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第7章・過去
#9
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宇佐美は、河川が見える遊歩道脇のベンチに腰かけていた。
近づく足音に気づいて振り向くと、いつもとは違う普段着姿の野崎がいて宇佐美は少し驚いた顔をしたが、立ち上がって軽く頭を下げた。
「家に来られちゃマズいと思って、慌てて返事を寄越してきたな」
野崎はそう言って笑った。
「……」
宇佐美は困ったように顔をしかめる。
(だから自宅を知られたくなかったのに……)
そう思い、気まずそうに俯く。
2人はベンチに並んで腰を下ろすと、しばらく黙ったまま――遠くの山並みを見つめた。
秋の日は短い。午後3時を回ると、辺りには夕刻の気配が漂い始める。
西日も淡く滲んで広がり、川面を照らしていた。時折、風が頬を撫でていく。
「宇佐美のせいじゃないから……」
ふいにそう言われて、宇佐美は視線を向けた。
野崎は遠くを見たまま、そう呟いた。
「いずれこうなるって分かってた。ずっと――問題を先送りにしてただけで、見て見ぬふりをしてきたんだ」
「……」
「こんなきっかけでもなきゃ、きっと今もズルズルと誤魔化しながら夫婦生活を続けていたと思う。潮時だったんだよ」
野崎はそう言って宇佐美を見た。
「子供の事は――だいぶ想定外だったけどな」
「野崎さん……」
「でも、知れてよかった」
「……」
宇佐美は申し訳なさそうに頭を下げた。その様子を見て、野崎は言った。
「俺はあの子を助けてあげられなかったのに――あの子は俺を助けてくれたんだ」
そして、「信じられるか?」と宇佐美に笑いかける。
「お前には影にしか見えなかった子が、俺にはちゃんと姿が見えたんだぜ?」
「え?」
「顔もはっきりと覚えてる。可愛い女の子だった……彩子に少し……似てたかな」
「――」
驚いたような顔をしている宇佐美に、野崎はあの日あったことを話して聞かせた。
「もう少しでベランダから飛び降りるところだった」
その話に宇佐美はゾッとして震えあがった。
もしかしたら近くに……ヤツがいたのではないか――母の時と同じように。
野崎のすぐ隣に――
(でもあの子が、助けてくれたんだ)
そう思い、宇佐美はホッとしたように息をついた。
「それで?」
「?」
野崎に聞かれて、宇佐美は首をかしげた。
「幽霊はお前の父親なんだろう?どうやって調べた?それに……なんで息子であるお前を襲うんだ?目的は?」
「――」
宇佐美は何から話そうか、少し考えてからポツリポツリと話し始めた。
霧が晴れて見えてきたもの。
母の呪文で忘れていたもの。あの場所へ置いてきた記憶が、今はハッキリと思い出せる。
「俺は父親の事をほとんど知りません」
宇佐美は言った。
「あまり家にいなかったし、いても静かで……影みたいな人だった」
幼い自分の記憶の中にいる父の背中は、いつも黒い影のようだった。
「近寄るのが怖かった記憶しかないんです。だからいつも、離れた所から背中を見ていた。母は腫れ物にでも触るみたいに、いつも父の側にいて……俺を近づけないようにしてたみたいだった」
「……」
「うちには、死んだ父の仏壇がなかった。写真も何も……母は、初めからそんな人、存在しなかったみたいに振舞ってた。だから俺も聞けなかった。聞いちゃいけないような気がして」
宇佐美は、目の前の広場でボール遊びをしている子供たちをぼんやりと見つめながら続けた。
「だから知りたいと思ったんです。父親の事。そいつが関係しているような気がして……自分の本籍地が山梨だって分かったから、行って調べてきたんです。そこで初めて知りました、父親の名前。俺は、それすらも知らなかったんだ」
そう言って笑う宇佐美を、野崎は何も言わず見つめていた。
「父には弟がいました。その人はまだ存命で、長野に住んでた。俺が会いたいと言ったら、会って話をしてくれた。写真を――見たよ。父の」
宇佐美の表情が曇る。
「気味が悪いくらい、俺に似てた……いや、俺が似てるんだな。叔父が腰を抜かすほど驚いたのが分かるよ」
