3 / 7
懐かしい世界。
しおりを挟む夢のような時間はあっという間に終わり、今度は幻のひとときがやって来た。
そう、1万人の中からたった10人しか選ばれない幻の交流券を使う時が来たのだ。
私はLOVEのメンバーの中からもちろん透くんを選び、透くんと個室でテーブル越しにお話をしていた。
交流時間はなんと5分もある為、テーブル上には飲み物やお菓子まで用意されており、椅子まである。
立ちっぱなしにならないようにとの、運営からの配慮なのだろう。
素晴らしい運営だ。
「透くん、今日もかっこよかった!ダンスまた上手くなったよね?あのステップのところとか、圧巻だったよ!」
透くんに手を握られたまま、とにかく熱くライブの感想を述べる。
私の言葉を聞くたびに、透くんは照れくさそうに笑ったり、嬉しそうにはにかんだりしていた。
「…ねねさんのおかげだよ。ライブ配信も、地方のイベントも、握手会も、ここ1ヶ月なんでも来てくれて、ずっと背中押してくれて。感謝してもしきれないよ」
キラキラとした眼差しで私を見つめる透くんに、ズキューン!と心臓が撃ち抜かれる。
まさに、沼である。
一度ハマったらもう戻れない。
やはり、透くんは素晴らしい存在だ。
「私、これからも透くんを推すよ!私の一番星は透くんだから!」
私はそう言って、笑顔で透くんの手を握り返した。
*****
次の交流は、romanceのメンバーの誰かとだ。
もちろん私はromanceの中から、昔の推しである翡翠を選び、彼のいる個室の前へと移動していた。
この扉の先に、翡翠がいる。
透くんがいた個室と同じような扉を前に、しみじみとそう思う。
4ヶ月前は、お金と時間が許す限り、何度も何度も翡翠に会いに行った。
ライブにも、握手会にも、イベントにも。
その全てが今は透くんだ。
そんなことを考えていると、スタッフの方が私の電子チケットを改めて確認し、「どうぞ。時間は5分です」と丁寧に告げて、個室の扉を開けた。
すると扉の先には、透くんと同じようにテーブルの奥の椅子に腰掛けている翡翠がいた。
栗色のまっすぐな髪に、蛍光灯の光が当たり、天使の輪ができている。
キラキラと輝くそこから覗く顔は相変わらず端正で、日本中全ての人が「かっこいい」と騒ぐ理由も頷けた。
長い手足に、小さな顔。骨格まで完璧とは、さすが今をときめく翡翠である。
翡翠は私の存在に気づくと、ふっと表情を緩ませ、席から立った。
「いらっしゃい。ここ、座って?」
テーブルの向こうから、翡翠が優しく私に席を指し示す。
目を合わせ、存在を認知してもらう。
ほんの4ヶ月前なら、よく握手会であった出来事だ。
なんと懐かしい感覚なのだろう。
私は個室へと入り、翡翠の元まで移動すると、促されるまま、その椅子へと座った。
「久しぶりだね、ねねさん」
「え…!私のこと覚えてくれてるの?」
「もちろん」
テーブルを挟んで向こう側で、翡翠が甘く微笑む。
翡翠のまさかの言葉に、私は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
翡翠にはたくさんのファンがいて、私はそのうちの1人に過ぎない。
それでもたった1人のファンを覚えているだなんて、さすが翡翠だ。
「ライブ、疲れたよね?俺も疲れたし、一緒に飲もっか」
翡翠はそう言うと、紙コップを私に渡してくれた。
コップの中には、暖かそうなコーヒーが入っており、白い湯気が立っている。
「ありがとう」と翡翠からそれを受け取ると、私はそれに口をつけた。
ほろ苦いコーヒーが、じんわりと私を温める。
翡翠も飲む高いコーヒーだからか、普段飲むコーヒーと味もどこか違う感じがする。
何が違うのか、はっきりとはわからないが。
初めて味わうコーヒーの味を楽しんでいると、同じくコーヒーを口にしていた翡翠が私の前にお菓子の入ったかごを置いた。
「お菓子もあるよ、よかったら食べてね」
「う、うん…!」
微笑む翡翠に、思わず4ヶ月前のように破顔する。
こうして、ファンなら誰もが夢見る、幻の5分間が幕を開けたのだった。
*****
そこから私は、たくさん、たくさん、翡翠への愛を伝えた。
翡翠の大きくてしっかりとした暖かい手に両手を包まれて、夢心地になりながら話を続ける。
「今日のライブ、本当によかったよ!私ね、実はデビュー前から翡翠のファンだったの!サバ番の時からずっと好きだったの!」
「…うん、ありがとう」
私の言葉に、翡翠が穏やかに頷く。
「私の目に狂いはなかった!翡翠なら絶対にみんなの一番星になれるって思ってたから!デビュー前から翡翠を推せたこと、本当に嬉しい…!」
脳裏に翡翠を見てきた、約2年間が鮮明に浮かぶ。
サバ番で、周りの実力者たちに揉まれながら努力を重ねた、翡翠。
デビュー前、最後に行われた握手会で初めて会った、翡翠。
見事デビューを勝ち取り、初めてした、お披露目ライブでの、翡翠。
地上波ではにかむ、翡翠。
雑誌の表紙を飾る、翡翠。
そして、誰もが知る、星になった、翡翠。
全部、私の中での大切な思い出だ。
