薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第3章・接近

#1

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 11月中旬。

 要は珍しく社用でハンドルを握っていた。
 隣には同じ課の三島という同僚を乗せ、待ち合わせのホテルに向かう途中だった。
 今日これから会うのは、それほど大口の顧客ではないので幾分気は楽だが……しかし隣の三島は緊張で強張った顔をしていた。

 無理もない。
 三島は最近、総務から営業に転属してきたばかりで、まだ経験が浅いのだ。
 今まで事務一筋で来た男が、なぜ今更営業なのか要には理解できないが、それは多分三島も同じだろう。
 転属は彼の意思ではないのだ。
 でなければ、こんな気の小さい、口下手な男が、自ら進んで営業を希望するとは思えない。

「そう硬くならなくてもいいですよ。軽く挨拶を交わして終わりですから」

 もちろん、実際はそんなに簡単なものではない。
 要は気休め程度に言ってみたのだが、相手は聞いているのかいないのか、「はぁ……」という返事をしただけで、それっきり俯いてしまった。

 50を過ぎて慣れない仕事をするのは難しいだろうが、でも仕事に対して大きな口が叩けるほど自分も偉くはないのだ。

 社長の息子ではあるが――

 まぁ、三島にしたら、そんな自分と組むこと自体が緊張の原因なのだろうが……と、要は苦笑して、目的地のホテルに車を入れた。

「ちょっと早かったかな?」

 要は時計を見て呟いた。
 待ち合わせの時間まで1時間もある。
 早めに着くことが鉄則だが、少々早すぎたか――

「コーヒーでも飲んで時間を潰そう」

 要はそう言うと、三島を促してロビーの脇にあるサロンに入った。
 平日の昼下がりだが、中は意外と混んでいた。
 ようやく空いた窓際のテーブル席に座り、コーヒーを注文してから要は用を足しに席を立った。

 トイレはサロンを出てロビーの奥にあった。

 要が用を足して手を洗っていると、入り口から入ってくる1人の少年と鏡越しに目が合った。
 少年は用を足しに来たのではなく、手を洗いに来ただけのようで、先客がいたことに少し驚いたように見えた。
 一瞬、ハッとなって身を引きかけたが、すぐに思い直して洗面台の前に立つ。
 3つある洗面台の真ん中を開けて、隣に立つ少年を要は鏡越しに見た。
 俯いているので顔はよく分からないが、まだ中学生ぐらいに見えた。

 こんな平日にホテルのトイレを使うなんて……今日は学校が休みなんだろうか?

 そんなことを思いながら、不思議そうに要が見つめていると、その視線に気づいたのか、少年が顔を上げて鏡越しに視線を寄越した。
 色が白く、目の大きな、可愛い顔をした少年だった。

「こんにちは」

 要は思わずそう声を掛けてしまった。

 少年は、まさか声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
 ギョッとしたように大きな目を開いたが、少しはにかんだ笑みを浮かべると、小声で「こんにちは……」と返してきた。

「今日は学校休み?」
「え?」
「学生でしょう?」

 黙り込む少年に、要は慌てて「あぁ、ごめんなさい」と頭を下げた。

「余計なお世話だったね」
「……」

 少年は俯いて頭を下げると、ハンカチで手を拭きながら慌てた様にトイレを出て行った。
 その姿を鏡越しに見送って、要は思わず舌打ちした。

(バカだな……いきなり声を掛けたら警戒するに決まってる)

 不審者扱いされて通報でもされたら大変だと、要は苦笑いを浮かべると、サロンへ戻ろうと歩きかけて、ふと立ち止まった。


 ――どこかで見たことがある。


 今さっき見た少年の顔。
 どこかで見たような気がする。

(でも、どこで見たんだろう?)

 思い出そうとするが、なかなか思い出せない。
 そんなに以前の事ではなかった。ごく最近だ。

(どこで見たんだっけ……)

 要は頭を掻きながら三島が待つサロンに戻った。
 コーヒーは既にテーブルに置かれていた。

「冷めちゃいますよ」

 と言って、三島が砂糖とミルクを要の方に差し出した。
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