3 / 17
2 魔術
しおりを挟む
「ゴールデンスライムの蜜か。若造にしては良い趣味をしておる」
老爺は近づいてくると、皿から蜜を掬って舐め取った。
「ワシはこの甘味に目がなくてな。お前とは仲良くなれそうじゃ」
何なんだ、この爺さん。
俺は困惑した。
怒られるでも、蔑まれるでもない。
まるで、面白がっているようにすら見える。
こんな態度をしてくる奴は生まれて初めてだった。
「なあ、爺さん。あんた誰?」
「なんだ、見てわからんのか?」
窓の向こう側。
馬が豪勢な荷台に繋がれて、退屈そうに地面を蹴っている。
直後、ダリスの言っていたことを思い出した。
——確か、客が来るとか言ってた。兄さんの師範が何とか。
「爺さん、勇者候補に会いにきた師範か。それなら上にいるぞ。早く行ったほうが良いんじゃないか?」
しかし、老爺は動かない。
ますます俺に視線を向けて、考え込んでいる様子だ。
「勇者候補か。しかし、それを言うならお前も勇者候補ではないのか?」
「なんだ分かってたのか。でも、あんたは重要なところを見逃してるよ。俺は訓練を放り出して隠し事をするような不良児なんだ」
何が勇者候補だ。
俺と兄さんの間には天と地ほどの差がある。
結果は実質決まっているようなものだ。
「ならば、お前は勇者になりたくないのか?」
その質問は想定を外れた予想外からのものだった。
変なことを聞いてくる。
でも、俺には明確な答えがあった。
「なりたいわけないよ。他人のためとか叫びながら死にに行くなんて正気じゃない」
そう言うと、老爺は目を丸くした。
しばらくして、プッと間抜けた音が響く。
「ハハハッ! 確かに! 確かにお前の言うとおりじゃ! そんなの、気が狂っているとしか思えんよな」
勇者の師範がなんてことを。
てっきり蔑んでくると思っていたから、拍子抜けだ。
「勇者を導く立場が、そんなこと言って良いのか?」
「まあ、ここには誰もおらんしな」
そう言う問題ではないと思う。
「——まったく、面白い奴がいたものだ。そうじゃのう、ここは一つ面白いことを返しに見せてやるとしよう」
老爺はわざとらしく口角を上げると、袖に手を入れた。
何が出てくるかと思えば、それは木の棒切れだった。
ひょいと一振りすれば軽い音が鳴る。
「何だよ、急に——」
瞬間、ゾクゾクと違和感が体を巡った。
腕に触れる。
——鳥肌が立ってる……。
「爺さん、いったい何を——」
「ほう、初見で魔力の流れを感知できるとは……。ワシは二年かかったと言うのに、恐ろしい才能とでも言うべきか」
「魔力……? 何だよ、それ……意味がわからない」
束の間、老爺の口が開いた。
『暗転』
視界が無くなった。
いや、光がなくなった。
思わず尻餅をつく。
窓の向こう側が見えない。完全に光が遮断されている。
「な、何だ!? 何がどうなってる!?」
「蝋を持ってこい」
暗闇の中、爺いの声が聞こえた。
言葉通り、俺は慌てて手探りで蝋を見つけ出して机に置いた。
コツコツと足音が近づいてきて、蝋の前で止まる。
『発火』
瞬間、何もないところに火種が生まれた。
ボウ、と蝋燭の先に火が灯る。
「何が……起きてるんだ……」
微かに明るくなった部屋の先に、老爺の怪しげな輪郭が映し出される。
「——この世界には、数え切れないほどの未知と謎が存在しておる」
『微風』
続けて言葉が唱えられると、風が吹いて火が燃え上がり宙に舞った。
「——神秘、怪奇、怪異。人には計り知ることのできないそれに、人間は様々な名前をつけようとしてきた」
突然部屋を覆った暗闇。何もないところから現れた火。閉め切りの部屋に吹き込んでくる風。
常識では考えられない現象の数々に、俺の頭は限界を迎えようとしていた。
俺は……夢でも見ているのか?
