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第4章・見えない糸
#3
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電話を終えた後、唯人はちょっとした後悔に陥った。
でも、誘いをかけたのはこっちの方だ。今更逃げるわけにはいかない。
なるようになれだ!と思って、唯人は時計を見た。
もうじき八時半になる。
すぐ来ると言っていたが……どれくらい待てばいいだろう。
唯人は所在なげにロビー隅にあるソファに腰かけた。
テレビでは朝の情報番組が流れている。
清宮の家にいた時は、テレビなど滅多に見ることがなかった。
見ていい番組も限られていて、子供向けの番組以外は決して見せてはもらえなかった。
山村の屋敷にいた時は、そのテレビすらなかった。
こうしてホテル暮らしになり、好きにテレビが見られるのはいい事だけど、唯人は決して満足していなかった。
自由と言えば自由だが、限られた空間に閉じ込められているのは今も昔も変わらない。
同じ状態なら、父や祖父や喜代がいたあの頃の方が、今よりもずっと幸せだったと感じて、唯人はテレビから目を逸らした。
外の空気が吸いたくて、じっと窓の外を見る。
人が忙しなく行き交っていた。
皆目的を持った足取りで迷うことなく進んでいる様子に、唯人は言葉にできない不安と孤独を感じた。
自分達がこれからどうなるのか……この先どうなるのか……
それを思うと怖くてたまらない。
いつもの自分なら決してしない事でも、今の自分ならしてしまいそうだった。
あんな――正体も分からない男と密かに会おうとしている事も……普段の自分からは想像もつかない暴挙だ。
唯人は、ぼんやりと窓の外を見つめたまま、ふと祖父が死んだ日の事を思い出した。
通夜や葬儀は一切せず、自分は喜代と一緒に自宅にいて、父と江戸川だけが火葬に立ち会った。
小さな骨壺を抱えて帰ってきた父を見て、唯人は「もう祖父はいないのだ」と子供ながらに理解した。
気落ちした父が倒れそうになるのを、傍にいた江戸川が支えていた。
その様子を、唯人は自宅の窓からじっと見ていた。
視線に気づいた江戸川が唯人の方を見た。
風に煽られ、無表情で自分を見る江戸川の目は、いつもと変わらない暗い穴だった。
暗い洞窟の奥を見る様な江戸川の目は、いつも、なにも、語らない。
風に泳ぐ黒いネクタイを見て、彼の流す涙もきっと、あのネクタイのように黒いのだと思った。
「……」
ソファに深く身を沈め、目を閉じかけた時、「唯人君?」と背後から声を掛けられて唯人は我に返った。
たった今来たというように、軽く息を切らして男が近づいてきた。
昨日、会った男だ。
「お待たせして、すみません」
要はそう言うと、ソファに座る唯人に笑いかけた。
その優しそうな笑顔に唯人は少しホッとすると、立ち上がって小さく頭を下げた。
「ここで話すのもなんだし――」
要はそう言って昨日入ったラウンジにある喫茶店を見た。店はモーニングの時間だ。
「あそこで話そう」
要に促されて唯人も後に続いた。
店の一番奥の席に座り、要はコーヒー、唯人はオレンジジュースを注文すると、しばらくは無言のまま、会話の糸口を探すように店の中を見回した。
が、要の方が軽く咳ばらいをすると、「まずは自己紹介をしよう」と先に沈黙を破った。
「俺は麻生要といいます」
そう言って、上着の内ポケットから名刺入れを取り出すと、一枚抜いて唯人の前に置いた。
唯人は黙って名刺に視線を落とした。
「……本当に、警察の人じゃないんですか?」
「ええ。違いますよ。俺は――ただの会社員です」
そう言って笑う男に、唯人はまだ納得できない顔をした。
「君は清宮唯人君でしょう?今は――中学生?それとも高校生ぐらいかな?」
調査報告書では16歳とあったから、恐らくそれぐらいだろう。
だが間近で見ると、実際よりはもっと幼く見える。
唯人はグラスに挿したストローを弄びながら、慎重に相手の様子を伺った。
家族以外の人間と口をきいたことなど滅多にない。
だから相手をどこまで信用していいのか……唯人にはその判断ができなかった。
一見穏やかで優しそうなこの男を――信じていいのだろうか?
