推し変には、ご注意を。

朝比奈未涼

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懐かしい世界。

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夢のような時間はあっという間に終わり、今度は幻のひとときがやって来た。
そう、1万人の中からたった10人しか選ばれない幻の交流券を使う時が来たのだ。

私はLOVEのメンバーの中からもちろん透くんを選び、透くんと個室でテーブル越しにお話をしていた。
交流時間はなんと5分もある為、テーブル上には飲み物やお菓子まで用意されており、椅子まである。
立ちっぱなしにならないようにとの、運営からの配慮なのだろう。
素晴らしい運営だ。



「透くん、今日もかっこよかった!ダンスまた上手くなったよね?あのステップのところとか、圧巻だったよ!」



透くんに手を握られたまま、とにかく熱くライブの感想を述べる。
私の言葉を聞くたびに、透くんは照れくさそうに笑ったり、嬉しそうにはにかんだりしていた。




「…ねねさんのおかげだよ。ライブ配信も、地方のイベントも、握手会も、ここ1ヶ月なんでも来てくれて、ずっと背中押してくれて。感謝してもしきれないよ」



キラキラとした眼差しで私を見つめる透くんに、ズキューン!と心臓が撃ち抜かれる。

まさに、沼である。
一度ハマったらもう戻れない。
やはり、透くんは素晴らしい存在だ。



「私、これからも透くんを推すよ!私の一番星は透くんだから!」



私はそう言って、笑顔で透くんの手を握り返した。



*****



次の交流は、romanceのメンバーの誰かとだ。
もちろん私はromanceの中から、昔の推しである翡翠を選び、彼のいる個室の前へと移動していた。

この扉の先に、翡翠がいる。

透くんがいた個室と同じような扉を前に、しみじみとそう思う。
4ヶ月前は、お金と時間が許す限り、何度も何度も翡翠に会いに行った。
ライブにも、握手会にも、イベントにも。

その全てが今は透くんだ。

そんなことを考えていると、スタッフの方が私の電子チケットを改めて確認し、「どうぞ。時間は5分です」と丁寧に告げて、個室の扉を開けた。
すると扉の先には、透くんと同じようにテーブルの奥の椅子に腰掛けている翡翠がいた。

栗色のまっすぐな髪に、蛍光灯の光が当たり、天使の輪ができている。
キラキラと輝くそこから覗く顔は相変わらず端正で、日本中全ての人が「かっこいい」と騒ぐ理由も頷けた。
長い手足に、小さな顔。骨格まで完璧とは、さすが今をときめく翡翠である。

翡翠は私の存在に気づくと、ふっと表情を緩ませ、席から立った。



「いらっしゃい。ここ、座って?」



テーブルの向こうから、翡翠が優しく私に席を指し示す。

目を合わせ、存在を認知してもらう。
ほんの4ヶ月前なら、よく握手会であった出来事だ。
なんと懐かしい感覚なのだろう。

私は個室へと入り、翡翠の元まで移動すると、促されるまま、その椅子へと座った。



「久しぶりだね、ねねさん」

「え…!私のこと覚えてくれてるの?」

「もちろん」



テーブルを挟んで向こう側で、翡翠が甘く微笑む。
翡翠のまさかの言葉に、私は嬉しい気持ちでいっぱいになった。

翡翠にはたくさんのファンがいて、私はそのうちの1人に過ぎない。
それでもたった1人のファンを覚えているだなんて、さすが翡翠だ。



「ライブ、疲れたよね?俺も疲れたし、一緒に飲もっか」



翡翠はそう言うと、紙コップを私に渡してくれた。
コップの中には、暖かそうなコーヒーが入っており、白い湯気が立っている。

「ありがとう」と翡翠からそれを受け取ると、私はそれに口をつけた。

ほろ苦いコーヒーが、じんわりと私を温める。
翡翠も飲む高いコーヒーだからか、普段飲むコーヒーと味もどこか違う感じがする。
何が違うのか、はっきりとはわからないが。

