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8. 恋バナ
しおりを挟む「アルガって、いうのか……」
ソルは、相変わらずの曇り空を見上げながら、ポツリとつぶやいた。想像していた悪の魔王像と、全く違うどころか、意外と感情豊かで、なぜかずっと見ていたくなってしまう。
「ふはっ、あいつのツッコミ冴えてたな」
ソルは城の周りを駆けながら、思わず笑いを溢す。村では、ソルに的確で鋭いツッコミを入れてくれるのは、妹のルナだけだったような気がした。
それにしても、アイツ—————
と、ソルは無意識に速度を緩め立ち止まっていた。
初めて彼の姿を認めた時。一見すると、「闇の王」という名に似合う、威圧感のある高貴さと、冷酷な視線が突き刺さった。しかし同時に、どこか危うい儚さがチラつく。それはまるで、闇の中で独り咲く、繊細な花のようで。
複雑な色を見せる、アメジストの瞳が、頭から離れない。怒りや悲しみ、虚無、羞恥、そして何かへの強い「切望」。
あれは何なのだろう。今まで、どんな人生を送ってきたのだろう。
「そういや魔族って、家族いんのかな」
魔王を討伐すると心に決め出発した時には、考えもしなかったことを考えている———という自覚もないまま、ソルはまた走り出し、二周目に入っていた。
「いやでも……魔王はやっぱり討伐、するべきだよな」
フッフッ、と規則的な息をついて城の周りを回る。見たことのない禍々しい草木に囲まれ、陽光の降り注ぐ故郷のランニングコースとは似ても似つかない。
この闇の領土を制圧することが、国が求めていること。そして、ソルがここまでの長い道のりを必死に歩んできた理由。シュナイゼン師匠も言っていた。躊躇えば、一瞬の隙を突かれて、こちらがやられる。
……でも、あいつは、こっちの隙をついて来なかった。冷酷を装っているのに、いざトドメを刺せるという時に、誰よりも複雑な表情を見せる。
「なんか、違えんだよな。魔王なんだけど魔王じゃねえ」
それに、さっき……
と、ソルはなぜかそこで、先ほど熱にうなされていたアルガの、少年のような無拓な顔を思い出す。半開きの口が、何か物欲しそうで、「トロトロに、溶かされるって———」と謎の寝言を口走っていた。
それを思い出すと、なぜか心がざわつきはじめる。
「……変だよな、アイツ。いや、俺が変なのか?」
うーん、と唸りながら走っていたが、足が重くもつれていき———
「あ、やべ。腹減った」
そう呟きながら、ソルは突然バタリと地面に倒れた。思えば、魔王城に入る前に一欠片の非常食を口にしただけで、もう1日以上食べていない。
「人間の食い物とかあんのかな————イモリとかコウモリとかは食べたくねえ」
いや、最悪の場合、得体の知れない謎の肉とかしかなかったどうするんだ。ああ、水に毒とか入れられたら終わるな……こっそり食べ物を盗むしかないか、と曇り空を仰いで思考を巡らせていたソルだが、残念ながら頭より先に身体が動くのが、この勇者である。空腹時は、さらに。
「魔王城、探検してみるか。やっぱ、勇者だし。攻略は必要だよな」
◆
ガシャーーーンッ!!と大きな音がして、高級そうな皿が床に砕け散った。メイド風の服———にしては露出が多いが———妖艶な美女が、唖然としてこちらを見つめている。
「ゆ、ゆゆゆ、勇者—————!?」
口をパクパクしながらも、その豊満な身体を震わせる。
ソルは、魔王城の食糧庫に忍び込んでいた。思ったよりちゃんとした食べ物があることに安心しながらも、空腹に耐えられずにガッツいていたところ、誰もいないと思っていた魔王城に、いきなり豊満な美女が現れたのだ。
「あ……すんません、ちょっとお邪魔してます」
ソルも最初こそ驚いたが、特に女の身体に目を奪われることなく、ペコリと頭を下げた。乾パンを齧り、ソーセージを片手に。
「なっ—————!」
謎の美女はしばらく震えていたが、そこで、ハッとしたように我に帰り、なぜか「コ、コホン」と切り替えるように咳払いをしたかと思うと、急に艶かしい視線でソルを見つめた。
「ねえちょっと、坊ちゃん……何してるのよ、こんなところで?」
腰をクネクネさせて近寄り、その白い手をそっと彼に寄せるが、ソルは、それをやんわりと払い除ける。
「あーー、何、もしかして淫魔ってやつ?」
面倒臭そうに呟くソルに、女は心の中で「はあ!?」と憤怒する。
