魔王サマの光堕ち 〜父の期待に応えて魔王をやってますが、勇者が俺を倒さないどころか溺愛してくる〜

宇地流ゆう

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10. 上書き 【R18】

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「アルガ様……」

 潜めたような声が、闇の中から響いた。アルガは途端、ビクッと肩を強張らせて振り返る。夜の魔王城、廊下には黒い影しかない。

「お前ら—————」

 あの時、城の前でソルに敗れた門番たちだった。彼らは中級魔族であり、光の剣でやられようと、トドメを刺されなければ死なない。

「アルガ様の作戦は、実に巧妙です」

 暗闇から、ぼんやりと灰色の手が覗き、その姿を表した。陰謀を画策するような、怪しい響きがアルガの耳にひたりと忍び寄る。

「……?」

「あの勇者をここへ住まわせ油断させたところ、寝首を掻いて息の根を止めるのでしょう?」

 その言葉に、アルガはハッとした。……それが本来の目的だ。魔王として部下に権威を示し、父の留守を守るためにも、真っ当な策。

 ———目を閉じる度にチラつく、あのオレンジの髪や屈託のない笑顔。これ以上惑わされないように、さっさと消さなければ。そう、それがきっと正しい。

「……ああ、そうだ」

 アルガは冷たく低い声で、真っ暗な廊下を歩きながら頷いた。

「それではアルガ様、我々にお任せください」

「なぜお前たちが」

「アルガ様がまた魔力をお分けくださいましたら、必ずや我々が闇から仕留めましょう」

「っ……」

 魔力を分け与える、その言葉を聞いた瞬間、再び身体が緊張する。

「お前たちは一度敗れているだろう、俺の魔力を与えたというのに、恥晒しめ!!」

 アルガは足を止め、暗闇に向かって怒鳴った。が、返ってくるのは、くつくつと喉を鳴らすような不気味な声。

「ええ、ですから奇襲が効くのですよ。あの者は、すでに我々は死んだと思っている—————魔力の戻ったアルガ様だけを、警戒している。今が好機です」

 それを聞きながら、アルガは複雑な気持ちになっていた。確かにその作戦は、見込みがある。俺が、前よりも、もっとたくさん魔力を与えれば……

 しかしなぜか、足が震えた。廊下に立ち尽くし、しばし沈黙する。

「ああ……お可哀想に。お父上のお目醒めが近く、よほどのプレッシャーを抱えていらっしゃるのですね?」

 灰色の魔族の1人が、優しい声でねっとりと絡めとるように、背後からアルガをそっと抱きしめ、そして、するりとその震える太腿に手を滑らせる。

「やめっ———」

 アルガは瞬間、ビクリと身体を揺らした。しかし、行く手を阻むようにもう1人が前に現れ、アルガの頬を包む。

「魔力をください、アルガ様———私たちがきっと必ず」

「違う、お前たちは役立たず……あッ…!」

 アルガの反発はすぐに、身体中を這ういくつもの手によって、遮られてしまう。4人の声は、アルガを安心させながらも引きずりこむように重なっていく。

 今までの彼なら、そんな見せかけの甘い声にも騙され、それに縋っていただろう。嘘でもいい、自分が必要とされ、望まれるのならそれでも———、と。

「や、やだッ、やめろっ……!」

 しかし、その影たちの声は今や、ただ空虚で恐ろしいものにしか聞こえなかった。なぜならあの時、ソルが自分にかけた言葉が、まだ心の中で反響していた。

 『お前、やっぱ魔王らしくねえ』

 まっすぐにアルガを見つめる瞳の奥には、なぜか苛立ちが滲んでいた。

 『何だそれ、本当に父さんかよ?』 『苦しんでるのは、お前に心があるからだ』———

 悪魔達の手が、不意にアルガを壁際へと連れて行き、その薄いシャツの内側へと滑り込む。

「やっ……!」

「魔王様、美しい……ほら、魔力が迸っています」

 肌を撫でつけながら、胸の先端を弄り始める手。もう1人はそう囁きながら、後ろから両手首を掴んで抑え、首筋を舐めていく。

 嫌だ、やめろ—————!

 拒絶したいのに、身体に力が入らない。何度も快楽を刻まれた身体が、勝手に反応してしまう。

「ぅ、あ…ッ」

「ほら、貴方はいつも欲しがっている……」

「違う、ちがっ……!」

 を全て吸い取られるように、足がガクガクする。その股間へ、別の手が蛇のように侵入してくる。

 ……助けて。ソル———!

 心の中で、その名前を呼んでしまった途端、アルガはハッとした。なぜ、今あいつの名前を……
 太陽のように明るい笑顔が、チラつく。この冷たい手とは違う、温かい手。

「やだ……離せっ、ッ!」

 声を奪うように口を抑えられ、闇に呑み込まれてしまう—————と、その時だった。

「ア、ルガ……?」

 驚いたような声が、背後から聞こえた。

 え———?なんでこんな夜更けに、こんなところに。

「ソル……!」

 完全に乱されたシャツ、身体を拘束するいくつもの灰色の手。羞恥に震える身体に、涙の浮かんだ瞳が、まるで助けを求めるように、ソルを見つめる。

 それを見た瞬間、ソルの中に強い怒りの炎が湧き上がった。ソル自身も無意識のうちに、何かが爆ぜる。

 目にも留まらぬ速さで、閃光が引き裂いた。気づけば、アルガに纏わりついていた手は、じゅっと焼かれたような音を残し、瞬く間に灰となって消滅していた。

「え……」

 何が起こったのか分からなかった。呆然とするアルガに、ソルの手が、慎重に肩に触れる。

「おい、大丈夫か?」

 普段は優しい陽光のような瞳の中に、心配の影が映っている。が、そこには未だ収まらない怒りが滲んでおり、ソルは低く怒鳴っていた。

「何なんだよ、あいつら!もしかして門番か?」

「あ、ああ……」

 アルガは力なく、俯いた。ソルに見られてしまったという事実が、何より胸を締め付ける。

「許せねえ」

 ソルはそう呟いたかと思うと、いきなりアルガの手を引き、廊下をズンズンと進んでいった。

「お、おい、どこ行くん—————」

 そう遠くない、アルガの部屋。ガチャリと扉を開けて素早く閉めると、背後に手を突いて真剣な顔で迫る。

「あの門番ども、お前を犯そうとしてた」

「あ、あれは……、儀式だ」

「は?」

「魔王は、魔力を下級のものに分け与えることができる。直接、精力をあげることで……」

「なっ———」

「そうすれば、部下が強くなるから。いつもああやって……」

 アルガの声は段々と小さく、くぐもっていった。羞恥と恐怖に震えるようなその様子に、ソルは言葉が出てこなかった。

「お前……」

 アルガは俯いたまま、何も言わなかった。自分が、ひどく汚れているようで、ソルと顔を合わせられない。
 しかし同時に、困惑していた。自分は淫魔の血を引く、闇の魔王の息子。あの儀式は責務の一貫であり、父も自分を褒めた。

 しばらく沈黙が続いたが、やがて大きな手がゆっくりと近づき、まるで壊れ物を包むように、そっとアルガの頬に触れた。反射的に、アルガはびくりと震える。

 それを見て、ソルはパッと手を離した。触れたい、守りたい。でも、壊したくない。そんな複雑な表情を浮かべながらも、ソルは切なげな瞳で、じっとアルガを見つめる。

 アルガはそれを見つめ返し、やがてふっと、息をついた。ソルの気遣いと慎重さが、じんわりとアルガの緊張を和らげ、包み込んでいくようだった。

 彼は来てくれた———助けてくれた。まるで自分自身が傷つけられたかのように、怒って。

 でも、それは優しさから来るもの。父の恐ろしく冷たい仕打ちや、闇に誘う悪魔の手とは違う。その温かさを、もっと間近で感じたくなった。

「……」

 無意識のうちに、アルガは自ら、ソルに身体を寄せていた。彼の大きな胸に自分の顔を埋め、確かな鼓動を感じてみる。

「……え」

  ソルは、一瞬驚いたように身体を固まらせる。鼓動が一段と大きくなるのが、アルガにも伝わった。

「アルガ……?」

「……」

「な、なんか言えよ」

 そんなソルの声に、アルガは言葉が喉につっかかるのを感じながらも、やがて絞り出すように、小さく「ありがとう」と漏らしていた。

「———!」

 注意しなければ聞こえないほどの小さな声を、しかしソルはしっかりと耳にしていた。今までずっと冷たい仮面を被り、突き放すような態度だった”魔王”の、初めて聞くような素直な声に、ソルはじわりと身体が熱くなるのを感じる。

「アルガ」

 自分の名を呼ぶ、熱のこもった声に、アルガはふと顔を上げた。と、ソルの顔が思ったより近くにある。

 至近距離でこちらを見つめる瞳が、どこか切なげに潤んでいて、心臓が跳ねる。でも、目を逸らせない。美しく煌めく情熱的な炎———不思議と不安や恐怖はなく、その炎を、もっと近くで見ていたい。

「上書きしてい?」

 ソルの、何かを抑えるような、しかし同時に強く切望するような声が漏れた。何を言っているかわからず、アルガは眉を寄せる。

「上書きって———」

 言いかけた時だった。ソルの手が優しく頬を包んでいた。強引ではない、でも、逃げられない。そんな流れるような動きで。

 いつの間にか、唇が重なっていた。

「……!」

 驚きと共にやってきた、唇の、柔らかさ。微かに鼻を掠める、ソルの匂い。看病してくれた時と、同じ温もりだ。

 ややあって、唇が離れる。しかしソルはそこで、ふと冷静になったように、「あー……」と気まずそうに声を漏らした。

「ごめん、やっちった」

「ソ、ル……?」

「いや、お前見てたら、なんか」

 視線を逸らす。いつもは飄々としているその頬が、微かに染まっている気がした。そんな姿は新鮮で、なぜか、心が締め付けられる。

「なんか、何だよ……」

「二度とあんな汚ねえ奴らに、触れさせたくない」

 再び戻された視線に、強い意志が滲んでいる。

「なあ、俺に触れられるの……嫌?」

 いつも凛々しい眉が、今ばかりは、少し下がっている。切なげに熱を孕んだ目と、少し掠れた低い声。

 な、何だよ、その顔、声っ—————!

 心臓がドキドキと脈打つような、感じたことのない感覚で、顔が一気に火照る。

「い、嫌とかの前に、お前もう触れてんじゃねえか!」

「ごめん。脳筋なもんで。手が勝手に」

「アホか!」

「いいって言うまで、待つ」

「何で、『いい』って言う前提なんだよ……」

「直感?お前、触れて欲しそうだから」

 どこまでも感覚で生きている、馬鹿だ。そういえば、あの時も、そう言っていた。「お前、『助けて』って顔してる」って。
 いつも心の奥を見透かして、でも否定することも、侵略することもなく、優しく包んでいく。

 しばらく沈黙が続いていた。くそ、何だよ、「待て」って言われた犬みたいじゃねえか。そんなソルの無言に耐えられなくなって、気づけば、自分の青白い手が、その厚い胸板を確かめるように、そっと触れていた。ああ、温かい……

 耳まで染まった赤い頬を見られたくなくて、俯いたまま。でも、小声で言った。

「……上書き、しろよ。全部」



 
 
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