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第4章・見えない糸
#4
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「なんで僕の事を知ってるんですか?」
的を得た質問に要は頷いた。
「それと――父の事を、ご存知なんですか?」
「まぁね」
そう答えた後、「知っているというか、ニュースで聞いて」と呟き、少し唯人の方へ身を乗り出すと、囁くような声で言った。
「君のお父さんよりも、むしろお爺さんの方をよく知ってる」
「え?祖父のことですか?」
驚く唯人を見て、要は頷いた。
清宮宗源を祖父と呼び、清宮正人を父と呼ぶ。
この子は間違いなく清宮の人間なのだろう。なのに、事故が起きても捜索すらされない。
戸籍に記載がないからだ。
無戸籍児――
聞いたことはあるが、こうして現実を突きつけられると不安を禁じ得ない。
(目の前にいながら、この子は存在しないことになっている――)
その不確かさに、要は思わず身震いがした。
もし死んだとしても、誰にも気づかれない。存在を知る者以外は――誰にも気づいてもらえない……
「どうして祖父の事を――」
「ずっとホテル暮らしをしているの?」
急に話題を変えられて、唯人は言葉を切った。
「どこか遊びに行ったりは?」
「え?」
戸惑う唯人に微笑みかけて、要は言った。
「毎日退屈じゃない?」
「……でも僕はここから出られなくて。部屋からは出られても……外には」
「じゃあずーっとホテルの中に閉じこもってるの?」
「……」
「彼はどこにも連れてってくれないの?」
彼――というのが江戸川の事だと分かり、唯人は思わず聞いた。
「江戸川の事も知ってるんですか?」
「顔だけはね」
「――」
ますます分からない男だ……という顔をして、唯人は要を凝視した。
警察ではないと言うが、ではただの会社員がなぜ自分の事を知っているのか?
肝心な質問には何一つまともに答えず、あらかじめ、来ると分かっていた質問に対してはサラリと受け流す。
掴みどころのない相手に、唯人は口をつぐんだ。
警戒心を隠すことなく見せる唯人に、要は笑った。
「今日、彼は出掛けているの?」
「……」
「俺と会う事、彼は知ってる?」
「……」
黙り込む唯人に、要はため息をつくと、コーヒーを一口すすった。
そして、窓の向こうの通りを眺める。
「今日はいい天気だなぁ」
「……」
「君もずっとこの中じゃストレスたまるだろう?」
「そんなことないです」
「そう?でも彼はどこにも連れてってくれないんだろう?」
まるで江戸川が悪いような言い方に、唯人は一瞬ムッとすると、
「明日は出掛けます。動物園に行くんです」と言った。
まだ確定したわけじゃないが、唯人はそう言って要を牽制した。
要は「あぁ、いいね。動物園か」と笑った。
「博物館にも行きました。それに……デパートにも」
「へぇ。デパートか。なにを買ったの?」
「服です」
「ふぅん。楽しかった?」
「ええ。とっても」
初めは棘のある言い方だったが、話をするうち、次第に唯人の目が輝いてくるのを見て要は微笑んだ。
「あんなに沢山の人を見たのは初めてだし、色んなものがたくさん売ってて――見ているだけで凄く楽しかった」
もっと続けて――というように要は促した。
「ゲームや乗り物がたくさんある広場があって、乗ってみたかったけど、小さな子がたくさんいて……恥ずかしくて乗れなかった」
「あははは。アレは多分年齢制限があるよ」
「本当?……なら、乗らなくてよかった」
「テーマパークには?」
「……本では見たけど……行ったことはないです」
「行ってみたい?」
「そりゃあ――」
と言って、唯人はふいに言葉を切った。
思いがけず話し続けていたことに気づいて、急に決まりが悪くなり慌てて口を閉ざす。
その様子に、要はゆっくりとコーヒーを飲むと、窓の外に目を向けたまま言った。
「少し外を歩かないか?」
「え?」
要は伝票を掴んで立ち上がると、「うん。そうしよう!今日は天気もいいし温かい。少し外の空気を吸おう!」と言って、強引に唯人を促した。
「でも――」
「江戸川さんは、いつ出先から戻ってくるの?」
「さぁ……でも夕方までには」
「じゃあそれまでに帰ってくればいい。お昼は外で食べよう。毎日ホテルの食事じゃ飽きてしまうだろう?お勧めの定食屋があるんだ」
「でも」
要に手を取られ、唯人は狼狽えたが――本気で抵抗する気にはなれなかった。
外の空気を吸いたい……
その気持ちが、迷いを跳ね除けてしまったのだ。
江戸川に知られたら何と言われるだろう――と、ほんの一瞬考えたが。
エントランスを抜け、外の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ瞬間。