「ちょ、ちょっと。こっち向きなさいよ!!あたしのフェロモンに絡め取られて精液吸われて死になさいよ!!」
「めっちゃ直球……」
ソルは苦笑いを浮かべて、身を引きながらも、なおもモグモグと口を動かす。
「つーか、何勝手に盗み食いしてんのよ!!このネズミ!!」
「いやごめんって。ちょっと流石にお腹空いてさ。ここ、もぬけの殻だと思ってたから」
「ア、アルガ様は!?アルガ様はどうしたのよ!この城が崩壊していないということは、まだアルガ様はご存命でいらっしゃるわ!まさか監禁して羞恥プレイで身体の芯まで堕として喘がせて————」
「全部エロい方に考えるなっての!」
淫魔ってみんなこうなのかよ————と、ソルはため息をつきながらも、そばにあった水の瓶を持ち上げて「これ、飲料水だよな?」と呟きながらも、クンクンと匂いを嗅いだあとに一気に喉に通した。
「いやもっと警戒しなさいよ!!」
「や、こう見えて俺結構胃強いから、ダイジョブ」
「胃に自信持つな!」
「魔族って結構、普通なんだな」
ソルはそう言って、ニカっと明るく笑った。
「アルガもさ。倒そうと思ったんだけど、アイツが先にぶっ倒れて。でも気失ってるヤツ殺しても、なんかスッキリしねえだろ。体調悪そうだったし、とりあえず看病して寝かした」
と、ソルはサラッと説明するので、彼女はしばらくポカンとしていたが、やがて小さく声を漏らす。
「アンタ、バカなの?」
「みんなしてバカバカ言うな」
「わかってんの?アンタ今敵ボス領地の中枢にいんのよ?アルガ様が倒せなくても……」
淫魔は言いながら、またふっと雰囲気を変えて、ソルに擦り寄った。
「あたしが堕としてあげるわ……あんたの欲望、ぜぇんぶ、叶えてあげる。ね、勇者サマ♡ もう現実見なくていいのよ……?」
わざと豊満な胸をぎゅっと寄せて見せたが、ソルは見向きもしないどころか、目を細めて淡々と言った。
「あーごめん、俺そういうの興味なくて」
「………」
「いや、魅力的だとは思うよ?でも違うんだよな。もっと他のやり方あんじゃね?」
「ほ、他のやり方……?」
「そうやって演技してる時より、素直に怒ってる時の方が可愛いと思うけどな」
ソルの何気ない言葉に、淫魔の顔が、途端に赤くなる。
「なっ、……!」
「俺の妹が月占いやっててさ、モテる秘訣とか教えてくれんの。俺は興味ねえけど、あんたなら何かに使えるんじゃね?」
「モ、モテる秘訣……?」
淫魔は、思わず呟いていた。初めてのことだった。自分が拒否されたのも、そして、「モテる秘訣」を教わるのも。
「そうそう、だから好きな気持ちには素直になった方がいいって」
「そうなのかしら———……」
「身体じゃなくてさ、心を通わせた方がいいと思う」
「心を……」
「人生一度きり。後悔しない恋をしろ。って妹が言ってた」
「一度きり、ね。そうかも」
「淫魔って偏見あるかもしれないけど、俺はその人間の男との恋、行けると思う。だって誠実そうじゃん」
と、なぜか淫魔————ミレーナというらしい————の恋相談に乗っていた時、後ろでガタン、と音がした。振り返ると、アルガがふらついた身体で扉に寄りかかりながら、信じがたい顔で眉を寄せていた。
「お前ら、何で————」
「アルガ様っ……!!お身体は———」
ミレーナはすぐに駆け寄ったは、アルガは相変わらず冷たく言う。
「いい、触れるな」
「アルガ!まだ寝てろよ」
ソルが声をかけるが、アルガは事態の異様さに追いついていない。
「どういうことだミレーナ……貴様、寝返るのか」
「ア、アルガ様、これはその————!」
慌てるミレーナに、アルガは舌打ちをした。何だって、この勇者はかき乱すんだ。今まで相対してきたどんな奴より、タチが悪い。
「淫魔に恋バナは御法度なんだよアホが!」
「え、アルガ様、あたしのこと心配して……?」
「変な侵入者に絆されるな!!こいつこそ魔王だぞ!」
「でも、めっちゃ参考に……」
「あーもう!!!ってか、腹減ったんだよアホが!!」
と、アルガはやがてヤケになったように、叫んでいた。ソルにペースを乱されないためにも、エネルギーがいるという皮肉である。
「あら~♡今すぐご用意いたしますわ♡」
「お。腹減ったのは、回復の兆しだな、よかった!」
「るせええっ!!」
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