薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第5章・宿敵

#3

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 来園したのが日曜日という事もあって、園内は混んでいた。
 パンダブースは相変わらずの人気だったが、3人は何とかパンダの姿を目に収めると、その後は象を見たりキリンを見たりと、園内をのんびり散策した。

「サルは見てて飽きないな」

 そう言って笑った要の横で、唯人も楽しそうに笑った。
 江戸川は柵に手を置いたまま、ぼんやりとサルを見つめていた。
 家族連れが多く、小さい子供たちのはしゃぐ声が至る所で聞こえる。

 今の自分たちは、この人たちの目にどう映っているだろう?

 親子とも違う。
 兄弟とも違う。

 この不思議な取り合わせを――




「おなか空きませんか?」

 ふいにそう聞かれて江戸川は腕時計を見た。もう午後1時を過ぎている。
 つい夢中になって時間を忘れていたようだ。

「そうですね。じゃあお昼にしましょうか」

 3人は食事が出来る場所へ移動した。
 途中、唯人は江戸川に身を寄せると、前を歩く要を意識しながら小声で聞いた。

「江戸川、楽しい?」
「え?」

 江戸川は驚いて唯人を見下ろした。

「だって、さっきからずっと黙ってるし。遠くばっかり見て……あんまり楽しくなさそう」
「そうですか?楽しいですよ」
「本当に?」

 心配そうに自分を見る唯人に、江戸川は頷いてみせた。

「32年生きてきて、初めてパンダを見ました。檻の隅で丸まってる背中だけでしたけどね」

 唯人は「ふふふ」と笑った。
「よかった。それを聞いて安心した」

 唯人は黙って江戸川の手を取り、その手を強く握りしめた。それに応えるように江戸川もそっと握り返すと、もう行きなさい――というように素早く離した。
 唯人は要の元に駆け出すと、さり気なく背後を振り返り、そして微笑んだ。



 ホテルに戻ったのはもう夜の8時過ぎだった。
 江戸川がフロントにルームキーを取りに行っている間、唯人は要と向き合うと軽く頭を下げて言った。

「今日はとても楽しかったです。また一緒に遊んでください」
「いいとも。近いうちまたどこかへ遊びに行こう」

 要はそう言って、嬉しそうに唯人を見た。

「疲れてませんか?要さん、明日はお仕事なのに」
「とんでもない!久々に充実した休みを過ごせて楽しかったよ」

 要は大げさでなく素直な気持ちでそう言うと、唯人を安心させるように笑って見せた。
 だが内心、(本当に充実した1日を過ごせるかどうかは――)と感じて、キーを手にこっちへ向かって歩いてくる江戸川に目をやった。

「唯人さん。申し訳ないですが、先に部屋へ戻っていて下さい」

 そう言ってキーを差し出す江戸川に、唯人は驚いた。

「江戸川はどうするの?」
「私は少し、彼と話がしたいんです」
「え?でも」
「だから先に戻っていて下さい」

 有無を言わせぬように、江戸川は強引に部屋の鍵を唯人に押し付けた。

「待って。話ってなんの?」
「ただの世間話ですよ。大丈夫、をしますから」

 穏やかな話し合いを心掛ける、という意味合いの言葉を聞いて、唯人は不安に駆られた。
 思わず要に目を向け、その目に救いを求めようとしたが、要は心配するなというように黙って頷いた。

「先に寝てても構いません」
「……」

 キーを手に、渋々立ち去る唯人に要は手を振った。

「おやすみ、唯人君」

 エレベーターに乗り込み、その姿が視界から消えるのを待って、要は江戸川に言った。

「大人の話し合いね……出来ればそうありたいですよ、江戸川さん」
「座ろうか」

 ロビーにあるソファへ促して、江戸川は腰を下ろした。
 近くには同じようにソファに座って談笑する人や、モバイルを使って作業をしている人もいる。
 2人はしばらく黙っていた。

 真っ先に触れたい話題を、1日の締めくくりに持ってくるまでの間、意味のない会話を幾つか交わし、動物園の檻を見て回り――

 少なくとも、江戸川この男にとって今日1日の行動は、不本意の連続だったに違いない。
 まるでこの時を待っていたというように、性急に唯人を追い払い、自分と2人きりになるチャンスを強引に作ったのだ。

 覚悟を決める必要がありそうだな……と感じて、要は相手が切り出してくるのをじっと待っていた。
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