薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第10章・江戸川千景

#7

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 それは、まさにだった――


「あの家に発火物を仕掛けました。爆破したのは私です。お父さんと喜代を殺したのは私ですよ、唯人さん」
「……嘘だ……」
「嘘じゃありません。あの日、私が留守をしていたのは、避難する為です」
「そんなの嘘だ……」
「唯人君」

 要の呼びかけにも、唯人は首を振るだけだった。

「信じてもらえませんか?それならもう一つ。お爺さんを殺したのも私ですよ」
「――」
「直接手を出してはいませんが、結果として亡くなってしまいました」
「江戸川……」
「殺したのは私です」
「嘘だ……嘘だ……」

 冷たく言い放つ江戸川の言葉に、唯人は首を振りながら要の傍に蹲った。
 要は怒りに震えると、痛みをこらえて立ち上がった。

「江戸川さん、あんた自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」
「もちろん。こんな時に冗談なんか言わない。全て本当の事だ。私はもう既に人を殺している。怖いものなんかない。だから早く薬を作って下さい唯人さん。彼を死なせたくはないでしょう?」
「どうして……どうして江戸川が、そんな事をするの?」

 江戸川は、項垂れる唯人を見下ろして、低く唸る様に呟いた。

「復讐ですよ」
「……復讐?」

 江戸川は、少し苛立ったように椅子から立ち上がると、要の左足を蹴飛ばした。
 痛みによろめく要を素早く羽交い絞めにすると、その頭に銃口を突きつけて唯人に言った。

「薬を作って下さい。この男を殺されたくなければ大人しく言う事を聞いて」
「唯人君ダメだ!こんな取り引き、応じちゃいけない。薬なんか関係ない。コイツは初めから俺たちを殺すつもりなんだ!作っちゃダメだ!」
「薬を作れば殺しはしない。約束する!さあどうします、唯人さん?」

 戸惑う唯人を見て、円香は鞄からガーゼを取り出すと、羽交い絞めにされている要の顔に押し付けた。

「!?」

 要は身をよじって必死に抵抗を試みたが、抵抗虚しく意識を失うと、ぐったりと江戸川に抱えられたままその場に崩れ落ちた。

「何をしたの?!」
「うるさいから、ちょっと眠ってもらっただけよ」

 円香はそう言ってクスッと笑った。

「さぁ、決めて下さい。薬を作るか――それとも今ここで彼を殺すか」

 そう言って、気を失っている要の頭に銃口を押し付ける。
 唯人は叫んだ。

「分かった!作るよ!作るから要さんを殺さないで!」

 それを見て円香は「いい子ね」と笑った。





 ――温室は祖父の領域だった。

 そこにあったのは、様々な植物と穏やかな時間だけ。
 自分は祖父に手を引かれ、そこにある植物の名前を1つ1つ教えてもらった。

 最後に辿り着いたその花は、葉もなく棘もない、バラの花だと教えられた。
 この世で一番美しく、この世で一番恐ろしい花だと――


 唯人は今、その花と静かに対峙した。


 そこは倉庫の隣にあった、小さな温室の中だった。
 この施設で働く研究員でさえも、恐らく周知している者は少ないだろう。目立たぬようにひっそりと建てられた倉庫の脇に、簡易的に作られた温室。
 中に置かれていたのは、あの奇妙なバラだけだった。

「これと同じ花を、あなたも見たことがあるでしょう?」
「……」

 唯人は息を飲んだ。
 赤い花弁、葉もなく棘もない茎、紛れもない――それは幼い日に見た、あのバラの花だった。

「大抵の道具は揃っていますが、必要なものがあったら言って下さい。ただし、おかしな真似はしない方がいいですよ。彼を助けたければ」
「分かってる」

 食い気味に答える唯人に江戸川は苦笑した。

「大丈夫よ。私が見張ってるから」

 円香はそう言って唯人の傍に寄った。

「変な事したらが許さないわよ」
「……」

 唯人は円香を睨みつけると、江戸川に向かって言った。

「約束だよ。薬を作ったら、要さんを自由にしてあげて」
「もちろん、ちゃんと守りますよ。約束します」

 江戸川はそう言うと、円香の方へ軽く目配せして部屋を出て行った。
 その後ろ姿を見送って、唯人は項垂れた。

(あぁ……なんで――どうしてこんなことに)

 両目をきつく閉じて、唯人は頭を振った。


 なぜ?
 どうして江戸川がこんな事をするのか?
 復讐とはいったい何なのか?
 あの男が祖父や父、喜代を殺したなんて……どうしても信じられない。

(お父さん……)

 閉じた瞼の裏に、湧き上がる黒煙が見えた。
 その向こうで、手を振りながら佇む父と喜代の姿がある。だがそれは、走り寄ろうとするといつも消えてしまう幻だった。

 霧が晴れるように黒煙が消えると、次にその向こうから現れるのは祖父だった。
 恐ろしい形相で、バラの鉢植えを次々と火の中に放り込んでいた。

「ねぇ、大丈夫?」

 円香の声に、唯人は目を開けた。
 そして目の前にある花を見つめる。



 この世で一番美しく、この世で一番恐ろしい花――

 決して作るなと言われたけど……


(お父さん……ごめんなさい)


 唯人は呟き、そっと花弁に触れた。
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