薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

文字の大きさ
30 / 65
第6章・動き出す駒

#1

しおりを挟む
『昨日の午後1時頃、東京都日野市の多摩川河川敷で、人が浮いているのを近くに住む住民が見つけて110番通報しました。
 引き上げられたのは男性で、すでに死亡しており、所持品から東京都八王子市に住む無職、奥村隆文さん54歳と判明。
 近所の人の話では、奥村さんは以前勤めていた会社を退職後、ギャンブルなどで多額の借金をしていたという事で、遺体からは相当量のアルコールと、自宅からは遺書が発見されたことから、警察では奥村さんが借金を苦に自殺を図ったのではないかとみて、慎重に捜査を進めていく方針です――
 次のニュースです。今朝未明――』


 江戸川はテレビを切った。

 週が明けて月曜日。
 時刻は朝八時を少し回ったばかりだが、唯人はまだベッドの上だった。
 頭まで布団をかぶり、静かな寝息を立てている。

 江戸川はルームキーを掴んで立ち上がると、足音を忍ばせてそっと部屋を出た。
 ロビーに行き、新聞を読もうと思った。どうせ大した記事は載ってないだろうが……今しがた聞いたニュースの断片が、何となく耳に残っている。

 1階に下りて、フロントの前を横切った時、「江戸川様」と声を掛けられて江戸川は立ち止まった。

「おはようございます。メッセージがございます」
「メッセージ?」

 江戸川はフロントからメモを受け取った。ハートマークが書かれただけの意味不明なメッセージだった。

「?」
「あちらの方からでございます」

 そう言われてハッと振り向くと、ロビーのソファからゆっくり手を振る円香の姿が目に飛び込んできた。

「ありがとう」

 江戸川はそう言うと、真っ直ぐ円香の元に歩み寄った。

「連絡もなく、突然ご迷惑だったかしら?」
 ――という円香の口調は単なる社交辞令止まりで、心底相手を気遣うものではなかった。
 勝気な娘というに相応しい言い方で、江戸川は返事に詰まった。
 朝から挑発的な赤い口紅と、この間のように体に密着したスーツに丈の短いスカート。その下から覗く2本の足が妙に艶めかしく、江戸川は思わず視線を逸らした。

 円香は江戸川の前でわざと大きく足を交差すると、口元に微笑を浮かべて言った。

「お急ぎ?どこかへお出掛けするつもりでした?」
「いいえ」
「それなら座ったら?」

 江戸川は円香と向かい合わせのソファに座り、じっと相手の顔を見た。
 その目に円香は笑うと、「修理代、どのくらいかかりました?」と聞いた。

「あいにくまだ修理に出していません」
「あら。そうなの?ふぅん……そう――」

 円香は視線を巡らせて、ふと鞄の中から封筒を1通取り出すと、それをテーブルの上に置いた。

「これで足りるかしら?」

 江戸川は封筒を受け取り、中を見て苦笑した。

「こんなにかかりませんよ」
「それでもいいわ。迷惑料よ。取っておいて下さる?」
「……」

 江戸川はしばらく相手の顔を見たあと、素直に頷くと「じゃあ遠慮なく」と言って上着の内ポケットに入れた。
 円香はそれを見て満足そうに笑うと、ソファに深く身を沈めて言った。

「今日はお仕事?」
「いいえ」
「何かご予定は?」
「特に何も」
「そう……じゃあ……」

 円香は飛び跳ねるように身を起こして言った。

「少し私に付き合って下さらない?」
「え?」

 驚く江戸川に、円香は続けた。

「行きたい所があるの。一緒に行きましょうよ」
「でも仕事は?役員秘書をされてるんでしょう?」
「私?うふふ――」

 円香はくすぐったそうに笑うと「形だけの肩書よ」と肩を竦めた。
 そして、ふと気になる様に江戸川を見た。

「もしかして――お連れの方がいるの?」

 江戸川は一瞬迷ったが、素直に「ええ」と頷いた。

「それってもしかして、奥さん?」
「いいえ。友人――ですかね」
「男の方?」
「ええ」

 その返事に、円香は「そう……」とだけ呟いた。
 てっきり仕事で滞在しているのかと思っていたが、どうもそうではなさそうだ。
 妻でも恋人でもない人間と一緒に滞在中――とは。
 一体何をしている人なのだろうか?

 俄然興味がわいてきて、円香は江戸川の方へ身を乗り出した。

「あなたが出掛けたら心配するかしら?そのご友人」
「まぁ……心配はするでしょうね。黙って出かけたら」
「じゃあ伝言を残せばいいわ。ねぇ、そうしましょう。私に付き合ってよ」
「――」

 強引な誘いに江戸川は黙り込んだ。
 その戸惑う様子に、円香は興奮した。
 こういう時の男の顔は見ていて楽しかった。

 円香にとっては、手慣れた駆け引きだった。
 いつも知らずに胸が躍る。必ず餌に食いついてくると知って、針を投げる時の興奮。そして食らいついてきた時の歓喜。





 だがそれも、食らいついてくる魚に寄りけりだぞ――




 というように江戸川は内心笑っていた。

 しかし、表面上はあくまでもを演じなければならない。

「分かりました……いいですよ。お付き合いしましょう。フロントにキーを預けて、連れのものに伝言を残してきます」

 そしていそいそと席を立ち、フロントへと駆け出した。
 さも嬉しそうに――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...