51 / 65
第9章・深夜の追撃
#5
しおりを挟む
「ただの話し相手なら、どうして辞めることになったんだよ」
「それは私が――」
珠季は一瞬言葉を切ったが、やがて観念したのか吐き出すように言った。
「お父さんの別宅に、女が出入りしてることぐらい私だって知ってるわ。でもどういう人か知らないから、それを知りたいって――冗談のつもりで言ったのよ?ちょっと調べてくれない?って……でも三島さん、あの通り真面目な人でしょう?興信所に頼めばいいのに、自分で調べ始めちゃって」
「母さん」
「まさか本当に自分でやるとは思わなかったのよ。でも調べていることがお父さんにバレて」
「まさか……そんな事で左遷してクビってことはないでしょう?」
「要はあの人の怖さを知らないのよ」
「……」
要は思わず黙り込んだ。
いざとなれば、人でも殺しかねないようなヤバい橋を、父は平気で渡る人だ――
『眠り姫』に関する話を聞かされた時、そう感じた。
そういう、数々のヤバい試練を、あの人は幾つも乗り越えてきたのだ。
(そしてそれを、俺にも与えようとしている――)
「事務畑で生きてきた人をいきなり営業に回して、しかも社長の息子の下に置くなんて……そういう分かりやすい圧力をかけられても、三島さんは大人しいから、いずれ勝手に辞めると見越していたんでしょう。自己都合で辞めてくれた方が、会社にとっても都合がいいものね」
「そんな……」
「そういう事を平気でする人よ、あなたの父親は」
要は憮然としてソファに身を沈めた。
激しい苛立ちと、そんな父に対して抗えない自分に嫌気がさす。
こうして、自分がしでかした事で叱られるのを恐れ、逃げまわっていることが心底情けなくなった。
「今回のお父さんの怒り方は、ただ事じゃなかったわ。あなたが何をやったのか知らないけど、しばらく他所にいた方がいいわ。江の島にいる叔父さんの所にでも避難してなさいよ」
「でも」
「ね?そうなさい。あなたの事は上手く言っておくから。ほとぼりが冷めたら戻ってくるといいわ。息子をクビになんてできないんだから」
「――」
要はじっと、テーブルに置かれた新聞を見ていた。
調べれば、自分の車も事故に関与していることぐらい分かるはずだ。
なのに誰も、何も、聞きに来ない。
江戸川の車だって。
所有者を調べれば、そこから身元も分かるはず……
麻生もサキヤも、これは単なる事故で押し通すつもりなのだ。
都合の悪い事実を隠ぺいするために――
「もうじきお父さんが帰って来るわ。早く」
「いいよ。ここにいる」
「要!」
「いいんだ。ちょうどいい。俺も親父と話したい事があるんだ」
「でも――」
何か言おうとした母の言葉を遮って、要は言った。
「心配しなくても大丈夫だよ。自分でやったことの責任ぐらいはちゃんと取る。それぐらいはやらないと」
要はそう言ってソファから立ち上がると、両の拳を軽く握りしめて呟いた。
「いつまでも逃げてばかりじゃダメなんだよ」
「それは私が――」
珠季は一瞬言葉を切ったが、やがて観念したのか吐き出すように言った。
「お父さんの別宅に、女が出入りしてることぐらい私だって知ってるわ。でもどういう人か知らないから、それを知りたいって――冗談のつもりで言ったのよ?ちょっと調べてくれない?って……でも三島さん、あの通り真面目な人でしょう?興信所に頼めばいいのに、自分で調べ始めちゃって」
「母さん」
「まさか本当に自分でやるとは思わなかったのよ。でも調べていることがお父さんにバレて」
「まさか……そんな事で左遷してクビってことはないでしょう?」
「要はあの人の怖さを知らないのよ」
「……」
要は思わず黙り込んだ。
いざとなれば、人でも殺しかねないようなヤバい橋を、父は平気で渡る人だ――
『眠り姫』に関する話を聞かされた時、そう感じた。
そういう、数々のヤバい試練を、あの人は幾つも乗り越えてきたのだ。
(そしてそれを、俺にも与えようとしている――)
「事務畑で生きてきた人をいきなり営業に回して、しかも社長の息子の下に置くなんて……そういう分かりやすい圧力をかけられても、三島さんは大人しいから、いずれ勝手に辞めると見越していたんでしょう。自己都合で辞めてくれた方が、会社にとっても都合がいいものね」
「そんな……」
「そういう事を平気でする人よ、あなたの父親は」
要は憮然としてソファに身を沈めた。
激しい苛立ちと、そんな父に対して抗えない自分に嫌気がさす。
こうして、自分がしでかした事で叱られるのを恐れ、逃げまわっていることが心底情けなくなった。
「今回のお父さんの怒り方は、ただ事じゃなかったわ。あなたが何をやったのか知らないけど、しばらく他所にいた方がいいわ。江の島にいる叔父さんの所にでも避難してなさいよ」
「でも」
「ね?そうなさい。あなたの事は上手く言っておくから。ほとぼりが冷めたら戻ってくるといいわ。息子をクビになんてできないんだから」
「――」
要はじっと、テーブルに置かれた新聞を見ていた。
調べれば、自分の車も事故に関与していることぐらい分かるはずだ。
なのに誰も、何も、聞きに来ない。
江戸川の車だって。
所有者を調べれば、そこから身元も分かるはず……
麻生もサキヤも、これは単なる事故で押し通すつもりなのだ。
都合の悪い事実を隠ぺいするために――
「もうじきお父さんが帰って来るわ。早く」
「いいよ。ここにいる」
「要!」
「いいんだ。ちょうどいい。俺も親父と話したい事があるんだ」
「でも――」
何か言おうとした母の言葉を遮って、要は言った。
「心配しなくても大丈夫だよ。自分でやったことの責任ぐらいはちゃんと取る。それぐらいはやらないと」
要はそう言ってソファから立ち上がると、両の拳を軽く握りしめて呟いた。
「いつまでも逃げてばかりじゃダメなんだよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる