元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護

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10歳〜アストレカ大陸編【旅芸人と負の遺産】

オトギ・ミツルマの目的 《前編》

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○○○シャーロット視点

周囲には魔物もいないため、風の音だけが軽やかに聞こえてくる。オトギさんは自分の正体も暴露され、法王の名を出したことで、全てを話す覚悟を決めたようだ。

「そうか…あの真実を知ったのか。ミーシャには話したのか?」

「いいえ、話していません。事があまりにも大きすぎます。オトギさんが話すべき事案でしょう。その際、私もフレヤも同席しフォローしますから、彼女が再度暴れることはありませんよ」

私の言葉で、オトギさんはホッと息を吐く。

「あの子の両親や村人の一部を殺したのは……間違いなく《俺》だ。俺は魔物だから、病気にもならない。当時、皆が体調を崩していくのをみて、俺は率先して回復魔法【ハイヒール】で彼らの病気を完治させていったが、どういうわけか何度試してもすぐに再発した」

通常、人が細菌やウイルスに感染し病気に侵された場合、外敵を討伐する【抗体】が身体の中で作製される。そして、抗体が外敵達を討伐することで、人は健康を取り戻す。しばらくの間、抗体も存在するので、同じ病気がかかり難くもなる。これが、人の持つ免疫機構の一つだ。

しかし、【ヒール】で病気を完治させた場合、身体の免疫機構に関係なく外敵を討伐するため、抗体が作製されないのだ。狂獣病は飛沫感染や接触感染を引き起こす強力な病でもあるから、回復魔法を何度施しても、同じ病気に再度感染してしまう。


また、自己免疫能力を向上させる【イムノブースト】を使用しても、この病気を治せない。瞬時に治すせいもあって、抗体の力が弱いのだ。しかも、病気に何度も感染して短期間のうちに何度も何度も使用すると、免疫機構自体がおかしくなり、別の病気を誘発させてしまう。


もし回復魔法で村人達全員を救いたいのなら、村全体を【リジェネレーション】で同時に浄化させるしかない。


私がそれを説明すると……

「飛沫感染? 接触感染? 俺に、そんな専門知識はない。回復魔法にしても、【ハイヒール】までしか覚えていない。あの時、俺は自分に出来うる限りの事を考えた。症状がどんどん重くなり、体内魔力も乱れる村人も増えてきた。だから、俺は魔力の乱れを鎮静化させる【ヨミアゲハ草】を探しに村外へと出掛けた」

そういうことか。
それでミーシャの両親を殺す時、『もう少し早く戻って来れれば』と言っていたんだね。

「結局、全てが手遅れだった。村に戻ると……《全員の理性が崩壊し、暴力の嵐が吹き荒れ、他人を食べ散らかす》という悲惨な光景が俺の視界に飛び込んできた。俺は友の尊厳を少しでも守るべく、皆を殺していった」

村人達を安らかに眠らせるには、それしか方法がない。
オトギさんにとっても、辛い選択だ。

「そんな中、ミーシャの両親だけが、ほんの僅かな理性を残し、彼女の眠る家を守っていた。俺は魔物だから、半分《獣》と化した連中の言葉もわかる。2人は俺と再会すると、『ミーシャだけ病気に感染していない』ことを頻りに訴えてきた。『もう理性を保てないから、娘を食べる前に自分達を殺してくれ』と必死に懇願してきた。……俺は自分へのやるせない怒りに囚われたまま…2人を止む無く殺した」

私もフレヤも、オトギさんにかける言葉が見つからない。
どんな言葉で励ましたとしても、彼を傷つけるだけだ。

「ミーシャは両親が殺される瞬間を家内で目撃したことで、俺から必死に逃げたものの途中で力尽き気絶した。俺はスキル【催眠】で、彼女の脳内に記憶されている俺の顔を別人となるよう改竄させ、両親の遺言を尊重し、王都へと運びミーシャの身体に支度金を忍ばせた後、孤児院へ託した。そして、この病気が他の獣人や種族達に感染しないよう、研究者達に村で起きた出来事全てを包み隠さず話した。特に、《ミーシャの身体を調べろ》と念入りに言ったおかげで、狂獣病の特効薬も見つかり、この病はほぼ根絶された」

多大な犠牲を敷いたものの、亡くなった人達やミーシャのおかげで、当時のガーランド法王国や周辺諸国は救われたんだね。語られた内容は、添付されてきた資料とほぼ一致している。並行して解析内容と比較したけど、彼は嘘を付いていない。

「オトギさん、ミーシャと再会した後、デュラハンと戦ったと言いましたよね? やはり、虚偽ですか?」

彼は、《やはりそこを突いてくるか》という渋い表情をとる。

「すまん! 俺は最終目的地に到達したことから、気が緩んでいた。そのせいでデュラハン特有の臭いが僅かに外へ漏れていたことに気づかなかった。ミーシャは、微かな臭いを感知して、俺に襲いかかってきたんだ。さすがに討伐されるわけにもいかないから、治安部隊に事情聴取された際、《デュラハンと戦った》と咄嗟に嘘をついてしまった」

