑みを浮かべてゆっくりとこちらへと近づいてくるエイダンは本当に辛そうで。



「お前が死ねば俺も死ぬ。…死んでごらんよ。ねぇ、秘書官様?」



エイダンはそう言った後、その美しいアメジスト色の瞳からツーッと涙を流した。

泣きながらエイダンが笑っている。
美しくも狂っている、チグハグなその光景に私は息を呑んだ。
そして数秒して、いつの間にか自身の体に自由が戻っていることに気がついた。
エイダンが魔法を解いたようだ。

どうすればエイダンは私の想いを信じてくれるのだろうか。
どんなに真剣に想いを伝えても、何故伝わらないのだろうか。

自由になった私はとりあえず首元に当てていた花瓶の破片をその場に落とした。
それからこちらに歩み寄ってきたエイダンへとゆっくりと視線を向けた。

エイダンと目が合う。
エイダンの瞳にはもうあの甘さはない。希望を失った悲しみだけが溢れている。

きっと私が惚れ薬を飲んでしまえば、エイダンは一生こんな瞳で私を見るのだろう。


ーーーーそんなの嫌だ。
エイダンは幸せであって欲しい。
他の誰よりもずっと。

愛しい存在に私はゆっくりと両手を伸ばした。
それから優しくエイダンの頬を両手で包み込み、先ほどと同じようにそっとエイダンの唇に私の唇を当てた。

唇と唇が触れるだけの優しい口付け。
先ほど私からした時は、驚きを隠せない様子のエイダンだったが、今のエイダンは虚ろな瞳のまま、何も感じていないような表情を浮かべていた。



「好きなんです。エイダン。本当に。どうすれば本当だと信じてくれますか」



何度しても慣れないキスに頬が紅潮していくのがわかる。それでもエイダンから目を逸らすことなく、私はまっすぐにエイダンを見つめた。



「…本当に?」



ポツリとエイダンがそう呟く。



「お前の嘘なんて魔法を使えばすぐに見破れるのにどうしてそんなに堂々と嘘がつけるの」



消え入りそうな声でそう言った後、エイダンが悲しそうな、だけどどこか期待するような目で私を見つめ、自身の頬を包む私の両手に手を重ねる。



「…嘘をついていないからです。魔法を使って確認してもいいんですよ?」



なので私は努めて柔らかく優しい笑顔を浮かべた。



「嘘だったらお前を殺して俺も死ぬ」



無表情に私をじっとエイダンが見つめる。
きっと今、魔法で私の本心を見ているのだろう。

数秒私を見た後、エイダンはまたほろりとその美しいアメジスト色の瞳から涙を流した。



「…ああ、バカなのは俺だったのかも」



震える声でそう呟き、エイダンが私を抱きしめる。
エイダンの頬を両手で包んでいた私はエイダンの動きによって、自然とエイダンの首に手を回す形になってしまった。
そしてそのまま私はエイダンの頭を優しく抱きしめ、自身の体をエイダンへと寄せた。



「…エイダン。好きです。ずっと好きでした。例えこの恋心を消してしまったとしても、またアナタに恋をしてしまうほど私はアナタが好きなんです」

「…ふふ、熱烈だね」



私の想いを聞いたエイダンの満足そうな穏やかな声が私の耳へと届く。
今のエイダンはもう先ほどのエイダンとは違い、私の想いを一切疑っていない。

きっと私の本心をちゃんと見たからだろう。



「俺もラナが好きだよ。いや、愛してる」

「…っ」



優しいエイダンの言葉に思わず、涙が溢れる。

絶対に手に入れられないと思っていたエイダンの心が今、私にあるのだ。
こんなにも幸せなことなんてない。
きっともう一生分の運をここで使い果たしたに違いない。
エイダンが私に恋をしてくれる、同じになってくれるという運に。



「エイダン、帰りましょう、離宮に」

「そうだね。アイツらに俺のものになったお前を見せないといけないしね」



エイダンは笑顔でそう私に答えると、私から離れてパチンッと指を鳴らした。



エイダンの魔法により、気がつけば私は離宮の扉の前に立っていた。
私の横にはもちろんエイダンもいる。

一瞬で変わった周りの状況を私はざっと確認し終えると久しぶりに見た離宮の扉に手をかけた。
それからグッと軽く力を入れてその扉を開ける。
するとそこには見慣れた大きな玄関ホールが広がっていた。

ああ、やっとここへ帰ってきたのだ。
…晴れて恋人になれたエイダンと一緒に。



「おい!準備はそのくらいでいいんじゃねぇか!?」



突然、ホールの真ん中にある階段の奥の方からマテオの焦ったような声が聞こえてくる。



「え、でも相手はあのエイダンだよ?このくらい準備した方がいいと思うけど…」



それから今度はカイの戸惑うような声が、



「そうよ。こっちがいくら魔法を使っても探し出せないのよ?相当強力な魔法を使っているわよ、アイツ。そんな相手に軽装で挑むなんてどうかしてるわ」



さらには呆れたようなアランの声まで聞こえてきた。
ーーーそれだけではない。



「エイダンめ。ラナを攫うなんて許せない!」

「こうなったら私たちで力を合わせて殺してしまいましょう!」

「絶対に逃がさない…。どんな手を使っても見つけ出す」

「殺すならあの魔法道具も必要じゃないか?」

「ラナ今頃泣いてないかな?エイダンに酷いことされてないかな?」

「そもそもおかしいと思っていましたよ、ええ。初めから怪しいとね。奴はきっとラナを攫って…」



こわな調子で、マテオたち以外の、他の魔法使いたちの様々な慌ただしい声まで聞こえてきたのだ。

どうやら階段の奥、向こう側にはこの離宮の魔法使いたち全員がいるようだ。
しかも話の内容的に私がエイダンに攫われたから全員で取り返しに行こうとしている真っ最中らしい。

早く誤解を解かなければ。
このままでは大変なことになってしまうのは目に見えている。

…まぁ、攫われた、という魔法使いたちの認識は正しいのだが。



「皆さん!私はここにいます!ご心配おかけしてすみませんでした!」



私は向こう側にいる魔法使いたちの誤解を解くために、その場でそう叫んだ。


その後、その場を丸く収めるために大変苦労したことは言うまでもない。
エイダンが「お前らのラナはもう俺のものだから」と、ただでさえ殺気立っていた魔法使いたちを挑発した時は、この離宮の玄関ホールの半壊を覚悟した。

結果、エイダンの一言によりヒートアップした魔法使いたちは、私の予想通り魔法を屈した大喧嘩を始め、玄関ホールどころか、離宮自体を半壊したのだった。




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