でも、誘いをかけたのはこっちの方だ。今更逃げるわけにはいかない。
なるようになれだ!と思って、唯人は時計を見た。
もうじき八時半になる。
すぐ来ると言っていたが……どれくらい待てばいいだろう。
唯人は所在なげにロビー隅にあるソファに腰かけた。
テレビでは朝の情報番組が流れている。
清宮の家にいた時は、テレビなど滅多に見ることがなかった。
見ていい番組も限られていて、子供向けの番組以外は決して見せてはもらえなかった。
山村の屋敷にいた時は、そのテレビすらなかった。
こうしてホテル暮らしになり、好きにテレビが見られるのはいい事だけど、唯人は決して満足していなかった。
自由と言えば自由だが、限られた空間に閉じ込められているのは今も昔も変わらない。
同じ状態なら、父や祖父や喜代がいたあの頃の方が、今よりもずっと幸せだったと感じて、唯人はテレビから目を逸らした。
外の空気が吸いたくて、じっと窓の外を見る。
人が忙しなく行き交っていた。
皆目的を持った足取りで迷うことなく進んでいる様子に、唯人は言葉にできない不安と孤独を感じた。
自分達がこれからどうなるのか……この先どうなるのか……
それを思うと怖くてたまらない。
いつもの自分なら決してしない事でも、今の自分ならしてしまいそうだった。
あんな――正体も分からない男と密かに会おうとしている事も……普段の自分からは想像もつかない暴挙だ。
唯人は、ぼんやりと窓の外を見つめたまま、ふと祖父が死んだ日の事を思い出した。
通夜や葬儀は一切せず、自分は喜代と一緒に自宅にいて、父と江戸川だけが火葬に立ち会った。
小さな骨壺を抱えて帰ってきた父を見て、唯人は「もう祖父はいないのだ」と子供ながらに理解した。
気落ちした父が倒れそうになるのを、傍にいた江戸川が支えていた。
その様子を、唯人は自宅の窓からじっと見ていた。
視線に気づいた江戸川が唯人の方を見た。
風に煽られ、無表情で自分を見る江戸川の目は、いつもと変わらない暗い穴だった。
暗い洞窟の奥を見る様な江戸川の目は、いつも、なにも、語らない。
風に泳ぐ黒いネクタイを見て、彼の流す涙もきっと、あのネクタイのように黒いのだと思った。
「……」
ソファに深く身を沈め、目を閉じかけた時、「唯人君?」と背後から声を掛けられて唯人は我に返った。
たった今来たというように、軽く息を切らして男が近づいてきた。
昨日、会った男だ。
「お待たせして、すみません」
要はそう言うと、ソファに座る唯人に笑いかけた。
その優しそうな笑顔に唯人は少しホッとすると、立ち上がって小さく頭を下げた。
「ここで話すのもなんだし――」
要はそう言って昨日入ったラウンジにある喫茶店を見た。店はモーニングの時間だ。
「あそこで話そう」
要に促されて唯人も後に続いた。
店の一番奥の席に座り、要はコーヒー、唯人はオレンジジュースを注文すると、しばらくは無言のまま、会話の糸口を探すように店の中を見回した。
が、要の方が軽く咳ばらいをすると、「まずは自己紹介をしよう」と先に沈黙を破った。
「俺は麻生要といいます」
そう言って、上着の内ポケットから名刺入れを取り出すと、一枚抜いて唯人の前に置いた。
唯人は黙って名刺に視線を落とした。
「……本当に、警察の人じゃないんですか?」
「ええ。違いますよ。俺は――ただの会社員です」
そう言って笑う男に、唯人はまだ納得できない顔をした。
「君は清宮唯人君でしょう?今は――中学生?それとも高校生ぐらいかな?」
調査報告書では16歳とあったから、恐らくそれぐらいだろう。
だが間近で見ると、実際よりはもっと幼く見える。
唯人はグラスに挿したストローを弄びながら、慎重に相手の様子を伺った。
家族以外の人間と口をきいたことなど滅多にない。
だから相手をどこまで信用していいのか……唯人にはその判断ができなかった。
一見穏やかで優しそうなこの男を――信じていいのだろうか?
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