薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第4章・見えない糸

#1

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 社名の入った白いバンが一台、入り口の前で止まった。
 社員証の提示を求められ、運転席の男が車内から腕を出す。守衛がそれを見て頷くと、バンは徐行しながらゆっくりと敷地内に入り込んだ。

 都心から、やや離れた郊外にあるサキヤ製薬中央研究所。

 その広大な敷地の中には様々な分野の研究、実験棟があり、常時1000人近い職員たちが働いている。
 有名な建築家がデザインしたという建物は白一色で統一されており、各棟を結ぶ連絡通路は、ちょっとした遊歩道だった。
 キレイに刈り込まれたつつじの植え込みが正確な秩序を見せ、緑地公園を思わせる原生林が至る所に広がっている。

 バンは、その木々の間を見え隠れしながら、事務局がある本館を大きく迂回して、敷地の外れにある小さなプレハブ倉庫の前で止まった。
 作業服を着た男が2人、車から降りると、1人が倉庫の扉を開け、もう1人がバンのドアを開けた。

 倉庫の中から、白衣姿の男が1人出てきて作業服の男と何か言葉を交わすと、辺りの様子を伺うように素早く視線を動かして小さく頷いた。

 作業服の男2人は、バンの中から大きな木箱を引きずり出した。
 かなりの重量があるとみえ、白衣の男も傍に駆け寄った。
 男3人がかりで何とか木箱を下ろすと、それを台車に乗せて素早く倉庫の中に運び入れた。
 白衣の男は、もう一度辺りに目をやってから、静かに倉庫の扉を閉めた。
 後に残ったのは、社名の入った一台のバンだけだが、それがここにあることを特別怪しむ者など誰もいなかった。





 11月下旬。

 朝早くに江戸川は外出の支度をすると、まだベッドの上で寝ぼけ眼の唯人に向かって言った。

「ちょっと出かけてきます。午前中に銀行へ行って、その後にアパートの物件をいくつか見てきますよ。いつまでもホテル暮らしじゃ身が持ちませんからね」
「遅くなるの?」

 唯人の問いに、江戸川は「そうですね……」と呟いて言った。

「それほど遅くはならないつもりです。昼は下の喫茶店で食べてもいいし、ルームサービスを取ってもいいですよ。ただ」
「分かってる。ホテルから出ちゃダメなんでしょう?」
「……えぇ」

 江戸川はそう言うと、そっと唯人の前に跪いた。

「すみません。退屈でしょう」
「ううん、平気だよ。慣れてるもん」
「明日はどこかに行きましょう。近くに動物園があるから、そこに行ってもいいし」
「うん。行ってらっしゃい」

 そう言って、再び布団の中に潜り込んだ唯人を見て、江戸川は静かに部屋を出た。
 オートロックで自動的に鍵がかかる。
 しっかりドアが閉まった事を確認して、江戸川はエレベーターのボタンを押した。

 今日。
 これからやることはいくつかあった。
 銀行が開くまでの間、出来る限りの情報を集めること。
 警察の動き。その後の捜査。
 警察が自分たちの身辺を嗅ぎまわることはないと思うが、念の為だ。

 それともう一つ。

 サキヤと麻生が放っているたちの動き。

 ここ数日、尾行の影はないが、いつ嗅ぎつけられるか分からない。
 唯人はともかく、自分の存在は多分知られているだろう。
 あの事故報道で、自分達の姿が見えないことに気づいた連中は、きっと今も必死に行方を捜しているはずだ。


 残されたを求めて――


 ホテルの駐車場に停めてあった車に乗り込むと、江戸川は今日1日でやるべきことを1つずつ頭に叩き込んで、深くアクセルを踏み込んだ。





 江戸川が部屋を出てすぐ、唯人はベッドから起き上がると、まず着替えて顔を洗った。
 簡単に朝食を済ませ、軽く身だしなみを整えると、さて――どうしたものか……と、途方に暮れる。

 一晩中考えたのに、結局答えが出ないまま朝を迎えてしまった。
 しかも江戸川は外出。これでは、相談のしようもない。

 打ち明けるべきだったんだろうか……

 そう思って、夕べポケットにねじ込んだ皺くちゃの紙を取り出した。
 この番号は恐らく電話番号だろう。
 掛けたら昨日の人に繋がるのだろうか?と思い、一瞬掛けてみようかと思ったが――すぐに躊躇した。

 もし勝手に連絡を取って、取り返しのつかないことになったら、江戸川になんて言えばいいのだろう。

(やっぱりやめよう……)

 そう思い、紙を破り捨てようと思ったが――そこでも躊躇する。
 そして考えた。

 ――向こうは自分達の居場所を知っていた。
 いざとなったら強引に踏み込んでくることだって出来たはずだ、と。

 それをしなかったのは、自分にだけ会いたい用件があったからだ。
 あの人もそう言ってたではないか。2人きりで会いたいと。

(ホテルの中の、人目の多い場所で会えば大丈夫かな……)

 今は江戸川もいない。帰りはきっと遅くなる。

(これはチャンスだ)

 唯人はそう思う事にして大きく息を吸うと、もらった小銭をもって部屋を出た。
 ロビーに公衆電話があることを思い出したのだ。
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