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第3章・接近
#1
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11月中旬。
要は珍しく社用でハンドルを握っていた。
隣には同じ課の三島という同僚を乗せ、待ち合わせのホテルに向かう途中だった。
今日これから会うのは、それほど大口の顧客ではないので幾分気は楽だが……しかし隣の三島は緊張で強張った顔をしていた。
無理もない。
三島は最近、総務から営業に転属してきたばかりで、まだ経験が浅いのだ。
今まで事務一筋で来た男が、なぜ今更営業なのか要には理解できないが、それは多分三島も同じだろう。
転属は彼の意思ではないのだ。
でなければ、こんな気の小さい、口下手な男が、自ら進んで営業を希望するとは思えない。
「そう硬くならなくてもいいですよ。軽く挨拶を交わして終わりですから」
もちろん、実際はそんなに簡単なものではない。
要は気休め程度に言ってみたのだが、相手は聞いているのかいないのか、「はぁ……」という返事をしただけで、それっきり俯いてしまった。
50を過ぎて慣れない仕事をするのは難しいだろうが、でも仕事に対して大きな口が叩けるほど自分も偉くはないのだ。
社長の息子ではあるが――
まぁ、三島にしたら、そんな自分と組むこと自体が緊張の原因なのだろうが……と、要は苦笑して、目的地のホテルに車を入れた。
「ちょっと早かったかな?」
要は時計を見て呟いた。
待ち合わせの時間まで1時間もある。
早めに着くことが鉄則だが、少々早すぎたか――
「コーヒーでも飲んで時間を潰そう」
要はそう言うと、三島を促してロビーの脇にあるサロンに入った。
平日の昼下がりだが、中は意外と混んでいた。
ようやく空いた窓際のテーブル席に座り、コーヒーを注文してから要は用を足しに席を立った。
トイレはサロンを出てロビーの奥にあった。
要が用を足して手を洗っていると、入り口から入ってくる1人の少年と鏡越しに目が合った。
少年は用を足しに来たのではなく、手を洗いに来ただけのようで、先客がいたことに少し驚いたように見えた。
一瞬、ハッとなって身を引きかけたが、すぐに思い直して洗面台の前に立つ。
3つある洗面台の真ん中を開けて、隣に立つ少年を要は鏡越しに見た。
俯いているので顔はよく分からないが、まだ中学生ぐらいに見えた。
こんな平日にホテルのトイレを使うなんて……今日は学校が休みなんだろうか?
そんなことを思いながら、不思議そうに要が見つめていると、その視線に気づいたのか、少年が顔を上げて鏡越しに視線を寄越した。
色が白く、目の大きな、可愛い顔をした少年だった。
「こんにちは」
要は思わずそう声を掛けてしまった。
少年は、まさか声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
ギョッとしたように大きな目を開いたが、少しはにかんだ笑みを浮かべると、小声で「こんにちは……」と返してきた。
「今日は学校休み?」
「え?」
「学生でしょう?」
黙り込む少年に、要は慌てて「あぁ、ごめんなさい」と頭を下げた。
「余計なお世話だったね」
「……」
少年は俯いて頭を下げると、ハンカチで手を拭きながら慌てた様にトイレを出て行った。
その姿を鏡越しに見送って、要は思わず舌打ちした。
(バカだな……いきなり声を掛けたら警戒するに決まってる)
不審者扱いされて通報でもされたら大変だと、要は苦笑いを浮かべると、サロンへ戻ろうと歩きかけて、ふと立ち止まった。
――どこかで見たことがある。
今さっき見た少年の顔。
どこかで見たような気がする。
(でも、どこで見たんだろう?)
