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15. 光と闇
しおりを挟むガキン、と固いものがかち合う音。白い光、そして漆黒の靄が辺りを渦巻いた。
身体中が痛くて、起き上がることができない。恐れていた、ソルと、父カイザールの衝突。
アルガはそれをなんとか止めようと、起きあがろうとするが、ドクドクと流れる血と、打ちつけられた背中や肩、そして頬を殴った電流に、力が出ない。
掠れる視界の中、激しく両者がぶつかり合っていた—————
俺は勇者で、こいつは倒すべき闇の王。でも、その激情と戦意は、そんなシンプルなものではなかった。力なく倒れているアルガが、視界の端にチラつくたびに、ソルの中で言いようのない怒りが燃え上がる。
あいつは、今までどんな苦悩に耐えてきたんだ?運命も、精神も、身体も支配されて。しかしアルガはそれでも抗い、耐えて、そして「魔王」の矜持を見せていた。
あいつの精神力は、この父王なんかより、はるかに強い—————まあ、身体は超がつくほど弱くて素直だが。
しかし、それにつけ込むような歪んだ儀式。許さない。俺が許さない。アルガは、そんな仕打ちをされるべきではない。
……いつか、アイツの笑った顔が見たい。恥じらいや苦痛、葛藤と怒りは何度も見てきた。でも—————魔王だって、幸せそうに笑っていいだろ。
俺が笑顔にさせてやる。
そんな強い意志に導かれ、血流がドクンと大きく脈打った。光の力が、どんどん湧いてくるのを感じる。
それは明らかに、今までの戦闘とは違った。自分の身体は軽く、素早く、そして力強い。
いつか特訓の時に見た、父さんの身のこなしを再現するように。——————『いつか、人を守るために使いなさい』
光の剣はその使命を貫くように、宙を舞い、魔王に斬りかかる。
最初、魔王は油断していた。ここまで強い勇者は、久しく出会っていなかった。そして、それは15年前の戦争を思い出させた—————
(ほう、『陽光の勇者』か)
思い返せば、見覚えがあった。同じく燃え上がるようなオレンジの髪と瞳が、魔王のすぐ目の前まで迫ったことがあった。しかし彼もまた、強大な闇の力の前で崩れていった数多の戦士の中の1人に過ぎない。
(太陽の力、光の魔法————しかし、まだ安定しておらぬ)
カイザールの、何百年にわたる戦闘経験が物語っていた。ソルの力は、今し方得たもの。まだ使いこなせておらず、感情に呑み込まれている。
最初は魔王を圧倒していたソルだったが、段々と、相手が一枚上手であることを思い知らされていた。直感で動くソルに対して、カイザールは老獪な冷静さと残酷さを持って、的確に、容赦なくソルを追い詰める。
その邪悪な黒い魔弾は、アルガのものとは、大きさも、威力もスピードも違う。
防御をしても、剣で打ち砕いても、少なからず身体に衝撃がある。魔力の電流が肌を切り裂き、ビリビリと手が震える。剣を握り締めて、かろうじて反撃の隙を窺うが、それすら叶わない。
くっそ、避けてるだけじゃ埒が明かねえ!!
焦って、間合いを詰めすぎた。魔弾だけに意識を集中していたために、魔王のもう一つの武器を忘れていた。やばい、と思ったのも束の間。漆黒の長い鉤爪が視界を過ぎる。受け止めようとしたが、握っていた剣が弾き飛ばされた。
(あっ———)
武器を失った丸腰のソルの身体に、鋭い爪が斜めに切り裂きを入れた。
「がっ、あッ————!!」
喉から胸にかけて3本の裂傷。ビシャリ、と血が飛んだ。焼きつくような痛みが襲う。あと数センチ深ければ、内臓まで届いていたかもしれない。
しかし傷を抑える暇もなく、首を勢いよく掴まれたかと思うと、地面に叩きつけられた。
ガシャアン!バリバリッ!!
鼓膜を破るような音、背中の衝撃で脳が揺れる。いつの間にか、ソルは大破した寝台諸共、床にのめり込んでいた。肺が押し潰され、一瞬息ができなくなる。
(く、そ……っ—————)
「ソ、ソルッ…!!」
アルガの必死な声が、耳に届いた。震えながらも視線をやると、なんとか起きあがろうとするアルガが、こちらを呆然と見つめていた。
んだよ……俺のこと心配してんのか。口ではいつも冷たいこと言って、実は俺のこと、結構気にしてんじゃん。
一瞬気を取られていると、そこへ魔王の黒い足が飛び込み、鳩尾を勢いよく蹴り上げていた。
「ふぐッ…!!」
まるで虫けらを蹴り散らすように。ソルは、部屋の隅に転がって、うつ伏せに倒れる。
口内に血の味が充満する。胸からの出血の他に、今の衝撃で骨にヒビが入っているかもしれない。
……身体が動かない。息がしづらい。早く立て、立てよ俺————!!
「ッハ!哀れで貧弱な勇者め」
すぐ近くに迫った魔王。見下すように、嘲笑の声が落ちる。
「口ほどにもない、お前の光魔法など」
「父さん、やめ、て……!!」
ぼうっとする意識のなか、アルガが必死に懇願するのが聞こえた。しかし魔王は、全く意に介していないようで、自分の背中の上で、バチバチと大きな魔弾が精製されるのを感じる。トドメを、刺される—————なんとか、残った力を振り絞り、一撃を逃れようとしたとき。
「や、……やめろ!!」
アルガが叫んだ。それはさっきより一段と大きく響き、薄れかけていた意識が、ふっと戻される。
「ソル、に、触れるなッ!!」
「ほう?」
カイザールはそこで足を止めた。ゆっくりとアルガを振り返る。いつも従順に言うことを聞いていた息子の、珍しい反発。
「驚いたな。貴様が我に、楯突くなど」
微かな好奇心を抱いた瞳。どういう風の吹き回しだ?と、わざと首を傾げ、アルガのほうへゆっくりと近づく。
「それは、我に対する命令か?」
「……っ」
父に楯突くことはもっとも重い罪。どう痛めつけてやろうか、と言ったような、恐ろしく加虐的な笑みが向けられた瞬間、アルガは息を呑んだ。
「いやだ、やりたくない」と一言でも漏らそうとすると、父はいつもこの笑みを向けた。条件反射で身体が覚えている。父さんがこの顔をすると、1秒後には絶望的な痛みがやってくる。
「あ………」
息が詰まり、アルガは、無意識に首を振っていた。
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