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2. 召集
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その翌日のことだった。ソルがいつものように水汲みを手伝っていると、見慣れない数人の騎士たちが、広場に馬を入れてやってきた。
兵士達の鋼の鎧の中央にも、馬の鞍のタペストリーにも、輝く太陽の紋様があしらわれている———それは、間違いなく「陽光の国」の印。
「ん?王都からの使者か…?」
と、おじさんが顔を上げ、周りの村人達もざわつき始める。
「いきなり、どうしたのかしら……」
「こんなところまでやって来るなんて、珍しいわね」
その太陽の紋章を目にした瞬間、ソルの心臓がどきりと鳴った。
15年前、父が戦場に赴いた、あの時のことが蘇る。あの日も、このように突然数人の使者達がやってきて、父に告げた。
『魔王軍が、南で不穏な動きを見せている。間もなく、大きな戦争が起こるだろう』
王都から派遣された兵士達の言葉に、村人達はしんと静まり返った。
『国は兵士を集めている———そして何より、「陽光の印」を持つ者が必要だ』
父の、オレンジの髪が微かに風に揺れるのを、少年ソルは見上げた。
『そうですか……』
父は、あまり驚くことなく、そう呟いた。
何か不穏な気配を感じたソルは、『父さん、』と声をかけようとしたが、父はその頭にポン、と優しく手を置いて言った。
『ソル。……父さんは、お前たちを、村を守ると誓った。陽光は、大地を照らすためにあるんだ』
その瞳は優しかったが、その奥には固い意志が、まるで炎のように静かに燃えていた。使徒たちの話を聞いて、事態が深刻であることを悟った父は、やがて、招集に応じることを決めた。
ソルと父は「いざという時のために」と、戦いの鍛錬をしていた。そして父は、太陽の光を自在に操ることができた。しかし、それを誇示することも、ソルに強制することもなかった。
父は、翌日に出発した。最初はしきりに反対していた母も、父の固い意志を前に、引き留める術はなくなってしまった。見送りの際、母が微かに震えていたのを覚えている。
『ソル、お前の中にも太陽がある。決して、忘れるな』
それが、父の最期の言葉になるとは思わず、少年は「うん!!」と元気に頷いた。
『お父さんは……光の勇者だ。アルヴィーンより、カッコいいよね!』
馬に乗って、遠くなっていく父の背を見つめ、ソルは興奮して、母を振り返った。しかし母は、まだ小さな妹のルナを抱きかかえ、曖昧な顔をして『ええ、そうね』と微かに寂しげに微笑んだ。
「ソル・ルークはいるか」
遣いの者の1人が、馬に乗ったままザッと辺りを見渡し、ソルに視線を留めた。
「……お前か」
その燃えるようなオレンジの髪と瞳は、よく目立つ。それは太陽からの恩恵であり、力を秘めている者の象徴。
しかし、ソルは反射的に俯いた。
彼らがこんな片田舎までわざわざ赴いたのは、あの「ヴァン・ルーク」の息子、すなわち自分を探しに来たためだろう。
(でも、俺には、力がない。父のような者を、彼らが期待していたとしても……)
「ソル・ルークは俺です」
ソルはやがて顔を上げて言ったが、その声には張りがなかった。
「王都で、何かあったんですか」
問うと、兵士の1人が堅い口調で答える。
「ああ。大々的な戦争を未然に防ぐため、魔王討伐の令が国中に出ている。先代の魔王の力は衰えたが、最近になって、若い魔王が玉座についたと、偵察から報告が入った」
周囲の村人たちが、ざわついた。皆の顔に、不安がよぎる。
『闇の淵』———それは「陽光の国」の南に広がる、闇の領土。あらゆる邪悪な魔族と魔物が巣食う、深い霧と険しい山々に覆われた、果てしない深淵。
それは「陽光の大地」にとっての、長年の脅威となっていた。魔族の根絶のため、王都は各所から勇者や屈強な戦士、討伐パーティを集めているのだ。
「あのヴァン・ルークのような、『陽光の勇者』が必要だ」
騎士が、ソルを真っ直ぐに見つめ、王からの命令を告げるように言う。しかし、ソルは微かに唇を噛んだ。
守りたい。国を、大事な人々を。小さい頃から、ずっと憧れてきた。かっこいい勇者になって、魔王を討伐すること。父のように、あの大きな背中を追いかけて——————
「ソル兄!」
今しがた村に帰ってきたルナが、使者たちを見て、何かを察したように走り寄った。
「国からの、招集……?」
ルナはあの頃まだ幼かったが、父の時と同じく、何か異様な空気を察したのだろう。
ソルは静かに、無言で頷いた。国が自分を必要としているのは嬉しい事だというのに、父のように、すぐに応じられない自分が悔しかった。
その夜、兵士たちはソルの返事を待つために、宿へ泊まった。しかし、彼らの期待は明らかだった。
「ねえソル兄、あたしの占いは当たるよ」
夜、ルナがカードを持って部屋へやってくる。一見脈絡がないように思えたが、ソルにもわかっていた。昼間のこと……今回の召集のことを言っているのだろう。
「ああ、知ってる。お前は月の力をよく扱える」
ソルは、父から受け継いだ剣を前に静かに座りながら、呟くように返す。
「でもね、占いには、凶は出なかった」
ルナははっきりとした口調で言った。
「お兄ちゃんの運命を変える。でも、決して悪いことじゃない」
ソルはそれを聞いて、ふっと笑う。
「……そうか」
「知ってるよ。お兄ちゃんが、本当は行きたがってるの」
妹には、なんでもお見通しだったらしい。
母は、ソルを止めなかった。母もきっと、妹と同じことを思っていたのだろう、彼女は夕食の席で、静かにソルを見つめて言った。
「貴方が、『呼ばれている』と感じるなら—————それに従いなさい」
子どもの時、あの物語を聞かせてくれた、優しい母の微笑みで。
「母さんは、ルナも、貴方のことも信じてる。『アルヴィーンよりカッコいい、陽光の勇者』になりたいなら、私はあなたを止めない」
夜の静けさの中、ソルは1人ベッドの上で天井を見つめていた。
「『陽光の勇者』、か……」
新たな魔王は、すでに魔物を招集し、不穏な動きを見せていると聞いた。父さんが戦った、あの戦争。彼らがあそこで引き留めなければ、魔物は各地を徘徊し、とうに王都への侵略を始めていただろう。
村を、家族を守りたい。俺に、もしできるなら。
「いや……やるんだ。俺が」
そんな呟きが、夜の闇に響く。その声にはもう、迷いはなかった。
兵士達の鋼の鎧の中央にも、馬の鞍のタペストリーにも、輝く太陽の紋様があしらわれている———それは、間違いなく「陽光の国」の印。
「ん?王都からの使者か…?」
と、おじさんが顔を上げ、周りの村人達もざわつき始める。
「いきなり、どうしたのかしら……」
「こんなところまでやって来るなんて、珍しいわね」
その太陽の紋章を目にした瞬間、ソルの心臓がどきりと鳴った。
15年前、父が戦場に赴いた、あの時のことが蘇る。あの日も、このように突然数人の使者達がやってきて、父に告げた。
『魔王軍が、南で不穏な動きを見せている。間もなく、大きな戦争が起こるだろう』
王都から派遣された兵士達の言葉に、村人達はしんと静まり返った。
『国は兵士を集めている———そして何より、「陽光の印」を持つ者が必要だ』
父の、オレンジの髪が微かに風に揺れるのを、少年ソルは見上げた。
『そうですか……』
父は、あまり驚くことなく、そう呟いた。
何か不穏な気配を感じたソルは、『父さん、』と声をかけようとしたが、父はその頭にポン、と優しく手を置いて言った。
『ソル。……父さんは、お前たちを、村を守ると誓った。陽光は、大地を照らすためにあるんだ』
その瞳は優しかったが、その奥には固い意志が、まるで炎のように静かに燃えていた。使徒たちの話を聞いて、事態が深刻であることを悟った父は、やがて、招集に応じることを決めた。
ソルと父は「いざという時のために」と、戦いの鍛錬をしていた。そして父は、太陽の光を自在に操ることができた。しかし、それを誇示することも、ソルに強制することもなかった。
父は、翌日に出発した。最初はしきりに反対していた母も、父の固い意志を前に、引き留める術はなくなってしまった。見送りの際、母が微かに震えていたのを覚えている。
『ソル、お前の中にも太陽がある。決して、忘れるな』