初めて味わうコーヒーの味を楽しんでいると、同じくコーヒーを口にしていた翡翠が私の前にお菓子の入ったかごを置いた。



「お菓子もあるよ、よかったら食べてね」

「う、うん…!」



微笑む翡翠に、思わず4ヶ月前のように破顔する。
こうして、ファンなら誰もが夢見る、幻の5分間が幕を開けたのだった。



*****



そこから私は、たくさん、たくさん、翡翠への愛を伝えた。
翡翠の大きくてしっかりとした暖かい手に両手を包まれて、夢心地になりながら話を続ける。



「今日のライブ、本当によかったよ!私ね、実はデビュー前から翡翠のファンだったの!サバ番の時からずっと好きだったの!」

「…うん、ありがとう」



私の言葉に、翡翠が穏やかに頷く。



「私の目に狂いはなかった!翡翠なら絶対にみんなの一番星になれるって思ってたから!デビュー前から翡翠を推せたこと、本当に嬉しい…!」



脳裏に翡翠を見てきた、約2年間が鮮明に浮かぶ。
サバ番で、周りの実力者たちに揉まれながら努力を重ねた、翡翠。
デビュー前、最後に行われた握手会で初めて会った、翡翠。
見事デビューを勝ち取り、初めてした、お披露目ライブでの、翡翠。

地上波ではにかむ、翡翠。
雑誌の表紙を飾る、翡翠。

そして、誰もが知る、星になった、翡翠。

全部、私の中での大切な思い出だ。



「これからも陰ながら応援してるよ、翡翠」



私は確かに目の前に翡翠に、笑顔でエールを送った。
そんな私に、翡翠はふわりと笑った。



「…ありがとう、ねねさん。ねねさんは今でも俺が好き?」

「もちろん!」

「一番?」

「…え、あ、う、うん!」



翡翠の問いかけに、一瞬言葉を詰まらせる。

私の一番は今は透くんだ。
だが、それを昔の推しに直接伝えるのは違うだろう。
翡翠にはたくさんのファンがいるけれど、それでも「アナタが一番だ」と誰からも言われたいはずだ。
ましてや、ファンだったと名乗る者が、「今は違います」と言うなんて、あまりいい気分ではないだろう。

私は誤魔化すように硬く笑うと、つい翡翠から視線を下へと落とした。



「好き〝だった〟。ファン〝だった〟。ぜーんぶ、過去形。ねねさんにとって、俺はもうねねさんの一番星じゃないんでしょ?」

「…え」



聞こえてきた翡翠の声音があまりにも低く、私は思わず目を見開く。
約2年半も翡翠を見てきたが、こんな声、聞いたことがない。

驚いて視線をあげると、そこには変わらず私に甘く微笑む翡翠がいた。
…が、その瞳は何故か、曇っていた。
まるでこれから雨が降る、どんよりとした雲のように。

翡翠のわずかな変化に、私の中で警告音が鳴る。
何故なのかはわからない。



「い、一番星だよ。本当に。私は翡翠を応援していて…」

「嘘つき」



慌てて嘘をついた私に、翡翠は笑顔のまま、冷たく言い放った。



「表情が、目が、違うんだよね。前はちゃんとそこに大好き、て書いてあったのに」



責めるような翡翠の言葉に、心拍数が上がっていく。
このままではダメだと、本能的に思う。

翡翠はわかっていたのだ。
私がもう、翡翠を推していないことを。
それなのに、あんなにも簡単に嘘をついてしまったから。
それで怒っているのだ。

なんて、ことを。
どうにか、しないと。

打開策を考えようとすればするほど、思考が上手く巡らない。

かんがえない、と。

頭がまるで霞がかったように、ぼんやりとする。



「俺をもう一度、一番星だと心から言えるように頑張ろうね、天音さん」



微笑む翡翠が視界いっぱいに、広がる。

な、なんで、私の名前を…。

意識を保てない。
限界だ。

そこで私は意識を手放した。



「おやすみ、天音さん」




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