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第5章・宿敵
#1
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翌日。
唯人は、珍しく早く起きると、カーテンを開けて窓の外を見た。
外はあいにくの雨で、しかも気温も低い。
「残念ですね。昨日はあんなに天気がよかったのに」
それでもどこかに行きますか?と江戸川が聞いた。
唯人は、色とりどりの傘が咲く通りを見下ろしたまま言った。
「今日はいいよ。だって……寒いし」
「そうですね……」
江戸川はそう言って、唯人の背中を見つめた。
「今日はどこにも行かないの?」
「え?」
ふいにそう聞かれ、江戸川は驚いた。
まるで、どこかに行って欲しいような口ぶりに思わず苦笑する。
椅子から立ち上がり、唯人の隣に並んで一緒に窓の外を眺めながら、江戸川は言った。
「用事は昨日済ませてきました。今日は出掛ける予定はありませんが――なぜです?」
「別に……」
「私がいると邪魔ですか?」
「そ、そんなんじゃないよ」
唯人は慌てて江戸川を見上げた。その目に江戸川は笑うと、「いいんですよ隠さなくても」と言った。
「夕べから、何だかソワソワと落ち着きがないし。何か良い事でもありましたか?」
「別に何も」
「可愛い女の子でも見つけました?」
「――!?」
唯人の頬が赤くなった。それを見て、まさかというように江戸川は驚いた。
「え?本当ですか?」
「ち、違うよ!女の子じゃない」
「え?じゃあ……男の子?」
戸惑う江戸川に、唯人はどう話せばいいのか迷った。
黙っていても、いずれ江戸川には知られてしまうだろう。
幼い頃から一緒にいて、それはもう十分承知している。
遅かれ早かれバレるなら、やはり今言うべきだ――そう思い、唯人は言った。
「あのね……男の人なんだ」
「大人ですか?」
「うん」
「友達にでもなったんですか?」
「……話をしただけだよ」
そうですか――と江戸川は頷いた。
もっと何か聞いてくるかと思ったが、江戸川は別段気にする風もなく、サラッと聞き流して頷くだけだった。
「怒ってない?」
「なぜ?」
「だって。勝手に人と話したりして……」
「そこまで束縛する気はありませんよ。ある程度の節度を持てば、話をするのは自由です」
「……」
「ここの宿泊客ですか?」
その問いに、唯人はやや間を開けた。
「最初はそうだと思ったけど……」
そう呟きながら、結局、全て正直に打ち明けた。
その話に江戸川は眉をひそめたが、しかし声を荒げて叱りつけることはしなかった。
「唯人さん」
「分かってる、ごめんなさい。話そうと思ったんだけど、でも言いそびれて」
「それで勝手に連絡を取ったんですね?」
「……」
返す言葉もなく唯人は俯いた。
言い訳めいたことは言いたくなかったが、でも自然と出てくるのは言い訳がましい言葉ばかりだった。
「でも彼は警察じゃなかったよ」
「警察の人間でないなら尚更ですよ。単なる会社員が、なぜ我々の事を知っているんです?」
「それは――」
結局、その疑問に対しての明確な答えを聞くことはなかった。
その事に改めて気づき、唯人は項垂れた。
軽率な行動だったと、今更後悔してももう遅い。
「その人から、名刺か何かを貰いませんでしたか?」
「貰った。ここにあるよ」
そう言って、唯人はポケットから一枚の名刺を取り出すと、江戸川に渡した。
江戸川はそれを手に取り、一瞬ギョッとした。
(麻生貿易――?)
「要さんはいい人だったよ」
無言で名刺に見入る江戸川に、唯人は肩を竦めた。
今は何を言っても言い訳になるなと思い口をつぐむ。
江戸川は、名刺を手に放心していた。
唯人の前なので極力平常を装っていたが、頭の中はもう滅茶苦茶だった。
麻生。
その名にまさかと思いつつも、江戸川は聞いた。
「彼は……幾つぐらいの人ですか?」
「25って言ってたよ」
25――では父親の方ではないな。
息子か?
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子。
これは一体なんのだ?
