【短編】悪ははばたく R-18

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1. 青年フェーダの見た世界

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 「目が覚めたか」
 声がして、青年は自分が目覚めていると自覚した。手が動いたので、目の前にかざしてみたが、これは誰の手だろうと寝ぼけたようなことを思っていた。起きろと言われて寝ていることを知った青年は、体を起こす。体の揺れに合わせて浮き沈みするベッド。肌触りのいいリネン。胸に手を当てると触れる夜間着も手触りがよかった。上質な布の下で、どくどくと規則正しい鼓動を感じる。生きているとあたりまえのようなことを考えた。声がしたほうを見ると、若い男がいた。眼光が鋭い。
 整った顔に、透き通った肌。大地と空を閉じ込めたようなアースアイ。まるで世界を閉じ込めたようだ。もしかしたら大地と海かも知れない。近くで見たら風も感じられるのかも知れなかった。なんて綺麗なんだろうとうっとり眺めていた。しかし、こちらを射貫くような鋭い視線に気がついた。怒っているような気がして、青年の心臓は忙しく暴れた。どうしてか目の前の若い男に憎まれているようにすら感じた。
 なにもした覚えはないのに。もう少し見ていたかったのにと思いながら体が勝手に下を向いた。
「……あなたは……、だれ……」
 答えはなかった。そしてふと、自分も誰だろうという疑問が生まれた。不思議なことに自分のこともわからなかった。どうしてここにいるのか。昨日なにをしていたのかすら。青年はすべてが今ここから始まったような、ふわふわとしているから眠るにはいいかもしれないけれど、柔らかくてなにかをするには頼りないこのベッドに投げ出されてもがいているような感覚に陥った。
「だれ……、俺はだれ……」俺は俺のことを俺って言うんだと頭の隅で思った。そんなことも今知ったのだ。若い男は答えてくれない。不機嫌なようすの若い男に期待はできないかと納得しながら、ひどくがっかりした。周りを見渡しても、やたら広い部屋に若い男と青年しかいないように見える。高そうな調度品があるべき場所に配置されているようで、今まで見たなかで一等の豪華な部屋に思えた。今まで。過去をなにも思い出せないのに、今までなんて言葉が浮かんでいるのだろう。ぐちゃぐちゃだ。
「おまえはフェーダだ」
 若い男が鋭い声を発する。青年は、はっとして顔をあげ、若い男のほうを見る。
「フェーダ……」
「メイドボーイのフェーダ」
「メイドボーイ……フェーダ……、それが俺……?」
 若い男はそれだけ言ったきりで黙ったままだ。フェーダの言葉は宙に浮いた。
 目が覚めてから、すべてがフェーダにとってはじめて聞く言葉だらけだった。心のなかで「フェーダ」と反芻する。「メイドボーイのフェーダ」と。
 言葉の意味はわからない。けれど、言葉はわかる。生まれたての赤子のように、ほんとうのまっさらな目覚めではないからだろうか。メイドということは、目の前の若い男の世話を生業としているのだろうか。目覚めたばかりで、この世界がなになのか、まったく見えてこない。俺はだれ。この問いに答えてくれそうな人はいない。若い男はあまりフェーダに協力的ではなさそうだ。めまいにも似たあたりが暗くなるような感覚。いまや全身に及びそうな内側から湧き上がる冷気に、震えを抑えることでいっぱいだった。
 若い男は下を向くフェーダに温度のない視線を向けていた。
「旦那様」
「入れ」
 フェーダはびっくりして肩を強張らせる。旦那様と呼ばれた若い男の許可で、正装した壮年の男が入ってきた。フェーダなことは見えていないように、その男が、"旦那様"に言った。
「荷台が入りました」
「広間に運べ……フェーダ」
「は……はい」
 壮年の男が恭しく頭を下げて部屋を出ていくのを見届けてから、旦那様と呼ばれた若い男がフェーダを呼ぶ。若い男は、フェーダにとっても『旦那様』なのだろうか。わからない。フェーダは氷を首のうしろに押しつけられたような心持ちだ。
「いつまでそこにいるつもりだ、早く降りろ」
「え……」
「ぐずぐずするな」
「は……はい……」
 体は動く。もともと、フェーダの寝具ではない。覚えがないのだ。わけがわからなかった。フェーダは、追い立てられ、裸足のままベットからおり立った。磨き上げられた床は冷たく、フェーダは足の裏からひやりとした温度を吸い上げた。
「痛いところはないか」
「はい」
「ならいい」
 若い男が手を伸ばし、手のひらをフェーダの頬にあてる。驚いて若い男を見ると、微笑んでいる。どきりとするような魅力的な微笑だった。フェーダはそんな顔もするのかと惹きつけられた。若い男は、世界を閉じ込めたようなきれいな目を細めた。その表情はまるで愛しい人に愛を囁くようで。
「おまえの世界を壊してやる」
「どうして……」
「知らなくていいことだ」
「そんな」 
「さあ、歩け」
「あっ」
 背中を押される。
「せめてあなたの名前を教えてくれ」
 答えてくれないだろうと思いながら、なにかこのわからないことへの手がかりがほしかった。なにかを知りたかった。若い男は扉に手をかけながら、「いいだろう」と頷いた。
「カーリー」
「カーリー……」
 初めて聞く名前だ。フェーダの、世界の始まりだった。

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