薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第7章・困惑

#2

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 正午の時報が鳴った。

 要はコーヒーを一気に飲み干すと、窓の外に目をやった。
 向かいに見える公園にさり気なく目をやり、もう一度時計を確認して席を立つ。
 表に出ると、少し遠回りして公園内に足を踏み入れた。

『本日正午。北の丸公園怡和いわ園跡のベンチにて待つ』

 今朝、出社する前に寄ったコンビニの駐車場で、止めてあった車のフロントガラスに挟まれていたメモだった。
 車載カメラの死角を突くように、横からサッと腕だけを見せて挟んでいった男がいた。
 心当たりなどまるでないが、悪戯とも思えない。
 まさか江戸川か?とも思ったが、あの男が今更こんな回りくどいやり方をするとは思えなかった。
 奴なら、堂々と会いに来て言いたい事だけ言って、さっさと帰っていくだろう。

(では一体誰だ?)

 園内は静かだった。
 人の姿はない。
 こんな寒空の下、わざわざ屋外のこんな場所を指定してくるとは――

 用心の為、要は一度近くを散策する振りをしながら通り過ぎた。
 ベンチはあったが、人の姿はない。
 もう一度園内を歩き、再度ベンチの辺りへ戻って来たが、やはり人の姿はなかった。

 向こうもこっちの出方を伺っているのかもしれない。
 だとしたら、このまま警戒し続けていても埒が明かない。
 要は意を決してベンチに近づくと、ゆっくりと腰を下ろした。

 目の前には千鳥ヶ淵が見える。
 だがボートの姿はなかった。
 桜の季節は人も多いが、今は閑散としている。

 要は所在なげに周囲を見回したり、スマホを見たりしていたが、待てど暮らせど接触してくる気配がない。
 約束の時間を20分過ぎた。

(かつがれたかな……)

 半ばあきらめて帰ろうとした時、背後から人が近づいてくる気配がして、要はハッと振り返った。
 ――が。すぐに、なんだ……とため息をついて苦笑した。

 杖をついた1人の老人だった。
 ぶらりと散歩に来た、という感じでゆっくりと近づいてくる。
 メモを挟んでいった人物は、成人男性だったが少なくとも老人ではなかった。

(この人じゃなさそうだ……)

 要は気勢をそがれてベンチにもたれかかると、参ったなぁ……というように顔をしかめた。
 すると、先程の老人がいきなり隣に座ってきて、要は驚いた。

(おいおいなんだよ、この爺さん。空いてるベンチなら他にもあるだろう)

 驚く要と目が合って、老人はにこやかに微笑んだ。

「自由の効かん体でな。でも今日はまだ体調がいい。ついこの間までは寝たきりだった」
「――」

 要は、まさかというように目を見張った。

「あなたですか?あの、メッセージをくれたのは」
「遅くなってすまない。君以外に誰もいないことを確認したかった」
「……」

 驚く要を尻目に、老人はゆっくり周囲を見やると「君の事は調べさせてもらったよ」と言った。

「麻生要――あの子からその名前を聞いた時にピンときた。だからすぐに調べてもらったんだよ。私は体は不自由だが、手足になって動いてくれる人間がいるんでね」
「ちょ、ちょっと待ってください!あの子?あの子ってまさか――」
「もちろん、唯人のことだよ」
「彼を知ってるんですか!?」

 驚いて、要は思わず腰を浮かせた。
 そして唐突に、目の前にいる老人の顔が、記憶の中にある画像とリンクする。

 この顔――そうだ!間違いない。

「あなたはもしや……土方さんじゃありませんか?」

 老人は何も言わず、黙って要に目を向けた。

「やっぱりそうなんですね?写真で見たことがあります。サキヤ製薬の研究棟の前で撮った集合写真ですよ」

 あぁ……と、老人――土方は苦笑した。

「サキヤか……懐かしくも忌まわしい名前だな」
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