やっぱり、虚偽の発言だったか。

「今日、コウヤさんやシャーロット達と会談する予定だったろ? その際、全ての事情を打ち明け対策を練りたいと考えていた矢先、北と南からの魔物出現とフレヤの誘拐事件が発生したんだ。フレヤが誘拐される際、俺もすぐ側にいた。魔導具【一本釣り】の魔法陣を見た瞬間ヤバイと思い、彼女に注意しようとしたが遅かった」

フレヤを誘拐するために用意した罠の名称が魔導具【一本釣り】って……日本の【鰹の一本釣り】のようにフレヤを上空へ釣り上げたわけね。

「俺は咄嗟に首を取り外し、フレヤの背後に憑いた。ドラゴンを確認した後、少し上空からフレヤ・カビバラ・フェルボーニの話を聞いていたんだ。俺としては奴等の魔物召喚で、《虚偽》だった内容が《真実》になったのだから、2人を殺すつもりなど微塵もなかった」

殺すつもりがなくとも、《2人と2体》は強烈な威圧を浴びてしまったことで身体を萎縮させてしまい、心にも負荷が大きくかかったんだね。

「威圧に関しても軽い脅しだったんだが、あのスカイドラゴン共がその場の緊張感に耐えきれず暴れてしまい、そのショックで魔導具【一本釣り】の固定器具が外れ、フレヤはそのまま地上へと落下した。俺が彼女をギリギリで助けた直後、シャーロットがここへ転移して勘違いしたというわけだ」

なるほど、そういう流れがあったのね。
結局のところ、オトギさんはズフィールド聖王国と全く無関係の存在だ。

1) ミーシャ
2) オトギさん
3) ズフィールド聖王国の連中

3者が別々で絡み合い、今回の事件に発展したわけか。

「俺が発端となって、多大な迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない。特にフレヤ、死にそうな目に遭わせてしまいすまなかった!」

オトギさんが、深々と頭を下げ私達に謝罪する。

「頭を上げてください。その件に関しては、先程も言いましたが許します。ところで、あなたは何のためにここへ来たのですか? 最終目的地と言いましたけど?」

フレヤがトイレで聞いていた話が事実ならば、彼は私に用があるのだろうか?

「フレヤ…ありがとう。あの瞬間、シャーロットに討伐される覚悟もしていたんだが…本当にありがとう。俺の旅の終着点は、エルディア王国王都で間違いない。《表向きの目的》は春蘭祭で芸を披露すること。《裏の目的》は……俺自身が聖女シャーロットと会い、俺の心願を成就してもらうことだ」

心願を成就?
その言い方から察すると、相当な悩みを抱えている?

「オトギさん、それってシャーロットにしか出来ないことなんですか?」

「そうだ。俺はランダルキア大陸にいる時、自分の個性に悩むドール族ドールXと出会った。奴は自分の求める理想の姿を追求しているらしく、これまで多くの人間や竜人族達に絵を描いてもらっていた。俺も頼まれたこともあって、奴から事情を聞き、理想の姿を絵にしたところ随分と気に入り、【トランスフォーム】でその姿になった」

へえ~、ランダルキア大陸に棲むドールXと知り合っていたんだ。

「奴は『御礼をしたいから、何か願い事を言え』と俺に話しかけてきた。だから、冗談半分で俺の心願成就ともいえる願い事を告げると、『はははは、その程度ならば我が主人でもあるシャーロット様に言えば、簡単に叶うぞ。あの方は【現人神】だ』と話してくれた」

ドールX、私の情報を簡単に漏らしたらダメでしょ!
オトギさんの悩みが、それだけ深刻だったの?

「奴はその場でドール族のトップに通信しようとしたが、俺がその場で断った」
「え、何故ですか?」
フレヤの言いたいこともわかる。ドール族トップでもあるドールマクスウェルに言えば、私へすぐに繋がるからね。

「シャーロットの情報に関しては、奴がある程度話してくれた。【構造解析】【構造編集】【転移魔法】に関しては、俺も知っている。正直自分の耳を疑ったものの、奴が嘘をつく理由もない。もし、君が転移魔法でランダルキア大陸のこの場に来て、誰かに目撃されたり、魔力を感知された場合、周辺諸国が動き、君やエルディア王国に対し多大な迷惑をかけてしまう。わざわざ、俺1人のために動いてもらうわけにはいかない。だから、俺自身が君の故郷でもあるエルディア王国へ向かうことにしたんだ」


ドールXは自分の悩みを真摯に受け止め、理想の姿を描いてくれたオトギさんだからこそ、【こいつならば信用できる】と思い、私の情報を少し開示したのか。

彼自身も、私やエルディア王国のことを第一に考えて行動している。


「俺の目的はただ一つ!」
目的は、何かな?

「【デュラハン改のオトギ】から【人間のオトギ】へと種族変更してもらうこと!」
「「は!?」」

オトギさんから告げられた言葉、それは私とフレヤを驚嘆させるものだった。
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