そして野崎の方を見る。
「父が死んだのは40の時。そうだよ……俺はもうじき、彼と同じ年になる――」
近づく足音に気づいて振り向くと、いつもとは違う普段着姿の野崎がいて宇佐美は少し驚いた顔をしたが、立ち上がって軽く頭を下げた。
「家に来られちゃマズいと思って、慌てて返事を寄越してきたな」
野崎はそう言って笑った。
「……」
宇佐美は困ったように顔をしかめる。
(だから自宅を知られたくなかったのに……)
そう思い、気まずそうに俯く。
2人はベンチに並んで腰を下ろすと、しばらく黙ったまま――遠くの山並みを見つめた。
秋の日は短い。午後3時を回ると、辺りには夕刻の気配が漂い始める。
西日も淡く滲んで広がり、川面を照らしていた。時折、風が頬を撫でていく。
「宇佐美のせいじゃないから……」
ふいにそう言われて、宇佐美は視線を向けた。
野崎は遠くを見たまま、そう呟いた。
「いずれこうなるって分かってた。ずっと――問題を先送りにしてただけで、見て見ぬふりをしてきたんだ」
「……」
「こんなきっかけでもなきゃ、きっと今もズルズルと誤魔化しながら夫婦生活を続けていたと思う。潮時だったんだよ」
野崎はそう言って宇佐美を見た。
「子供の事は――だいぶ想定外だったけどな」
「野崎さん……」
「でも、知れてよかった」
「……」
宇佐美は申し訳なさそうに頭を下げた。その様子を見て、野崎は言った。
「俺はあの子を助けてあげられなかったのに――あの子は俺を助けてくれたんだ」
そして、「信じられるか?」と宇佐美に笑いかける。
「お前には影にしか見えなかった子が、俺にはちゃんと姿が見えたんだぜ?」
「え?」
「顔もはっきりと覚えてる。可愛い女の子だった……彩子に少し……似てたかな」
「――」
驚いたような顔をしている宇佐美に、野崎はあの日あったことを話して聞かせた。
「もう少しでベランダから飛び降りるところだった」
その話に宇佐美はゾッとして震えあがった。
もしかしたら近くに……ヤツがいたのではないか――母の時と同じように。
野崎のすぐ隣に――
(でもあの子が、助けてくれたんだ)
そう思い、宇佐美はホッとしたように息をついた。
「それで?」
「?」
野崎に聞かれて、宇佐美は首をかしげた。
「幽霊はお前の父親なんだろう?どうやって調べた?それに……なんで息子であるお前を襲うんだ?目的は?」
「――」
宇佐美は何から話そうか、少し考えてからポツリポツリと話し始めた。
霧が晴れて見えてきたもの。
母の呪文で忘れていたもの。あの場所へ置いてきた記憶が、今はハッキリと思い出せる。
「俺は父親の事をほとんど知りません」
宇佐美は言った。
「あまり家にいなかったし、いても静かで……影みたいな人だった」
幼い自分の記憶の中にいる父の背中は、いつも黒い影のようだった。
「近寄るのが怖かった記憶しかないんです。だからいつも、離れた所から背中を見ていた。母は腫れ物にでも触るみたいに、いつも父の側にいて……俺を近づけないようにしてたみたいだった」
「……」
「うちには、死んだ父の仏壇がなかった。写真も何も……母は、初めからそんな人、存在しなかったみたいに振舞ってた。だから俺も聞けなかった。聞いちゃいけないような気がして」
宇佐美は、目の前の広場でボール遊びをしている子供たちをぼんやりと見つめながら続けた。
「だから知りたいと思ったんです。父親の事。そいつが関係しているような気がして……自分の本籍地が山梨だって分かったから、行って調べてきたんです。そこで初めて知りました、父親の名前。俺は、それすらも知らなかったんだ」
そう言って笑う宇佐美を、野崎は何も言わず見つめていた。
「父には弟がいました。その人はまだ存命で、長野に住んでた。俺が会いたいと言ったら、会って話をしてくれた。写真を――見たよ。父の」
宇佐美の表情が曇る。
「気味が悪いくらい、俺に似てた……いや、俺が似てるんだな。叔父が腰を抜かすほど驚いたのが分かるよ」
そして野崎の方を見る。
「父が死んだのは40の時。そうだよ……俺はもうじき、彼と同じ年になる――」
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