魔王サマの光堕ち 〜父の期待に応えて魔王をやってますが、勇者が俺を倒さないどころか溺愛してくる〜

宇地流ゆう

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9. 奇襲

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 木々がざわめいた。音のない影が忍び寄り、突然、首元を真っ直ぐに狙ってくる。

 ソルはその殺気を瞬時に察知し、自分の首に伸びる白い手を掴んでグイッと引き寄せた。

「っ……!」

 不意打ちのはずだった素早い攻撃が、一瞬にして封じられたことに、アルガは内心焦る。こいつ、体力の回復が早い—————!

「へえ、奇襲?ズルくね?」

 ソルは余裕の笑みを浮かべながら、アルガを見下ろす。アルガは必死に腕を振り払おうともがきながら、噛みつくように、喚いた。

「離せ、クソ勇者!」

「だから、ソルって呼べよ」

「知るか!!今から殺す奴の名前なぞ!」

「剣持ってなくても、拳の方が強いからな、俺。肉弾戦で負ける気がしねえ」

 そう自信ありげに言いながらも、ソルはアルガの手を力強く握り締めて離さない。

「こ、の……!」

 アルガはもう片方の手で魔弾を作ろうとするが、魔力がまだ回復していないせいで、それは弱々しく小さかった。

「無理すんなって」

「五月蝿い!」

 無理やり、その中途半端な魔弾をソルに撃とうとしたが、素早くその手も封じられる。抵抗する間もなく、足を引っ掛けられ、アルガはあっけなく地面に倒れていた。

「っ……!」

「なあ、なんでそんなに俺を倒したいんだよ」

 城のはずれ、湿った地面の上に完全に組み敷かれ、ソルの引き締まった端正な顔に見下ろされる。それは、憎いはずの敵の顔だ。

「お前が倒すべき相手だからだ、お前も俺を倒すために来たんだろうが!」

「……始めはな」

「揶揄うのも大概にしろ!!お前は、父さんが起きる前に必ず俺が—————」

 その勢いで、言ってはいけないことを口走ってしまったことに気づき、アルガはハッと口を噤む。

「父、さん…?先代魔王って生きてるのか?」

 ソルにとって、初めて知る情報だった。アルガは彼を睨みつけ、脅すように言った。

「……ああ、生きてる。俺なんかより、数倍力強くて恐ろしい。お前なんか、指一本で倒せる」

「待てよ、魔力強い父さんが生きてるんなら———なんでそいつが出てこないんだよ。さっき、『起きる前に』って言ってたが、寝てんのか?」

「……仮死状態に入っている。目覚めたら、お前も俺も地獄に落ちる」

 アルガは、もはや諦め半分に、そう低く言った。そうだ、きっとそれがいい。どうせ2人とも死ぬ。でも、俺と一緒にこの厄介な勇者が葬られれば、もう本望だ。

「何で、『俺も』なんだよ」

 ソルは、言葉の中の違和感に気づいて首を傾げた。対してアルガは、それを冷たい瞳でを見上げながら淡々と言う。

「父さんは俺を許さない。お前を倒せなかったことを知ったら、俺は消される」

「……は?」

 そこでソルは、初めて険しい顔になった。そして、なぜか苛立ったように返す。

「んだその理不尽なやつ。本当に父さんか?」

「お前は、魔族を知らない」

 アルガは鋭いため息をついて言葉を被せた。

「どうせ頭お花畑の、平和ボケした家庭で育ったんだろ。父さんは俺を、『使えるかもしれない』ただの血筋と思ってる。俺が失敗すれば、もう存在意義はない」

 淡々と言いながらも、アルガの瞳が微かに潤んでいった。一見阿保そうなこの勇者に、自分が勝てないということを、薄々悟ってしまっていた。
 単純な力の差だけではない、彼のこちらを見つめてくる瞳が、態度が、全てを鈍くさせていく。絶対的な光の前で、あっけなく自分の存在が消えていく感覚がした。

「………お前、やっぱ魔王らしくねえ」

「は?」

「だって、そんなに葛藤して苦しんでんのは、お前に心があるからだろ。父さんに道具としてしか見られてなくて、傷ついてる」

 アルガは微かに目を見開き、黙ってしまった。そのオレンジの瞳に射抜かれると、何でも見通されてしまう気がした。

「ずっと考えてた。お前が何でそんなに焦ってんのか、俺を殺すことに執着してるのか……」

 ソルは真っ直ぐにアルガを見つめながらも、やがてぽつりと呟いた。

「倒すべき魔王、お前じゃないかもな」

「っふざけるな!!俺では相手にならないと———」

「違う。お前は十分強えよ」

「……」

 ソルの瞳は真剣そのもので、それが逆にアルガを混乱させた。何が言いたいのかわからず、眉を寄せていると、静かな言葉が落ちていた。

「でも、俺のなりたい勇者は、お前を倒すような奴じゃない」

「何を、言って……」

「皆んなの言うスゴイ勇者とか英雄とか……正直よくわかんねえ。でも、俺は俺の心に従う。俺の中には『太陽』があるって、父さんが言ってたから」

 太陽———。

 ソルの瞳の中に、確かに煌々ときらめくものを見て、アルガは微かに息を呑んだ。

 太陽など、見たことはない。明るいのだろうか?きっと、とても眩しいのだろう。熱く燃えるように、でも同時に温かくて……

「太陽の魔法は使えねえけどさ、お前を笑わせるくらいはできると思うんだよな!」

 ソルはそう言って、ニカッと笑った。その眩しい笑顔に、アルガはもはや何も言い返せなくなっていた。

「意味が、わからない……」

 妙にざわつく気持ちが、段々と大きくなっていき、視線を逸らしたくなる。

「まあとりあえず、父さんが起きるまで、この城に置いてくれよ」

 と、次の瞬間にはソルは軽いノリで言うので、ツッコまざるを得ない。

「は?誰が勇者を泊まらせるか!」

「いや~、ミレーネの作る飯、美味しくって」

「胃袋掴まれてんじゃねえ!」

「それに、もっと知りたい」

「?」

「お前のこと」

 心臓が、どきりとなった。その凛々しい顔が、アルガを見下ろす。こんな瞳で見つめられたことは、今までなかった。握られた腕が、熱くなっていく気がする—————

「離せ、いい加減!」

「いいけど。もっかい襲おうとしたら、もっかい押し倒すからな」

「魔力が全回復したら、お前なんて指先で……」

 と、その時。ソルは不意に顔を近づけて、悪戯をしかけるように、アルガの耳元に、フッと息を吹きかけた。

「ひあッ…!」

 ゾワリとした感覚に、アルガは思わず声を上げていた。

「ハハッ!何だ、魔族でも耳くすぐったいのな」

「っ…黙れ!殺す!!!」

「顔赤いぞ?」

「なっ…!」

 顔を隠したくても、両腕を掴まれているせいで、何もできない。逃げ場がなくなり、アルガは思わず視線を逸らして震えた。


 ソルは、そんなアルガを見下ろしながら、微かに胸がざわつくのを感じた。

(意外と可愛い顔、すんだよな、こいつ……)
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