「これからも陰ながら応援してるよ、翡翠」
私は確かに目の前に翡翠に、笑顔でエールを送った。
そんな私に、翡翠はふわりと笑った。
「…ありがとう、ねねさん。ねねさんは今でも俺が好き?」
「もちろん!」
「一番?」
「…え、あ、う、うん!」
翡翠の問いかけに、一瞬言葉を詰まらせる。
私の一番は今は透くんだ。
だが、それを昔の推しに直接伝えるのは違うだろう。
翡翠にはたくさんのファンがいるけれど、それでも「アナタが一番だ」と誰からも言われたいはずだ。
ましてや、ファンだったと名乗る者が、「今は違います」と言うなんて、あまりいい気分ではないだろう。
私は誤魔化すように硬く笑うと、つい翡翠から視線を下へと落とした。
「好き〝だった〟。ファン〝だった〟。ぜーんぶ、過去形。ねねさんにとって、俺はもうねねさんの一番星じゃないんでしょ?」
「…え」
聞こえてきた翡翠の声音があまりにも低く、私は思わず目を見開く。
約2年半も翡翠を見てきたが、こんな声、聞いたことがない。
驚いて視線をあげると、そこには変わらず私に甘く微笑む翡翠がいた。
…が、その瞳は何故か、曇っていた。
まるでこれから雨が降る、どんよりとした雲のように。
翡翠のわずかな変化に、私の中で警告音が鳴る。
何故なのかはわからない。
「い、一番星だよ。本当に。私は翡翠を応援していて…」
「嘘つき」
慌てて嘘をついた私に、翡翠は笑顔のまま、冷たく言い放った。
「表情が、目が、違うんだよね。前はちゃんとそこに大好き、て書いてあったのに」
責めるような翡翠の言葉に、心拍数が上がっていく。
このままではダメだと、本能的に思う。
翡翠はわかっていたのだ。
私がもう、翡翠を推していないことを。
それなのに、あんなにも簡単に嘘をついてしまったから。
それで怒っているのだ。
なんて、ことを。
どうにか、しないと。
打開策を考えようとすればするほど、思考が上手く巡らない。
かんがえない、と。
頭がまるで霞がかったように、ぼんやりとする。
「俺をもう一度、一番星だと心から言えるように頑張ろうね、天音さん」
微笑む翡翠が視界いっぱいに、広がる。
な、なんで、私の名前を…。
意識を保てない。
限界だ。
そこで私は意識を手放した。
「おやすみ、天音さん」
0
あなたにおすすめの小説
気付いたら最悪の方向に転がり落ちていた。
下菊みこと
恋愛
失敗したお話。ヤンデレ。
私の好きな人には好きな人がいる。それでもよかったけれど、結婚すると聞いてこれで全部終わりだと思っていた。けれど相変わらず彼は私を呼び出す。そして、結婚式について相談してくる。一体どうして?
小説家になろう様でも投稿しています。
聖痕を奪われた無自覚最強聖女、浄化力が強すぎて魔界の王子を瀕死(HP1)にしてしまう。物理的に触れられないのに、重すぎる愛で逃げられない
唯崎りいち
恋愛
「役立たず」の聖女アイドル・私。教皇に「悪魔の聖痕だ」と追放され、魔界の森に捨てられたけれど……実は私の聖痕、世界を浄化しすぎる最強の力でした。
そこで出会ったのは、呪いでHP1の瀕死な魔界王子。
「君に触れると浄化で死にそうだが……一生離さない」
いや、死んじゃいますよ!?
王子が写真をばら撒いて帝都を大混乱に陥れる中、私は「専属契約(ガチ恋)」から逃げられないようで――!?
勘違い聖女と執着王子の、ドタバタ魔界ラブコメ!
年上女は年下上司に愛される。
國樹田 樹
恋愛
「先輩! 年上の女性を落とすにはどうしたらいいですか!?」と切羽詰った様子で迫ってきたのは後輩、沢渡 啓志。
「あーやっぱ頼りがいのある男とかに弱いんじゃない?」と軽ーく返した私に、彼は元気に返事して。――いつの間にか、先を越されていた。
あれ……あいついつの間に私の上司になった? とかそんな話。
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
最高魔導師の重すぎる愛の結末
甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。
いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。
呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。
このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。
銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。
ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。
でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする……
その感は残念ならが当たることになる。
何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる