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7. 正々堂々
しおりを挟む『ほうら、アルガちゃん。お手当しましょ~~♡』
『母さ、ん……?』
『アルガはね、ママの血をちょ~~受け継いでるから、腐食前の死体みたいに美しいわよお』
『なんか、例えが微妙……』
『え?褒めてる褒めてる。死体ってキレイよ?タナトスとエロスっつーやつよ。あと、アンタはめっちゃ感じやすいのよ、全身性感帯ッ♡』
『セイ、カンタイ…?』
『ふふ。ピュアっ子ね~!熟れるわよお大人になったら♡トロットロに溶かしてくれる相手に出会えるといいわねえ~』
「待って、母さん————トロトロって、な、に……行かないで、母さん」
アルガは朦朧とした意識の中で、母の名を呼んでいた。母は隙あらば「陽光の国」に出かけて、あらゆる人間の夢の中に潜り込み、仕舞いには帰ってこなくなった———絶世の美女であり最強の淫魔。
ここにはいないはずなのに……なぜか温かくて、身体がフワフワする。とても、温かくて、安心する。
『フンフンフ~ン、人間のオトコ~さいっこ~~♩ 蕩けるテ~クニック、楽園ピ~クニック~♩』
記憶の底で、不思議な子守唄が鳴り響いている。厳しい父に叩かれた後、母は優しく手当してくれた————
「う……テクニック……ピクニック……」
「いや、お前の寝言面白すぎんだろ」
どこからか、母とは違う声が聞こえた。
アルガはうっすらと目を開ける。いつの間にか、当たりが明るくなっている。といっても、闇の領土には日光は刺さず、ぼんやりとした曇り空だが、夜ではないことは確かだ。
「お、起きた」
すぐ隣から、声がかかった。燃え上がるようなオレンジの髪、興味深そうにこちらを覗き込む瞳。まだ働かない頭で、しかし見覚えのあるその顔を、数秒眺める。
「………」
しばしの沈黙があった後、記憶が一瞬で蘇った。
「……!?」
思わず、バッと起き上がり、距離を取る。
こいつ、あの勇者————!!
即座に爪が伸びる。戦闘体制に入ろうとしたが、すぐにズキン、と頭に痛みが走り、アルガは顔を歪ませた。
「おいおい、急に起き上がんなって」
そのオレンジ髪の勇者は、こちらを心配そうに伺っており、事態の整理が追いつかない。
———なぜだ?殺意が感じられない。光の剣はどうした、確か、あれを首元に当てられて……
「あー、なんかさ、魔族の身体ってよくわかんねえから。なんかでも、熱?っぽかったからとりあえず冷やしといた」
まるで自然な感じで言う男。その手には水で濡らした布が握られている。訳がわからず、辺りを見渡したが、そこはいつもの自分の部屋だ。唯一異様な光景は、この目の前の男と、横のテーブルに置かれた……水の樽?
「お前、何して…」
言葉が出てこない。なぜだ?死んでいない。それどころか、少し身体が軽くなっている気さえする。
「何って……まあ、看病的な?安心しろ、妹が熱出してた時よく看てたから」
「は?……は?————は?」
「3回言ったな」
ふっと笑って、なぜかどうでもいいツッコミをする、「勇者」。
「もうちょい冷やしたら、多分マシになると思……」
その大きな腕がこちらに伸びてきた瞬間、アルガは反射的にバッと払い除けた。
「触るなっ!!」
相手は、一瞬動きを止めたが、その後ふと気まずそうに頭を掻いた。
「いや、まあ。俺もこんなことになるとは思ってなかった」
「———どういうことだ。毒の水で窒息させようというのか!?」
「発想が不穏なんだよお前……」
勇者は呆れたようにこちらを見つめる。
「違うって。あのさ、お前倒れただろ?多分、魔力が尽きて限界だったんだろ」
あの時のことが思い出される。そうだ、俺は全力で戦ったのに、結局魔力の配分を間違えて、こいつに負けた……
「そんな奴の首取るのはなんか違うだろ。それこそ卑怯だ」
何も言えずにただ動揺の色を浮かべるアルガに、ソルははっきりと言った。
「俺は、正々堂々とやりたい。お前が回復したらまた討伐してやるよ」
「お前、馬鹿なのか?」
「おい」
「今すぐ殺してや————」
「あ、そうだ。俺、ソル・ルークね。お前は?」
「名乗るタイミング違うだろ!!」
「いやこーゆーのってタイミング逃したら永遠に聞けないやつじゃん」
「知らねーよ!!」
「魔族にも名前あんだろ?」
そう言われ、アルガはふと父の教えを思い返す。
……そうだ、父さんが言っていた。戦う前に、『我が名はアルガ=ルシフェル=ノクターン!!お前が最期に知る王の名だ、さあ、我の前にひれ伏せ!!』的なことを言って倒せと——————いや、んな恥ずかしいこと言えるかよ。
「んー、じゃあとりあえず『マオー君』か」
「やめろ!!!知能が低い!!」
「じゃ、教えろよ」
「………」
だめだ、完全にペースを持ってかれている、いやしかし、マオー君と呼ばれるわけには行かない。
「我が名は、アルガ=ルシフェル=ノクターン。アルガ様と呼べ!!」
アルガは背を伸ばして言い放ったが、なぜかベッドの上だと格がつかないことに気づく。
「おお、かっけえじゃん。アルガな」
ソルはそう言って、ニカッと笑った。
……最後に、誰かの笑顔を見たのはいつだろうと、一瞬そんなことを考えたが、アルガはすぐにそれを打ち消す。
「貴様は能天気野郎か!?筋肉だけでここまで来たんだろ」
「お前、皮肉だけは一丁前だな」
「今すぐ出ていけ、消えろ」
「ああ、無理。なんか闇の森の地形が完全に変わってて帰れねえ」
「……」
闇の森は、生き物のように蠢き、定期的にその姿形を変える。だからこそ、勇者たちも地図を作れず、その迷路に呑み込まれるのだ。
「お前しきりに帰れっていうけどさ、あの森どーにかしてくんないと。あ、あとついでにダンジョンもリフォームした方が……」
「ダンジョンはもういいだろが!!」
ツッコミだけで疲れる、なんなんだこの男……と、アルガが呆然と荒い息をついていると、トン、と不意打ちで優しくおでこを押される。途端、身体がポスン、とベッドに沈んでいた。
「寝とけよ、元気になったら戦ってやる」
勇者はニッと笑って、立ち上がった。
「ど、どこに行く……」
「城の周りランニング。やることないし」
「意味がわからない……」
「いや、鍛えるの大事っしょ。お前も元気になったら備えとけ」
グッと、サムズアップして、そのまま部屋を出ていくソル。ツッコミどころがありすぎて、アルガは半ばヤケになっていた。
もういい、とりあえず無視だ、あんなやつ。そうだ、父さんが眠りから覚めたら、父さんに殺ってもら—————
とそこまで考え、首を振る。その前に自分が殺される可能性のほうが高いだろう。
アルガの父は、魔力を取り戻すために、城の奥深くにて一時的な仮死に入っている。これは勇者には明かせない情報だ。
父さんが1ヶ月後に目を覚ます前に、あいつを一刻も早く始末して、その首を父さんに献上する……
アルガはそう心に決めるが、頭はぼーっとして、身体もうまく動かせなかった。癪だが、今は休んで、体力を回復するしかない。
テーブル横に置かれた、冷たい水と布が目に入る。それはなぜか、火照った身体を癒してくれるようで、心地よかった。母さんの、手当てを思い出す。
アルガはそっとその布をとり、額に当ててしばらく天井を見つめていたが、数秒後、「は?」と大声を上げて、床にそれを叩きつけた。
「絶対始末してやる、魔力が戻ったら、あんな奴……!」
アルガはまだ知らない、ソルの本当の力を。そして数週間後、他でもない、「陽光の印」を持つ勇者に、なぜかベッドに押し倒されていることなど。
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