思い出そうとするが、なかなか思い出せない。
そんなに以前の事ではなかった。ごく最近だ。
(どこで見たんだっけ……)
要は頭を掻きながら三島が待つサロンに戻った。
コーヒーは既にテーブルに置かれていた。
「冷めちゃいますよ」
と言って、三島が砂糖とミルクを要の方に差し出した。
要は珍しく社用でハンドルを握っていた。
隣には同じ課の三島という同僚を乗せ、待ち合わせのホテルに向かう途中だった。
今日これから会うのは、それほど大口の顧客ではないので幾分気は楽だが……しかし隣の三島は緊張で強張った顔をしていた。
無理もない。
三島は最近、総務から営業に転属してきたばかりで、まだ経験が浅いのだ。
今まで事務一筋で来た男が、なぜ今更営業なのか要には理解できないが、それは多分三島も同じだろう。
転属は彼の意思ではないのだ。
でなければ、こんな気の小さい、口下手な男が、自ら進んで営業を希望するとは思えない。
「そう硬くならなくてもいいですよ。軽く挨拶を交わして終わりですから」
もちろん、実際はそんなに簡単なものではない。
要は気休め程度に言ってみたのだが、相手は聞いているのかいないのか、「はぁ……」という返事をしただけで、それっきり俯いてしまった。
50を過ぎて慣れない仕事をするのは難しいだろうが、でも仕事に対して大きな口が叩けるほど自分も偉くはないのだ。
社長の息子ではあるが――
まぁ、三島にしたら、そんな自分と組むこと自体が緊張の原因なのだろうが……と、要は苦笑して、目的地のホテルに車を入れた。
「ちょっと早かったかな?」
要は時計を見て呟いた。
待ち合わせの時間まで1時間もある。
早めに着くことが鉄則だが、少々早すぎたか――
「コーヒーでも飲んで時間を潰そう」
要はそう言うと、三島を促してロビーの脇にあるサロンに入った。
平日の昼下がりだが、中は意外と混んでいた。
ようやく空いた窓際のテーブル席に座り、コーヒーを注文してから要は用を足しに席を立った。
トイレはサロンを出てロビーの奥にあった。
要が用を足して手を洗っていると、入り口から入ってくる1人の少年と鏡越しに目が合った。
少年は用を足しに来たのではなく、手を洗いに来ただけのようで、先客がいたことに少し驚いたように見えた。
一瞬、ハッとなって身を引きかけたが、すぐに思い直して洗面台の前に立つ。
3つある洗面台の真ん中を開けて、隣に立つ少年を要は鏡越しに見た。
俯いているので顔はよく分からないが、まだ中学生ぐらいに見えた。
こんな平日にホテルのトイレを使うなんて……今日は学校が休みなんだろうか?
そんなことを思いながら、不思議そうに要が見つめていると、その視線に気づいたのか、少年が顔を上げて鏡越しに視線を寄越した。
色が白く、目の大きな、可愛い顔をした少年だった。
「こんにちは」
要は思わずそう声を掛けてしまった。
少年は、まさか声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
ギョッとしたように大きな目を開いたが、少しはにかんだ笑みを浮かべると、小声で「こんにちは……」と返してきた。
「今日は学校休み?」
「え?」
「学生でしょう?」
黙り込む少年に、要は慌てて「あぁ、ごめんなさい」と頭を下げた。
「余計なお世話だったね」
「……」
少年は俯いて頭を下げると、ハンカチで手を拭きながら慌てた様にトイレを出て行った。
その姿を鏡越しに見送って、要は思わず舌打ちした。
(バカだな……いきなり声を掛けたら警戒するに決まってる)
不審者扱いされて通報でもされたら大変だと、要は苦笑いを浮かべると、サロンへ戻ろうと歩きかけて、ふと立ち止まった。
――どこかで見たことがある。
今さっき見た少年の顔。
どこかで見たような気がする。
(でも、どこで見たんだろう?)
思い出そうとするが、なかなか思い出せない。
そんなに以前の事ではなかった。ごく最近だ。
(どこで見たんだっけ……)
要は頭を掻きながら三島が待つサロンに戻った。
コーヒーは既にテーブルに置かれていた。
「冷めちゃいますよ」
と言って、三島が砂糖とミルクを要の方に差し出した。
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