『流水』
ジュッと音を立てて、燃え上がっていた炎が蒸発する。
「そして……『解術』」
その呪文を皮切りに、闇が祓われ光のある世界へと戻った。
「——その神秘を、とりわけ今の人間は魔術と呼んでおる」
「魔、術……?」
突然視界を刺激する太陽光に目を眩まされながら、疑問の言葉を返す。
「そう、そしてこの魔術を探究し続けるものこそ『魔術師』である。つまりワシのこのじゃな」
すごいだろう。
そう言わんばかりに老爺は自慢げな顔を浮かべる。
魔術。
珍妙なその単語に、何故だか俺は惹かれるようなものを感じた。
「なあ、その魔術とやらって、闘気よりもすごいのか?」
「それはわからん。王都で聞けば、百人が百人闘気を支持するじゃろう。今の魔術の立ち位置とはそう言うものじゃ」
尋ねると、要領をえない回答が返ってきた。
「なんだよ。俺から見れば、兄さんが使う闘気より爺さんが今見せた術の方が怖いけど」
「大切なのはどちらが優れているかではない。己が心惹かれたものに、自ら歩みを寄せることじゃ。そして恐らく——」
老爺と視線が合わさった。
「魔術はお前の期待に応えられる」
意味深に吐かれた言葉が、みょうに胸を強く打ってきた。
「勇者の弟よ、精進することじゃ」
老爺は背を向けると、間も無くドアに手を欠けた。
「ああ、それと言い忘れていたことがあった」
思い出したように振り返る。
俺は眉を寄せた。
「——ゴールデンスライムの蜜はそのまま味わうのも至高であるが、塩を付け足すのも一興である」
試してみると良い。
そう言いのこして、魔術の老人は厨房を去って行った。
一人取り残された俺は慌てて調味料箱を漁る。
——見つけた。
ガラス瓶に収められた一握りの塩。
それを蜜の上にふりかけ、恐る恐る口の中に放り込んだ。
「……美味しい」
老爺は近づいてくると、皿から蜜を掬って舐め取った。
「ワシはこの甘味に目がなくてな。お前とは仲良くなれそうじゃ」
何なんだ、この爺さん。
俺は困惑した。
怒られるでも、蔑まれるでもない。
まるで、面白がっているようにすら見える。
こんな態度をしてくる奴は生まれて初めてだった。
「なあ、爺さん。あんた誰?」
「なんだ、見てわからんのか?」
窓の向こう側。
馬が豪勢な荷台に繋がれて、退屈そうに地面を蹴っている。
直後、ダリスの言っていたことを思い出した。
——確か、客が来るとか言ってた。兄さんの師範が何とか。
「爺さん、勇者候補に会いにきた師範か。それなら上にいるぞ。早く行ったほうが良いんじゃないか?」
しかし、老爺は動かない。
ますます俺に視線を向けて、考え込んでいる様子だ。
「勇者候補か。しかし、それを言うならお前も勇者候補ではないのか?」
「なんだ分かってたのか。でも、あんたは重要なところを見逃してるよ。俺は訓練を放り出して隠し事をするような不良児なんだ」
何が勇者候補だ。
俺と兄さんの間には天と地ほどの差がある。
結果は実質決まっているようなものだ。
「ならば、お前は勇者になりたくないのか?」
その質問は想定を外れた予想外からのものだった。
変なことを聞いてくる。
でも、俺には明確な答えがあった。
「なりたいわけないよ。他人のためとか叫びながら死にに行くなんて正気じゃない」
そう言うと、老爺は目を丸くした。
しばらくして、プッと間抜けた音が響く。
「ハハハッ! 確かに! 確かにお前の言うとおりじゃ! そんなの、気が狂っているとしか思えんよな」
勇者の師範がなんてことを。
てっきり蔑んでくると思っていたから、拍子抜けだ。
「勇者を導く立場が、そんなこと言って良いのか?」
「まあ、ここには誰もおらんしな」
そう言う問題ではないと思う。
「——まったく、面白い奴がいたものだ。そうじゃのう、ここは一つ面白いことを返しに見せてやるとしよう」
老爺はわざとらしく口角を上げると、袖に手を入れた。
何が出てくるかと思えば、それは木の棒切れだった。
ひょいと一振りすれば軽い音が鳴る。
「何だよ、急に——」
瞬間、ゾクゾクと違和感が体を巡った。
腕に触れる。
——鳥肌が立ってる……。
「爺さん、いったい何を——」
「ほう、初見で魔力の流れを感知できるとは……。ワシは二年かかったと言うのに、恐ろしい才能とでも言うべきか」
「魔力……? 何だよ、それ……意味がわからない」
束の間、老爺の口が開いた。
『暗転』
視界が無くなった。
いや、光がなくなった。
思わず尻餅をつく。
窓の向こう側が見えない。完全に光が遮断されている。
「な、何だ!? 何がどうなってる!?」
「蝋を持ってこい」
暗闇の中、爺いの声が聞こえた。
言葉通り、俺は慌てて手探りで蝋を見つけ出して机に置いた。
コツコツと足音が近づいてきて、蝋の前で止まる。
『発火』
瞬間、何もないところに火種が生まれた。
ボウ、と蝋燭の先に火が灯る。
「何が……起きてるんだ……」
微かに明るくなった部屋の先に、老爺の怪しげな輪郭が映し出される。
「——この世界には、数え切れないほどの未知と謎が存在しておる」
『微風』
続けて言葉が唱えられると、風が吹いて火が燃え上がり宙に舞った。
「——神秘、怪奇、怪異。人には計り知ることのできないそれに、人間は様々な名前をつけようとしてきた」
突然部屋を覆った暗闇。何もないところから現れた火。閉め切りの部屋に吹き込んでくる風。
常識では考えられない現象の数々に、俺の頭は限界を迎えようとしていた。
俺は……夢でも見ているのか?