その不安は一気に分散してしまった。
的を得た質問に要は頷いた。
「それと――父の事を、ご存知なんですか?」
「まぁね」
そう答えた後、「知っているというか、ニュースで聞いて」と呟き、少し唯人の方へ身を乗り出すと、囁くような声で言った。
「君のお父さんよりも、むしろお爺さんの方をよく知ってる」
「え?祖父のことですか?」
驚く唯人を見て、要は頷いた。
清宮宗源を祖父と呼び、清宮正人を父と呼ぶ。
この子は間違いなく清宮の人間なのだろう。なのに、事故が起きても捜索すらされない。
戸籍に記載がないからだ。
無戸籍児――
聞いたことはあるが、こうして現実を突きつけられると不安を禁じ得ない。
(目の前にいながら、この子は存在しないことになっている――)
その不確かさに、要は思わず身震いがした。
もし死んだとしても、誰にも気づかれない。存在を知る者以外は――誰にも気づいてもらえない……
「どうして祖父の事を――」
「ずっとホテル暮らしをしているの?」
急に話題を変えられて、唯人は言葉を切った。
「どこか遊びに行ったりは?」
「え?」
戸惑う唯人に微笑みかけて、要は言った。
「毎日退屈じゃない?」
「……でも僕はここから出られなくて。部屋からは出られても……外には」
「じゃあずーっとホテルの中に閉じこもってるの?」
「……」
「彼はどこにも連れてってくれないの?」
彼――というのが江戸川の事だと分かり、唯人は思わず聞いた。
「江戸川の事も知ってるんですか?」
「顔だけはね」
「――」
ますます分からない男だ……という顔をして、唯人は要を凝視した。
警察ではないと言うが、ではただの会社員がなぜ自分の事を知っているのか?
肝心な質問には何一つまともに答えず、あらかじめ、来ると分かっていた質問に対してはサラリと受け流す。
掴みどころのない相手に、唯人は口をつぐんだ。
警戒心を隠すことなく見せる唯人に、要は笑った。
「今日、彼は出掛けているの?」
「……」
「俺と会う事、彼は知ってる?」
「……」
黙り込む唯人に、要はため息をつくと、コーヒーを一口すすった。
そして、窓の向こうの通りを眺める。
「今日はいい天気だなぁ」
「……」
「君もずっとこの中じゃストレスたまるだろう?」
「そんなことないです」
「そう?でも彼はどこにも連れてってくれないんだろう?」
まるで江戸川が悪いような言い方に、唯人は一瞬ムッとすると、
「明日は出掛けます。動物園に行くんです」と言った。
まだ確定したわけじゃないが、唯人はそう言って要を牽制した。
要は「あぁ、いいね。動物園か」と笑った。
「博物館にも行きました。それに……デパートにも」
「へぇ。デパートか。なにを買ったの?」
「服です」
「ふぅん。楽しかった?」
「ええ。とっても」
初めは棘のある言い方だったが、話をするうち、次第に唯人の目が輝いてくるのを見て要は微笑んだ。
「あんなに沢山の人を見たのは初めてだし、色んなものがたくさん売ってて――見ているだけで凄く楽しかった」
もっと続けて――というように要は促した。
「ゲームや乗り物がたくさんある広場があって、乗ってみたかったけど、小さな子がたくさんいて……恥ずかしくて乗れなかった」
「あははは。アレは多分年齢制限があるよ」
「本当?……なら、乗らなくてよかった」
「テーマパークには?」
「……本では見たけど……行ったことはないです」
「行ってみたい?」
「そりゃあ――」
と言って、唯人はふいに言葉を切った。
思いがけず話し続けていたことに気づいて、急に決まりが悪くなり慌てて口を閉ざす。
その様子に、要はゆっくりとコーヒーを飲むと、窓の外に目を向けたまま言った。
「少し外を歩かないか?」
「え?」
要は伝票を掴んで立ち上がると、「うん。そうしよう!今日は天気もいいし温かい。少し外の空気を吸おう!」と言って、強引に唯人を促した。
「でも――」
「江戸川さんは、いつ出先から戻ってくるの?」
「さぁ……でも夕方までには」
「じゃあそれまでに帰ってくればいい。お昼は外で食べよう。毎日ホテルの食事じゃ飽きてしまうだろう?お勧めの定食屋があるんだ」
「でも」
要に手を取られ、唯人は狼狽えたが――本気で抵抗する気にはなれなかった。
外の空気を吸いたい……
その気持ちが、迷いを跳ね除けてしまったのだ。
江戸川に知られたら何と言われるだろう――と、ほんの一瞬考えたが。
エントランスを抜け、外の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ瞬間。
その不安は一気に分散してしまった。
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