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第5章・宿敵
#4
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「仕事は忙しいのか?」
幾分トーンを落とした口調で、まずは当たり障りのない会話から入るつもりなのかと感じ、要はそれに同調した。
「俺は大して忙しくはありませんよ」
「でも麻生グループの御曹司ともなれば、かけられる期待も大きいでしょう?」
「……」
こっちの素性など、とっくに調べているのだろう。
何を目的で近づいているのかも、全てお見通しのはずだ。
ならば話は早い――というように要は身を乗り出すと、言った。
「あいにく、俺は期待をかけられるほど出来のイイ息子じゃないんですよ」
「そうかな?」
江戸川はじっと要の目を凝視した。
その黒い双眸を見つめるうち、要はふと、自分でもよく分からない感情に一瞬押し流されそうになり、慌てて目を逸らした。
その様子に、江戸川は小さく笑うと「時間を無駄にしたくないので単刀直入に伺います。我々に近づく目的は?」と聞いた。
要はゆっくりと視線を戻し、小さく頷いた。
「でしたら、こちらも率直にお答えします。我々の目的は唯人君の身柄の保護です」
「保護?なぜ?」
「それは聞くまでもないでしょう?あなた自身も、よく分かってる事じゃないんですか?」
「――」
江戸川は何も言わなかった。探りを入れるように黙って要を見ている。
「ただ、これだけは言わせて下さい。我々はサキヤとは違います。向こうがどういう出方をしているか分かりませんが、我々はあの子に危害を加えるつもりはありません」
「それは分からないな。君達はもしや、あの子の頭の中に何か重要な情報でも詰まっているんじゃないかと疑っているのか?だとしたらそれは見当違いだ。あの子は何も知らない」
「それでも別に構いません。我々はあくまでもあの子を保護したいだけなんです」
「――」
江戸川はため息をついた。
そして、ふと気づいたように言った。
「私たちがここにいることを知っているのは、君だけか?」
「今のところはね。サキヤの連中も、まだ嗅ぎつけてはいないようです。それも――時間の問題だと思うけど」
「父親には言ったのか?」
「いいえ、まだ。今後のあなた方の出方次第では、報告するつもりですが」
「なるほどね……」
江戸川は苦笑した。
「ねぇ江戸川さん。まさかいつまでもこんなホテル暮らしを続けるつもりじゃないでしょう?貯金だっていつかは底をつく。そうなったらどうします?働きに出ますか?あなたにはそれが出来ても、唯人君はどうなります?まさか、ずっと部屋に閉じ込めておくつもりですか?」
「……」
「清宮氏には、ある程度の遺産がありましたが、それは今相続人がいなくて宙に浮いている状態です。本来なら唯人君が受け取るべき所、彼は相続人として認知されていない。存在を証明するものが何もないんですよ。おかしな話ですよね――」
「……」
「彼の存在は、ごく限られた人間しか知らない」
「つまり――麻生はあの子の身元引受人になる……と言いたいわけか?」
「まぁ……そういう事です」
江戸川は笑った。
「何がおかしいんです?」
要はムッとした様に眉を寄せた。
「いや。よく出来た話だと思ったのさ」
「江戸川さん。今すぐ信じてくれとは言いません。ただこの先」
「お話はよく分かりました」
江戸川は立ち上がると、話はこれで終わりだというように背を向けた。
「待ってください、江戸川さん。もう一度よく考えて下さい。この先あの子を連れて、一体どうするつもりなんですか?」
「君達には関係ない。すまないが、我々の事はもう放っといてもらいたい」
「そうはいきませんよ」
「要さん」
いきなり名前を呼ばれ、要は言葉を切った。
江戸川は憐れむ様な目を向けると、「すみません」と詫びた。
「私たちは、どこにも身を委ねる気はありません。そうお父様にもお伝えください。じゃあ、さようなら」
「待って下さい!」
あ、そうそう――というように江戸川は立ち止まると、大事なことを言い忘れたというように振り返って要を見た。
「それからもう一つ。あの子にはもう2度と近づくな」
「な……」
