薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第5章・宿敵

#5

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(は?近づくな?)
(なんだそれは?)

 要は、去っていく男の背に、初めて写真を見た時に感じた、あの意味もない嫉妬を思い出して憤然とした。

(近づくな、だと!?)
(ふざけるな!)



「ちょっと待ってください!それはどういう意味です?」

 背後から飛んできた声に、江戸川は振り向いた。
 ロビーの中央に立ち、人目も憚らず要が大声で問いかけてくる。

「今のはどういう意味ですか?」
「――」

 江戸川は無視してエレベーターに乗り込んだ。
 扉を閉めようとしたが、駆け込んできた要に手を挟まれ、扉が開く。

「おい!どういうつもりだ?」
「それはこっちの台詞だ!」

 要は江戸川を睨みつけて言った。

「近づいてきたのは唯人君の方だ。俺はキッカケを与えただけだ」
「静かにしろ……」
「近づいて欲しくないのは、アンタの方だろう?違うか!?」
「声がデカい。人が見てる」
「別に構うもんか!!」
「――ッ!」

 江戸川は黙って要を睨みつけた。

 黒い双眸に、冷酷な光があった。
 オブラートは溶け、今はその目からハッキリとした敵意が読み取れる。
 扉の開閉を体で遮っていた要も、負けずにその目を睨み返した。

「それはあなたの命令でしょう?」
「……」
「あの子に近づいて欲しくないのは、あなたの命令だ。唯人君が命令するなら聞いてもいい。でも俺は、あなたの命令を聞くつもりはない」

 要はそう言い放つと、扉から離れた。
 障害物が消えて、扉はゆっくりと閉まり始めた。
 その扉の向こうで、江戸川は大きく息をつくと「好きにしろ」と低く唸った。

 扉は閉まり、エレベーターが上昇する。
 要は、閉まった扉を睨みつけ、やり場のない怒りを傍の自販機にぶつけた。

 もしこの世に、自分にとっての宿敵と呼べる人間がいるとしたら、それは間違いなくあの男だ……と要は思った。

 理由なんて必要ない。
 ただ、無条件にと感じる人間だ。
 生理的な嫌悪ではなく、何かもっと別の、感覚的なもの――根の深い部分に、自分があの男を毛嫌いする何かが潜んでいるのだ。

 彼らは近いうちこのホテルを出るだろう。
 だが、要はそれで諦めるつもりはなかった。
 父との約束だとか、試練なんてものはどうでもよかった。そもそも、始めからそんなモノに立ち向かうつもりなどなかった。

 本来の目的がどうあれ。
 今はとにかく、このままあの男に背を向けて逃げることだけは死んでもしたくない。

 今の騒ぎに驚いていたホテルマンに、要はニヤッと笑いかけると「どうもお邪魔しました」と手を振って、悠然とホテルを後にした。
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