それが、父の最期の言葉になるとは思わず、少年は「うん!!」と元気に頷いた。
『お父さんは……光の勇者だ。アルヴィーンより、カッコいいよね!』
馬に乗って、遠くなっていく父の背を見つめ、ソルは興奮して、母を振り返った。しかし母は、まだ小さな妹のルナを抱きかかえ、曖昧な顔をして『ええ、そうね』と微かに寂しげに微笑んだ。
「ソル・ルークはいるか」
遣いの者の1人が、馬に乗ったままザッと辺りを見渡し、ソルに視線を留めた。
「……お前か」
その燃えるようなオレンジの髪と瞳は、よく目立つ。それは太陽からの恩恵であり、力を秘めている者の象徴。
しかし、ソルは反射的に俯いた。
彼らがこんな片田舎までわざわざ赴いたのは、あの「ヴァン・ルーク」の息子、すなわち自分を探しに来たためだろう。
(でも、俺には、力がない。父のような者を、彼らが期待していたとしても……)
「ソル・ルークは俺です」
ソルはやがて顔を上げて言ったが、その声には張りがなかった。
「王都で、何かあったんですか」
問うと、兵士の1人が堅い口調で答える。
「ああ。大々的な戦争を未然に防ぐため、魔王討伐の令が国中に出ている。先代の魔王の力は衰えたが、最近になって、若い魔王が玉座についたと、偵察から報告が入った」
周囲の村人たちが、ざわついた。皆の顔に、不安がよぎる。
『闇の淵』———それは「陽光の国」の南に広がる、闇の領土。あらゆる邪悪な魔族と魔物が巣食う、深い霧と険しい山々に覆われた、果てしない深淵。
それは「陽光の大地」にとっての、長年の脅威となっていた。魔族の根絶のため、王都は各所から勇者や屈強な戦士、討伐パーティを集めているのだ。
「あのヴァン・ルークのような、『陽光の勇者』が必要だ」
騎士が、ソルを真っ直ぐに見つめ、王からの命令を告げるように言う。しかし、ソルは微かに唇を噛んだ。
守りたい。国を、大事な人々を。小さい頃から、ずっと憧れてきた。かっこいい勇者になって、魔王を討伐すること。父のように、あの大きな背中を追いかけて——————
「ソル兄!」
今しがた村に帰ってきたルナが、使者たちを見て、何かを察したように走り寄った。
「国からの、招集……?」
ルナはあの頃まだ幼かったが、父の時と同じく、何か異様な空気を察したのだろう。
ソルは静かに、無言で頷いた。国が自分を必要としているのは嬉しい事だというのに、父のように、すぐに応じられない自分が悔しかった。
その夜、兵士たちはソルの返事を待つために、宿へ泊まった。しかし、彼らの期待は明らかだった。
「ねえソル兄、あたしの占いは当たるよ」
夜、ルナがカードを持って部屋へやってくる。一見脈絡がないように思えたが、ソルにもわかっていた。昼間のこと……今回の召集のことを言っているのだろう。
「ああ、知ってる。お前は月の力をよく扱える」
ソルは、父から受け継いだ剣を前に静かに座りながら、呟くように返す。
「でもね、占いには、凶は出なかった」
ルナははっきりとした口調で言った。
「お兄ちゃんの運命を変える。でも、決して悪いことじゃない」
ソルはそれを聞いて、ふっと笑う。
「……そうか」
「知ってるよ。お兄ちゃんが、本当は行きたがってるの」
妹には、なんでもお見通しだったらしい。
母は、ソルを止めなかった。母もきっと、妹と同じことを思っていたのだろう、彼女は夕食の席で、静かにソルを見つめて言った。
「貴方が、『呼ばれている』と感じるなら—————それに従いなさい」
子どもの時、あの物語を聞かせてくれた、優しい母の微笑みで。
「母さんは、ルナも、貴方のことも信じてる。『アルヴィーンよりカッコいい、陽光の勇者』になりたいなら、私はあなたを止めない」
夜の静けさの中、ソルは1人ベッドの上で天井を見つめていた。
「『陽光の勇者』、か……」
新たな魔王は、すでに魔物を招集し、不穏な動きを見せていると聞いた。父さんが戦った、あの戦争。彼らがあそこで引き留めなければ、魔物は各地を徘徊し、とうに王都への侵略を始めていただろう。
村を、家族を守りたい。俺に、もしできるなら。
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