要の返事を待たず、江戸川は軽く頭を下げるとそのまま悠然とエレベーターに向かって歩いて行った。
幾分トーンを落とした口調で、まずは当たり障りのない会話から入るつもりなのかと感じ、要はそれに同調した。
「俺は大して忙しくはありませんよ」
「でも麻生グループの御曹司ともなれば、かけられる期待も大きいでしょう?」
「……」
こっちの素性など、とっくに調べているのだろう。
何を目的で近づいているのかも、全てお見通しのはずだ。
ならば話は早い――というように要は身を乗り出すと、言った。
「あいにく、俺は期待をかけられるほど出来のイイ息子じゃないんですよ」
「そうかな?」
江戸川はじっと要の目を凝視した。
その黒い双眸を見つめるうち、要はふと、自分でもよく分からない感情に一瞬押し流されそうになり、慌てて目を逸らした。
その様子に、江戸川は小さく笑うと「時間を無駄にしたくないので単刀直入に伺います。我々に近づく目的は?」と聞いた。
要はゆっくりと視線を戻し、小さく頷いた。
「でしたら、こちらも率直にお答えします。我々の目的は唯人君の身柄の保護です」
「保護?なぜ?」
「それは聞くまでもないでしょう?あなた自身も、よく分かってる事じゃないんですか?」
「――」
江戸川は何も言わなかった。探りを入れるように黙って要を見ている。
「ただ、これだけは言わせて下さい。我々はサキヤとは違います。向こうがどういう出方をしているか分かりませんが、我々はあの子に危害を加えるつもりはありません」
「それは分からないな。君達はもしや、あの子の頭の中に何か重要な情報でも詰まっているんじゃないかと疑っているのか?だとしたらそれは見当違いだ。あの子は何も知らない」
「それでも別に構いません。我々はあくまでもあの子を保護したいだけなんです」
「――」
江戸川はため息をついた。
そして、ふと気づいたように言った。
「私たちがここにいることを知っているのは、君だけか?」
「今のところはね。サキヤの連中も、まだ嗅ぎつけてはいないようです。それも――時間の問題だと思うけど」
「父親には言ったのか?」
「いいえ、まだ。今後のあなた方の出方次第では、報告するつもりですが」
「なるほどね……」
江戸川は苦笑した。
「ねぇ江戸川さん。まさかいつまでもこんなホテル暮らしを続けるつもりじゃないでしょう?貯金だっていつかは底をつく。そうなったらどうします?働きに出ますか?あなたにはそれが出来ても、唯人君はどうなります?まさか、ずっと部屋に閉じ込めておくつもりですか?」
「……」
「清宮氏には、ある程度の遺産がありましたが、それは今相続人がいなくて宙に浮いている状態です。本来なら唯人君が受け取るべき所、彼は相続人として認知されていない。存在を証明するものが何もないんですよ。おかしな話ですよね――」
「……」
「彼の存在は、ごく限られた人間しか知らない」
「つまり――麻生はあの子の身元引受人になる……と言いたいわけか?」
「まぁ……そういう事です」
江戸川は笑った。
「何がおかしいんです?」
要はムッとした様に眉を寄せた。
「いや。よく出来た話だと思ったのさ」
「江戸川さん。今すぐ信じてくれとは言いません。ただこの先」
「お話はよく分かりました」
江戸川は立ち上がると、話はこれで終わりだというように背を向けた。
「待ってください、江戸川さん。もう一度よく考えて下さい。この先あの子を連れて、一体どうするつもりなんですか?」
「君達には関係ない。すまないが、我々の事はもう放っといてもらいたい」
「そうはいきませんよ」
「要さん」
いきなり名前を呼ばれ、要は言葉を切った。
江戸川は憐れむ様な目を向けると、「すみません」と詫びた。
「私たちは、どこにも身を委ねる気はありません。そうお父様にもお伝えください。じゃあ、さようなら」
「待って下さい!」
あ、そうそう――というように江戸川は立ち止まると、大事なことを言い忘れたというように振り返って要を見た。
「それからもう一つ。あの子にはもう2度と近づくな」
「な……」
要の返事を待たず、江戸川は軽く頭を下げるとそのまま悠然とエレベーターに向かって歩いて行った。
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