唯人の前でなければ、思わずそう叫んでいたところだ。
「これは一体なんなんだ!?」と。
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子――
「あのね江戸川。要さんが、今度一緒にどこかへ出かけませんか?って」
「2人でですか?」
「ううん、江戸川も一緒に。要さんが、江戸川に会いたいって」
「――」
江戸川は黙っていた。
「あの人、江戸川の事も知ってるみたいだった」
それはそうだろう――と、江戸川は内心苦笑した。
「ダメ?」
そう聞かれ、江戸川は黙って窓辺を離れた。
椅子に座り、じっと虚空を見据える。唯人は答えを待つように、その横顔を見つめた。
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子。
再度頭の中で繰り返した後、江戸川は冷ややかに言い放った。
「いいですよ」
「本当?」
「ええ。私も彼に会ってみたい」
「よかった……」
ホッとため息をついて、唯人は笑った。
願ってもない返事に、自然と小躍りする。
その姿を横目に見て、江戸川は手にした名刺をポケットにしまった。
手の中にはもう1枚、名刺がある。
(清宮の孫。咲屋の娘。麻生の息子)
雨が降りしきる窓の外に目を向けて、江戸川は呟いた。
「その日は晴れるといいですね――」
唯人は、珍しく早く起きると、カーテンを開けて窓の外を見た。
外はあいにくの雨で、しかも気温も低い。
「残念ですね。昨日はあんなに天気がよかったのに」
それでもどこかに行きますか?と江戸川が聞いた。
唯人は、色とりどりの傘が咲く通りを見下ろしたまま言った。
「今日はいいよ。だって……寒いし」
「そうですね……」
江戸川はそう言って、唯人の背中を見つめた。
「今日はどこにも行かないの?」
「え?」
ふいにそう聞かれ、江戸川は驚いた。
まるで、どこかに行って欲しいような口ぶりに思わず苦笑する。
椅子から立ち上がり、唯人の隣に並んで一緒に窓の外を眺めながら、江戸川は言った。
「用事は昨日済ませてきました。今日は出掛ける予定はありませんが――なぜです?」
「別に……」
「私がいると邪魔ですか?」
「そ、そんなんじゃないよ」
唯人は慌てて江戸川を見上げた。その目に江戸川は笑うと、「いいんですよ隠さなくても」と言った。
「夕べから、何だかソワソワと落ち着きがないし。何か良い事でもありましたか?」
「別に何も」
「可愛い女の子でも見つけました?」
「――!?」
唯人の頬が赤くなった。それを見て、まさかというように江戸川は驚いた。
「え?本当ですか?」
「ち、違うよ!女の子じゃない」
「え?じゃあ……男の子?」
戸惑う江戸川に、唯人はどう話せばいいのか迷った。
黙っていても、いずれ江戸川には知られてしまうだろう。
幼い頃から一緒にいて、それはもう十分承知している。
遅かれ早かれバレるなら、やはり今言うべきだ――そう思い、唯人は言った。
「あのね……男の人なんだ」
「大人ですか?」
「うん」
「友達にでもなったんですか?」
「……話をしただけだよ」
そうですか――と江戸川は頷いた。
もっと何か聞いてくるかと思ったが、江戸川は別段気にする風もなく、サラッと聞き流して頷くだけだった。
「怒ってない?」
「なぜ?」
「だって。勝手に人と話したりして……」
「そこまで束縛する気はありませんよ。ある程度の節度を持てば、話をするのは自由です」
「……」
「ここの宿泊客ですか?」
その問いに、唯人はやや間を開けた。
「最初はそうだと思ったけど……」
そう呟きながら、結局、全て正直に打ち明けた。
その話に江戸川は眉をひそめたが、しかし声を荒げて叱りつけることはしなかった。
「唯人さん」
「分かってる、ごめんなさい。話そうと思ったんだけど、でも言いそびれて」
「それで勝手に連絡を取ったんですね?」
「……」
返す言葉もなく唯人は俯いた。
言い訳めいたことは言いたくなかったが、でも自然と出てくるのは言い訳がましい言葉ばかりだった。
「でも彼は警察じゃなかったよ」
「警察の人間でないなら尚更ですよ。単なる会社員が、なぜ我々の事を知っているんです?」
「それは――」
結局、その疑問に対しての明確な答えを聞くことはなかった。
その事に改めて気づき、唯人は項垂れた。
軽率な行動だったと、今更後悔してももう遅い。
「その人から、名刺か何かを貰いませんでしたか?」
「貰った。ここにあるよ」
そう言って、唯人はポケットから一枚の名刺を取り出すと、江戸川に渡した。
江戸川はそれを手に取り、一瞬ギョッとした。
(麻生貿易――?)
「要さんはいい人だったよ」
無言で名刺に見入る江戸川に、唯人は肩を竦めた。
今は何を言っても言い訳になるなと思い口をつぐむ。
江戸川は、名刺を手に放心していた。
唯人の前なので極力平常を装っていたが、頭の中はもう滅茶苦茶だった。
麻生。
その名にまさかと思いつつも、江戸川は聞いた。
「彼は……幾つぐらいの人ですか?」
「25って言ってたよ」
25――では父親の方ではないな。
息子か?
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子。
これは一体なんのだ?
唯人の前でなければ、思わずそう叫んでいたところだ。
「これは一体なんなんだ!?」と。
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子――
「あのね江戸川。要さんが、今度一緒にどこかへ出かけませんか?って」
「2人でですか?」
「ううん、江戸川も一緒に。要さんが、江戸川に会いたいって」
「――」
江戸川は黙っていた。
「あの人、江戸川の事も知ってるみたいだった」
それはそうだろう――と、江戸川は内心苦笑した。
「ダメ?」
そう聞かれ、江戸川は黙って窓辺を離れた。
椅子に座り、じっと虚空を見据える。唯人は答えを待つように、その横顔を見つめた。
清宮の孫。
咲屋の娘。
麻生の息子。
再度頭の中で繰り返した後、江戸川は冷ややかに言い放った。
「いいですよ」
「本当?」
「ええ。私も彼に会ってみたい」
「よかった……」
ホッとため息をついて、唯人は笑った。
願ってもない返事に、自然と小躍りする。
その姿を横目に見て、江戸川は手にした名刺をポケットにしまった。
手の中にはもう1枚、名刺がある。
(清宮の孫。咲屋の娘。麻生の息子)
雨が降りしきる窓の外に目を向けて、江戸川は呟いた。
「その日は晴れるといいですね――」
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