薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

文字の大きさ
22 / 65
第4章・見えない糸

#3

しおりを挟む
 電話を終えた後、唯人はちょっとした後悔に陥った。
 でも、誘いをかけたのはこっちの方だ。今更逃げるわけにはいかない。

 なるようになれだ!と思って、唯人は時計を見た。
 もうじき八時半になる。
 すぐ来ると言っていたが……どれくらい待てばいいだろう。

 唯人は所在なげにロビー隅にあるソファに腰かけた。
 テレビでは朝の情報番組が流れている。

 清宮の家にいた時は、テレビなど滅多に見ることがなかった。
 見ていい番組も限られていて、子供向けの番組以外は決して見せてはもらえなかった。
 山村の屋敷にいた時は、そのテレビすらなかった。

 こうしてホテル暮らしになり、好きにテレビが見られるのはいい事だけど、唯人は決して満足していなかった。
 自由と言えば自由だが、限られた空間に閉じ込められているのは今も昔も変わらない。
 同じ状態なら、父や祖父や喜代がいたあの頃の方が、今よりもずっと幸せだったと感じて、唯人はテレビから目を逸らした。

 外の空気が吸いたくて、じっと窓の外を見る。

 人が忙しなく行き交っていた。
 皆目的を持った足取りで迷うことなく進んでいる様子に、唯人は言葉にできない不安と孤独を感じた。
 自分達がこれからどうなるのか……この先どうなるのか……
 それを思うと怖くてたまらない。

 いつもの自分なら決してしない事でも、今の自分ならしてしまいそうだった。
 あんな――正体も分からない男と密かに会おうとしている事も……普段の自分からは想像もつかない暴挙だ。


 唯人は、ぼんやりと窓の外を見つめたまま、ふと祖父が死んだ日の事を思い出した。

 通夜や葬儀は一切せず、自分は喜代と一緒に自宅にいて、父と江戸川だけが火葬に立ち会った。
 小さな骨壺を抱えて帰ってきた父を見て、唯人は「もう祖父はいないのだ」と子供ながらに理解した。

 気落ちした父が倒れそうになるのを、傍にいた江戸川が支えていた。
 その様子を、唯人は自宅の窓からじっと見ていた。
 視線に気づいた江戸川が唯人の方を見た。

 風に煽られ、無表情で自分を見る江戸川の目は、いつもと変わらない暗い穴だった。

 暗い洞窟の奥を見る様な江戸川の目は、いつも、なにも、語らない。
 風に泳ぐ黒いネクタイを見て、彼の流す涙もきっと、あのネクタイのように黒いのだと思った。

「……」

 ソファに深く身を沈め、目を閉じかけた時、「唯人君?」と背後から声を掛けられて唯人は我に返った。

 たった今来たというように、軽く息を切らして男が近づいてきた。
 昨日、会った男だ。

「お待たせして、すみません」

 要はそう言うと、ソファに座る唯人に笑いかけた。
 その優しそうな笑顔に唯人は少しホッとすると、立ち上がって小さく頭を下げた。

「ここで話すのもなんだし――」

 要はそう言って昨日入ったラウンジにある喫茶店を見た。店はモーニングの時間だ。

「あそこで話そう」

 要に促されて唯人も後に続いた。
 店の一番奥の席に座り、要はコーヒー、唯人はオレンジジュースを注文すると、しばらくは無言のまま、会話の糸口を探すように店の中を見回した。
 が、要の方が軽く咳ばらいをすると、「まずは自己紹介をしよう」と先に沈黙を破った。

「俺は麻生要といいます」

 そう言って、上着の内ポケットから名刺入れを取り出すと、一枚抜いて唯人の前に置いた。
 唯人は黙って名刺に視線を落とした。

「……本当に、警察の人じゃないんですか?」
「ええ。違いますよ。俺は――ただのです」

 そう言って笑う男に、唯人はまだ納得できない顔をした。

「君は清宮唯人君でしょう?今は――中学生?それとも高校生ぐらいかな?」

 調査報告書では16歳とあったから、恐らくそれぐらいだろう。
 だが間近で見ると、実際よりはもっと幼く見える。

 唯人はグラスに挿したストローを弄びながら、慎重に相手の様子を伺った。
 家族以外の人間と口をきいたことなど滅多にない。
 だから相手をどこまで信用していいのか……唯人にはその判断ができなかった。


 一見穏やかで優しそうなこの男を――信じていいのだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...