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第2章・星を巡る人々
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広い庭があった。
陰気な平屋の、田舎田舎した住居には些か不釣り合いなほど、広くて美しい庭だった。
緑には事欠かない。
周囲一帯がすべて庭の様な所だったが、とりわけ祖父が力を注いだ裏庭は、まるで別世界のように美しかった。
訪ねてくるものは滅多にいなかった。
たまに配達人がやって来るくらいで、それ以外に姿を見せるものはほとんどいなかった。
物心ついてから、あの屋敷を出るまでの数年間。父と祖父と草花だけの隔絶された世界で、唯人が今もハッキリと覚えているのは、あの美しい庭で祖父が1人、温室の解体作業をしていたことだ。
温室――
それを思うと、唯人はいつも重たい気分になる。
祖父は裏庭に自分だけの温室を持っていた。
中には熱帯性の植物がたくさん置かれていたが、その中でも特に目を引いたのは、不自然なほど赤くほころんだバラの花だった。
しかし、バラだということは祖父の口から聞くまで気づかなかった。
茎がひょろりとしていて、葉が一枚もついてない。バラ特有の棘もない。花弁は小さく、匂いもなかった。なのに美しい。
造られた美しさ――
唯人がそのバラから感じたものはそれだった。色も形も何もかもが、正確な美しさを基に造られた人工的な花だった。
その花を初めて見たあの温室は、いよいよ屋敷を手放す前日に、祖父の手で解体された。
庭で焚火をしながら、祖父は温室から運び出した植物たちを次々と火の中に放り込んでいた。
唯人はそれを離れたところから、じっと眺めていた。
なぜかいつものように、祖父に声を掛けることが出来なかった。正直、恐ろしかったのだ。
なぜ祖父は、あれほど大事に育てていたものを、火の中に放る様なひどい事をするのだと訝しんだ。
最後に、祖父はあのバラの鉢植えを手に取ると、しはらくじっと眺めていたが、やがて憎らしいものでもあるかのように、足元に叩きつけ、踏みつぶし、火の中へ蹴飛ばした。
物静かで、四季折々に咲き誇る花を愛でていた穏やかな祖父からは想像もつかないほど。
その時の姿は恐ろしいものだった――
それを今、ふと思い出して唯人は目を開けた。
部屋の中はまだ薄暗く、隣のベッドでは江戸川が静かな寝息を立てていた。時計を見ると、まだ夜明け前だった。
あの出来事から5日。
都心に近いホテルに身を移し、とりあえずその場しのぎの生活を送っていた。
もちろん、いつまでもこんな生活を送っているわけにはいかないが、今はある程度ほとぼりが冷めるまで、こうしているよりほかにないのだ。
しかし、あれから5日も経とうというのに、自分たちの身辺に捜査の手が及ばないのはどういうことだろう……
あれだけ派手な事故があったのだ。被害者の身元だって当然調べたはずだ。そうすれば、自分たちの存在にも気づくはず。なのに、いつまでたっても誰も、何も、言ってこない。
いや、それだけではない。それ以上に唯人を驚かせたのは父、正人についてのことだった。
陰気な平屋の、田舎田舎した住居には些か不釣り合いなほど、広くて美しい庭だった。
緑には事欠かない。
周囲一帯がすべて庭の様な所だったが、とりわけ祖父が力を注いだ裏庭は、まるで別世界のように美しかった。
訪ねてくるものは滅多にいなかった。
たまに配達人がやって来るくらいで、それ以外に姿を見せるものはほとんどいなかった。
物心ついてから、あの屋敷を出るまでの数年間。父と祖父と草花だけの隔絶された世界で、唯人が今もハッキリと覚えているのは、あの美しい庭で祖父が1人、温室の解体作業をしていたことだ。
温室――
それを思うと、唯人はいつも重たい気分になる。
祖父は裏庭に自分だけの温室を持っていた。
中には熱帯性の植物がたくさん置かれていたが、その中でも特に目を引いたのは、不自然なほど赤くほころんだバラの花だった。
しかし、バラだということは祖父の口から聞くまで気づかなかった。
茎がひょろりとしていて、葉が一枚もついてない。バラ特有の棘もない。花弁は小さく、匂いもなかった。なのに美しい。
造られた美しさ――
唯人がそのバラから感じたものはそれだった。色も形も何もかもが、正確な美しさを基に造られた人工的な花だった。
その花を初めて見たあの温室は、いよいよ屋敷を手放す前日に、祖父の手で解体された。
庭で焚火をしながら、祖父は温室から運び出した植物たちを次々と火の中に放り込んでいた。
唯人はそれを離れたところから、じっと眺めていた。
なぜかいつものように、祖父に声を掛けることが出来なかった。正直、恐ろしかったのだ。
なぜ祖父は、あれほど大事に育てていたものを、火の中に放る様なひどい事をするのだと訝しんだ。
最後に、祖父はあのバラの鉢植えを手に取ると、しはらくじっと眺めていたが、やがて憎らしいものでもあるかのように、足元に叩きつけ、踏みつぶし、火の中へ蹴飛ばした。
物静かで、四季折々に咲き誇る花を愛でていた穏やかな祖父からは想像もつかないほど。
その時の姿は恐ろしいものだった――
それを今、ふと思い出して唯人は目を開けた。
部屋の中はまだ薄暗く、隣のベッドでは江戸川が静かな寝息を立てていた。時計を見ると、まだ夜明け前だった。
あの出来事から5日。
都心に近いホテルに身を移し、とりあえずその場しのぎの生活を送っていた。
もちろん、いつまでもこんな生活を送っているわけにはいかないが、今はある程度ほとぼりが冷めるまで、こうしているよりほかにないのだ。
しかし、あれから5日も経とうというのに、自分たちの身辺に捜査の手が及ばないのはどういうことだろう……
あれだけ派手な事故があったのだ。被害者の身元だって当然調べたはずだ。そうすれば、自分たちの存在にも気づくはず。なのに、いつまでたっても誰も、何も、言ってこない。
いや、それだけではない。それ以上に唯人を驚かせたのは父、正人についてのことだった。
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