薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第9章・深夜の追撃

#5

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「ただの話し相手なら、どうして辞めることになったんだよ」
「それは私が――」

 珠季は一瞬言葉を切ったが、やがて観念したのか吐き出すように言った。

「お父さんの別宅に、女が出入りしてることぐらい私だって知ってるわ。でもどういう人か知らないから、それを知りたいって――冗談のつもりで言ったのよ?ちょっと調べてくれない?って……でも三島さん、あの通り真面目な人でしょう?興信所に頼めばいいのに、自分で調べ始めちゃって」
「母さん」
「まさか本当に自分でやるとは思わなかったのよ。でも調べていることがお父さんにバレて」
「まさか……そんな事で左遷してクビってことはないでしょう?」
「要はあの人の怖さを知らないのよ」
「……」

 要は思わず黙り込んだ。

 いざとなれば、人でも殺しかねないようなヤバい橋を、父は平気で渡る人だ――
『眠り姫』に関する話を聞かされた時、そう感じた。

 そういう、数々のヤバい試練を、あの人は幾つも乗り越えてきたのだ。

(そしてそれを、俺にも与えようとしている――)


「事務畑で生きてきた人をいきなり営業に回して、しかも社長の息子の下に置くなんて……そういう分かりやすい圧力をかけられても、三島さんは大人しいから、いずれ勝手に辞めると見越していたんでしょう。自己都合で辞めてくれた方が、会社にとっても都合がいいものね」
「そんな……」
「そういう事を平気でする人よ、あなたの父親は」

 要は憮然としてソファに身を沈めた。
 激しい苛立ちと、そんな父に対して抗えない自分に嫌気がさす。
 こうして、自分がしでかした事で叱られるのを恐れ、逃げまわっていることが心底情けなくなった。

「今回のお父さんの怒り方は、ただ事じゃなかったわ。あなたが何をやったのか知らないけど、しばらく他所にいた方がいいわ。江の島にいる叔父さんの所にでも避難してなさいよ」
「でも」
「ね?そうなさい。あなたの事は上手く言っておくから。ほとぼりが冷めたら戻ってくるといいわ。息子をクビになんてできないんだから」
「――」

 要はじっと、テーブルに置かれた新聞を見ていた。

 調べれば、自分の車も事故に関与していることぐらい分かるはずだ。
 なのに誰も、何も、聞きに来ない。

 江戸川の車だって。
 所有者を調べれば、そこから身元も分かるはず……

 麻生もサキヤも、これは単なる事故で押し通すつもりなのだ。


 を隠ぺいするために――


「もうじきお父さんが帰って来るわ。早く」
「いいよ。ここにいる」
「要!」
「いいんだ。ちょうどいい。俺も親父と話したい事があるんだ」
「でも――」

 何か言おうとした母の言葉を遮って、要は言った。

「心配しなくても大丈夫だよ。自分でやったことの責任ぐらいはちゃんと取る。それぐらいはやらないと」

 要はそう言ってソファから立ち上がると、両の拳を軽く握りしめて呟いた。


「いつまでも逃げてばかりじゃダメなんだよ」
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