『流水』
ジュッと音を立てて、燃え上がっていた炎が蒸発する。
「そして……『解術』」
その呪文を皮切りに、闇が祓われ光のある世界へと戻った。
「——その神秘を、とりわけ今の人間は魔術と呼んでおる」
「魔、術……?」
突然視界を刺激する太陽光に目を眩まされながら、疑問の言葉を返す。
「そう、そしてこの魔術を探究し続けるものこそ『魔術師』である。つまりワシのこのじゃな」
すごいだろう。
そう言わんばかりに老爺は自慢げな顔を浮かべる。
魔術。
珍妙なその単語に、何故だか俺は惹かれるようなものを感じた。
「なあ、その魔術とやらって、闘気よりもすごいのか?」
「それはわからん。王都で聞けば、百人が百人闘気を支持するじゃろう。今の魔術の立ち位置とはそう言うものじゃ」
尋ねると、要領をえない回答が返ってきた。
「なんだよ。俺から見れば、兄さんが使う闘気より爺さんが今見せた術の方が怖いけど」
「大切なのはどちらが優れているかではない。己が心惹かれたものに、自ら歩みを寄せることじゃ。そして恐らく——」
老爺と視線が合わさった。
「魔術はお前の期待に応えられる」
意味深に吐かれた言葉が、みょうに胸を強く打ってきた。
「勇者の弟よ、精進することじゃ」
老爺は背を向けると、間も無くドアに手を欠けた。
「ああ、それと言い忘れていたことがあった」
思い出したように振り返る。
俺は眉を寄せた。
「——ゴールデンスライムの蜜はそのまま味わうのも至高であるが、塩を付け足すのも一興である」
試してみると良い。
そう言いのこして、魔術の老人は厨房を去って行った。
一人取り残された俺は慌てて調味料箱を漁る。
——見つけた。
ガラス瓶に収められた一握りの塩。
それを蜜の上にふりかけ、恐る恐る口の中に放り込んだ。
「……美味しい」
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~
和田真尚
ファンタジー
戦国大名の若君・斎藤新九郎は大地震にあって崖から転落――――気付いた時には、剣と魔法が物を言い、魔物がはびこる異世界に飛ばされていた。
「これは神隠しか?」
戸惑いつつも日本へ帰る方法を探そうとする新九郎
ところが、今度は自分を追うように領地までが異世界転移してしまう。
家臣や領民を守るため、新九郎は異世界での生き残りを目指すが周囲は問題だらけ。
領地は魔物溢れる荒れ地のど真ん中に転移。
唯一頼れた貴族はお家騒動で没落寸前。
敵対勢力は圧倒的な戦力。
果たして苦境を脱する術はあるのか?
かつて、日本から様々なものが異世界転移した。
侍 = 刀一本で無双した。
自衛隊 = 現代兵器で無双した。
日本国 = 国力をあげて無双した。
では、戦国大名が家臣を引き連れ、領地丸ごと、剣と魔法の異世界へ転移したら――――?
【新九郎の解答】
国を盗って生き残るしかない!(必死)
【ちなみに異世界の人々の感想】
何なのこの狂戦士!? もう帰れよ!
戦国日本の侍達が生き残りを掛けて本気で戦った時、剣と魔法の異世界は勝てるのか?
これは、その疑問に答える物語。
異世界よ、戦国武士の本気を思い知れ――――。
※「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも投稿しています。
おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略
神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。
そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。
これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる